第41話

 無法者たちの穴倉。

 その幾つもの通りで鎧を着込み武装した男たちが走り回っていた。進入者を防ぐ外壁など無い街の境界では木材を削り、それらを組み合わせて作った簡易的な柵を街を囲むように張り巡らせる作業が行われている。

 そうした作業に従事する男たち。だがどの顔も悲壮感を漂わせ口数は少ない。

 誰もが分かっていたのだ……今街の外に展開している正規の騎士団相手にこんな稚拙な柵など何の意味も無いことに。

 黄昏の獅子の構成員たちだけではない。他に行き場の無い者たちは家に閉じこもり、家すら持てない者たちは薄暗い裏路地に身を隠しただその時を待つ。

 一つの街の終わり。

 そうした終末感が街全体を蝕むかのように覆い尽くしていた。


 無法者たちの穴倉に数ある酒場の一つ。そこにアシュレイの姿があった。

 アシュレイの向かいにはテーブルを挟みイヴァン・ヨーハスが座る。酒場には他にイヴァンの配下の男たちが数人いるだけで、広い店内はがらんと静まり返っていた。


 「しかし物好きな小僧だぜ、わざわざ死ぬ為にここに帰って来るとはよ、お前さんもう生きてこの街からは出られねえぜ」


 イヴァンは別にアシュレイを恫喝していた訳ではない。現に酒を喰らい赤ら顔を晒すイヴァンの表情にそんな凄みなど微塵も無かった。

 イヴァンの捨て台詞の意図は別のところにある。

 黄昏の獅子に限らず傭兵とギルド員、つまりギルド構成員か否かの違いはギルドマスターが申請を出し、ギルド会館の名簿に名前が記されているかどうかでしかない。

 正式な登録を済ませた段階でギルド会館から資格証明書が発行されるのだが、それを必要とするのは国から恩恵を受けられる序列者たちが大半であり、一般の構成員たちがそれを持ち歩くことは余り多くは無かった。まして黄昏の獅子のようなギルドともなれば尚のことだ。

 特に黄昏の獅子のような非合法な活動により勢力を拡大してきたようなギルドは、その性質上金で傭兵や街のごろつきなどを多数囲っていた為、そうした準構成員と呼べる者たちとギルド員との境界は更に曖昧なものとなっていた。

 今回の騒動でそうした者たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出していったが、各区画で拘束され、場合によっては殺害された黄昏の獅子の構成員の中にはそうした準構成員たちが多数含まれているのだ。

 それでも区画内の街中であれば相手は憲兵隊や、所属は違えど同じギルドという枠組みの中にある別のギルドの人間たちだ。そうした事情を考慮される余地は残されていた。

 だが今この街を封鎖しているのはオーランド王国の正規の騎士団であり、彼らにとっては女、子供を別にすればそれ以外の違いなど一顧だにしないのは明白である。

 この街に来た時点でアシュレイが黄昏の獅子の構成員と同義の存在と見られる事は間違いなく、イヴァンはそんなアシュレイに自分たちと一蓮托生だと暗に仄めかしていたに過ぎない。


 「イヴァンの旦那、今この街にはどの程度の人間が残ってるんだい?」


 「さあな、うちの人間は精々三・四百ってところじゃねえか、今じゃ行き場のねえ連中の方が遥かに多いわな、そいつらを入れて二千てところか」


 「そうかい……それで、アンゼルムの屋敷にはどれくらいの人数が警備に就いてるんだ?」


 本当に何気ない調子で呟いたアシュレイの言葉にイヴァンの目つきが変わる。


 「おいおい小僧、今更何企んでやがる」


 「イヴァンの旦那、俺はさ、あんたの事結構気に入ってるんだぜ、ここへ来たばかりの頃、俺のことを買ってくれてたのは旦那だけだった。これでも感謝してたんだぜ、だから恩返しって訳じゃねえけど、旦那の事を助けてやろうと思ってよ」


