第35話 もう一人のジゼル(二)

 さて、困った。


 進退窮まった状況と云えたが、その娘は冷静であった。少なくとも、冷静であろうとはしていた。


 目隠しをされたまま、後ろ手に縛られた手首の具合を確かめてみる。

 あまり期待はしていなかったが、がっちり結ばれた縄は頑張ってもどうにもなりそうにない。


 監禁されているこの小屋の周辺や、部屋の中の様子も分からないが、セーヌ南岸で拉致されてから河を渡ってはいないので、少なくとも北へは移動していないと云える。


 馬車に乗せて運ばれたので、原野や森の中を突っ切ったりもしていない。少なくとも馬車が通れるほどの道が通っている場所だ。


 下ろされてからすぐに小屋の中に押し込められた。おそらく小さな森の猟師小屋だろう。周囲の物音に、枝を揺らす風の音や、時々鳥や獣の鳴き声がする。


 移動にかかった時間を考慮すると、セーヌ沿岸からはあまり離れていない。せいぜい三リュー(十キロメートル)くらいか。


 さて、どうしたものか。


 娘は思案を進める。

 

 連れの者たちは、おそらくもう始末されているだろう。

 それが、最も悔やまれた。

 たとえ戦いの素人ばかりでも、人数が揃っていれば手出ししてこないであろう。

 そう考えていたのが甘かったのだ。


 明らかにこちらの方が多勢だというのに、少人数の賊にあっという間に斬り伏せられた。

 素人と玄人でこれほどの差が出るのであれば、病み上がりに無理を言ってでもあの男を連れてくるべきだったかもしれない。

 ああ、いけない。ただ悔やむだけの思考は意味がない。反省と改善策を見出すため以外に、過去を振り返って何になる。


 娘はひたすら考える。今はそれしかできないから。


 わたしがその場で殺されず、生かして拉致されたのは何のためか?

 身代金目的? だとしても、必ずしも生かしておく必要はない。


 自分が賊だったらどうするか?

 

 犯人の身元に繋がるような危険因子は排除するに限る。

 長時間傍にいた人質がどんな手掛かりを掴んでいるか知れたものではない。

 とっとと処分しておいて、何食わぬ顔で身代金を請求するはずだ。


 だが、それ位は実家いえの方でもお見通しだろう。

 妾が生きているのを確認できなければ身代金は払わない、程度の抵抗はするはずだ。

 使いの者を寄越させて(もちろん目隠し状態で行き来させ、尾行は徹底的に監視し、戻し場所は不特定の場所にする)妾の生存を確認させる。

 身代金引き渡し直前に、妾と背格好や髪の色の似た娘を別に攫ってきて衣裳を着替えさせ、替え玉にして引き渡す。

 身代金を手に入れたら替え玉がばれる前に一目散に逃走。別の場所では妾は既に処分済み。

 かなり綱渡りだが、こんなところだろうか。


 うん、替え玉がバレるのを遅らせる工夫が必要ね。

 顔をひどく痛めつけて見分けがつかないようにする?

 あぁ、それは嫌だな。

 そんなことをされる位ならいっそ……。


 いけない。何があっても妾は生きて還るのだ。


 それにしても、誘拐これを生業としている者たちの仕業であるなら、必ずしも妾が獲物である必要はない。

 もっと手軽な、裕福な商人の娘や奥方とかを狙った方が安全だろう。

 奴隷として売り飛ばすなら、むしろ平民や農民の娘の方が手軽で安全だし役に立つ。


 妾を狙ってくるなら、商売がたきの商会主と思っていたが……。


 そこまで思案を進めていた時、外から争う声が聞こえた。


 仲間割れか? 意識を耳に集中する。


「だーら△△△さんに――――あのあまもすぐに殺す――――!」

「馬鹿野郎! ――――女に聞かれたら――――」

「――――始末する――――構うこたねぇ!」


 やはり黒幕はあのトンガリ禿げ頭のじじいだったようだ。

 そして、連中はやっぱり最終的に私を殺すつもりか。だが、そうと決まっているなら今さらなにを争うのか?


 しばし黙考ののち娘がとった行動というのは、派手に喚き叫び暴れることだった。


 何事かと、彼女が閉じ込められた森小屋の中の様子を見に来た盗賊たちに、彼女は問い掛けた。


「妾を解放しなさい。お前たち、無事に逃げおおせられると思っているの?」

「そのつもりだ。逆に問おう。誰が俺たちをどうできるというんだ? あんたの実家いえのことは知っている。だが、目撃者もいないのに誰が俺たちを捕まえることができると?」

