第三幕「彼と彼女と、金の匂いにつられた奴ら」

「……いきなりだな」


 アレクサンドラジョンが背もたれに沈み込んだ分だけ、ヴィンセントが身を乗り出す。


「厄介なヤマだ、手練を探していた。その腕を見込んでお願いしたい」

「ずいぶんと、都合のいいことだ」

「確かに。まずは内容を説明しよう、この一杯分だけでも聞いてもらえないかな」


 再び、グラスに酒が注がれるのを見て、彼女は目線だけで続きを促す。


「モノは『賞金獣リワード』、砂馬車の順路サンドトレイルを荒らす獣だ。すでに大きな被害が出ている。知恵に長け、能力も強い。狩るには、こちらにも十分な準備と優秀な仲間が必要だ」

「払いは?」

「全部で一〇万ダレル。依頼元は商人組合マーチャントギルド。知ってのとおり、払いは確かだよ」

「組合が、直接か?」

「それだけ焦っているということさ。ずいぶん荷が滞っている、損失だってばかにならない」

「だとしても、一〇万は奮発しすぎだ。いくら商人組合でも、足が出る」


 ヴィンセントは不敵な笑みを浮かべると、指を横に振った。


「手品の種は簡単だ。少々、訳ありだが金払いのいいスポンサーを見つけたのさ。いずれ、話を決めてくれれば紹介しよう」


 彼女は、そこで一度質問を止めて少し考え込んだ。彼も急かさず、ゆったりとグラスを傾ける。

 しばしの時を置いて、彼女は再び口を開いた。


「これまで、何人声をかけた?」

「君を入れて五人だ。つまり、報酬を一人頭で割るなら二万だな」

「それでも、数年は遊んで暮らせるな。……いいだろう」


 差し出された手を、握り返す。


「素晴らしい。よろしく頼むよ。では三日後に、他の仲間とスポンサーに顔合わせをしよう。君の銃鉄兵ガンメタルは、すぐに用意できるかい?」

「ああ、問題ない」


 猫が何か言いたげに顔を上げたが、アレクサンドラに撫でられて黙り込む。


「それはなによりだ。では、仕事の成功を願って。もう一杯飲ろうじゃないか」


 ヴィンセントは上機嫌で、空になったグラスに酒を注ぐ。

 その時、満たされてゆくグラスを見つめながら、アレクサンドラがぽつりと口を開いた。


「ところで。賞金獣リワードの、種類は何だ?」


 自らのグラスも満たしたヴィンセントは、不敵な笑みを浮かべる。


「『蠢く九死の獣ヒュドラ・ザ・ナインデス』……さ」


 ◆


 商談をまとめ、しばらく飲み交わしてから。アレクサンドラジョンはヴィンセントと別れ酒場を出た。

 すでにとっぷりと日は暮れ、あたりは暗くなっている。

 そこそこに規模のある宿場街とはいえ、ここは荒野のど真ん中だ。粉鉱灯オーアライトもない街中は、時とともに闇に包まれてゆく。

 店屋の軒先に掲げられたランタンだけが、頼りない明かりを周りに投げかけていた。


 角を曲がり、通りの裏手へと。わずかな灯りからも遠ざかるような足取りで、彼女は歩いてゆく。

 その行く手を遮るように、数名の男が現れた。前だけではなく、後ろにも。挟まれた形になった彼女は、歩みを止めて首をめぐらせる。

 誰何の声を飛ばすよりも先に、真ん中に立ったいかにも粗野な雰囲気の巨漢が、口を開いた。


「いよう、また会ったな」


 この街に知己はいないし、お前の顔など知らない――と思ったが、アレクサンドラはどことなく見覚えを感じていぶかしむ。

 相手の自信のほどからして、暗闇による人違いというわけでもなさそうだ。


「聞けば、相当儲けたみたいじゃねぇか。景気のいいことで、うらやましいぜ」


 彼女が黙っていると、リーダーと思しき巨漢の男が、無遠慮に近寄ってくる。


「……大したことじゃない」

「へっ! そいつは結構。ところでよぅ、俺たちの銃鉄兵ガンメタルなんだが。ちいと傷ついちまってな、魔銃工ソーサリースミスの野郎に見せなきゃならねぇ。ケッ、あのハイエナめ、足元みやがって」


