第91話


 剣舞の宴 本選。


 壱組 優勝者 エレナ・ロゼ 二位 ベルナディス・ベルリオーズ。


 弐組 優勝者 ライベルク・サイクス 二位 カルロ・ヴァルザーニ。


 参組 優勝者 フィーゴ・アスレイス 二位 マルクセス・フィリーズ。


 四組 優勝者 アニエス・アヴリーヌ 二位 クルス・ガリアス。


 闘技場を始め、ギルド会館の正面広場、各区画の主要な大通りに設置されている立て札に決勝の勝敗が張り出されていた。


 エレナ対ベルナディス戦が些か興醒めの結果に終わり、収まらぬ観客たちの期待はこれまでどの様な舞台であっても相手を殺傷してきたフィーゴ・アスレイスの第二試合に注目が集まっていたのだが、初戦となったエレナ対ベルナディス戦同様、マルクセスが早々に舞台を降りると言う拍子抜けする様な結果に、観客たちは更なる不満を募らせる事となる。

 続く第三試合、第四試合共に、ベルナディスと言う頂点に挑み優勝を狙う現王立階位たちと、その王立階位を狙う一桁の序列者たちの思惑が一致したのか、然したる見せ場も無くあっさりと本選の順位は決する。

 当初夕刻近くまで掛かると思われた本選の決勝は、全試合が余りにも早々と決着が着いてしまった為、午前中には決勝が終わると言う見せ場らしい見せ場も無いまま、些か盛り上がりに欠ける結果に終わり、決勝戦参加者に一人の怪我人を出すこと無く決勝大会を迎えられるという反面、消化不良に終わった観客たちからの寄せられた苦情によりギルド会館側は本選の運営に一つの課題を残す事となる。


 とは言え全体的に見れば、前回の大会と比べても莫大な収益上げた本選の運営は成功したといえ、不満を抱いていた観客たちも直ぐに決勝大会へとその興味を移していく。



 本選から数日後。決勝大会の開催を前にヴュルツブルク宮殿にて、本選を勝ち抜いた参加者たちを招き盛大な舞踏会が催されていた。

 舞踏会専用に作られた壮麗な大広間には、大商人たちですら滅多に飲む事の出来ぬであろう高級酒の数々が並び、専用の楽団が奏でる音楽に導かれる様に煌びやかに着飾った宮廷の華たちが男たちと寄り添う様に舞い踊っている。


 そこはまさに贅の限りを尽くした別世界――――そんな華やかな広間から続く中庭に一人、エレナの姿があった。

 長い美しい黒髪を結い上げ、黒を基調とした儀礼用の礼服を纏ったエレナの服装は、普段きている様な性別を問わず着れる地味で粗雑なものでは無く、意匠こそ控えめではあるものの、婦人用に仕立ててられた女性用の礼服である。

 舞踏会に赴くに際してレティシアが事前に用意してくれた煌びやかな衣装は、だがやはりエレナには抵抗があった。

 アドラトルテの時の様に逼迫した状況を打開する為に止む無く、手段の一つとして自身の姿見が与える影響すら利用せねば為らなかったあの時とは違い、主賓の一人として招かれていたとは言え、社交場であるこうした舞台に着飾って上がれる程エレナはまだ自分の姿と向き合えてはいない。率直に言うならばそうした姿を公然と晒す羞恥が勝るのだ。

 かなり悩んだ結果妥協した今のこの衣装ですら、普段の服装とは異なり身体の線を強調する為なのか、腰の辺りが締め付けられる様な息苦しさすら感じさせる感触を些か持て余していた。

 お陰で晩餐会で出された料理も余り喉を通らず、正直余り味わえぬまま、折角滅多に口にする事が出来ないであろう高級な料理の数々を堪能する機会をむざむざ棒に振った感は否めない。


 「随分お疲れの様ですな」


 背後から掛けられた男の声にエレナはまたか、とげんなりと表情を曇らせる。

 舞踏会が始まると直ぐにエレナの周りには男たちが群がり、踊りに誘う男たちをリム仕込みの作り笑顔と社交辞令を駆使しながらあしらっていたエレナであったが、やがて是非我が家門の従騎士にと熱心に勧誘を始める者や、挙句愛を囁きながら求婚する者まで現れだした段に至り、エレナは逃げ出すように中庭へと避難して来ていたのだ。

 エレナ程ではないにしろ同様に男たちに囲まれていたアニエスなどは、全く男共など眼中に入らぬ様に酒の杯を傾けている当たり、性格もあるのであろうがエレナなどより一枚も二枚も上手であり遥かに場馴れしている感があった。

