第二幕「そして彼女がやってきた」

 鉄動馬オートホースの背に揺られ、アレクサンドラは街の入り口をくぐる。

 ここは、砂馬車の順路サンドトレイル沿いによくある、小さな宿場街であった。


「ようしいいぞ! そうこなくっちゃあな!!」

「遠慮はいらねぇ、やっちまえーっ!!」

「返り討ちだぁっ!! オラいけぇっ!」


 大通りをそぞろに進む彼女を出迎えたのは、威勢のいい野次の嵐であった。

 と、いってもそれは彼女へと向けられたものではない。いぶかる時間はさほど長くもなく、すぐにその原因を知ることになる。


 とりまく野次馬の中央に、もうもうと蒸気が噴きあがった。甲高い、嘶きのような音を引き連れて、巨大な影が動き出す。

 自らが吐き出した蒸気をかき分けながら、『それ』はゆっくりと身を起こした。

 全高およそ九ヤード(約八メートル)、全身を重厚な金属で包んだ、巨いなる人型。


 低い唸りをあげて野次馬を睥睨する、その『巨人』の正体を知らぬものなど、この荒野には存在しない。


「……銃鉄兵ガンメタル


 人々の熱狂の中心で睨みあう、二体の巨人。

 鋼の威容、人の似姿。その名は『銃鉄兵ガンメタル』。


「なるほどな。だったら……ブラットリー」


 囁けば、するりと外套から猫が飛び出した。それはすばやく駆けると、すぐに雑踏に紛れて視界から消える。

 それを見送ってから、アレクサンドラは再び鉄動馬に歩みを再開させた。そうして、何やらいっとう大声を張り上げている男に近づいてゆく。


「これは、何の騒ぎだ?」


 その男は愛想のよい笑顔のまま振り返り、そこにいた襤褸けた外套にくるまれた人影をみて一瞬、怯んだ。


「こ、こりゃあ旅の方かい? なぁに、見てのとおりただの喧嘩さ。珍しいことじゃない」

「かもな。しかし銃鉄兵ガンメタルを使っての喧嘩とは、穏やかでもない」

「なんのなんの、それくらいのほうが景気がいいってもんだ! おっと。それで、旅の方もどうだい、一口?」


 男は笑みに戻ると、指を丸めてわっかを作ってみせた。万国共通で通じる仕草である。彼はこの騒動にかこつけて、賭けを開いているわけだ。

 アレクサンドラは、僅かに考え込んでから鉄動馬を降りた。


「で。やるのは、どいつとどいつなんだ?」


 男は、にんまりと笑う。彼は巨人たちの足元を指さしながら。


「片方、あのひょろいほうは商人さ。まぁ売り物を値切る値切らない、ってのが事の発端だな。で、もう片方があそこのゴロツキで……」


 睨みあう巨人たちの足元には、同じように相対する男たちがいた。

 片方は、シンプルなスーツに身を包んだいかにも真面目そうな男である。彼は、周りの野次を耳に苦々しげな表情を浮かべかけたが、歯を食いしばって耐えていた。

 そうして精いっぱいの虚勢を張り、向かい合うゴロツキを睨んでいる。


 対するゴロツキはいかにも粗暴な髭面であり、巨漢であった。筋骨隆々、肉体がシャツを押し上げ、いまにもボタンが弾け飛びそうである。

 彼は悠々と相手を見下ろし、挑発するように薄っぺらい笑みを浮かべている。

 時折、上着の下から金属の輝きが垣間見えるが、彼にそれを使うつもりはないようだった。


鉄騎手メタルジョッキーなんて、どうでもいい。モノが作業用ブロンズワーカー戦闘用アイアンファイターじゃあ、そもそも勝負にならない」


 この二人が喧嘩をするのならば、それはそれで結果など見えたようなものだが。

 問題は、その背後に控える存在にあった。


 彼らの背後にそびえる二体の銃鉄兵。それらは、それぞれに異なった姿を有している。

 商人の背後にある機体は、そもそも巨人と呼ぶには少々雑な外見をしていた。寸胴に太い手足が生えており、全体的に平べったく重い印象がある。

 足が短いわりに腕は長く、これでは馬力のほどはともかくとして、機敏な動きはまず望めないだろう。


 対するゴロツキの機体は、それに比べてより洗練された外見を持っていた。

 大きさは頭一つ以上高く、全体的にすらっとして人型に近い形状を有している。ならば馬力に劣っているかといえばそんなことはなく、それが一歩を踏み出すたびに地面に強い振動が広がっていた。

