第33話 守護闘士(二)

 屋内に入ると、頭を抱えて悲嘆にくれている者、意味不明な言葉を繰り返しながら右往左往する者たちで混乱の最中であった。


 普段は皆を取り仕切る帳場のジャン老も、呆然と口を開けて途方に暮れている。

 知らせをもたらした小僧は取り囲まれて質問攻めだ。

 行きつ戻りつのやり取りをまとめると以下の通りであった。


 領地へ向かった女主人の一行が襲撃された跡を、通りがかりの行商人が発見して最寄りの街の衛兵に通報したのが、昨日の昼頃のこと。

 生存者は無く、現場を調べた衛兵たちが残された遺体の所持品から一行が当商館の者であることを突き止め、ギルドに連絡が届いたのがしばらく前。

 たまたま、ギルドに届け物があって出向いていた小僧が報せを受け、急ぎ商館に伝えに戻って来たのが、つい今しがたのことだという。


 聞くべきなのに、まだ誰も聞いていない事があった。

 誰も嘆くばかりで聞こうとしないため、オルウェンが声を上げた。

「残されていた遺体には、主人殿のものもあったのか?」


 生存者なし、と聞いててっきりお嬢様も……そう早合点してしまったが、そうだ、まだ亡くなったとは聞いていない。どうなんだ!?

 周囲の者たちがハッとして小僧を問い詰める。

 皆の剣幕に圧迫されて真っ青な顔をした小僧は、

「お嬢様の遺体は、なかったそうです……」

と、消え入りそうな声で答える。

 それを先に言え! と、小突かれる小僧が気の毒であった。


 一旦、安堵の空気が流れたところで、

「で、お嬢様はいまどこに?」

 ジャンヌがふと発した問に皆の動きが止まる。

 お互いに戸惑いながら顔を見合わせるばかり。


 やれやれ、とオルウェンは首を振り、

「ご老体」

 と、ジャン老に声を掛けた。

 それまで呆けた様になっていた老人は動揺しつつ応える。

「何じゃな?」

「捜索のために人手が要る。全て男だ。いまやっている仕事は一旦止めろ。商館ここに連絡と留守居役を若干を残したあと、どれだけ割ける?」

「商館の仕事を止めるのか? 納期が近い仕事もあるんだぞ!」

「あきらめろ。どのみち、主人殿を失ったらこの商会も立ち行くまい。主人殿が無事なら、また一からだって始められるのだろう? 違うか?」

 むむっ、とジャン老は唸る。しばし宙を見据えて胸算用した後、

「儂は取引先に事情説明と謝罪をしに廻る。留守はオリビエに頼もう。連絡のために小僧たちは残しておく。これでどうじゃ?」


 オリビエは足が不自由だが頭の廻る中年の男で、ジャン老の片腕だ。最大限、捜索に人をあてつつ、捜索には役に立たない老人たちで商売と信用を守るために最低限の対処をする。ジャン老の苦肉の策だ。


「小僧たちも連れていく。危険なことはさせない。連絡役は女達に頼む。これは総力戦だ。あと、主人殿の実家の方にも使いを出しておけ」

 万が一身代金目的の誘拐であったなら、要求は実家の方へ行く可能性もある。

「……分かった」


 話がまとまるや、オルウェンは主だった男たちを集めて指示を出し始めた。誰もが言われたままに従う。

 反発しようにも、代わりに何らかの指示を出せる者が、誰も居なかったからだ。


 オルウェンは年嵩としかさの男と、小僧や若輩者との組み合わせでいくつかのグループを作らせた。


 そして、そのうちの一つにまず命じたのは食料の手配・調達であった。準備ができ次第、後を追って来い、と。


 その他の者たちは、すぐさま襲撃現場に赴いて情報収集を行う。詳細な手順は移動中に説明する。危険を感じた場合は、自分オルウェンを呼びに来い。決して自分たちだけで行動を始めるな。

 百、十を十回だ。百を数えたら出発するぞ。さぁ、すぐに準備しろ!

 オルウェンの号令で男たちや小僧たちは、慌ててばらばらと遠出の支度のため動き出した。


「オルウェン! お嬢様を、お願い」

 祈りを込めたジャンヌの言葉に、オルウェンは一つ頷いて応えた。



 

 文字通り、夜を徹して駆け付けたオルウェンたちが現場に着いたのは、翌朝のことだった。


 襲撃の現場となった所では、さすがに遺体は片付けられていたものの、いまだに破壊された馬車が街道脇に放置されたままである。


「残骸が見当たらない。馬車が一台、無くなっている」

 連れてきていた商館の鍛冶師が気付く。


 賊は女主人一行の馬車を一台、強奪したようだ。おそらく、その馬車に拘束した女主人を乗せて走らせたのだろう。


 オルウェンは周辺を、特に街道から外れたところの足跡などを丹念に調べさせた。


 ルーアンに通じる主要な街道である。水運が中心の時代であっても、それなりの交通量があるので街道上に残る足跡から何かを見出すのは難しい。


 だが、すぐ傍に街道があるのにも関わらず、あえてそこから外れた場所に立ち入ろうとするのは、用足しか野宿か、いずれにせよ例外的な場合である。


 例えば、人を襲撃したり、されて逃げ惑っている場合のような。


 案の定、襲撃現場の周辺、街道から外れた草叢に乱れた足跡の残った場所があった。

 一行の人数や、通報を受けた後に調査に来た衛兵の人数を差し引くと、賊の数はそれほど多くはないと見られた。


 だが、少数で襲撃を成功させたということは逆に手練れの者たちであることを示唆しており、危険度はより増す。


 オルウェンは鍛冶師を呼び、持ち去られたとみられる馬車の輪距(左右の車輪の間の長さ)を尋ね、その長さに合わせた紐を用意させた。


 そして、皆を集めて指示を下す。


「賊は馬車を曳いている。恐らくある程度整った道を辿って移動しているはずだ。人通りの少ない細道を中心に、手分けして馬車の跡を探せ。轍の間隔は今から配る紐の長さだ。見つけても決して自分たちだけで手を出したりするな。一人を見張りにつけ、伝令をこの場所まで走らせろ」