 聞かれてもいない話をべらべらと並べながら、巨漢の男は目前に立った。


「んなわけでよぉ、どうにも物入りなんだが。てめぇ、俺のおかげで儲かったんだろ? ここは『そいつ』を使ってくださいってぇのが、筋ってもんじゃあねぇかい?」

「ああ、思い出した。お前、あの時の馬鹿か」


 びしりと、空気が凍りついた。それまではヘラヘラと笑みを浮かべていた、男たちの表情が凶悪に歪む。


作業用ブロンズワーカーにしてやられた、情けない戦闘用アイアンファイターのジョッキーだな。恨むなら自分の無力を恨め、私に当たるのはお門違いだ」


 元はといえば彼女の仕込みあっての敗北なのだが、そんなことはどこ吹く風と、言いたい放題である。

 当然、巨漢のゴロツキがおとなしく聞いているわけもなく。彼の頬はヒクヒクと小刻みに痙攣を始め、無意識のうちにか腰のガンベルトに手を伸ばしつつある。

 まるで唱薬キャストパウダーを込めながら煙草を吸うようなものだ、いつ火がつき炸裂するかわからない。


「……おとなしく、出すもんだしゃあ、命まではと思ってたがよぅ。そんなに死に急ぎてぇってんなら、仕方ねぇ」

「まぁ、そういきり立つな。短気は損だぞ、ほら」


 うってかわって、彼女は素直に懐から袋を取り出した。

 ジャラリと、大量の金属がこすれる音が、静かな通りにことのほか大きく響く。彼女の手から余りそうな大きさを見て、ゴロツキたちは一斉に表情を変えた。

 ゴクリと、喉を鳴らす音すら聞こえてくる。男たちはさっそく、その使い道について色々な想像を巡らせているようだ。


「おうおう。なんでぇ、やればできるじゃねぇか。そうだぜ、うまく生きるには物分かりがよくねぇと……」

「そこで、お前たちには、こいつをくれてやる」


 ゴロツキの言葉を遮り、彼女は硬貨を一枚だけ抜き取って見せた。

 小さく黒ずんだそれは一セロン銅貨といい、最低価値の硬貨である。これ一枚きりでは、パンのひと欠片が買えるかどうか。

 ごく当たり前に、ゴロツキは怒りを露わにした。


「ああん!? 何ふざけたことぬかしてやがる! 全部いただくに決まってんだろ! だいたい、銅貨一セロンだと! 舐めんのもたいがいにしやがれ!!」

「いやまさか。お前たちにはこの程度で、お似合いだと思ってる……『銅を供に願う。眼覆えし、光あらん』」


 アレクサンドラ・ウィットフォード――彼女は、呪紋オーソワードを操り対価をくべて超自然現象である『魔術』を行使する、詠術士ウィザードの端くれである。

 彼女が指先で銅貨を弾く。一瞬、ゴロツキたちの視線が宙を舞う硬貨へと集中し。瞬間、銅貨は自身を対価として、まばゆい光の玉と化した。


「ぐぎぇっ!?」


 薄暗い闇に慣れた眼に、その光は強烈に過ぎた。たちまちに目が眩み、男たちは狼狽する。

 硬貨をはじいた瞬間に目を閉じていたアレクサンドラは一人だけ自由に動き、素早く目の前にいた巨漢のゴロツキの背後へと回りこんだ。そして男のガンベルトから銃を失敬すると、引き金を引く。


