第25話


 レティシアとシェルンの二人がギルド会館で根強く話し合いを続けていた頃、エレナとカタリナもまた別の手段を講じるべく動き始めていた。

 双刻の月がある南の区画。中でも比較的住宅地が密集する通りにある酒場に二人の姿があった。場所柄もあり繁華街に存在する一般的な酒場とは少し違いどちらかといえ家族連れなどが気軽に訪れることができる食堂といった雰囲気の店である。

 そういう意味では、今二人の前に座る男たちは些か場違いな雰囲気を醸し出していた。巨体を窮屈そうに椅子に収め居心地が悪そうに体を動かしている大男は砂塵の大鷲のギルドマスターであるヴォルフガングである。

 ヴォルフガングの隣に静かに座る男もエレナには見覚えがあった。名前は知らないが穢れし殉職者との戦いのとき共に戦った男の一人だ


 「本当なら此方から出向くのが礼儀なのですが、事情を汲んでいただいて感謝しています」


 カタリナが前に座る二人に済まなそうに頭を下げる。

 何処に誰の目があるか分からない今の段階で双刻の月として別のギルドと表立って接触することをカタリナが懸念した為、このような場所に二人を呼ぶ出す形になったことを詫びたのだ。


 「別に構わねえぜ、そっちは少し面倒な事になってるようだしな」


 既に各ギルドにギルド会館からの知らせが回っている為か、ヴォルフガングも双刻の月が置かれている状況をある程度把握していた。


 「レティシアたちの話が上手く進めば、そもそも此方の話し合いは必要ないのですが……」


 「まあ確かに奴らと同じ土俵に上がれねえっていう選択は消極的かも知れねえが最善だとは思うぜ」


 「しかしエレナさんたちはその話し合いが纏まらない可能性があると考えてるのですか?」


 ヴォルフガングの連れの男の言葉にエレナが頷く。

 それはエレナの予測に過ぎないのだが、今回このタイミングでのシェルンの召集には何か作為的なものを感じるのだ。ライズワースの世情に少し詳しい者なら恐らくシェルンの素性は直ぐに分かるはず。

 その生い立ちを含め序列圏外からいきなり二百番台の序列を手にしたシェルンを興行的に利用しようという思惑が働いていたとしてもおかしい話ではないのではないかと。

 そう考えるなら、無作為とはいえ今一番配慮が必要な黄昏の獅子が対戦相手に選ばれているというのも、話題性を持たせる意味と取るならば頷ける話ではないのか。


 「エレナの心配も強ち的外れってわけじゃないかもな、そういう不細工な話は今までも無かったわけじゃねえ」


 ヴォルフガングが知るだけでも興行面を明らかに意識したであろう対戦はこれまでも幾つか見受けられた。ギルド会館全体とはいわないまでも、そうした一部の者たちの思惑が働いている事はまず間違いない。


 「エレナさんの想像通りだとしたら、恐らくレティシアの交渉は不調に終わるでしょう。その場合の布石としてヴォルフガングさんの知恵をお借りしたいのです」


 カタリナは聡明な女性であり交渉ごとにも長けている。だがそれはあくまで表の舞台での話であり、裏の駆け引きのような事案にはやはり明るくは無い。

 カタリナ自身、自分を潔癖な人間などとは考えていない。レティシアに誘われギルドという特殊な世界に足を踏み入れた時点で、ギルドの為、親友であるレティシアの為なら必要に迫られれば例えそれが非合法な汚い行いであっても自分の手を汚す覚悟は持っていた。


 「ギルド会館での話し合いがどういう決着であれ、双刻の月としてはこのまま受身に回った方がいいだろうな、ああいう連中に自分たちから近づくのは上手い方法とはいえねえ」


 双刻の月が砂塵の大鷲のように男所帯の武闘派集団ならそれもいいかも知れない。だが双刻の月は腕は立つとはいえ女たちが中心のギルドだ。時にそれは武器にも弱みにもなる。今回は間違いなく後者に当たるだろう。