 何よりも腰回りの装甲に吊り下げられた巨大な銃が、その目的を声高に主張している。口径が人の頭ほどもあるそれを用いて敵を撃つ――完全な、戦闘用だ。


 アレクサンドラの指摘を受けて、胴元の男は肩をすくめる。


「まぁ確かに、ちいとばかし作業用ブロンズワーカーのが不利だ。だがまぁ、勝負は時の運って言葉もあるだろう。それにその分、勝ったときの見返りは大きいってもんだぜ?」


 ずいぶんと必死で食い下がってくる、そう考えたところで彼女は気づいた。

 この二体の巨人の戦いで賭けを成り立たせようと思えば、それぞれの側に賭ける人間が必要だ。だがその実力差は周囲の目にも明らか、わざわざ好んで弱いほうに賭ける愚か者などいない。

 このままでは賭けそのものが成立しないのであろう。


 彼女はしばし目を細めて考えていたが、やがて懐から手を出した。


「いいだろう。あのブロンズワーカーに、賭けよう」

「おおっ、そうこなくっちゃ旅の方! で、どれほどを見せなさるんで?」


 今にも揉み手をせんばかりににやついていた男は、放り投げられた輝きを見て凍りつく。


「その、金貨一〇〇〇ダレルを」

「っうぶっはぁっ!? へぇぁっ!? ぶっっっったぁまげたぜ、旅の方!! こいつぁ染みる心意気だ……おおい! てめぇら耳ぃかっぽじってよぉく聞け! こちらの御仁が黄金に輝く、でっけぇお心を見せてくだすったぜ!!」


