ギルド 双刻の月

第8話

 今や魔物を狩る傭兵たちにとってあらゆる面で必要不可欠な存在となっている協会は、此処ライズワースの議場で各国代表が協議を重ね誕生した組織である。


 更に議長国であったオーランド王国は四大国と云う枠組みを越えて広く活動の場を与えられた協会が結果を挙げていくにつれ、同様の組織を制度化し、自国内で独自に発展させていく。


 それがライズワースに置ける傭兵のギルド制度である。


 ギルドとは簡単に言えば傭兵たちの集合体あり、他国でいうならば傭兵団のようなもの……しかし決定的にそれらと大きく異なるのは、王国より代行を認められたギルド会館が全てのギルドを管理、統括する事で個ではなく全体を組織化させた事であろう。


 ゆえにギルドは統括するギルド会館の認可が必要な登録制であり、趣旨は異なるが国に雇われるという点に置いて騎士団と同列の存在とも定義できる。


 魔物の討伐や漸減を主目的とした騎士団に寄らぬ傭兵たちを用いた新たなる組織作り……それを掲げ設立されたギルド制度は……しかし全てが順風満帆とはいかず、特に援助という名目で王国がギルドと傭兵たちに対して支援金を出していた事が当初大きな論争の的となる。


 傭兵たちを囲い込む事を目的としたばら撒きは国庫を疲弊させ、いづれは破綻を生じさせる、とした非難の声が根強い懐疑派の派閥から上がる中、ギルドが中心に行われた大規模な魔物狩りは短期間の間に次々と大きな成果を挙げていく。


 結果として大陸でも都市部に置いて魔物の被害が最も少ない国家がオーランド王国である、と国内外に周知されるほどの功績を残したギルド会館は、近年協会に寄り算出された統計の裏付けに後押しされる形でギルドの有用性を誇示し、その実績と共に懐疑派の勢力を押さえ込む事に成功する。


 そして何よりギルド制度が王国に齎した功績は、傭兵たちの存在から生まれた新たな娯楽にあった事は間違いない。


 短くは無い月日の中、魔物を狩るために設立されたギルド制度はいつしか別の側面を併せ持つようになる――――それが傭兵同士が競い合う競技としての一面である。


 それは傭兵たちの錬度の底上げを目的とした試合形式の訓練の勝敗を、一部の者たちが賭けの対象にしていた事から端を発する。


 やがてそれは賭けの対象としてのみならず、純粋に観戦を楽しむ愛好家たちまで現れだす大衆の娯楽として爆発的な広まりを見せ、この流れを受けたオーランド王国は正式な試合……競技としてそれらを管理するまでに至る。


 同時に王国は不正の対象であった賭博行為を正式な娯楽の一つとして認め、ギルド会館に権利を一元化する事で収益の三分の一を国に収めさせる新たな法令が施行された。


 この鬱屈とした世界に多くの者が捌け口を求めていたのだろうか、僅か半年余りで得られたこれらの収益はギルド制定に掛かった費用を補い、その維持費すらも捻出させるほどの利益をオーランド王国に齎す。


 その結果、王国は巨大な利益を生む存在となったギルドに対して更なる新しい制度を設ける事になる……それがギルドランクと個人の序列である。


 ギルドランク。


 それはギルドが国に貢献した優劣を数値として示す制度であり、魔物狩りの実績、所属する傭兵たちの試合での勝ち星や実績などが大きな審査の対象となりランク付けが行われる。


 ギルド会館がランクによってギルドに支給される援助金の額に大幅な格差を設けた為、これに寄ってギルド間での活発な活動を促す事となった反面、上位のギルドには国や協会、そして個人からも多くの依頼が舞い込むこの制度はギルド間での対抗意識と格差をも同時に生み出す事となる。


 そして傭兵個人の格付けを目的として定められた序列とは、個人の純粋な強さのみを示した順列であるが、ギルド会館が試合での賭け率を決める上で重要な指針を必要とした事で生まれた制度という側面は否めない。


 試合での勝敗に大きく依存する序列は一位から千位まで存在し、階位を持つ傭兵たちは必然的にライズワースに置いて強さを認められ讃えられる存在となり、娯楽として確率された試合を観戦する人口比率が増加の一途を辿る中、今では絶大な支持と尊敬の対象となっていた。