 そうした事情から此処まで男たちが着いて来たのかと、多少うんざりとした表情で振り返るエレナの前に立つ男は想像していた男たちとは違った。こうした場に姿を見せる貴族の子息たちとは体躯も纏わせる雰囲気もまるで異なる。


 「カルロさんでしたか」


 少しほっとした様子のエレナにカルロは手にしていた杯の一つを手渡すと、エレナの心情を察したのか苦笑気味に微笑んだ。


 「余り男たちを邪険に扱うのは可哀想と云うものだよ、気持ちは分からないでも無いが、君の様に美しい娘は上手く男を手の平で転がす程度の器量を見せねば世の男たちは浮かばれぬというものだ」


 男の面目を潰す行為は女としては不細工な行いであり、自分の価値すら下げると、カルロは暗に告げていたのだが、それは嫌味ではなく不器用なエレナの対応をカルロなりに心配しての言葉なのはエレナにも感じ取れたので、エレナは反省の意味を込めてカルロに感謝の言葉を口にする。


 「いや……柄にも無い事を言って済まなかった。君に感謝せねば為らないのは此方の方だと言うのに」


 照れくさそうに鼻を掻くカルロ。


 そう……今日態々エレナに声を掛けたのは彼女に伝えたい言葉があったからだ。


 「フェリクスの事、本当に感謝している。君との出会いはアイツにとっては良い刺激になった様だ」


 フェリクスはエレナとの試合の後、一時は生死の淵を彷徨うほどの重篤な状況に陥っていたが、何とか一命を取り止め、今では信じられないくらいの回復力を見せて一人で動けるまでに回復していた。


 「ベルナディスに破れ、そして君にも負けた事でアイツは確実に変わろうとしている。強さというものをもう一度見つめ直そうと思える程に」


 ある程度傷が癒えたら旅に出ると言い出したフェリクスにカルロは付き合うつもりでいた。元々フェリクスの気性からして国と言う檻の中で飼われて生きる玉では無いのだ。何かを見つけまた自由に羽ばたきたいと言うならばそれに付き合うのも悪くない、とカルロは思う。


 「アイツはまた強くなる……叶うならば俺も最後に君と剣を交えたいものだ」


 それはカルロの偽らざる本心であった。

 この大会を最後にギルドを離れる覚悟を決めていたカルロには最早序列などは意味を持たない。だからこそフェリクスを破ったエレナと如何しても戦って見たかったのだ。

 この大陸において傭兵として旅に出ると言う事は、何処で命を落としても不思議では無い程に死と隣り合わせの危険な旅となる。そしてライズワースを一度離れてしまえばもう二度とエレナと再会することが難しい事は考えるまでも無い事実。だからこそカルロはこの大会がエレナと戦える最後の機会であると考えていた。


 「私もカルロさんと戦える事を願ってます」


 エレナはカルロの思いに笑顔で応える。

 此処まで勝ち抜いているのだから当たり前ではあるのだが、カルロの佇まいや所作からも相応な使い手である事は察せられる。強者に戦いを望まれると言うのはエレナに取ってはこの上なく光栄な事であり、また楽しみでもあった。

 そして願わくばもう一度、更なる成長を感じさせるとカルロに言わしめたフェリクスと魂を削り合うような戦いをしたいと強く思いを抱いたが、恐らくそれは叶わぬ願いになるだろう。エレナにはまだ遣り残した事があり、そして残された時間は余りにも少なかった。


 「不思議だな……君と話しているとかつての戦友たちと話している様なそんな懐かしさを感じる……」


 「光栄ですけど、それは私を口説いているんですかカルロさん」


 そう言いながら笑うエレナにカルロもまた屈託の無い笑顔を見せる。


 「そうだな、ではもう一杯お付き合い頂けますかなお嬢様」


 大仰な所作でエレナへと手を差し伸べるカルロに、エレナもまた優美な礼で応えその手を取る。

 そんな芝居じみた遣り取りを楽しむ二人は、新たに自分たちに近づく気配に気づき其方を振り向く。広間の方では無く、中庭の先から歩み寄るその人影を油断無く見据えた。

 足音と共に僅かに打ち鳴らされる金属音はその人物が帯剣している事を示しており、そしてこの場で帯剣を許された者は極限られた一部の者たちだけだからだ。

 やがて月の光がその人物を映し出し美しい長い銀髪が月夜に輝く。


 「お久しぶりです……お逢い出来るこの時を待ち焦がれておりました……」


 恭しくエレナの前で片膝をつき騎士の礼を取るオリヴィエの姿を、エレナは驚いた様に、カルロは戸惑いを見せながら見つめていた。


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