第五幕「金は天下を回るもの」

「ようこそ皆さん。お待ちしておりました」


 街で、一番高価な宿の一室にて。

 落ち着いた雰囲気の老紳士が、集まった賞金稼ぎバウンティハンターたちを出迎えていた。

 かっちりとした装いに、胸には商人組合マーチャントギルドの一員たる証、車輪と天秤を象った徽章が光る。


「私はギディオン商会を取り仕切る、トラヴィスと申す者。皆さま、どうぞお見知りおきを……」


 穏やかな笑みを浮かべながら、トラヴィスは軽く会釈する。

 一見して痩せた老人に見える、この人物。しかし底知れぬ光を宿す視線が、彼がただの好々爺ではないことを教えていた。


 さらに壁際には、帽子を深くかぶった数名の男たちが無言で控えている。明らかに用心棒であり、やはりそれだけ重要な地位にいることは明白だった。


「おう、よろしくな! で、アンタがこのどでかい仕事をくれたのかい?」


 ここは、宿の中でもいっとう格の高い部屋である。家具にしても、わざわざ年季ものを揃えて運び込んであるほどだ。

 しかしそんなことは、“バッファロー”ジョー様の前では無意味であり。彼はやたらと尊大な態度で、どかりと机に脚をのせていた。


 別段、彼だけが特別に無礼なわけではない。

 アレクサンドラは外套すらとらずに部屋の入り口近くで壁にもたれかかっているし、ダンは相変わらず兄の影に潜んでいる。スカウト・ボーイにいたっては雇い主より茶と茶菓子を優先していた。

 むしろ、生真面目に姿勢よく椅子にかけたヴィンセントが浮いているくらいである。


 そんな個性的な面々を前にしても、さすが老練な商人は動じなかった。

 なぜか満足げに頷きながら、スカウト・ボーイに追加の菓子を勧めている。


「ははは。依頼自体は組合からのものであり、当商会だけではありませんがね。なにしろヒュドラの害は深刻でございましてなぁ。ここは少々金を使ってでも、排除してしまわないことには」

「もちろん、期待していただいて構いません。こう見えて……手練れを、集めてきましたから」


 ヴィンセントが力強く請け負っていたが、多少その表情が引きつっていた感じも、否めないところである。


「結構、大変結構。ところで、なのですがね。仕事の前に実に個人的な話で恐縮なのですが……。私は、珍しい獣の剥製を蒐集するのが趣味でございまして」

「剥製だと?」


 唐突な話題の変更に、ふんぞり返ったままのジョーが訝んだ。それは周りの賞金稼ぎたちも同様である。先に聞いていたヴィンセントだけが、平然としていた。


「ええ。そこでこのヒュドラというのは、大変に数が少ないもので。それも聞けばずいぶんと大きく、立派な個体だとか。それならば、実に見事な剥製になると思いましてな」


 話の方向をうっすらと察し、賞金稼ぎたちは思わず顔を見合わせていた。面倒な、とヴィンセント以外の顔に書いてある。


「特に大きく良いのが、中央の頭。是非ともこれを、できる限り形を残したまま持ち帰っていただきたい」

「馬鹿言っちゃいけねぇ。なんだと思ってんだよ、蠢く九死の獣ヒュドラ・ザ・ナインデスだぞ。舐めてかかれる相手じゃねぇよ」


 一も二もなく、ジョーが斬り捨てた。強面の巨漢に凄まれ、しかし老紳士はさらりと受け流して笑みを浮かべる。


「ええ、承知の上です。しかし皆さまも、ミスタ・ヴィンセントの見込まれたお人たちだ。たいそう腕に覚えがあるとお見受けします。もちろん、これは私のわがままですから、報酬は別に用意いたしましょう。そうですな……五万ほどで、いかがでしょうか?」