 これらの名声を求めギルドに所属する傭兵たちは日々鍛錬を重ね……現在ライズワースにおいて認可を受けたギルドの総数は百五十三にも上り、所属する傭兵たちは三万二千人を越える。


 更にこれにギルドに参加の意思を示す潜在的な数を含めればその総数は五万にまで至るとすら云われ――――そしてこれらの数は日々変化を続けていた。



               ▼▼▼▼



 ライズワースの中心部に程近い一等地に建てられているギルド会館は単一の建物としてではなく、五階建ての横に長い建物が三棟密接するよう建てられており、それぞれの棟から別の棟に内部から移動できる作りになっていた。


 ギルド会館は協会の施設も併合している為にライズワースの中でもかなり人目を引く大規模な建造物の一つとして観光の名所として挙げられるほどに有名な施設となっていた。


 そのギルド会館の手続きと問い合わせ窓口がある中央の建物の五階にエレナの姿があった。


 混み合う窓口付近の混雑を避けるため、少し離れた待合所の席につき窓口の順番を待っていたエレナはげんなりと疲れた表情を浮かべ、うなだれる様に座っているその姿は明らかに精彩を欠いていた。


 何がエレナを此処まで疲弊させていたのかと云えば……それこそ色々あったのだが大きな理由を挙げるとするなら二つ。


 レイリオたちと別れたエレナが馬車を乗り継ぎこのギルド会館に辿り着くまでに実に半日という時間を費やしていた事……これはライズワースが広大な街だという理由以外にも地理に疎いエレナが迷いに迷った結果という自業自得な一面もある。


 そしてもう一つの理由。


 それは受付の職員から番号札を渡されてから、もうかれこれ半刻は経とうとしていた事にある。


 エレナはさり気なく自分の番号札を再度確認して見る。


 札には百五十五番と刻印がされており、どうやら単純に百五十五番目という訳では無い事くらいは流石にエレナも気づいてはいた……何故なら最後の呼ばれた番号は百七十二番であり、その前が百三十番という番号順とは掛け離れた順番であったからだ。


 ギルドの職員の中では何か決め事でもあるのかも知れないが、エレナにしてみれば半刻も待たされている上に、いつ順番が回ってくるかも分からないこの状況はかなり精神的にきつい……加えて人の多さがそれに追い討ちを掛けていた。


 外套のフードを深く被り、隅の席でひっそりと座っているエレナの周囲にまで人が溢れ、窓口付近に比べればまだましではあったが、それでもかなりの閉塞感ある。


 今だ人混みが不得意な、苦手とするエレナにはこの環境は地味に精神をすり減らさせ……いや、誤解を恐れず云うならばそれは拷問ですらあった。


 これから宿も探さなきゃいけないってのに……。


 と、エレナは思わず天を仰ぎそうになる気持ちを抑える。


 そして今日はもう帰ろうか、と思い始めた矢先、不意に窓口の職員から自分の番号が呼ばれた。


 「百五十五番の方いらっしゃいませんか!!」


 窓口の職員は手を上げ周囲を見回している。


 エレナは慌てて席を立つと人混みを掻き分け職員の待つ窓口へと急ぐ……此処まで来て順番を飛ばされては敵わない。


 「百五十五番です!!」


 エレナは肩で息をしながら受付の職員に番号札を手渡す。


 「では奥の席でお話を伺いますので」


 番号札の番号を確認した職員の女性はエレナを窓口の横、少し奥まった場所にある小さな応接室のような場所にエレナを案内する。


 エレナは少し迷ったが外套を脱ぐと席にと着く。


 やはりこうした場所で顔を隠したままというのはかなり不自然であるし、それになにより失礼だろうという思いからだ。


 エレナの向かいに座った職員の女性は、まぁ、とエレナの容姿を見て感嘆の声を漏らすが、こうした反応には大分慣れてきていたので、敢えてエレナは気づかぬ風を装いそれには無視を決め込む。


