第74話


 剣舞の宴。

 その予選を翌日に控え、本選への出場を狙う参加者たちを抱える多くのギルドは、参加者たちの最後の調整の為慌しさを増していた。

 所属する構成員の結果如何によってギルドランクにも大きな影響を与える為、どのギルドも参加者たちの支援には力を入れていたのだ。

 そんな中、ギルド会館から双刻の月に一通の封書が届けられる。


 「エレナ、貴方の予選は免除されるらしいわ」


 ギルドの応接室へと呼ばれたエレナに、開口一番レティシアはそう告げる。

 エレナとレティシア、二人の他にもカタリナとアニエスもレティシアに呼ばれ応接室に集まっていた。

 新規加入組みの三人とシェルンは、昼の食事の後も別棟で教練に励んでいる。

 この三ヶ月余り、双刻の月ではそうした日々が続いていた。

 ギルドの活動内容は大きく分けて二つある。

 一つは協会から依頼される魔物の討伐である。そこから得られる協会からの報酬は、ギルド構成員個人の収入とギルドの運営に大きな影響を与える一番の資金源になる為、本来はギルド間の持ち回りで協会からの依頼を受ける仕組みになっていた。

 だがギルド間の中でもやはり資金が潤沢な高位のギルドや、ギルド員たちの事情により魔物の討伐という危険な依頼を受けたくないギルドは存在し、そうしたギルドが逆に報酬が欲しい下位のギルドや、実績を求める中堅ギルドに依頼を委託するという形を取ることも珍しくは無く、そうした遣り取りは日々行われていた。

 本来公平性を欠くそうした行為は認められてはいなかったのだが、ギルド内の色々な事情を鑑み、協会もギルド会館側もそうした行為に対しては黙認の姿勢を見せていた。

 もう一つが、ギルド会館を通さず個人から寄せられる依頼である。

 そうした多くの依頼は主に商人たちからのものが多く、陸路を行く商隊の護衛や商人間で起こる揉め事の仲裁などであるのだが、かつての黄昏の獅子の様に高額だが非合法な依頼をギルドに寄せる怪しい人物もいる。

 月々ギルドに支払われる王国からの支援金を含めたギルド会館からの報奨金を除けば、これらがギルドの資金源となるのだが、双国の月はこの四ヶ月近くそのどちらの依頼も受けていなかった。

 無論、今や中堅ギルドであり、黄昏の獅子の事件以降シェルンの目覚しい活躍と相まって、双刻の月には多くの依頼が寄せられていたのだが、レティシアの意向でそうした業務の一切を任されていたカタリナに、剣舞の宴が終わるまでの期間全ての依頼を受けぬ様に指示していたのだ。

 そうした無茶な姿勢を見せる双刻の月に対して、ギルド会館や協会、そして他のギルドから大きな抗議や不満の声が上がらないのは、ひとえにそれらの対応に当たるカタリナの卓越した交渉術と手腕のお陰に他ならない。

 本来そんな事をすれば直ぐにギルドの運営が立ち行かなくなるのだが、だが双刻の月は今、かつてない程の潤沢な資金を得ていたのだ。

 先のクレストからの依頼で報酬を受け取らなかった双刻の月ではあったが、エレナたちが帰国してから直ぐに莫大な額の報酬が協会から双刻の月へと支払われていたのだ。

 それはアドラトルテにあった協会の支部からのエレナたちの魔物討伐への報奨金という形をとっていはたが、七都市同盟からの強い意向であったのは間違いなく、通常の方法ではエレナが辞退するだろう事を憂慮した七都市同盟側が、エレナ本人ではなく所属するギルドに報酬を与えるという苦肉の策を講じた結果であったのはいうまでもない。

 その額は聞かされたレティシアとカタリナが暫く固まってしまう程の莫大な金額であり、協会といえど一括で払うのが難しい程のその額は、双刻の月が向こう三年は活動資金に困らない程の金額であり、双刻の月がこうした無茶な姿勢を貫ける理由でもあった。

 依頼を受けないこの期間の間、レティシアはシェルンに新たに加わった三人の指導係をさせていた。

 それは単純な理由の一つとして、エレナが扱う双剣やアニエスの鋼線の技術は他者に指導するには不向きであり、シェルンの扱う大剣は愛剣であるエクルートナの形状は別としても、シェルンの剣自体は基本に忠実であるという点からなのだが。

 もう一つは身内の、シェルンの姉として、シェルンにはエレナ以外の同世代の若者たちと接し触れ合う事で、自身の視野を広げて欲しいという思いがある。内向的な性格のシェルンがそうした経験を経て更に人間として成長して貰いたいという思いがそこにはあった。