 場の空気が、凍り付いた。

 ごくりと、誰かの喉が鳴る。難しい表情のまま動きを止めた集団の中で、アレクサンドラが顔を上げてぼそりと呟いた。


「それはダレルで? まさかセロンで?」

「当然、ダレル建てですとも」


 どこからともなく、誰かの口笛が聞こえてきた。

 五万ダレル。元の報酬と合わせれば、最大十五万ダレル。一人頭にわっても三万ダレル。それはこの新大陸では、人ひとりの命を余裕で超える金額だ。


「……いいぜ。ヒュドラのツラもまとめて、この“バッファロー”ジョー様に任せておきな!」


 ジョーが勝手に勢い込むが、皆考えは同じらしく制止の声は上がらない。


「大変、結構。皆様の腕前を信頼し、期待しておりますとも。それでは、私はこちらで朗報を待って……」


 老紳士が穏やかな笑みを崩さぬまま、頷きかけた矢先。


「……ひとつだけ、聞いておきたいことがある」


 壁にもたれかかったまま、アレクサンドラが続けて口を開いていた。


「ええ、なんなりと」

「後ろの、そいつら。その仮面には、どういう意味があるんだ?」


 言われて、賞金稼ぎたちは老紳士の背後に控える用心棒たちに視線をやった。

 目深に帽子をかぶっていたため誰も気づかないでいたが、彼らは全員、顔をそろいの仮面で覆っていたのである。笑みを象った艶のない仮面が、ひどく不気味な印象を生み出す。


 老紳士は小さく後ろを向いて、やがてそれまでと同じ笑みを浮かべて振り向いた。


「ははは。なに、彼らは私が特別に選び抜いた者たちでして。いわく、影のように付き添う……と。まぁ、トレードマークのようなものとお考え下さい」


 全員の視線が集中する中、アレクサンドラは小さく息を吐いた。


「そうか。すまない、変なことを聞いた。細かなことが気になる性分でな」

「いえいえ、お気になさらず」


 首をかしげる周囲を気にせず、彼女は話は終わったとばかりに踵を返す。

 後には訝しげな表情をしたままの四人が残ったが、やがてどうでもよいことだと揃って立ち上がった。


 ◆


「さぁて! 十五万ダレルだ、十五万! 聞いたことねぇぜ、そんな金額!」

「浮かれるには早い。そのためには、首級くびが要る」


 巨漢の“バッファロー”ジョーが、気分と共に筋肉を盛り上がらせてはしゃいでいる。その後ろに続く弟のダンも、陰鬱にみえてこころなし浮かれているようだった。


「そう! 一番高価なのは首級だ。首級を残すってからにゃあ、胴体を狙うしかねぇな!」

「心の臓。こいつを射抜けば、ヒュドラとて」


 今にも走り出しそうな兄弟の前に、スカウト・ボーイが立ちはだかる。


「ちょいと待ちなよ兄弟ブラザーズ。言うだけなら簡単だけど、やるのはぜんッぜん、簡単じゃない」

「んなこたわかってらぁ。へっ、見てな。俺たちバッファロー兄弟の、名前は伊達じゃねぇってところをよ!」


 兄弟の間では、すでに十五万ダレルを手にするのは確定事項のようである。

 その時、ヴィンセントが手を叩いて周りの注意を惹いた。


「ともかく、これから狩りに向かうわけだが……先に、それぞれの役割を決めようと思う」

「ん? どゆこと?」


 注目する皆の前で、ヴィンセントは拾った石を並べ始めた。

 一つの大きな石と、向かい合う五つの石。彼はそのうち二つを持ち上げる。


「このヒュドラ狩りの狙いは単純だ。まず、本命はこのバッファロー兄弟」


 そして、離れたところに置いた。なぜか巨漢のジョーが腕を掲げてマッチョポーズをとっていたが、皆それを無視していた。


「任せておきな! 俺たちの『対要塞爆裂徹甲砲ストロングホーン・スペシャル』を叩き込む。あいつを食らえば、いくらヒュドラでも無事にゃすまねぇ!!」

「……だ、そうだからね」


 バッファロー兄弟の銃鉄兵が備える馬鹿げた火砲、その名も『対要塞爆裂徹甲砲ストロングホーン・スペシャル』。

 その威力は、少々常識外れだ。十万ダレル級ハンドレッドゴールドクラス賞金獣リワードに対する切り札として、ヴィンセントが彼らに声をかけたのにも納得できる。


「なるほどそれは素晴らしい。当たれば、の話だが」


 とはいえアレクサンドラが指摘する間でもなく、欠点は明らかだった。

 火砲の威力のみを追求すれば、様々な制約となって跳ね返る。さらにヒュドラが易々と当たってくれる保証もない。

 ヴィンセントは、真面目くさって頷いた。


「その通り、そこが最も肝心なところだ。当てなければならない、そのためには奴の動きを止める必要がある。そこで、僕たちの出番だ」

「……つまりは、前衛か」


 彼女は得心し、同時に溜息をついた。ヴィンセントの目的が、よく見えてきたからだ。


「そうだ、ジョン。言うまでもなく危険な役目だ。これは特に頑丈タフなヤツじゃないと務まらない。例えば、とか、ね」


