第四幕「賞金稼ぎに必要なのは、運と度胸と銃鉄兵」  

 騒がしさを増す街から逃れたアレクサンドラが、その日の宿にと選んだのは街外れにある、粗末な小屋だった。

 まさかあれだけの騒ぎを起こしておいて街中に宿をとれるほど、彼女も図太くはない。


 蹴りが一閃し、申し訳ばかりの鍵がついた扉が砕け散る。小屋に堂々と乗り込みながら、彼女は一通り周囲を見て回った。

 奪った銃鉄兵ガンメタルであるカラミティホークは、小屋の隣に跪いている。そうして動きを止めたところで、巨人の頭部からするりと猫が這い出してきた。

 彼女の使い魔ファミリアたるブラットリーは、肩の上で大きく伸びをしてから、するすると走り出し主人のもとへと駆け寄る。


「ご苦労だった、ブラットリー」

「この程度、問題ない」


 小屋に残されていた油灯ランプを目ざとく見つけていたアレクサンドラは、猫を一撫でしてから帽子と外套を投げ捨てた。砂埃が舞い上がり、光の中にもやを描く。


 油灯の頼りない光の下に露わとなる、彼女の容姿。

 手入れを怠っているのだろう、中途半端な長さのくすんだ金髪がぼさぼさと暴れている。顔つきはやや鋭く目つきに険があり、比較的長身であることもあいまって青年のようにも見えた。