 「可憐なお嬢さん、今日はどういったご用件でしょうか」


 暫くの間、エレナの顔を見惚れたかの様に不躾に眺めていた職員の女性は職務を思い出したのか、少し時間を置いてそう問い掛けてきた。


 「お聞きしたいことがあるんですが」


 「はい、なんでしょう?」


 「あの……聖杯という賞品が勝利者に与えられる武術大会はいつ開催されるのでしょうか」


 エレナはどう聞こうか迷ったが端的に本題のみを切り出す……知識に乏しい為、回りくどい聞き方が思い付かなかったと云うのが本音の部分ではあったのだが……。


 「武術大会に聖杯ですか……」


 職員の女性は少し考え込むと何かに気づいたのか、ポンと両手を合わせた。


 「お嬢さんはギルドについて余り詳しく無さそうなので簡単に説明させて頂きますね」


 と、まず前置きし、


 「ギルドに所属する傭兵たちが毎日武勇を競い行われる試合を私共は闘技の宴と呼んでおります。これに対して月に一度序列を賭けて競われる試合を闘神の宴。そして半年に一度、陛下の御前で行われる試合を剣舞の宴と申します。お嬢さんがおっしゃられたのは恐らくこの剣舞の宴のことでしょう」


 と、職員の女性はにこやかに続けた。


 「ではその剣舞の宴は次はいつ開催されるんですか?」


 「少々お待ちを……もう一つ訂正しなければならないことがありまして」


 職員の女性は知識が皆無であるエレナにも分かる様、言葉を選びながら丁寧に語る。


 「お嬢さんが先程おっしゃった聖杯とはこの国の国宝……アテイルの聖杯のことだと思うのですが、それは勝者に与えられる賞品ではありません」


 その説明に明らかな落胆の表情を浮かべるエレナに、同情的な視線を送る職員の女性は申し訳なさそうに言葉を続ける。


 「剣舞の宴の優勝者には陛下自らが聖杯に清らかな水を注ぎ優勝者に手渡されるのです。聖杯に注がれた水は清められ、飲んだ者のあらゆる災厄を祓うといわれています。その儀礼的な行為を聖杯が賞品になると勘違いされたのではないでしょうか」


 元々エレナが聖杯の話しを耳にしたのは旅の商人からであったのだが、今にして思えば恐らくその商人も誰かからの又聞きだったのだろう……話は少し違ったが聖杯が賞品でないのなら逆に慌てる必要がなくなりエレナは少し安堵する。


 しかしエリーゼが解けない魔女の呪いを、今更だが聖杯に注いだ水などが解けるのかと云われれば甚だ疑問符が付くことは否めず……しかし試してみる程度の気持ちなら落胆せずに済んで良いのかも知れない、とエレナは直ぐに思い直す。


 「なるほど……良く分かりました。それともう一つだけお聞きしたいのですが、その剣舞の宴の参加資格はギルドに所属する事だけで良いのでしょうか?」


 「はい、参加費用は別に掛かりますが基本ギルド所属の傭兵の方々なら誰でも参加が可能です。ただ序列が十位以下の方は予選からとなるので最低でも二月前には申し込んで頂かねばなりません。あと先程の質問なのですが、剣舞の宴は先月行われたばかりなので次の開催は来年の今頃になると思います」


 つまりは次の開催までは一年以上待たねばならない事になる……自分に残された時間を考えても恐らく最初で最後の機会となるであろう、それまでの期間をどう過すかがこれからの課題になる事は間違いない。


 聞きたい事を確認出来たエレナは職員の女性に礼を言うと席を立ち……だが職員の女性は部屋を出ようとするエレナを呼び止めると少し待つよう言い残し部屋を後にしていく。


 そして暫くしてから女性は台車を引いてエレナの下へと戻って来たのだが……その台車には恐らく殺傷を目的として作られたのだろう……としか用途が思いつかない尋常ではない厚みをした本が三冊ほど積まれていた。


 「この三冊の本にはギルドの全てが記載されています。本来はギルド会館の所有物なのですが、在庫も多数あるので特別お嬢さんに差し上げますのでご家族の方に渡してあげて下さい」


 職員の女性はエレナが家族の使いとして来たと思っている様な節が垣間見え……確かに少女の姿をした今のエレナが剣舞の宴に参加する気だと思うものは無理があるのかも知れない。