 よだれをたらさんばかりに興奮した男は、そのまま金貨を高々と掲げる。

 強い日差しを反射する金貨へと一瞬、周囲の眼が釘付けになった。直後、にわかに狂騒が巻き起こる。


「おらぁ! なにぼさっとしてやがる!」

「ブロンズなんざとっととぶっ潰しちまえ! だてに威張り腐ってねぇだろ!!」

「そうだそうだ! これで今夜の酒が一杯増えるぜ!! へへっ、馬鹿な金持ちさまっさまだな!」


 野次馬からの罵声が、ひときわ強くなった。殺意すら感じるほどの、狂乱だ。

 これまでは配当が偏りすぎて戦闘用アイアンファイターが勝ってもうまみがなかった。しかし金貨がかかるとなれば、話は別だ。

 この場にいる全員が夜通し騒いでも、なお余裕でお釣がくる。それほどの価値があるのだから。


 周囲の盛り上がりを受けて、ゴロツキが腕を振り上げて吼えた。商人は、もとから青ざめた顔色をさらに青くしながら、しかし戦意は失わず相手を睨みつける。


 その時、湧きかえる野次馬たちをかき分けて、一人の人物がアレクサンドラのもとへとやってきた。

 その人物――青年だ――は、いかにもむすっとした様子の彼女を前にして、人懐こい笑顔で話しかけてくる。


「やぁ。作業用ブロンズワーカーに金貨を賭けるなんて、すごい度胸だな君は。それとも単に羽振りがいいのかな」

「さぁな。私の金だ、どう使おうと勝手だろう」


 ぶっきらぼうな答えを浴びて、しかし青年は何かに納得したように頷いており。


「ふぅん、なにやら自信ありって様子だね。なるほど……おい、私も賭けよう」

「へぃっ! それで、どちらにいかほど?」


 言うなり、青年も懐から硬貨を取り出した。鈍い、銀の輝きが見える。


「ブロンズワーカーの側に、銀貨一〇〇ダレルを」

「ははぁっ! 旅の方に続いて、これまた豪気なこって! ええ、ええ。大歓迎ですとも!」


 胴元の男はこれ以上はないくらい、満面の笑みを浮かべている。

 さぞかし喜んでいることだろう、内心でどう思っているかまでは定かではないが。


「これをスると、大変だなぁ」


 アレクサンドラの横に並んだ青年は、人事じみて呟く。

 彼女はそんな彼のことを気にもかけず、じっとブロンズワーカーを見つめていた。


「ようし、双方準備はいいかぁ!? 今回は街中での戦闘だぁ、そのため火器の使用は厳禁! 戦いは拳のみ! こいつを破ると鉄格子とくせぇ飯が待ってるぜ!!」


 胴元の男が、大声を張り上げながら前に出る。

 説明を聞き、戦いに臨む両者は了承を返し、後ろに下がった。これで矢面に立つのは、二体の巨人のみ。


「では……始めろォ!!」


 胴元の男が、空に向かって銃を放つ。すぐさま、慌てて野次馬たちのもとまで下がった。

 何故なら、銃声が響き終わるより先に、巨人たちが動き出していたからだ。


 か細い蒸気を吐き出しながら、銃鉄兵が走る。地響きが観衆を襲い、彼らは律動リズムに合わせて腕を振り上げた。

 破壊的な兵器同士の戦いでありながら、これはあくまで喧嘩――見世物でしかない。


 戦いが始まってからしばらくは、誰にとっても予想通りに進んでいた。

 いかにももたもたとした動きのブロンズワーカーに対し、アイアンファイターは素早く走り出すと背後に回り込みをかける。その動きに、ブロンズワーカーはまったくついていけていない。


 そも、作業用ブロンズワーカーとは名の通り、荷運び輸送がその本分である。

 その腕に、つかんで持ち上げる以上の機能はなく。素早さよりも、それなりの馬力と荷を傷つけない繊細さが要求される機種なのだ。


 対して戦闘用アイアンファイターとは、戦うことを前提として作られた機種である。

 主な攻撃方法は銃火器であるものの、格闘が軽視されているわけではない。その相手は同じ銃鉄兵から巨獣までと、様々だからだ。

 あらゆる状況で勝利を得るために作られた、頑強タフな機械なのである。


「はっはははーっ!! おらおら、死ねぇ! 金貨は俺がいただきだぁ!!」


 既に勝利を確信してか、ゴロツキは凶相をさらに歪めて吼える。

 それに応じ、敵の背後をとったアイアンファイターが腕を振り上げた。狙いは、銃装兵の弱点の一つである『頭部』である。

 作業用であるブロンズワーカーは相応に耐久性も低く、容易く殴り倒せるはずだ。


 ――だが、常識どおりに進んだのは、ここまでだった。


 前触れなく、ブロンズワーカーの鼓動が高鳴った。

 なけなしの『熔血フューズドブラッド』を一気に燃やし、ありったけの出力を開放する。過剰出力オーバーロードによる超過熱状態に陥った機体が、冷却のために全身から激しく蒸気を噴き出した。