 しかし胸元の立派な盛り上がりが唯一、彼女がしっかりと女性であることを主張している。


 小屋に問題がないことを確認して、彼女は大きくあくびを漏らした。端に積んである藁束へと適当に寝っ転がる。

 そこに淑女としての面影はない。あの夜から六年にわたる放浪生活が、彼女をすっかりと変えてしまったのである。

 厄介事トラブル避けに始めた男のようなふるまいも今ではずいぶんと板についてきた。もはやどちらが本性だったか、わからない有様である。


 そんな彼女も年ごろを迎え、身体はしっかりと成長しており。

 それにしても、おかげで普段は外套が脱ぎづらくなるなど、当人にとっては面倒でしかなかったが。


「主よ、これだけ大きな仕事は久しぶりだな」


 常にともにあった使い魔を撫で、アレクサンドラは満足げな笑みを浮かべていた。

 二人きりの時にしか見せない表情には、わずかにかつての少女の面影があり。


「ああ。二万ダレルは悪くない。を動かすためにも、稼がないといけないからな」


 それも、一瞬のうちに吹き飛んでいった。そこにいるのはやはり、荒野を彷徨う魔銃使いスペルスリンガー、ジョン・ダーレル氏なのだった。

 そんな不敵な笑みも、再びのあくびに遮られる。


「今日はもう、寝よう……。明日から、しっかりと準備をしないと……」


 ガサガサと藁束を動かし、即席の寝床を作る。

 寝台以外で寝るのにも、慣れたものである。荒野を彷徨っている時は、岩場を寝床にすることもしばしばなのだから。

 藁束のほうが、柔らかさがあるだけマシだ。


 猫は身軽に藁束に飛び上ると、主の顔の横で丸くなる。一人と一匹は、いつもこうして旅をしてきた。

 その背中を撫でて、彼女は目を閉じる。時をおかずして、小さな寝息が聞こえてきた。


 そうして、慌ただしい一日はようやく終わりを告げる――。


 ◆


 あくる日。アレクサンドラは小屋の横に跪く、銃鉄兵の前に立っていた。


「……獲物は賞金獣リワード、それも十万ハンドレッドゴールドクラスだ。頼りは銃鉄兵だが、この有様ではな」


 ゴロツキたちから奪った銃鉄兵・カラミティホークは、昨日の喧嘩騒ぎにより負った損傷が修復中と見えて、頭部がひしゃげたままだった。

 ここまで動いてきたからには致命的な傷は直されているのだろうが、さりとて戦いに赴くには不安が残る。


「まぁ、いつものように」

「承知した」


 彼女は頷いて、荷物の中から工具を取り出すと銃鉄兵の頭部まで登ってゆく。

 頭部とは、銃鉄兵にとって大きな弱点の一つである。そのため装甲は厳重に固定されているが、知識と技術さえあれば外すことは可能であった。


 彼女は手際よく工具をふるい、頭部装甲の一部を外す。

 このあたりの基本構造は、大抵の戦闘用アイアンファイターで変わらない。何度も経験したことのある、手馴れた作業であった。

 この程度の整備ならば、そこらの町工房でもおこなえることである。

 彼女の本領は、ここから発揮されるのだ――。


 銃鉄兵の頭部がもつ機能は、大きく分けて二つある。

 一つは、視覚装置である照眼アイアンサイトを保持すること。

 そしてもう一つが。銃鉄兵の最重要機能である『頭脳書庫ライブレイン』を保護すること、であった。


 彼女の手つきは淀みなく。外付けの装甲を外した後は、内部保護の装甲を開く。

 そうして露わとなった頭部の中には――その名が示す通り、『一冊の本』が収められていた。


 彼女は特に感慨もなく、無造作に本を取り出して開く。

 おおよその当たりをつけて、パラパラと頁を捲っていった。やがて、目的の頁へと辿りつく。

 そこに記されているのは、多量の呪紋オーソワードを書き綴った長大な文章と、それらを取り囲む幾何学的な図形たち。


 これは銃鉄兵――金属の従僕メタルゴーレムを祖としてもつ、魔導機械を制御するための呪文。それが刻まれた本は『書籍回路ワードサーキット』と呼ばれる、この世界における魔導書なのである。


「うん、特徴のない呪紋だ。数打ちだな」


 それも、彼女にとっては珍しいものではない。懐から取り出した銅貨をつまむと、ゆっくりと文字をなぞりだす。


「銅を供に願う。我は言の葉の主、その真を顕わとせよ」


 銅貨が淡く発光するとともに、頁へと染み込み始めた。なぞるほどに、記述された呪紋が書き変わってゆく。

 呪紋を書き換える、それはつまり書籍回路を書き換えるということ。

 それは、知識ある者が見れば驚愕に目を見開くような光景であったことだろう。何故ならば、書籍回路とは複雑で繊細なものであり下手にいじくればすぐに成立しなくなるからだ。

 そうなれば、銃鉄兵は一発でただのでかい金属のガラクタと化す。


 だというのに、彼女に迷いはなく。その手つきは、むしろ慣れを感じさせた。


「よし、主人登録マスターキーは書き換えた。ついでだ、少しチューンナップもしておくか」


 さらに頁を捲り、一通りの内容に目を通す。

 普及型のアイアンファイターに用いられている書籍回路など、彼女にとっては新聞を読むのと大差がない。

 ところどころをなぞって書き換えてゆき。ついに銅貨が溶け消えたあたりで、本を閉じて頭脳書庫へと戻した。


「ありがたいな、主」


 ふと見れば、いつの間にかブラットリーが彼女の隣に寝そべっていた。


「首の具合は?」

「問題ない。一発くらい殴られても、もげたりはしないだろう……代わりに、ゴロツキたちから奪った金を使い果たしたが」


 彼はアレクサンドラが書籍回路を見ている間、筐体の修復をおこなっていた。

 使い魔であるブラットリーも魔術が使用できる。しかし当然それには対価が必要であり、昨夜のあぶく銭が溶け消えたということだ。


「……いい、必要な投資だ。こちらも終わった、これで昨日よりは動きやすいだろう」

「ああ、ロクな手入れもされていない銃鉄兵を動かすのは、やはり手間に過ぎる」


 彼女たちの得意技ともいえる『使い魔を用いた銃鉄兵制御の奪取』は、いうほど簡単なことではない。

 それは、通常は書籍回路によっておこなわれている銃鉄兵の制御を、使い魔によって代替するということである。


 起動した書籍回路は、疑似的な知性である『凡霊アニ』を生じる。それが鉄騎手メタルジョッキーの命令を受け入れ、銃鉄兵の躯体を操っている。

 そこに無理やり横やりを入れれば、どうなるか。凡霊と使い魔、それぞれの命令が齟齬をきたし、躯体は混乱する。ひどいときには無理な動きをして、崩壊を起こしかねないのである。


