第15話
斥候部隊がライズワースを出立してから一刻。
汚れし殉職者の討伐を目的とした部隊がライズワースを離れようとしていた。
序列一位から五十位までの五十人で編成されたこの討伐部隊は現在協会が保有する最高戦力といっても過言では無い。
それはかつて救世の騎士アインス・ベルトナーと各国が誇る最高の騎士たちで構成された宣託の騎士団(カインド・オブ・フォーラウンズ)にも比肩しうるとさえ協会の一部の者たちには信じられていた。
だが表面上一枚岩に見える協会と国の上層部には僅かながら見解の相違があった。
最上位の危険種である汚れし殉職者の討伐に全戦力の投入すら辞さない協会の姿勢とは異なり、寧ろその二次被害の対策を重視する王国との間で激しい議論が行われていた。
汚れし殉職者の恐ろしさは伝わる数々の忌まわしい逸話からも決して軽んじられる魔物ではないのは確かだ。しかしオーランド王国の王都であるここライズワースには従騎士を含めれば騎士団だけでその規模は三十万を超える。
単体である汚れし殉職者の脅威よりも、それにより集まってくるであろう魔物たちへの対応に王国がより比重を置いたとしても無理からぬことかも知れない。
普段姿を現さない魔物であっても死臭や血の臭いに惹かれ、僅かな時間で数百を越える群れにまで成長することなど珍しいことではないのだ。
そんな中、今だ意見が纏まらぬ会議の行方を尻目に、協会とギルドを中心とした大規模な討伐戦が幕を開けようとしていた。
「見事なものだ……」
少女の長剣が背徳の蠍(ノー・フェイス)の頭部を華麗に切り裂き切断する。
その光景を見ていたギルド会館の随行官ロメル・アーチは感嘆の声を洩らす。
この大規模討伐戦に際し最下位のギルドである双刻の月に派遣が決まったときにはどうなることかと心配もしたがどうやら杞憂であったようだ。
構成員である三名共皆若いが連携は巧みであり個々の技量も高い。これ程の安定した戦い方を見せるギルドは幾つものギルドに随行官として参加していたロメルの記憶にもそう多くは無い。
随行官とはこうした大規模な討伐戦において各ギルドにギルド会館から派遣される職員のことである。
本来魔物を討伐した証として報酬を受け取る為には、その魔物特有の部位を持ち帰り協会に提出しなければならない。一般的には魔物の頭部を持ち帰るのだが個体差はあるものの、その大きさを考えてもそう多く持ち歩けるものではない。
その為ギルド単位での依頼とは異なり複数のギルドが動く大規模な依頼である討伐戦のような場合はこのようにギルド会館の職員が立ち会うことでそれらの制約を省くことが可能となる。
だが同時に職員の安全を守るという別の負担が増えることにはなるのだが、随行員は必須教練に実技訓練を取り入れることで最低限、足手纏いにはならぬような教育は受けていた。
「流石に出会う魔物の数が増えてきているわね」
活動を停止した背徳の蠍を見下ろしながらレティシアが呟く。
ギルド双刻の月への協会からの依頼は汚れし殉職者が徘徊しているであろう村の周辺の魔物の掃討であった。
それは討伐戦の本命である穢れし殉職者を討つ為に村へと向かう本隊の支援が大きな役割である。
当然これは双刻の月単独の依頼ではない。多数のギルドが参加する大規模な討伐依頼の一つである。ロメルの話ではこの掃討依頼に参加している各ギルドからの人員の規模は五千人を越えているという。つまり現在この一帯には総勢五千人のギルド員たちが展開していることになるのだ。
「姉さん、エレナさん、少し東に進路を変えないか? このまま南下すると村に近づき過ぎる気がするんだ」
シェルンの提案にロメルが地図を開き現在地を確認する。
「確かにこれ以上村に接近するのは危険かも知れません。シェルン君のいうように少し迂回しましょうか」
ロメルがシェルンの提案を認め、エレナとレティシアもそれに異論は無かった。
自分の前を歩く二人の姿を眺めレティシアは目尻を下げる。
エレナが何かシェルンに呟き、笑いながらその頭に手を乗せる。シェルンは文句を言いながらもエレナの手を払おうとはしなかった。
以前のシェルンなら他人に身体を触れさせるなど考えられないことであり、そもそもこうして誰かと並んで歩くことさえ極端に嫌っていたのだ。
(エレナさん……か)
シェルンは彼女のことを敬称を付けて呼ぶようになった。
本人は一歳でも年上なら年長者として当然などと言っていたが、それがただの詭弁だということはレティシアやカタリナには考えるまでもないことだ。
そもそもそれをいうなら遥かに年長者であるカタリナを今だ呼び捨てにしていることに整合性が取れないではないか。
エレナ、彼女がシェルンを変えた。それは間違いない。
そしてその変化がシェルンにとって決して悪いものでは無い事はレティシアも感じている。
戦いにおいてもシェルンは前の様な無茶な行動は影を潜め、二人に合わせる様になった。
その事だけでレティシアの心がどれ程救われたことか。
知れずレティシアは前を歩く少女の後ろ姿に目を向ける。意識せず彼女の姿を探してしまう自分にはぁ、と小さく溜息をつく。
(変わったのはあの子だけじゃない……私も……)
最早この想いは気の迷いなどではない。だがそれでも簡単にそれを認めてしまうことはレティシアにとっては酷く難しいことであった。
街道を東へと迂回したエレナたちはそこで魔物と交戦中のギルドと遭遇する。
周囲にはかなりの数の魔物の死骸が散乱している。それが激しい戦闘が行われていたことを物語っていた。
エレナの視線の先には鉄の蜥蜴(アイアン・リーパー)の群れが武装した一団へと向かうのが見えた。個体数は十五。ギルドの一団だろう彼らの数は十名。
明らかに不利な状況にシェルンが戦闘に加わろうと背中のエクルートナを引き抜く。だがそんなシェルンをエレナが右手で制した。
「駄目だシェルン、彼らの邪魔になる」
隊列を組み鉄の蜥蜴の群れへと駆ける彼らの動きは見事に統率されていた。まるで一本の矢の様に群れへと襲い掛かる。
集団の先頭を走る大男は丸太の様な腕を下から振り上げる。大男の持つ大剣が唸りを上げて鉄の蜥蜴の頭部を捉えた。
鉄の蜥蜴の刃を通さぬ鉄の如き鱗――――そんなものは大男の前では何の意味もなさない。
凄まじい衝撃音と共に鉄の蜥蜴の頭部は粉々に粉砕される。そして頭部を失った胴体部は宙を舞い弾き飛ばされた。
大男はそのまま大きく足を開き、振り上げた大剣を横に薙ぎ払う。
大男の側面にいた鉄の蜥蜴はその大剣を胴体部に受けくの字に体が折れ曲がった。その大剣の威力を物語る様に鉄の蜥蜴の口からは自らの臓器がこぼれ出していた。
大男以外の者たちは三人一組で次々と鉄の蜥蜴を屠って行く。狙い済まされた剣や槍が鱗の隙間へと正確に突き立てられていく。
数的不利さえ問題にならない程戦い慣れた、まさに彼らは戦闘集団であった。
「砂塵の大鷲の方々は相変わらず豪快なのか洗練されているのか分かりませんね」
彼らの事を知っているのだろうロメルが誰に言うとなく呟く。
エレナは彼らの先頭に立ち大剣を振るう大男を目で追っていた。
序列八十三位 ヴォルフガング・バーナードはその大剣を魔物の血で染めながら更なる獲物へと駆ける。
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