第6話 最初の反撃

義父ちち上!」

 

 また新手か! と、身構えていたジロワらの所へやって来た一団は、先ほど撤退を命じたワセリンらであった。

 

 聞けば、一旦は東へと逃れたものの、途中通り抜けようとした村々で武装した民が守りを固めているのが見られ、無用の戦闘を避けるために引き返してきた、という。メーヌ勢が追撃戦に移っているので、その通った後ならかえって警戒は薄かろう、という期待もあったと。そこで、最初の戦場を通り抜け、北上してベレーム卿の領地アランソンを目指そうとした。ワセリンはそう説明する。

 

 近くで戦いがあったのだ。狼藉者が村を荒らしに来る恐れは高く、村人が警戒していたのは本当だろう。だが、曲がりなりにも武装した兵士たちである。実力で排除しようと思えばできたはずだ。

 

 ワセリンらの本音は、実のところは違うだろう。ジロワらを残していくのが、やはり忍びなかったのだ。ワセリンに付けて逃げさせた者たちの中には、ル・グロやオルウェンら殿軍の兵の息子たちが多く含まれていた。

 

 その心情はうれしくもあるが、一歩間違えば全滅という、最悪の事態になりかねない命令違背である。後でワセリンとは話さなければならんな。無事帰れれば、であるが。

 

 結果的には、全ての手勢が一か所に集結している。さて、どうする?

 

「1リュー北東? そんなところでつかまったのか、ベレーム卿は」

ル・グロの言葉に、はっと意識が引き戻された。敗走するベレーム卿の手勢は途中でメーヌ伯の追撃に追いつかれた様だ。

 

「そうだ。それくらいの所だと思う」

 ワセリンらが戻ってくる途中に聞いた戦場の様子を、ル・グロらに話している所だった。

「あるじ殿、敵から分捕ったのを含めても、馬は十分にあるぞ」

 斧使いがジロワに視線を移して言った。年甲斐もなく興奮しているのが見て取れる。


 ふむ。やってみるか。


「よし、馬に乗れる者は皆、騎乗せよ! 残りの者は、捕虜を連れて目立たぬよう退避せよ!」

 ジロワの指示で皆が動き出す。本職の騎兵を先頭に配置し、なんとか馬に乗れる、という程度の者は後方から追随する。騎馬の一団は、北東を目指して動き出した。




 激しい剣戟と怒号が交錯する。


 ベレーム卿の本隊は、暗闇の中、敗走の途上にあった水路に気づかず、落水するものが出て停滞したところをメーヌ勢の追撃に追いつかれていた。


 ベレーム卿の近衛は、飛び散る流血が目に入り、文字通り血眼になりながら必死の防戦に努めていた。従軍していたベレーム卿の子息らも劣勢の中、剣を振るって奮闘する。


 ただ一人、”タルヴァス”ギョームのみ、叔父のアヴェスガルド司教の後ろに付き従っていた。


 アヴェスガルド司教は聖職者ゆえ、剣や槍の類は携えていないが、盛んに馬を乗り回して呪詛の言葉をまき散らしていた。やれ不信心者どもめ、やれ地獄に落ちろ……。


 聖職者を手に掛けては寝覚めが悪い、と敵も司教を煙たがって遠巻きにしがちであり、後ろに付き従うタルヴァスも、余禄で比較的安全を得ていた。


 当代ベレーム卿の四男であるタルヴァスには、ベレーム家当主を継ぐ見込みはほとんど無い。上三人の兄は健在で、すぐ上の四兄は既に教会入りし、ゆくゆくはセー司教への指名が見込まれている。


 現状、タルヴァスにとって最上である前途は、叔父アヴェスガルド司教の跡を継ぎル・マン司教に指名されることである。そのための布石として、タルヴァスは事ある毎叔父司教に取り入っていた。


 今回のバロン城攻めについても、強くそれを支持したのがタルヴァスである。ル・マン司教の地位を狙うタルヴァスにとって、アヴェスガルド司教の利益は自身の利益と同一である(と、タルヴァスは考えていた)。