 それを防ぐためには、使い魔による慎重な制御が必要になる。

 よって、事前に書籍回路から余計な部分を書き換えておくことで、それだけ使い魔の負担を減らすことができるのである。


 調整を終えて、頭部装甲を完全に戻したところで、猫がするりと内部へと入り込んでいった。

 アレクサンドラが指を鳴らせば、果たして銃鉄兵は動き出す。


「さぁて、ブラットリー。稼ぎにゆくぞ」


 彼女の言葉に応じるように、鉄の巨人は力強く蒸気を噴き上げたのだった。


 ◆


 その、翌々日。

 鉄動馬にまたがったアレクサンドラは、悠々と宿場街まで戻っていた。後ろには堂々と、強奪した銃鉄兵カラミティホークを連れている。

 数日前にあれだけ騒ぎを起こしたというのに、毛ほども気にした様子がなかった。


 彼女は待ち合わせの場所に向かい、ヴィンセントと合流する。彼は続く銃鉄兵を目にするや、あからさまに表情をひきつらせていた。


「……なぁ、ジョン。一つ聞きたいんだが……その銃鉄兵、何か見覚えがある気がするんだが?」

戦闘用アイアンファイターは同型も多いからな、気のせいじゃないか。もしくは、がいたかだ」


 当然、そんなおざなりな説明では疑惑の視線を払拭するに至らない。


「それで仕事ができるなら、口は出さない。だが無用の危険トラブルはなしに願う。簡単な仕事ではないんだぞ」

「大丈夫だ、後腐れはない」


 ヴィンセントは額を抑えて唸る。

 ここ数日間、街ではゴロツキ一味壊滅の噂で持ちきりだった。その原因が一体何なのか、この有様を見て気付かない者などいまい。

 しかし彼は、それ以上は詳しく問いたださなかった。

 依頼を遂行できるのならば、互いのやり方には口を出さない。それが、賞金稼ぎバウンティハンターにとっての暗黙の了解ルールである。

 それに、今回ばかりは気にしても仕方がない。何しろ、当のゴロツキどもはもう壊滅しているのだから。


「……まずは、他の仲間に紹介しよう。こっちだ」


 彼は頭を振ると、素早く気持ちを切り替えた。

 溜息と共に顎をしゃくる彼の後に、アレクサンドラが続く。行先は、街の出入り口にほど近い場所にある酒場だった。

 朝っぱらから飲んだくれるわけではない。そこには、客として三人の男がいた。


 彼らは新たに入ってきた襤褸けた外套の人物を品定めするように、じろりと睨んでくる。

 視線に気づき、ヴィンセントが手を上げて前に出た。


「皆、狩りにもう一人加わってもらうことになった。紹介しよう、彼は……」

「ジョン・ダーレル。よろしく頼む」


 かぶせ気味の自己紹介を気にした様子もなく、彼は肩をすくめる。

 すると、何も言わないうちから三人のうち一人、禿頭ハゲ髭面ヒゲの巨漢が腕を広げて前に出てきた。


「俺様は“バッファロー”ジョーだ! よろしく頼むぜぇ、新入り!!」

「……私は“バッファロー”ダン。よろしく」


 続けて巨漢の陰にいた、細身の男が陰鬱そうにつぶやく。

 なかなか強烈な組み合わせだ。アレクサンドラは自分のことを棚に上げて、ヴィンセントを睨んだ。


「知っているかもしれないな。バッファロー兄弟ブラザーズといえば、ちょっとは名の知れた賞金稼ぎだ。兄弟でやっているやつは珍しい。そのうえ……」


 期せずして、全員の視線が外へ向いた。

 入り口からは、駐機場スクラップヤードの様子が見えている。そこに並べられた銃鉄兵の中でも、ひときわ特徴的な二機が目に飛び込んできた。


 片方は何よりもまず、巨大であった。

 通常の戦闘用銃鉄兵アイアンファイターよりも二回りは大きな躯体をもっており、角ばった外観と太く強靭な手足を備えた極端な重量級である。

 しかも腕が妙に長いバランスはまるで類人猿のようで、まともに動けるのか心配になるほどだ。


 対象的に、もう片方は極端な矮躯であった。むしろ、目立つのはその背中である。

 そこには銃鉄兵の胴体と同じだけの太さがある、異様に巨大な砲が備え付けられていたのだ。