 だがレティシアのそうした思いとは裏腹に、エレナを含めた若者たちの間にボタンの掛け違いの様なすれ違いが生じてしまっている事にレティシアは気づいていない。

 恋は盲目、と言えば聞こえが良いが、普段は思慮深く聡明なレティシアもエレナの事となるとその眼鏡は曇る。

 レティシアの目から見たエレナと言う少女は利発で聡明で心優しい、誰からも愛さる完璧な存在として映っている。

 だが本当のエレナはそんな絵に描いたような神聖な存在でもなければ、間違いを犯さない聖人君子という訳でもない。

 中でも多く者が誤解しているが、エレナは生来シェルン同様、人付き合いが得意な方ではない。言い換えるなら社交性が有る方では無いのだ。

 エレナがここまで築いてきた人間関係の大半は、必要に迫られた結果の産物であって、平時に置いてエレナが他者と関わりを持った事は驚くほど少なかった。

 それ故にかエレナはシェルンが新たに加わった三人と教練をする様になってからは、シェルンと行っていた手合わせを控えていた。

 それは単純に自分がいてはシェルンが気を遣い、他の三人に指導し辛いだろうとの考えからであったのだが、それが結果としてシェルンや他の三人にしてみれば、エレナが自分たちと距離をとっていると感じさせる要因となっていた。

 それは単なる誤解ではあったのだが、依頼を受けない事が逆に食事以外の席でエレナと三人の接点を無くしてしまっていた事と、ギルドの先輩であるエレナの方から歩み寄りを見せずにいた事がそうしたすれ違いに拍車を掛けていた。

 エレナ自身がそうした事態にまるで気づいていない反面、三人の心の中にはエレナに対し思うところが生まれ、またシェルンも想い人に素っ気無い態度をとられているようで、内心穏やかでは無い日々が続いていたのだが、そうした事態にエレナ本人もそしてレティシアもまだ気づいてはいなかった。


 「まあ、妥当な対応と言えるわね」


 アニエスはこのエレナに対するギルド会館側の異例な対応にもさして驚きは感じていなかった。

 アニエスにしてみれば、エレナの実績を考えれば驚く程の事態という訳でも無く、例えエレナが予選から参加したとしても本選まで勝ち抜く事は間違い無いのだから、余計な手順を一つ省けたという程度の認識でしかない。


 「そうなるとエレナ、シェルン、そしてアニエスさんの本選出場が決まった訳ですが……」


 カタリナは確認する様に三人の名前を挙げていく。

 序列五位のアニエス。二十一位のシェルンは既に本選の出場を決めている。そしてエレナの本選への出場が決まった今、双刻の月は早々に三名の本選出場者を出す事が決まっていた。

 新たに加わった三人には今回の剣舞の宴への参加は辞退させていた為、後は序列百八十位を持つレティシアの去就だけであったのだが、レティシアもまた早々に剣舞の宴への参加を辞退していた。

 本来、序列者が剣舞の宴への参加を辞退する事は認められていないのだが、やはり何事にも例外というものはある。

 序列を持つギルドマスターに関しては、申請すれば辞退する事が認められていたのだ。

 各々が実剣を使い実戦形式で行われる試合では、毎回必ず多くの死傷者が出る。特に実力が伯仲する者同士の試合では死者を出す事もしばしばある程ほど危険なものなのだ。

 ギルドマスターはギルドの要であり、容易に替えがきく様な存在ではない為、そうした特例が許されていたのだ。

 剣舞の宴を辞退する事で一度序列はギルド会館側に返上される形とはなるが、剣舞の宴の閉幕後、新たに序列が改定された折に、これまでの実績に応じてまた新たな序列が与えられる事になる。

 中堅ギルドや上位のギルドのギルドマスターに序列百番台後半や二百番台前半が多いのはこのためである。


 「どちらにしても私たちが本選でぶつかる事はないわ」


 アニエスの言う通り、本選では同じ組に同一ギルドの人間が振り分けられる事はない。

 これは不正やギルド内部での八百長を防ぐ為の処置であり、四人以上が本選に進むギルドではない限りギルド会館側でそうした処置がとられるのだ。

 剣舞の宴は大きく分けて三部構成で行われる。

 まずは参加希望者であるギルド構成員たちで争われる予選大会。その中から上位百名、今回は上位九十九名が本選への参加資格を得られる。

 そしてそれら予選通過者を含めた百二十八名で本選が行われる。

 本選は壱組、弐組、参組、四組のそれぞれ四組三十二名に割り振られ、それら各組の上位二名が決勝大会へと駒を進める事になる。

 決勝大会に残った八名はその時点で序列一桁台の権利を得、各組三位の者たちの中で再度争われ、勝ち残った者が序列九位という最後の一桁台の序列を手にする事が出来るのだ。

 アニエスが言う通り、エレナたち全員が勝ち抜いても対戦するのはこの決勝大会からという事になる。

 これらの激戦を勝ち抜いた者たちだからこそ、序列一桁は序列者の中でも別格、王立階位である序列五位からは別次元と呼ばれる所以である。

 誰もが口には出さないが、アニエスの序列が五位という事は、前回の剣舞の宴においてアニエス程の使い手がこの決勝大会の二回戦で負けたということになる。

 それはアニエスの技量を良く知るエレナにとってはかなり驚くべき事だ。


 「エレナ、貴方が本気で優勝を目指すなら立ち塞がる最大の壁は私ではないわ、もし貴方が本選であの男と同じ組に入ったのなら、全力で自身の力を出し切りなさい。でなければエレナ、貴方は負ける事になる」


 アニエスが語る男。


 前回の決勝大会でアニエスを破り覇者となった男。

 宣託の騎士団無き今、大陸最強の呼び声高き、頂に立ちし者。


 ギルドランク一位 天壌の焔所属。

 序列一位 ベルナディス・ベルリオーズ。


 エレナの前に立ち塞がるであろう、最強の二文字を背負う男の名である。

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