 「そんな下らねえおべんちゃらを信じろってのか?」


 「じゃあ聞くがよ、こんな状況で俺が旦那を騙して何の得があるってんだい?」


 イヴァンはアシュレイの真意を測りかね口を閉じる。

 確かに事ここに至ってアシュレイが自分を騙そうとする理由は思い当たらない。

 既に黄昏の獅子はまともな組織としての機能は失われているのだから。あの魔法士が行方を眩ました日、奴の部屋で死んでいたデレックを始め、魔法士を探すため街を出ていたエドラットも恐らくは捕まったか、殺されたか……どちらにしても、もう戻る事は無いだろう。

 偉そうな面で羽振り利かせていたアンゼルムの側近たちも、早々にギルドの金を持って逃げ出していた。その見切りの早さには流石のイヴァンも感心した程だ。

 ライズワースを出る伝手があると誰かに洩らしていたらしいが、イヴァンに言わせれば滑稽で笑える話だ。

 仮に上手くライズワースから逃げ出せたとして、陸路でオーランド王国を離れるなど土台不可能な話。そうなると港町であるセント・バルジナ辺りから海路を使うつもりだろうが、例え魔物の目を掻い潜りセント・バルジナまで辿り着けたとしてもそこで捕まって終わりだ。

 国家反逆罪という罪状は殺人や強盗の指名手配とは訳が違う。直ぐにオーランド王国全土に最重要事項として指名手配が回る筈だ。

 幾ら足掻いても行き着く末路は変わらない。イヴァンにしてみれば逃げ出す事すら無駄な努力としか思えなかった。


 「一応話は聞いてやる、囀って見ろ小僧」


 アシュレイはイヴァンに少し身を近づけると囁くように語る。


 「俺がこの街に戻ってきた理由は二つ。一つはさっき言ったように旦那を助けてえって事。もう一つはまあ……金と安全の為さ」


 「詳しく話してみな」


 「単刀直入に言ってアンゼルムの屋敷にある帳簿が欲しい。それさえ手に入れば俺は旦那を助けられるし、俺も金が手に入って万々歳さね」


 帳簿とはこれまで黄昏の獅子が魔法人形の売買で得た金銭の流れが克明に記載された物であり、取引相手である貴族や豪商たちの直筆の署名と家紋の刻印が押された、言わば黄昏の獅子が持つ最終的な切り札になる物であった。だが……。


 「今更そんな物に何の価値があるってんだ。それを持って投降したところでぶっ殺されて闇に葬られちまうのがおちじゃねえか」


 どんな背後関係があるのかイヴァンには想像もつかないが、自分たちに国家反逆罪などというとんでもない濡れ衣を着せられるだけの大物が関わっている事ぐらいは分る。そんな連中に帳簿が持つちっぽけな脅しの効果など通用するとはとても思えない。


 「旦那、大きな力にはそれに反発する別の力ってもんが働くもんでね、今回の件で俺らを嵌めた連中にも平たく言えば反対勢力って奴がいてね、そうした勢力にとっちゃあその帳簿はいずれそいつらの喉元に突きつける刃に成り得る物らしくてね」


 「つまりお前の雇い主がその反対勢力の連中だと?」


 「旦那だからこんな話をしたんだぜ、それにもうそんなに時間が無くてね、外の騎士団の連中は今俺の雇い主が圧力を掛けて抑えてる……だけどそれも今日一杯が限界らしくてね、明日には総攻撃が始まっちまう。そうなれば街の人間は皆殺しさ、街には火が放たれて帳簿もろとも炎に焼かれ塵に……ってな算段さね」


 「仮に協力するとして、お前が約束を守る保障がどこにある?」


 「それは俺を信じて貰うしかないね」


 二人の視線が交差し不意にイヴァンが周囲の男たちに手を翳す。そのイヴァンの行為に男たちの顔に緊張が奔った。


 「おい、この小僧に酒を出してやりな」


 「決まりだな、旦那」


 男たちから酒の瓶を受け取ったアシュレイは用意された杯に酒を移すこと無くそのまま一気に瓶ごと呷る。


 「だが一つ問題がある。帳簿の隠し場所は側近たちとアンゼルムしかしれねえ、だが側近共はもうこの街から逃げ出しちまっててな、となると……」


 「旦那、今から何人くらい集められる?」


 「そうだな……三十人てところか」


 人を集める為、慌しく酒場を出て行く男たち。その男たちを油断無く一瞥し、アシュレイはイヴァンへと手に持つ酒瓶を掲げる。


 「頼りにしてるぜ、旦那」



 同時刻。双刻の月でも新たな情報が齎されていた。


 「それは確かな情報なんだね、ヴォルフガングさん」


 「ああ、あの男を中央門までつけていた男が、同じ黒塗りの馬車を東の区画で見かけたらしい。まさかあの男が祭りに参加してるとは考えにくいしな、となりゃあ向かった先は……」