 それは明らかに、常軌を逸した代物だった。この矮躯の機体でこれほどの大筒を撃てば、反動でバラバラに吹っ飛んでしまいかねない。設計者の正気を疑うような逸品である。


「……あれだけの砲を振り回すやつは、そうはいないしね。なぁ、前にも聞いたことだが……あれ、本当に撃てるのかい?」

「ガハハハ! あたぼうよ! 俺たちゃあ大物狙いの専門家プロフェッショナルだからな! なぁに任せておけって!!」


 ジョーが巨躯を揺らしながら笑う。ダンは寡黙に、しかし自信ありげに頷いて見せた。

 確かに、矮躯の銃鉄兵が備えた砲はその大きさからみて対拠点用の代物であり、賞金獣だろうと銃鉄兵だろうと当たれば粉微塵になること請け合いだ。

 撃つことができて、しかも当たればの話ではあるが。


 どんどんと表情を失ってゆくアレクサンドラを無視して、ヴィンセントは残る一人に手を向けた。


「それと、こっちが……」

「俺はスカウト・ボーイ! よろしくなっ!!」


 そして彼も、紹介を待たずに身を乗り出してくる。

 若い男だった。年齢で言えばアレクサンドラも十八歳と若いのだが、彼もあまり変わらないかもしれない。


「そぉしてこいつが! 俺の相棒、『ワールウインド』ね!」


 スカウト・ボーイが指し示す先にあったのは、これまた奇妙な機体だった。

 ゴーレムを前身とする銃鉄兵は、多くの場合人に似せられて作られる。そこにきて彼のワールウインドは、何故かなのである。

 下半身が太く大きな一本足になっている代わり、両腕は長く地面に接していた。そのため見ようによっては、三本足と取れなくもない。


 その異形もそうであるが、何よりもアレクサンドラが驚愕したのは、それぞれの手足の先端を見た時だった。

 そこには、なんと『車輪』が取りつけられていたのである。


「……大道芸人みたいな銃鉄兵だな」

「おっと、当たらずとも遠からず! 俺ぁ以前、軽業師として働いていたこともあったからね!」


 思わず漏らした彼女のつぶやきに、スカウト・ボーイの得意げな言葉が続く。


「それと銃鉄兵が、何か関係あるのか?」

「ふふ。その辺はまぁ、お代は見てのお帰りってね!」


 悪戯めいた笑みを残して、スカウト・ボーイの紹介が終わった。

 ヴィンセントが集めた賞金稼ぎたち。それはどれもが、一筋縄ではいかない曲者ぞろいであったのだ。それにはもちろん、アレクサンドラも含んでいる。


 一通りの紹介を終えたところで、ヴィンセントは残る一機の前に立った。


「それとこれが僕の相棒、『シューティングスター』だ」


 彼の機体はこれまでの個性的過ぎる銃鉄兵たちに比べて、実に『普通』であった。

 アイアンファイターとして標準的な体型に、腰に下げた銃というありがちな装備。いたって素直な、まさしくアイアンファイターの鑑のような機体である。

 これまでがこれまでだけに、そこはかとない安心感のようなものすら覚えてしまうほど。四人から生暖かい視線を浴びて、ヴィンセントは首を傾げた。


 それから彼は両手を上げて、皆の注意を惹いた。


「さて。これで無事五人がそろったわけだ。さっそく出発したいところだが、その前に今回の依頼主スポンサーに会ってもらいたい。皆に頼みごとがあるそうだ」

「なんだぁ? お楽しみの前に、面倒ごとはごめんだぜ」


 さっそくジョーが顔をしかめるも、アレクサンドラがそれをとりなした。


「聞いてから考えても、遅くはない。私は、金を出す人間には敬意を払うことにしている」


 その理由は、身勝手なものであったが。スカウト・ボーイがそれに続いてケラケラと笑い声をあげた。


「なんせ十万ダレルだもんなぁ。俺もバリッバリ敬意払っちゃうよ! タダだしね!」


 あれこれと軽口を叩きながら、彼らはそろって歩き出したのだった。



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