 彼は真剣な目つきで、彼女の前に立った。

 前衛として出る。それは強力な賞金獣ヒュドラと直接やりあう、最も危険な位置だ。いかに鋼鉄の巨人、銃鉄兵といえど容易い役目ではない。

 彼女は、帽子の下から鋭い視線を向けた。


「それで、ヴィンセント。お前は何をする?」

「もちろんジョン、君の隣で戦う。危険は承知のうえさ。相手は化け物だ、楽な勝利はない」


 二人はつかの間睨みあい。ふと、アレクサンドラジョンが先に息をついた。


「私としては、楽なほうが好みだ。が、報酬なりの働きはしよう。足止めをすればいいんだな?」


 意外なことに、彼女はあっさりと役目を受け入れていた。

 ヴィンセントは、多少の驚きと共に目を細める。賞金獣と直接相対する前衛は、つまりは熾烈な損耗を覚悟しなければならない配置でもある。彼女のような人間は、なかなか受け入れないだろうと思っていたからだ。


「で、俺はー?」


 そこで、一人余ったスカウト・ボーイがひらひらと手を振った。その辺の柵に器用に腰かけ、退屈そうに足をぶらつかせている。


「あ、ああ。君のワールウインドは足が速いと聞く。まずは斥候スカウトを頼みたい。ぶつかった後は、遊撃だ」

「オッケー。いっちばん得意なとこよん」


 彼は笑みを浮かべて請け負った。

 そうして一通りの役目を振り終えたところで、ヴィンセントは全員を見回す。


「ここにいる皆の力を合わせれば、蠢く九死の獣ヒュドラ・ザ・ナインデスとて恐るるに足りないと、信じている。十五万ダレルを手にするために、奴の心の臓を撃ち抜くぞ」

「それさ、ダメだったらどうーすんの?」


 首を傾げたボーイを見て、ヴィンセントは頷く。


「だとしても、十万ダレルに戻るだけだ。僕たちは何も損をしない」

「いやー、やっぱり十五万欲しいねー。一人頭で一万は違う」


 両手の指を総動員しても数えきれず、スカウト・ボーイの表情が緩む。その後ろではジョーが胸を叩いていたが、やはり流された。

 その時、アレクサンドラが外套の下から腕を出し、拳を握りしめた。


「つまり。上手くやれば、いいわけだ」


 不敵に笑いあい。賞金稼ぎどもは拳をぶつけあったのだった。


 ◆


 一行は駐機場スクラップヤードへと戻ってくると、それぞれの銃鉄兵のもとへと向かった。


「長丁場になる。いまのうちに錬血炉金庫を満たしておこう」


 そういって、ヴィンセントは棒鉄貨一〇ダレルインゴットを持ち出すと、跪く銃鉄兵の背中から差し込んでいった。


 魔導兵器である銃鉄兵は、魔術反応をその動力として駆動する。そのために必要な燃料とは、つまりは魔術に必要な対価のことであり。

 そこで戦闘用銃鉄兵アイアンファイターを動かすに見合った対価とはこの、棒鉄貨一〇ダレル貨幣なのであった。

 元はといえば、それがアイアンファイターの語源でもある。


「……商会は、燃料費までは出してくれないのか」

「なに贅沢を言っているんだ。十分な報酬があるんだ、そこまで甘えられないだろう」


 ヴィンセントにたしなめられ、アレクサンドラはわりと本気で悲しそうな溜息を洩らして猫の頬をいじくったのだった。


 各人が錬血炉ブラッドチャンバー――ちなみに俗称は『金庫』である――に棒鉄貨を詰め込み終わると、次は備え付けの給水塔へと向かった。

 銃鉄兵は水冷式で動いている。

 戦闘などで激しく動けば、それだけ冷却水が蒸気となって消費される。そして、水が尽きれば動けなくなってしまうのである。


 正確には、水がなくとも動くことはできる。

 しかし水がなく冷却できないままに動かすと、超過熱状態オーバーヒートに陥り良くて自壊、最悪は爆発してしまう。

 仕事の前に水を補給することは、鉄騎手メタルジョッキーにとっては基本中の基本だった。


「待たせたな! 準備が終わったぜ!!」


 “バッファロー”ジョーの銃鉄兵『ストロングホーン・キャリアー』は、その巨体なりに鉄貨も水も大量に必要とする。

 いきおい準備には時間がかかり、彼が終えるころには全員がとっくに待ち飽きた様子でいたのだった。


「よし、出発する!」


 なんとなく音頭をとるヴィンセントに続いて、彼らは己の機体へと駆け上がる。

 多くの銃鉄兵は、首の後ろに客架キャビンと呼ばれる設備を持つ。そこには簡単な座席と日よけがあり、人が乗り込めるようになっていた。

 これは、銃鉄兵と共に長距離を移動するための設備である。


 錬血炉の唸りと共に、銃鉄兵は動き出す。

 蒸気抜きと呼ばれる圧力調整をおこない、各部から白い息を吐き出してから、鉄の巨人は一歩を踏み出した。


 シューティングスターとカラミティホークが、地面に巨大な足跡を刻みながら進む。やや遅れて、ストロングホーン・キャリアーの巨体が続いた。弟の『ストロングホーン・ガンナー』は、兄の機体に速度を合わせている。