 近習に護られながら、ベレーム卿はいくつもの後悔を胸中に並べていた。


 一つ、老母に泣きつかれたとはいえ、愚弟の無謀な戦に手を貸したりなどするのではなかった。


 一つ、よもや命を取られることはあるまいが、息子たちまで連れてくるのではなかった。皆が揃って虜囚となってしまったら、身代金の額はどれほどになろうか……。


 一つ、金で雇った傭兵などは別だが、身代金が見込めないため、躊躇なく討ち取られてゆく兵士たちすら、ベレーム卿の胸を痛める。

 この身や配下の騎士たちほどかけがえがない、とはいえないが、彼らもそれぞれベレーム卿の大事な財産であり、彼らの婚姻には祝宴のために館を貸し出し、祝いの品を贈って伴によろこぶ関係でもある。顔も知らないような他人ではない。


 ベレーム家は、伯爵の称号さえ許されてはいないものの、二代ノルマンディー公ギョーム一世の御世からの重臣で、フランス王に囚われた三代リシャール一世公を救出して公国の危機を救った功臣の末裔、由緒ある家系である。


 ノルマンディー・メーヌ国境地帯においては王侯に等しい絶大な権威者であった。その当主として、ギョーム卿は寛容で度量の大きな大貴族と評判を取っていたが、その寛容さが裏目に出てしまった。


 

「閣下、後方より馬群が近付いております」

 戦況を見守るエルベール伯に、側近が報告する。マイエンヌ卿が追いついて来たのか。


「遅か」


 振り返りつつ呟いた伯の言葉に被せる様に、馬群から聞きなれない声で名乗りが上がった。


「これなるはクルスローの領主ジロワなり! メーヌ伯エルベール閣下とお見受け致す!いざ一手お立会い願わん!」


 来着したのが敵、と気づいてメーヌ勢はにわかに浮足立った。命をやり取りする状況下において、視界の外かつ間近に危険(敵)が存在する、という事態は極めて大きな圧迫感プレッシャーを与え、恐怖心を掻き立てる。人同士が戦う戦場において、挟撃・包囲されるという状態は著しく不利である。


「無礼者! 汝の相手はまずこの我よ!」


 近習の騎士が割って入る。エルベール伯は懸命に頭を働かせ、状況を把握しようとする。後方の敵勢の数は? 容易に撃退できそうなら継続、だが、そうでなければ早急に撤退を決断せねばならない。


 くそっ! 暗闇で敵勢の把握が難しい。


 だが、それ以上に主将である自分の周囲に切り込まれているのが痛い。エルベールが捕えられてしまえば、いかに全体で優勢であろうと戦は敗北である。口惜しいが、やむを得ない。エルベールは敵に伝わらぬ様気を付けながら、傍らの軍使に告げた。


「ラバル卿に伝令! 撤退に備え、分断されぬよう南へまとまれ、と」


 大雑把な布陣の概念はあっても、組織立った集団機動の概念など無い時代であった。戦闘が始まってしまえば、「突撃!」の合図以外は、各自好き勝手に手あたり次第暴れるのが当時の戦争である。


 だが、夜襲・奇襲の比率が高く、”不幸にも”戦いの経験が豊富なメーヌ勢は、歴戦の中で培った”整然とした撤退の手際”があった。国力が低く、兵力の損失が許されない弱者の必要から編み出された”技”である。


 南北に伸びた列状の隊形は、北側兵力が徐々に南へ移動し兵力密度を上げて守りを固め、被害を抑えつつ徐々に敵との距離を置く。充分に距離を置いたところで移動の速度を上げ、本格的な離脱に移った。


 すぐに片付く程度の残敵掃討、と見くびってマイエンヌ卿のみを差し向けたが、それが油断であったか。結果論ではあるが、それによって目前の勝利を掠め取られてしまった。敵に追撃へ移る様子が見られず、撤退が順調に進み始めたところで、この戦を振り返ったエルベール伯は自嘲した。


 クルスローのジロワといったか。闇の中から透かし見た体躯は優れていたが、声の感じでは結構な年嵩と思えた。聞かぬ名である。埋もれた逸材か、ただのまぐれ当たりか。いずれにせよ、この戦の後からは忘れられぬ名になるだろう。さて、とっとと帰城して次善策に掛からねば。アモンの奴め、勝敗は武家の常、致し方ないが、無事でいてくれよ。


 神ならぬ身のエルベールであったが、ジロワが「忘れられぬ名」になるという予感は、ほどなく事実となった。

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