 連続して、銃声が鳴り響く。呪紋を刻まない安価な弾丸プレーンブレットが、唱薬の爆発力にはじかれて飛び出してゆく。

 それらはてんでばらばらな方向に飛んで、地面や周囲の建物に無駄な傷をつけた。


「……やはり、難しいな」

「てんめぇ、このクソ野郎がぁっ!!」


 撃たれたことに反応して、ゴロツキたちも次々に銃を抜く。

 だが、彼らの目は眩んだままだ。正面から撃たれたのだから、正面に撃ち返す。なんとも単純な考えで、彼らはむやみやたらと引き金を引いた。

 その結果に起こるのは、悲惨な同士討ちである。

 アレクサンドラが回り込んだ男が、銃弾を浴びて踊るように倒れていった。巨漢であるだけに、当たりやすいのである。


 彼女は素早く、男の陰から道の脇へと飛び退った。

 その時になって、男たちはようやく眼を慣らしはじめ、撃ち合いを止めて周囲を見回していた。そこにいるのは銃弾を浴びて倒れたゴロツキの仲間たちのみ、聞こえてくるのは彼らのうめき声だけだ。


「なっ……なんだ、こりゃあ!?」

「逃がさないためだろうけど、前後で挟んだのは失敗だったな」


 ようやく、アレクサンドラが自分の銃を抜く。

 なんの装飾もない、簡素な回転弾倉式拳銃リボルバー。未だに状況を把握しかねているゴロツキたちへと向けて、引き金を引いた。

 唱薬が吼え、弾丸が宙を翔ける。


 弾倉の限り、六発を撃ってゴロツキへの命中が一発。あとは全て、地面を耕すにとどまった。


「…………」

「…………」


 銃を構えた姿勢のまま、危険に備え身を縮めたまま、両者は無言で睨みあう。


「……主。やはり銃の練習はしたほうが良い」

「弾代がかかるのは、嫌だ」

「ばっ……馬鹿にしやがってぇぇっ!!」


 懐の使い魔の抗議をさらりと流している間に、ゴロツキたちは激昂し反撃に出ていた。

 今度こそ、生き残った全員でアレクサンドラを狙う。彼女はそこで、役に立たなかった銃の代わりに鉄貨を弾いた。


「鉄を供に願う。悪しき物、我に届かず」


 矢避け――現代なら弾避けだ――の魔術をかけるや、すぐさま近くの建物へと飛び込む。

 それを追いかけて、銃弾が壁に突き刺さった。ゴロツキたちはありったけの弾丸を叩き込むが、手ごたえはない。


「畜生! 畜生がっ!! なんだあいつは、どうなってんだこれは!?」


 周囲を見回せば、ゴロツキたちだけが同士討ちに倒れ呻いている。対して獲物は、無傷で逃走中だ。


「くそう、あいつは得体がしれねぇ! 俺ぁ追っかけて蛇を出すのはごめんだぜ」

「チッ! だからってこれだけ殺られて、黙って退けるかよ!」


 その時、銃弾を浴びて倒れていた男が、傷に唸りながら起き上がってきた。

 最初にアレクサンドラに盾とされた、巨漢の男だ。あちこちから血を流しているが、見た目なりの頑強さが、彼を生かしていた。


「ぐぬぅぅがぁぁ……あのやぁろぉぉぉぉ……クソ魔術使いスペルキャスターかぁよォ!!」


 彼の傷は同士討ちによるものだ。だが、慌てる手下たちには目もくれず、煮えたぎる怒りを注いで天に咆えた。


「もう、容赦ぁしねぇ!! ぶっち殺してやる!! 『カラミティホーク』! 来ぉい!!」


 巨漢の男の叫びに応じるように、街のはずれで爆発が起こる。

 建物を形作っていた木片がばらばらと飛び散るなか、巨大な影が起き上がりつつあった。

 銃鉄兵ガンメタルだ。

 蒸気が破片を吹き飛ばし、低い唸りが広がってゆく。騒がしくなる周囲にかまわず、戦闘用銃鉄兵アイアンファイター・カラミティホークは走り出した。


 夜の通りにしゃれ込んでいた者たちが、悲鳴を上げて逃げ散るのが聞こえる。

 鋼鉄の巨人は大地を軋ませながら街中を駆け抜け、主のもとへと馳せ参じた。

 薄暗い夜空に、屋根を超えて巨大な頭が覗きこむ。昼間に傷ついた頭部の修理が途中と見えて、いまだに顔面がひしゃげたままだった。