 一風変わっていたのが、スカウト・ボーイのワールウインドであった。

 三本足状態で身を屈めると、一本足の車輪がギュルギュルと回転をはじめる。それによって、ワールウインドは歩かずに地面を滑らかに走り出したのである。


「ほほう、そうやって移動するのか。速いんだな」

「ワールは足の速さが命だからね! 大丈夫、途中まではあわせてゆくよー」


 軽快なその動きを見て、ヴィンセントが感心する。彼に褒められ、スカウト・ボーイは得意げな様子で客架から身を乗り出すのだった。


 ◆


 出発から、三日が過ぎた。

 ここまで、賞金稼ぎたちは黙々と荒野を進んできた。シューティングスターの背で揺られながら、ヴィンセントは地図を広げて周囲の地形と見比べている。


「そろそろだな。これまでの被害からして、このあたりから奴の縄張りに入るはずだ」

「いよぉっし! これでようやく退屈とはおさらばだぜぇ!!」


 “バッファロー”ジョーの雄叫びにあわせて、ストロングホーン・キャリアーが腕を振り上げ地面を叩く。

 無駄に勢い有り余る彼のことは放っておいて、一行は歩みを止めた。


「できれば先手を取りたいところだ。ここからは、警戒を強める」


 シューティングスターが腰をかがめる。ヴィンセントは身軽に降り立つと、機体の腰に吊り下げた『荷物』を降ろした。それは長方形をした、金属の塊である。

 彼は、その上部に開いた穴へと鉄貨を滑り込ませた。

 すると、金属の塊がぶるりと震えて。くぐもった鼓動と、キシキシと金属が擦れあう音を立てながら動き出した。

 折りたたまれていた脚が伸ばされ、固定を外された背骨が波打つ。首が起き上がり、照眼アイアンサイトに小さな光が灯った。

 その正体は、『鉄動馬オートホース』である。


 そうして鉄動馬を載せていたのは、シューティングスターだけではなかった。鉄動馬は、大半の銃鉄兵にとって標準装備といっても過言ではないのである。

 何故なら、戦闘中の銃鉄兵に直接乗り込むのは、極めて危険だからである。

 客架はあくまでも移動中の座席でしかなく、防弾などほとんど考えられていない。乗り込んで戦うのは、ただの自殺行為といえよう。

 さりとて人が徒歩で移動するのでは遅く、時間の無駄でしかない。そのために用意された足が、鉄動馬なのである。


「よし、出発するぞ」


 鉄動馬を準備した一団が走り出し、銃鉄兵がその後に続く。

 そこに走る鉄動馬は、四騎。唯一、スカウト・ボーイだけが客架を降りずにいた。珍しいことに、ワールウインドには鉄動馬が積まれていない。


「ほう。ボーイは、そのまま行くのか?」

「そのためのワールウインドだからね。んじゃまぁ、張り切ってお仕事はじめるよー!」


 スカウト・ボーイは、名のとおりに偵察を得意としている。そのために特化したのが、相棒であるこの高機動型銃鉄兵・ワールウインドなのだ。

 車輪が高速で回転をはじめ、機体を一気に加速する。その速度は、鉄動馬を大きく凌いでいた。見る間に一団を置き去りにして、荒野の陽炎のなかへと紛れてゆく。

 その後ろ姿を見ながら、ジョーが口笛を吹いた。


「こいつぁいいねぇ。頼もしいじゃねぇか!」

「よし。さっさと見つけて、さっさとそのデカブツを撃ちこんで、さっさと金をもらおう」


 有能な偵察と強力な火砲がそろえば、一気に賞金に近づくことができる。笑みを浮かべたのは、なにもアレクサンドラだけではない。



 しかし、彼らの熱い期待とは裏腹に。それからいくらも経たないうちに、ワールウインドが戻ってきた。


「おいおいボーイ、何をやってるんだ? まさかもう、奴さんを見つけたなんて言うんじゃあ、ねぇだろうな?」

「いや、それが。その通り、見つけちゃったんだけどさ……」


 ワールウインドの上から、スカウト・ボーイの困り顔がのぞく。彼は丘の向こうを指さしながら。


「なんかさ、どーみてもヒュドラっぽい奴が、砂馬車を追っかけてんだよね……」


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