 激しい消費と引き換えに、ブロンズワーカーは瞬間的に、アイアンファイターに匹敵する出力を手に入れる。

 構わず振りぬかれた拳を、ブロンズワーカーは不自然に滑らかな動きで身を沈み込ませ、回避した。頭部を狙った拳は、肩口をかすって空を切る。


 そうして伸びきった腕を、ブロンズワーカーの大雑把な手が掴んだ。

 ブロンズワーカーは、そのまま振り返りつつ、肩を押し当て躯体を敵の懐に滑り込ませる。


 残る腕が、アイアンファイターの股座に差し込まれた。

 同時に掴んだままの腕を引っ張ると、アイアンファイターは自身の持つ勢いのまま、つんのめってゆき。

 ブロンズワーカーの躯体を支点として、てこの原理により大きく持ち上がった。

 仕上げに、ブロンズワーカーが渾身の力を両腕に籠めて。


 アイアンファイターの巨体が、美しく宙を舞った。


「……っはぁっ!!??」


 叫んだまま口も閉じず、唖然とする野次馬たちの前で、アイアンファイターがぐるりと回転する。

 そのまま勢い減じることなく頭から地面に叩きつけられ、盛大な地揺れと土煙を巻き起こした。


「うえぇっ!? げほっ、ごほっ」


 土煙をまともに浴びた野次馬たちが、悲鳴を上げながら転がり逃げる。なかには腰を抜かしてへたり込むものまで出る始末だ。

 さきほどまでの狂騒が嘘のように、周囲は静まり返っていた。


 野次馬たちがこわごわと見守る中、やがて土煙は流れ晴れてゆく。

 その後には、頭から地面に突き刺さったまま、微動だにしないアイアンファイターの姿があった。


「………………ブ……ブロンズ……ワーカーが、勝った……勝ちやがった……!!」


 勝利が告げられるまでには、かなりの時間がかかった。

 いまだに野次馬のなかには呆然としたままの者もいる。起こりえないことが起こり、ありえないことがあった。誰もが理解の追いつかぬまま、正気を手放していたのである。


 そんな中、胴元の男は顔色を蒼白にしつつあった。まさかの大番狂わせである。このままでは、ブロンズワーカーにかかった配当を払わねばならない。

 手の中の金貨が、恐ろしく重みを増す。

 ――絶対に無理だ、逃げよう。そう強く決断した男は、すぐさま身をひるがえし。


 目の前に二人の人物が立ちはだかるのをみて、顔色をさらに真っ白くした。

 青年のにこやかな笑みの下、これ見よがしにちらつかせられたガンベルトが、男の退路を断つ。


「さて。賭けに勝ったのだから、ちゃんと払い戻してもらえるともな?」

「も、もちろんでさぁ……」


 男は、呻くだけで精いっぱいであった。


 ◆


 最終的に恥も外聞もなく泣き落としまで仕掛けてきた胴元の男から、しかし容赦なく配当を取り立てた二人は足取りも軽く歩き出していた。


「それじゃあな」


 それだけを言い残し、鉄動馬の手綱をひくアレクサンドラの横に、青年が並ぶ。


「さっきは儲けさせてもらった。どうか、お礼にいっぱい奢らせてくれ」

「私は休む。奢りたければ勝手にしろ」

「ではそのように。馴染みの店がある、こっちだ」


 青年は、当たり前のように先導をかってでると歩き出す。


「おい、私はついていくとは一言も……」

「その鉄動馬も、安く預かってくれるよ」


 アレクサンドラはわずかに悩んだものの、結局は素直に後を追ったのだった。


 青年が案内したのは、街の中心から少し外れたところにある酒場だった。

 鉄動馬を預け、アレクサンドラもそのあとに続く。気軽に入り、案内される前から席に着いた青年が指を鳴らすと、店主が頷いて準備を始めた。


 まもなく、給仕の娘が酒を片手にやってくる。

 彼女は青年の姿をみて、決して職業上のものだけではない笑顔を浮かべていた。


「まぁ、クリス! これを頼むなんて、なぁに? また儲けたのね?」

「もちろんさ、ボニー。話してあげたいところだけどね、まずはとの勝利に、一杯をいれてくれ」

「ええ、喜んで。好きなだけ頼んでちょうだい。ゆっくりしていって……お連れの方も、ね?」


 給仕の娘ボニーは少し婀娜っぽい視線を送るも、アレクサンドラは帽子の下から獏とした態度で返すのみだ。まぁ当然である。

 給仕の娘はやや鼻白みつつも、なんとか愛想のよい笑顔は崩さずに下がっていった。


 まったく気にしないアレクサンドラが酒に手を伸ばすと、青年はすかさずボトルをとりグラスに注ぐ。


「乾杯する相手が、違ったんじゃないのか」

「さて、彼女はただの給仕さ。それよりも、今日の勝利と出会いに」


 彼は自分のグラスを差し出す。彼女はいかにも億劫げではあったが、拒むことはしなかった。


「……今日の儲けに」


 チン、とグラスをならすと互いに飲み干す。

 強い酒精と爽やかな味わいが、喉を通り過ぎる。勝利にいれただけあって、良い酒のようだ。


「まずは、自己紹介かな。僕の名は、『クリストファー・ヴィンセント』。見ての通り、『賞金稼ぎバウンティハンター』をしている。君は?」

「……『ジョン・ダーレル』。彷徨人ワンダラーだ」


 典型的な偽名に、はぐらかした答え。だが青年――ヴィンセントは、笑みを崩さない。


「そうか、『ジョン』。心ばかりだが、好きにってくれ」

「ならば甘えよう。店主! すまないが、浅い皿とミルクの用意を頼む」


 店主が、ヴィンセントへと訝しげな視線を送る。彼が頷くと、肩をすくめて動き出した。

 すぐに、二人の前へと注文通りの皿とミルクが運ばれてくる。


 興味深げに見守るヴィンセントの視線の先で、アレクサンドラは腕を伸ばす。すると、袖口から一匹の猫が這い出してきた。

 猫は一度大きく伸びをすると、用意されたミルクをすすり始める。


 束の間、目を丸くしていたヴィンセントは、すぐにはたと手を打っていた。


「……なるほど、まさか使い魔ファミリアとはね。合点がいったよ。ブロンズワーカーに憑いた『凡霊アニ』では、どう命じられたところであんな動きはできない」


 彼の瞳が、面白げに細められる。対して、アレクサンドラはピクリと反応していた。

 警戒を増した視線を浴びながら、当のヴィンセントは飄々としたものだ。


「しかし驚いたな。使い魔を使って他人が主人登録マスターキーをもつ銃鉄兵を操る。理屈の上では可能だと知っていたが、とっさにやってのけるなんて。初めて見た」


 彼女の視線に、さらに警戒が増した。そうだ、アレクサンドラがおこなったイカサマの種を、彼は正確に見抜いている。

 彼はそれを意に介さず。ふいに、顔から笑みを消した。


「君に仕事を、依頼したい」


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