 アシュレイが無法者たちの穴倉に戻るなど考えにくい選択だ。だが中央門を抜けられるほどの権力者と繋がりがあるとすれば、何かしらの思惑の上で動いている可能性は捨てきれない。

 エレナはアシュレイの事を黄昏の獅子に金で雇われていた傭兵だと思っていた。だがもしかしたらアシュレイには黄昏の獅子とエレナの知らないもっと根深い関係にあったのかも知れない。

 だがどちらにせよ今この状況下で無法者たちの穴倉にいるというのなら……。


 「エレナ、もう一人で動くことは絶対に許さないわよ」


 エレナの様子に気づいたのだろう。レティシアが厳しい口調でエレナに釘を刺す。


 「今回はレティシアに賛成です。正規軍である騎士団が動いている以上、仮にそのアシュレイという男の人がその街に戻っていたとしても、もう私たちには手が出せない問題ではないですか」


 「そうかしら、このギルドにも王国からの封書が届いているわよね、そこには黄昏の獅子の構成員たちへの捕縛許可が記されていた筈。これは私たちにとっての錦の御旗。それ以降何も通達が無い以上、私たちが捕縛目的で無法者たちの穴倉に向かう事を今の段階で騎士団といえど止める権限はないはずよ」


 アニエスからの意外な助け舟にエレナよりも寧ろレティシアやカタリナの方が驚いている様子だった。


 「なるほどな、強引な手法だが面白れえ、その祭りうちも参加させてもらうぜ、また双刻の月と砂塵の大鷲の合同戦線と洒落込もや」


 「レティシア、ギルドマスターとして貴方にお願いがあるのだけれど、私を正式にこのギルドに所属させて貰えないかしら」


 「アニエスさんをですか!!」


 アニエスの言葉にレティシアは驚きを隠せない。 

 序列五位。王立階位を持つアニエスは一人の女性としても、そして同じ序列者としてもレティシアにとって悔しい事だが遥かに格上の存在であった。そんな彼女からの思いもよらない言葉にレティシアはどこか現実味を持てずにいた。


 「無所属のまま参加するのは対外的に邪推されかねないし、私としてはギルドに所属した状態で臨みたいのだけれど、それに私の持つ王立階位の特権はきっと貴方たちの役に立つと思うわ」


 「いいんじゃないかなレティシアさん、私に異存はないよ」


 下手に別行動を取られるより目の届く所に居てくれた方が行動を監視しやすい。恐らくアニエスの方でも同じ事を考えているだろうとは思ったが、この際それはお互い様だろう。


 「エレナさんがいいなら僕も構わない」


 シェルンの言葉にカタリナも頷く。

 皆の反応を確かめレティシアは仕方ないと言う様に一度深く息を吐くとアニエスを見つめる。


 「分りましたアニエスさん。正式に貴方をギルド双刻の月に迎えます」


 エレナが入った時のような歓迎ムードとは少し異なるが、アニエスが所属したことで双刻の月の構成員は四人となった。

 歓迎の挨拶もそこそこに、カタリナはギルドマスターであるレティシアの委任状を持ってギルド会館へと向かう。

 エレナたちも準備を整えると召集を掛ける為、一度砂塵の大鷲へと戻ったヴォルフガングたちと東の区画、無法者たちの穴倉へと続く街道で落ち合う。

 エレナたち双刻の月の構成員四名。

 ヴォルフガングたち砂塵の大鷲の構成員百名。

 両ギルド百名を越える馬群が土煙を上げ一路無法者たちの穴倉を目指す。

 様々な思惑を秘め、役者たちは無法者たちの穴倉という舞台へと集結しようとしていた。

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