閑話休題

第46話

 新年を迎えたライズワースの街並みは何処か穏やかで、闘神の宴の折に見られた様な熱狂的な高揚感を伴う一種独特な雰囲気、熱量のようなモノは感じられない。

 新年の過ごし方は各国、各地方により大きく異なり、このオーランド王国、中でもこのライズワースでは新年からの四日間。祝福された休日と呼ばれる期間は家族と共に家で過ごすと言うのが通例であり、各区画の大通りに軒先を並べる商会の店舗も大半が店を閉めており、普段は賑わいを見せる大通りには家族連れや若い恋人たち、昼間から酒を飲み酔った男たちの姿などが疎らに行き交う程度であった。

 とはいえ新年を祝う行事が何も行われないのかと言えばそんな事は無く、闘神の宴の為に設置された各区画の会場をそのまま流用した形で新年の催しは行われていた。

 各会場には王国から祝いの酒が人々に無料で提供され、簡単な食事等も楽しめた。詩人たちの弾き語りが流れるそうした会場には独り身の者たちは勿論、多くの人々が訪れ新たに迎えた新年をそれそれ満喫していた。


 此処双刻の月でも最早恒例となりつつある、いつもの面々による新年の祝いを兼ねたささやかな食事会が開かれていた。

 食堂のテーブルにはレティシアが腕によりをかけて作った料理の数々が並ぶ。名門貴族の令嬢であったレティシアは元々は料理など嗜んではいなかったのだが、家を出てからカタリナの厳しい指導の下、研鑽を重ね料理の腕を向上させていた。

 元々家庭的な面があったのかそれとも単に性に合っていただけか、それこそ本人しか分からぬ事ではあったが今ではレティシアの料理の腕前は相当なモノであり、特にエレナに食事を振舞う機会が増えた此処二月に至っては更にその腕前に磨きが掛かっていた。

 とは言え師事したのがカタリナであった影響故だろうか、テーブルに並ぶ料理はいわゆる晩餐会で出される様な見た目から楽しむと言った豪華な料理では無く、どちらかと言えば一般的な食卓に並ぶ家庭的なモノが大半を占めていた。


 「ほらエレナ、お肉ばかり食べてちゃ駄目じゃない、お野菜もちゃんと摂らないと」


 レティシアは小皿に野菜を取り分け、隣に座るエレナの前に差し出す。


 「あ……うん」


 エレナに甲斐甲斐しく世話を焼き楽しげにその姿を見つめるレティシア。

 カタリナとシェルンにとっては見慣れた食事風景なのだろう、二人の会話に加わるでもなく黙々と食事を取っていた。

 新しく加わったアニエスといえば、少食なのか余り料理には手をつけず手に持つ杯を傾けている。既に空の瓶が一本テーブルの端に置かれている。二本目の瓶を空けながら顔色一つ変えず飲み続けるアニエスの姿を見ても彼女がかなりの酒豪である事が伺えた。

 それぞれが思い思いに食事を楽しむ。そこで交わされる会話は決して多くは無いが、何処か穏やかで静かなこの空間をエレナは嫌いでは無かった。


 「食事を取りながらでいいので皆さんお話を聞いて頂けますか」


 ある程度の時間をおいて皆の食事が進んでいるのを確認してからカタリナがそう切り出した。その言葉に皆の視線がカタリナへと集まる。


 「双刻の月の今後について皆さんに確認しておかなければいけない事案がありまして」


 カタリナの改まった態度にエレナは食事を取る手を止める。とはいえその内容には心当たりがあったのだが。


 「皆さんも既にご存知だとは思いますが、あの事件以来この双刻の月に多数の参加希望者が訪れています。その事でレティシアと相談を重ね、面接の結果を考慮してまずはその中から五人を受け入れようと考えています」


 五人と言う人数にエレナは軽い驚きを覚えた。自分が知るだけでも恐らく百人近くの人間が双刻の月を訪れていた筈だ。その中から五人だけとは些か少な過ぎると思われたのだ。

 双刻の月がギルドである以上、名を挙げ上を目指して行くのはその性質上当然であり、今回の変化を概ね歓迎していたエレナには正直拍子抜けと言った感は否めない。


 「それもまだ確定ではないわ、その五人とは後四回ほど面談を重ねてから一月程の期間の余裕を見ようと思ってるの、その期間はギルド会館には登録せず準構成員として扱うつもりよ」