 やや年嵩の黒髪の男が応える。

「目撃者がいない? お前たち、妾の供の者たちを皆殺しにしたというの?」

「それがどうした」


「一人残らず…… 確かなの?」

「当たり前だ。確実に全員の息の音を止めてやった。確認済みだ」


「なんてむごい…… (妾たちは)十五人もいたのに……」


「なんだと?」


 はじめは小馬鹿にするように眺めていた男たちが不意に緊張した。


「てめぇ、このアマっ! でまかせこきやがると承知しねぇぞ!」

 汚れた金髪の片目の男が怒鳴り声を上げる。

「でまかせ? なぜ妾が嘘を? だいたい、なにが嘘だというの?」

 小太りで赤毛の男が不安げに口を出す。

「どうするとや? 生き残りおったら、話が……」

「しっ! 黙っとれ! このウスノロ!」

「なんちか! きさん、くらすぞ! コラァ!」

 赤毛が金髪に叱り飛ばされて逆上し、いまにも一戦始まりそうだ。


「いい加減にしろ!」

 黒髪の男が一喝する。どうやらこの男が首領格のようだ。 


「お前たちの雇い主は△△△ね?」

 男たちの表情が消える。

「倍額払うわ。妾を無事に実家へ帰しなさい。そうすれば無事に逃げさせてあげる」

「……お前の言葉が信用できるという保証はない」

「△△△は信用できる、というの?」

 案の定、黒髪の男は言葉に詰まる。

 あの爺はそんな人間じゃない。それは明らかなのだ。

 だが、だからといって妾が信用できる、という事にもならないのだが。

「不用心に報酬を受け取りに出向けば、お前たち、きれいに始末されるわよ」

「黙っていろ! おい、お前たち外へ出ろ」

「待って! せめて食事くらいちょうだいな」

 黒髪の男はじっと娘を睨んだあと、無言で小屋を出て行き、他の男たちもそれに続く。


 おそらく娘の提案は、そのまま受け入れられはすまい。


 元の依頼主が信用できないのと同じくらい、娘も信用されていないからだ。

 だが、娘がした提案は無視できなくなっているはずだ。


 男たちは、目撃者をすべて始末した。はずだった。

 だが、死体の数は十四。

 さきほど、娘が「十五人もいた」と言ったことで、生存者が存在する可能性が出た、と男たちは考えただろう。

 目撃者を皆殺しにしたことが彼らの安全の担保であった。だが、そこが崩れたとなれば万一の備えが必要になる。

 娘の提案は、そこにぴったりはまってくる。言葉通りに実行されれば。


 実際には、生存者の可能性というのは、誤解である。


 娘が言ったのは、『自分も含めて一行は十五人いた』という意味なので嘘ではない。娘はまだ生きているので、十四人殺害されていれば他に目撃者はいない。


 嘘は、仕草に現れる。頭の良い人間なら見抜くのは簡単だ。

 あの黒髪の男は、自分を仔細に観察していた。

 だまし合いを生き抜くうえでそういう技能は身に着けていたのだろう。

 だから、娘は嘘ではないが誤解を生じさせる言い方をした。

 彼らの勘違いに賭けたのだ。



 小屋の外で男たちの言い争う声が聞こえる。

 娘の提案は、恐らくそのままでは受け入れられまい。

 だがそれは娘にとっては織り込み済みだ。


 しばらくすると外の議論も終息した。

 ふいに小屋の扉が開き、金髪男がパンと素焼きの壺に入った水を抱えて入ってきた。

 男は娘の前にそれらを置き、いまいましそうに言った。

「飯だ」


 よい傾向だ。だがもうひと押し。

「縄を解いて。このままでは食べられないわ。それとも貴方がたべさせてくれるの? 大丈夫、私が暴れたってたかが知れているでしょう? それとも私が怖いの?」

 舌打ち。

「……余計な真似すんじゃねぇぞ?」

「当たり前よ。あぁ、お腹すいた」

 目隠しはされたままだが、一時的に手縄は解かれた。

 パンは固く不味い。一口目で吐き出しそうになるのを、なんとかこらえる。

 食べられるときに食べて体力を維持しないと。


 さて、そして。


「……ねぇ、私をどうするか話はまとまったの?」

「…………」

 金髪男は無言で睨みつける。


「もし、あの黒髪の男がこう言い出したら……」

 娘は滔々と、自分の予想した話を語り聞かせる。そして、

「あなた、殺されるわよ」

と結ぶ。


 この予想がほぼ当たっているであろう事は金髪男から伝わる緊張感が物語っている。

「……どうしろってんだ?」

 金髪男も、薄々その可能性を気にしていたのだろう。


「さあ? でも、そうね妾なら……」

 男は無言で娘の話に聞き入った。




 日が暮れて来た。

 娘はまた騒ぎ立てる。


 今度は赤毛の小太り男がやって来た。

「なんね!」


「寒いわ。何か羽織るものを頂戴な。あの黒髪の男に聞いてきて」

「あン? せからしかね!」

「いいから聞いてきてよ。あなたじゃ、勝手に判断できないんでしょう? 妾の願いを無視したら、後であの黒髪の男に叱られるかもよ?」

「くらすぞ! こらぁ! おいかて、おいかてなぁ!」


「……でも、逆らえないんでしょう?」

「そんなこつなか!」

「どうかしらね? まぁ、どうせあなた、そのうち使い捨てられるわよ。多分」


 予感させるなにかがあったのだろう。男は逆上する。

「なんばゆうとっとぉ!」


 娘は赤毛の男と目を合わせ、それまでと違う調子でささやいた。

「……見返してやりたい?」


 男はしばし息を呑んで、頷いた。


「じゃあ――――」


 血走った眼を剥く赤髪の男の耳元に、娘の囁きがか細い水流の様に流れ込んでゆく。また一本、壁に楔が打ち込まれた。






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