 職員の女性の純粋な行為ゆえにエレナは抗議する訳にもいかず、詰まれた本を前に途方に暮れる。


 その本を貰ってどうすればいいんだ……人でも殴り殺せばいいのか、と些か物騒な発想にまでエレナの思考は発展するが、流石にそれを口にする事など出来る筈もなく、エレナは気づかれぬ様に短く嘆息する。


 その本は読書家ではないエレナには到底読む気になれないほどの凄まじい厚みがあり……重量も相当なものであろう事が外見からも窺えた。


 「気持ちは嬉しいのですが……俺……あっ……いや私、生憎と本を持ち帰る用意をして来ていませんので……」


 「大丈夫。会館の備品に皮袋はありますので」


 そういうと職員の女性はまた席を立ち別室から皮袋を手に戻ってくる。


 そして台車から丁寧に両手で一つ一つ皮袋へと本を差し入れる……その皮袋は両肩で担げるように紐がついており重量を調整できる物の様であった。


 さあどうぞ、と満面の笑みを浮かべる職員の女性に引き攣った笑みを返すエレナ。


 観念したようにエレナは中腰になると皮袋の紐を両肩に掛け渾身の気合とともに皮袋を背負い――――刹那、その圧倒的な重量にエレナの細い肩が悲鳴を上げ、エレナはよろめきながらもなんとか姿勢を支える。


 「なにかありましたらまたお気軽にお越しください」


 職員の女性はそんなエレナに深々と頭を下げて見送った。


 ふらふらとよろけながら混雑する窓口を後にしたエレナは何度となくすれ違う人間たちにぶつかり……その都度謝罪の言葉を繰り返しながらも何とか込み合う広間を出る事に成功する。


 普段ならば考えられない事ではあったが……今のエレナの様子からはまったく余裕が感じられず……その足取りは頼り無く覚束無い。


 それでも何とか階段のある通路まで遣って来たエレナではあったが其処には新たな絶望が待っていた。


 「こんな物を背負ったまま一階まで降りるのか……」


 と、エレナは絶望に打ちひしがれた表情を浮かべ階段を見やり途方に暮れる。


 如何にエレナでも無事に階段を降りきる自信が無かったのだ。


 こんな事で命を賭けるのは余りにも馬鹿らし過ぎる……そう判断しそっと肩の紐に手を伸ばす……人の善意を無下にするようで良い気分ではないが此処でこの殺傷道具を置いていかなければ自分の身が危うい。


 「良かったらお手伝いしましょうか?」


 不意に背後から掛けられた女性の声にエレナは振り向くと其処には若い女性が立っていた。


 歳の頃は二十二、三であろうか、癖の無い綺麗な長い金髪を腰まで伸ばし、均整の取れた肢体をした整った顔立ちの美しい女性であった。

 エリーゼの様な絶世の、とまではつかないまでも十分に人目を惹くその若い女性の登場は今のエレナにしてみれば女神が降臨したのと同義。


 「助かります……」


 エレナの懇願にも似た言葉に女性はにっこりと微笑み返す。


 女性に背中を支えられながら、一歩一歩確かめるように階段を降りるエレナ……そして時間を掛けて何とか一階にある出口付近までやってくる。


 「本当に助かりました……有難う御座います」


 丁寧に頭を下げるエレナの姿に女性は少し困った様に手を振った。


 「こちらこそ御免なさい。実は貴方の話を聞かせて貰ったの……盗み聞きするつもりは無かったのだけどあそこの壁は薄くて、隣に居ると聞こえてきちゃうのよ……」


 女性は懐から一枚の小さな紙を取り出しエレナへと手渡す……自然に差し出されたその紙をエレナは思わず受け取ってしまった。


 「ご家族の方に宜しく。もし興味が湧いたらいつでも尋ねて来て下さいと伝えておいてね」


 それだけ言うと女性はエレナに手を振りながら出口の方へと歩き去っていき……エレナはよく状況が掴めぬままに名前も知らない女性を見送る。


 女性の姿が完全に視界から消えると、エレナは知らず受け取っていた紙を開き……其処には綺麗な女性の筆跡で小さくこう書かれていた。


 ギルド『双刻の月』。

 キルドマスター レティシア・メルヴィス……と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る