 「うぐっ……」


 驚きの余りエレナは思わず飲んでいた水を喉に詰まらせる。

 レティシアはさらりと言ったがそれは騎士団の入団試験並みに厳しい条件であった。そんな条件を出されて傭兵たちがそれでもこのギルドに入りたいと思うかは甚だ疑問である。


 「黄昏の獅子の事件以降、ギルドを見る周囲の目も厳しさを増すでしょうし今回は慎重に人格面を考慮して人選しようと思ってるの」


 レティシアの言い分も分かる。遙遠の回廊の元ギルド構成員たちに対する他のギルドの対応を見ても分かる様に、何処のギルドも新たな人員の受け入れには慎重になっている……なってはいるのだが。

 エレナの知る傭兵とは己の欲望に貪欲で力にこそ価値を見い出し名声を求める。そうしたある種純粋な存在であり、だからこそその生き方は時に激しく、鮮烈にその生を輝かせる。それ故にエレナには人格者の傭兵などとても想像がつかなかった。

 レティシアのそうした判断はエレナにして見れば些か潔癖過ぎるようにも思えたが、双刻の月のギルドマスターはレティシアでありギルドの方針を決めるのはやはりレティシアなのだ。エレナもその裁量権にまで口を出すほど不満がある訳では無い。


 「五人か……二階の部屋が丁度五部屋空いているし都合もいいね」


 話を変えようとエレナはレティシアにあわせそう切り出した。

 今エレナたちが生活をしているギルドの二階部分は宿泊施設になっており全部で十部屋あった。現在はエレナ、レティシア、シェルン、アニエスがそれぞれそこで生活をしており、通いではあるがカタリナの為に一部屋用意されている。


 「二階へのシェルン以外の男性の入居は許可しません、これからは女性の入居希望者の為に空き部屋はそのまま空けておくわ」


 レティシアは少し怒った様にエレナを見る。

 エレナが生活する空間に何処の馬の骨とも分からない男を住まわすなど有り得ない。そうレティシアの顔には書いてあった。


 「そ……そうなんだ」


 傭兵たちの比率を考えても女性の希望者が来る確率は極めて低い。その為だけに部屋を遊ばせておくのは勿体無いのでは無いか、と一瞬考えもしたがエレナはレティシアの迫力に圧倒された様に視線を逸らす。


 「でも姉さん、そうすると新しい人たちは通いになるのかな、家族や家があるなら兎も角、そうでないのならその人たちにとって結構な負担になるんじゃないの?」


 シェルンの言う通り傭兵たちがギルドに参加する大きなメリットの一つはギルドが提供する宿泊施設にあるのだ。傭兵たちの大半は元々がライズワースに住む定住者では無い為自分の家を持つ者は少ない。

 その為通いともなればいくら安宿に泊まったとしても宿泊代と食事代で一日銅貨十枚程度は掛かってしまう。それに加え立地的には辺鄙な場所に建つこのギルドにまで毎日通うとなれば馬車の手配も必要となるだろう。

 それが数日ならまだしも、毎日そのような生活をしていてはギルド会館から双刻の月に毎月支払われる報奨金。その中から構成員に支払われる給料だけでは生活が苦しいのではないかとシェルンは心配しているのだ。

 ギルド会館でもそうした傭兵たちの現状を鑑み、ギルドの申請条件の一つに構成員を一定数受け入れる為の施設と受け入れの義務と言う項目がある。レティシアの今の発言はその規約違反に当たる可能性すら含んでいた。


 「それに関しては別棟の隣のこの建物と同規模の宿泊専用の建物を建てる予定でいます。幸い敷地に余裕もありますし、今回の一件で得られた特別報奨金とこれまで貯めていた報奨金で費用も十分賄えますので」


 レティシアに合いの手を入れるようにカタリナが補足を入れる。

 確かに今後も殺到するであろう参加希望者の事を考えれば大きな出費ではあるが必要な先行投資とも言えるかも知れない。人員が増えれば協会からの魔物狩りの依頼も増え結果的に双刻の月に入る収益も増す。そうなれば掛かった費用の回収は比較的容易だろう。


 「アニエスさんからは何か疑問点などありますか?」


 カタリナから突然話題を振られたアニエスは酒が注がれた杯を一気に空けると余り興味が無さそうにカタリナの方を振り向く。


 「そうした事はギルドマスターの裁量の範疇で決めるべき事柄ではないかしら、私には特に異論は無いわね」


 それだけ言うとアニエスはまた杯に酒を注ぐ。アニエスが持つ酒の瓶はもう八割方空いている。既に三本目の瓶が空になりそうであった。


 「では皆さんに異論が無いようでしたらこのまま話を進めようと思います。宜しいですか?」


 特に異論が出ないのを確認するとカタリナはそう話を締めた。

 その後はまた各人は食事へと集中しだし、レティシアもまたエレナの世話をあれやこれやと焼き始める。 

 それは久しぶりに訪れた日常。双刻の月のありふれた日常の風景が其処には広がっていた。

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