「ようやくのおでましか。待ちかねた」


 ゴロツキたちが、ばね仕掛けのような勢いで振り向けば、果たしてアレクサンドラが建物の二階に顔を出していた。

 ベランダに寄りかかり余裕のある彼女を見て、ゴロツキたちの表情が実に凶悪にゆがむ。


「……ちいとばかり面白い手品が使えるようだがよぅ、んなもんが銃鉄兵ガンメタルに通じるかよぉ! 建物ごとぶっ潰れな!!」


 巨漢の男が、心底から叫び腕を振った。

 カラミティホークはすぐさま腕を振り上げ、建物に拳を叩きこみ――は、しない。


「なにをしてやがる! このウスノロがっ!! ぼやぼやしないで……」


 巨漢の男が、罵声とともに振り返ると。彼を見下ろす、ぼんやりと灯る冷たい照眼アイアンサイトと、目が合った。


「お、おい……何故だ。何故俺を、睨んでやがる!! 俺はそのクソ野郎を、やっちまえって言ったんだよ!!」


 いくども指をつきつけ、巨漢の男がわめきたてる。

 ありえないことがおころうとしている、そんな冷たい予感が、指先から這い上がってくる。それを振り払い、あってはならない事態が起こらないように、彼は半狂乱で叫び続けた。


「なっ!? カラミティホーク! てめぇ、何をやっている! さっさと俺の命令に従え……!!」


 だが、カラミティホークは静かに、彼へと向けて歩き始める。

 巨人の機械は主の命に従わず。ならば、この次におこなわれるであろうことは。


「おい……なんだよ。止めろ。違うだろ、主人マスターは俺だ! 俺が……」


 銃鉄兵ガンメタルは、『主人登録マスターキー』をもつ者の命令に従って行動する。

 それは、荒野に暮らすあらゆる者にとって、絶対の常識であった。だからこそ彼は、これは己の力であると、確信していたのに。


「止ァァァめろォォォーッ!?」


 ふりあげられた巨人の拳が、地面へと突き刺さる。

 九ヤード(約八メートル)もの身長をもつ、鋼の巨人の拳だ。それは激しい振動と衝撃をまき散らし、周囲に残っていたゴロツキたちを無慈悲に吹き飛ばした。


 やがて土煙が流れ去った後。

 その場に立っているものは、一機と一人だけとなったのである。


 ◆


 ゴロツキたちが全員倒れた後、アレクサンドラは悠々と階段を降りてきた。

 通りに出ると、拳を振り下ろしたまま停止した銃鉄兵を見上げて、わずかに眉根を寄せる。


「さて、これで約束通り銃鉄兵はが。……しかし、無駄の多い」


 ゴロツキが使っていただけあって、カラミティホークは凶悪な外観を有している。それは実用を第一とする彼女の趣向に、はなはだそぐわないものだった。


「まぁいい。それよりも、忘れないうちに」


 それから彼女は倒れたゴロツキどもを調べて回り、そこからガンベルトや金銭を抜き取っていった。

 袋の軽さを確かめて、我知らずため息を漏らす。


「……お寒いことだ。だが、食い詰めどもではこんなものか」


 少しでも価値のありそうなものは根こそぎちょうだいすると、彼女は耳を澄ました。


 遠くから、重い振動が近づいてくるのが感じられる。

 酔って銃撃戦をやらかすていどならともかく、銃鉄兵まで持ち出して暴れては、街の住人も黙ってはいない。

 これ以上の面倒は、不要である。


「ふむ、今日の『稼ぎ』はこんなものか」


 カラミティホークが立ち上がり、彼女へと手を差し出した。

 そこに軽やかに飛び乗ると、彼女はそのまま肩まで駆け上がり、首の後ろにある客架キャビンに乗り込む。


 それを確かめてから、カラミティホークは走り出した。

 中央通りを駆け抜けて、街の外へと。騒々しさを背後に置き去りに、彼女たちは闇の中へと消えいったのだった。

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