 「俺に考えがある、俺らに任せてお前らはこの件には関わるな」


 「そういう借りの作り方は好きじゃないよ、責めて責任の一端は負わせて欲しい」


 エレナもギルドの仲間たちを巻き込むのには対抗がある。だがこの件に傍観者で居続ける気はない。降り掛かる火の粉は払わなければならない。その火で誰かがやけどを負う前に。


 「エレナ、お前のそういう所嫌いじゃないぜ、ただし此処からは俺たちの祭りだ、話はする、だが手は出すなよ」


 エレナは少し困ったように曖昧に頷く。内容を聞いてみないことには返事のしようがないからだ。そんなエレナの内心を察したようにヴォルフガングが楽しげに笑う。どうやらヴォルフガングの想像通りの反応だったようだ。


 「何故今になって黄昏の獅子と遙遠の回廊がまた揉め出したかお前らその理由を知ってるか?」


 「噂話程度ですが」


 カタリナが少し考えてから口を開く。

 元々過去に禍根を残していたとはいえ、表面上は収まっていたこの二つのギルドが緊張状態を再燃させる切欠となる事件が二週間前に起きていた。

 それがライズワースで起きた集団失踪事件。

 二週間で七名もの女、子供が忽然と姿を消したのだ。このご時勢である、人が突然姿を消す、ということ事態は無い話でもない。

 金に困り人買いに売られる貧しい子供たちや、それこそ突発的な物取りや強盗に合い命を奪われる者など、例えを出せば切りが無いが、荷物に紛れさせライズワースの外にでも死体を捨てれば魔物が処理してくれるような、こんな環境に置いてそうした事案はライズワースでも後を絶たない。

 だが今回、話しをややこしくしていたのがその失踪者の内、五人までもが遙遠の回廊の関係者であったことにある。

 失踪した彼女たちの多くが家庭を持ち普通の生活をおくれる財力がある者たちばかりであった。彼女たちに共通していたのは夫や恋人が遙遠の回廊の構成員たちであったという事くらいだろうか。

 人身売買であれば裏のルートに僅かでも痕跡を残す筈の事件であったのだが、憲兵隊や遙遠の回廊があらゆる伝手を使ってもそうした事実は出てくることはなかった。

 そうなると色濃くなるのが怨恨による殺害ということになる。少なくとも遙遠の回廊の多くの者が今回の犯人が黄昏の獅子であると信じて疑ってはいなかった。


 「頭の良い奴らの中には、自分たちが真っ先に疑われることはしないだろうなんて黄昏の獅子を擁護する連中もいるが、俺もあいつ等の為業だと思うね、傭兵なんてもんは元々が欲しけりゃ奪う、気に入らなきゃ殺す。そんな単純な連中なのさ、当たり前の理屈すら力で変えようとするそういう馬鹿な連中なんだよ」


 「でもそれなら、いえ寧ろそうであるからこそ、この事件に黄昏の獅子が関与した証拠がまったく出て来てないのはおかしいのではないですか、ヴォルフガングさんの言う通りだとすれば、計画自体が衝動的で杜撰(ずさん)であったはずです。それなのに何の証拠も出ないのは彼らが逆に潔白である証明になってしまうのではないでしょうか」


 カタリナの疑問はもっともでありヴォルフガングもそれは重々承知の上だ。


 「そう、それが一番腑に落ちねえところなんだがよ、もしもだ、奴らには別に目的が合って怨恨てのが二次的なものだとしたらどうよ?」


 あくまで事件の犯人を黄昏の獅子と決めつけ強引にこじつければなんとか考えられなくも無い、いってみればヴォルフガングの理論はその程度のものだ。そんな杜撰な理論を語るヴォルフガングの意図をアインスはだんだんと理解する。