 命を惜しめ、とは言わん。ただ、無駄遣いはするな。

 そう締めくくってそれぞれの組を送り出す。


 オルウェン自身は、多少なりとも戦えそうな男たちを選抜して主力組を編成し、彼らとともに現地点で待機だ。


「……間に合うかの?」

 問いかける鍛冶師の言葉にオルウェンは、

「そう祈るしかあるまい」

とだけ答えた。

 間に合おうが間に合うまいが、女主人の生死を確認するまで、彼らにとってできることはこれだけなのだ。


 初夏の青空に陽が昇り、気温が上がってきた。

 髭面のウェールズ人は草叢に腰を落とし、じっと瞑目するのだった。




 トマスと小僧のジャックは、三叉路に行きあたった。

 顔を見合わせた後、トマスが出発の際に配られた紐を取り出す。

「えーと、人通りの少なそうな細道から調べるんだったよな……」

 一番寂しそうな道は……右手の方か。

「どれどれ」

 やはり、交通量が少ないのか轍の数は三組六本。


 トマスが紐の端を一番左側の轍にあて、ジャックが反対側の端を右側へ伸ばす。

 反対側の端で一致する轍は無かった。

「これは違う、と」

 次の轍、またその次の轍、と繰り返してどれも異なることを確認する。


「次は、真ん中の道かな。ジャック、行くぞ」

 呼ばれたジャックがトマスの後を追い掛ける。


 この道でもなかったら、後は交通量の多い幹線である左側の道だ。

 左側の道の轍は数え切れないほどあるので、もう調べない。

 右と左が違うならその時点で左側の道を選んで進むのだ。

 そしてまた分岐点で同じことを繰り返し、街や村に突き当たったらそこは終了、出発点に引き返す。

 それぞれの方面に向かった同輩たちが同じ方法で追跡を行っている。


「あ」

 ジャックが声を上げ、トマスは彼の手元に注目した。


 一致した轍が、あった。心臓がドクンと跳ねる。


 まだ、決まった訳じゃない。これからだ。そう自分に言い聞かせる。


 恐れはある。だが、何もできずに右往左往していた時よりも、自分にできる事がある、というだけで心は少し強くなれた。


「よしジャック、今度はこの道をたどるぞ」

「うん!」




 陽が傾きかけた頃、オルウェンら実力行使担当らが待機している場所には、割り当てられた方面で探索の成果が無く引き返してきた者たちがたむろしていた。


 まだ、何組か探索中の者たちがいる。

 希望はまだある。だが、焦りも色濃くにじんでいる。


 オルウェンは瞑目したまま、動かない。


「あ、あれ……ジャックじゃねぇか? 一人だぞ!」

 落ち着かず、街道の先を見張り続けていた男が声を上げた。

 トマスと組んでいた小僧のジャックが戻ったようだ。


 期待と不安が高まる。


 成果なく打ち切りで引き返してくる場合は、二人一組となる。一人で戻ってくる、ということは何らかの成果があったか、何がしかのトラブルがあった場合だ。


 駆け続けで息の上がった、ジャックを皆が囲んで口々に問いかける。

 何があった? 何か見つけたのか? トマスはどうした?


「落ち着け」

 オルウェンが割って入り、ジャックに水を満たした器を渡して飲ませる。

 そして、やっと一息ついた小僧に、問いかけた。

「それで?」


 促されてジャックが始めた説明に、周囲で聞いていた男たちは困惑して顔を見合わせる。


 トマスとジャックは轍の跡を追って、森の中に分け入る道を進んでいた。


 そして、森に入ってしばらくすると、粗末な樵小屋があり、その傍らに商会の紋章が描かれた馬車が止められていた。


 これは! と、思って身を隠し様子を伺ったが、人気が全くしない。


 意を決して近寄ってみると、賊と思しきいかめしい男の斬殺死体が倒れていた。

 小屋の周囲を探してみると、もう一体、やはり賊と見られる男の死体が転がっているのが見つかった。


「死体は二つだけか? 主人殿の遺体は無かったのだな?」

「は、はい」

「小屋の周囲に、馬の蹄の跡はあったか?」

 少し思い出す素振りを見せた後、ジャックは答える。

「いえ……多分無かったと、思います」

 そうか、ご苦労だった。オルウェンは小僧の肩を叩きながらそう言い、続いて起ち上って周囲に指示を飛ばす。

「数人、ここに残ってこれから戻って来る者たちを待っていてくれ。他の者はみな、その樵小屋へ向かう」


 捜索は振り出しに戻った。


 仲間割れだろうか? だとすれば良くない傾向だ。先が読み難くなる。


 主人殿とはあまり交流が無くそれほど思い入れも無いのだが、ジャンヌの悲しむ姿は見たくない。


 オルウェンは男たちを率い、ジャックに先導されて件の樵小屋へ急いだ。

 

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