第59話

 「突撃せよ!!」


 ラグスの号令と共に第三師団の騎馬が開け放たれたアドラトルテの南門から馬蹄の音を響かせ姿を見せる。

 その数約三千騎。

 ラグスを先頭に騎兵たちが蠢く魔物の群れへと突撃を開始する。

 ラグスの視界に広がる魔物の群れ。だがその数は明らかに少ない。

 大地を埋め尽くす魔物たち。

 だが黒い絨毯の様に広がる魔物の群れの遥かな先には荒らされた田園と無人の荒野が広がっている。

 作戦通り、突撃の前に開け放たれた他の三門に多くの魔物が流れているのは間違いない。今この南門周辺に留まっている魔物はラグスの視界に入る限り数万程度に思われた。

 これなら……。ラグスは手に握る槍に力を込める。

 騎馬部隊は長槍を前方へと突き出したまま速度を落とす事無く魔物の群れへと激突する。

 速度を乗せた騎馬部隊の槍の一撃に見る間に魔物たちの壁が崩れていく。

 騎馬の最大の特性はその機動力と突破力。それを最大限に発揮し魔物の群れに大きな風穴を開けていく。


 「勇士たちよ、道を切り開け、全てをなぎ払う刃となれ!!」


 凛とした少女の声に呼応する様に、騎馬に遅れて南門を出た第三師団の歩兵たちが穿たれた魔物の穴を広げ道を作っていく。

 第三師団の編成は騎馬三千。歩兵七千。


 今此処にアドラトルテ撤退戦の幕が切って落とされた。


 第三師団の歩兵たちを導く様にエレナは戦場を駆ける。そのエレナの隣にはアニエスとシェルンが並んでいる。

 エレナの双剣がアニエスの鋼線がそしてシェルンのエクルートナが次々と魔物を斬り倒していく。

 本来単身で魔物を狩るには下級位危険種であっても相当な技量を必要とする。

 だが事も無げに魔物を狩っていくエレナたち三人の姿に歩兵たちの士気は鼓舞され、勢いを増した歩兵たちによって魔物の群れの中に、黒い絨毯を切り裂く様に一本の道が形成されて行った。

 状況を確認していた部隊長の一人が合図を送ると、次々と伝令を介しアドラトルテへと状況が伝えられて行く。


 エレナの双剣が閃く度にアンダーマンの頭部が大地へと落ちて行く。エレナの隣でもアニエスの鋼線が奔り、シェルンの剛剣が唸る。

 エレナたち三人一組の連携は凄まじく、加速度的に周囲の魔物たちを殲滅して行く。他の歩兵たちが近づけぬ……追い着けぬ程の速度で範囲殲滅を繰り返していた。


 「エレナ殿、民たちと共に二陣が出ます!! 前進を!!」


 魔物たちとの混戦の中、伝令の兵がエレナたちへと叫ぶ。

 エレナは返事を返す暇すら惜しむように前方へと駆け出す。

 騎兵たちが抉じ開け、歩兵がなぎ払い道を作る。

 この撤退戦の成否を分かつのは歩兵と騎馬の連携だ。魔物の群れを抜けるまで騎兵たちの足は止まらない。歩兵の制圧速度が騎兵についていけなくなれば、騎兵は孤立し壊滅する。そして騎兵の突破力を失えば、やがて歩兵も包囲殲滅されるだろう。

 何処か一つ、何か一つ狂えば容易く崩れさる砂上の楼閣の様に危ういこの撤退戦。

 だがそれでも……エレナは揺るがぬ決意を秘めた黒い瞳を前方に向け、その双剣を奔らせた。


 エレナの後方から馬群の音が響いてくる。それは二陣の先頭を切る第二師団の騎馬部隊の馬蹄の音であった。

 先陣である第一師団の騎馬部隊はまだ魔物の群れを突破してはいない。第二師団の騎馬部隊の後方からは既に住民たちを乗せた馬車の一団が続いている筈だ。このままでは戦場の真ん中で住民たちの馬車は足止めを受ける事になる。


 「第二師団の騎兵はこのまま第三師団の騎兵と合流し突破を急がせろ!! 第三師団の歩兵部隊は前進を急げ!! 道を切り開き死守せよ!!」


 次々に各部隊の部隊長から歩兵たちに激が飛ぶ。

 既にエレナたち第三師団の歩兵部隊は魔物の群れ深くにあり、アドラトルテの外壁を遠く望む。

 南門周辺には後続の第二師団の歩兵部隊が展開している筈ではあったが、魔物たちに阻まれ南門の状況を確認することは出来ない。

 敵中深くに在り、友軍の状況を確認出来ない。

 それは敵中に取り残されたのでは無いか、と兵士たちに不安を齎す……悪魔が囁き掛ける魔の時間。

 エレナは数々の戦場を渡ってきた経験からそうした機微には聡い。


 「勇士たちよ、前のみを向け、我らは何ぞ!! 我らは鋼、我らは剣。恐れるな、退くな、進むべき道は一つ。我に続け!!」


 エレナはあらん限りの声で叫ぶ。

 戦場に響く少女の涼やかな、謳うようなその声音に導かれる様に兵士たちは前方を見つめる。


 「我らが聖女に続け!! 魔物共を殲滅せよ!!」


 エレナの、部隊長たちの声に応える様に兵士たちは雄叫びを上げ剣を振るう。

 エレナはその背から伝わる多くの思いに押される様に速度を上げ、冴えを増すその双剣はまるで旋風が如く魔物たちを切り刻んで行く。



 ラグスの視界が唐突に開ける。

 眼前に広がりを見せる田園地帯の情景にラグスの胸が僅かに踊る。だが直ぐにそんな淡い感傷など心の隅にと追いやった。


 「一個小隊をルーエンに向かわせよ、残りの部隊は旋回し歩兵部隊を援護する。展開を急がせろ!!」


 魔物の包囲を次々と抜ける騎馬部隊。

 その隊列は一度大きく前方の田園地帯へと伸び、そして再度の突入に備え隊列を組み直していく。

 被害を確認している時間は無い。だが隊列を組み直している騎影を見ても恐らく百騎近くをこの一度の突撃で失っている。

 だが休んでいる暇などは無い。魔物の包囲を打ち破り道を作り、そして住民たちの避難が終わるまでそれを死守しなければならない。つまり此処からが本当の戦いであったのだ。


 「編成を終えた部隊から順次突撃を開始せよ」


 ラグスは魔物の群れに穿たれた穴を広げる為、再度騎馬部隊に号令を下すのであった。

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