 何かを強く信じたい者にとって真実よりももっと心に響く言葉がある。それは尤もらしい可能性というまやかしだ。

 ヴォルフガングは遙遠の回廊を焚きつけ、黄昏の獅子との間に本格的な抗争を起こさせようとしている。

 そしてそれは心根の優しいレティシアは絶対に望まない方法でもある。だがらこそヴォルフガングは自分たちに関わるなといったのだ。


 「それだけで遙遠の回廊を動かすのは少し弱い……そう思います。何かもう一つ彼らの背中を押す、ヴォルフガングさんの言葉に真実味を持たせる為の虚飾が必要でしょうね」


 エレナも心を決める。大切な者たちを守るためにそれ以外のものを利用する。それは決して褒められた考え方ではない。それを正当化するつもりも無い。だがもしもの場合はどんな手を講じても黄昏の獅子を叩き潰す。それがエレナの決意であった。


 「全てが私たちの杞憂で、レティシアたちの話し合いが上手くいけば良いのですが」


 カタリナの囁くような呟きは二人の本心の吐露でもある。それが一番穏便に事を収められる方法であるからだ。もとより好んでギルド間の揉め事に首を挟むような真似は二人の本意では決してないのだから。



 話し合いを終えギルドへと戻る馬車の中、ヴォルフガングはどこか楽しげに窓の外を眺めていた。


 「団長、随分楽しそうですね」


 連れの男がそんなヴォルフガングの様子に少し呆れたように呟く。


 「そりゃあ、こんな祭りに加われるだけじゃなく、エレナにも貸しを作れるとなりゃはしゃぎたくもなろうさ、こりゃ義理堅いエレナの事だから頼めば一度くらいは抱かせてくれるかも知れねえな」


 何を想像してるのか丸分かりのだらしない笑みを浮かべるヴォルフガングに連れの男は情けなさそうに頭を抱えた。


 「団長、あんたまさか始めからそんな事考えてたんじゃないでしょうね」


 「ば……馬鹿なこというんじゃねえよ……」


 あからさまに視線を逸らすヴォルフガングに連れの男はまた深い溜息をついた。


 「話し合いの結果が分かるまで暴走はしないでくださいよ」


 連れの男は心配そうに念を押す。ヴォルフガングが勝手に暴走して全てをぶち壊してしまってはエレナに申し訳ないからだ。


 「ああそれと、坊主の対戦相手の男、取りあえずぶち殺しておきますか?」


 分かってるよ……と子供のように不貞腐れるヴォルフガングに連れの男は思い出したようにそんな物騒なことを口にする。

 確かに二次的な案として見れば道理には叶っていなくもない。そもそも対戦相手が変われば全て解決する話でもあるからだ。


 「そいつがたむろしてる酒場にでも顔を出して少し因縁でもつけてやりゃあ、酒の席でのいざこざってことでエレナさんたちに迷惑掛けずに殺っちまえる気がするんですけどね」


 「おいおい、それじゃあ面白く……」


 ない、と言おうとしてヴォルフガングは慌てて口を噤む。


 「お前らこそ俺の指示があるまで勝手に動くんじゃねえぞ」


 ヴォルフガングの言葉に連れの男が面白くなさそうに、しぶしぶといって呈で頷く。

 連れの男、いや砂塵の大鷲の男たちにとってエレナ・ロゼという少女は凛と咲き誇る美しい一輪の花である。誰もが目を奪われ、惹かれるがそれは誰も手にすることが叶わない高嶺の花。

 だからこそ、その周囲を這い回る害虫は早々に叩き潰さなければならない。連れの男にとっては双刻の月から相談を受けた時点で取るべき行動は決まっていたといえる。

 ヴォルフガングが語った傭兵の定義は当然砂塵の大鷲にも当て嵌まるのだ。黄昏の獅子と異なるのは、その立ち位置がどちら寄りかという、ただその程度の違いに過ぎない。


 その日の夕刻に齎されたレティシアからの報告によって、事態は一歩新たな局面を迎えるのであった。

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