【第三話】 能力値

 先ほどまでいた王様たちのいる大きな部屋から出た想護はメイド長のブリスチーノの横を歩きながら、この人が悪い人ではないと思っているが自分がどこに連れて行かれるのか? という不安を拭いきれないでいた。それと同時になぜ急にあの少女――最初に台座のある広間で話した修道服姿だった少女。先ほどのブリスチーノの話ではお嬢様と呼ばれていた少女――は急に日本語を話せるようになり、このメイド長は異世界のはずの日本語を話せるのか? わかれないことが多く考え込んでいた想護はこれ以上結論のでないことを考え続けるとより頭痛が悪化する気がしたので、情報の少ない今は考えないようにしようと思い、考えるを放棄した。

 無言で少しの間歩いていたら、まるで想護の考えが纏まる――実際は想護が考えるのをやめただけが――を待っていたようなタイミングでブリスチーノは、

「すみませんが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか? それとお荷物をお持ちしましょうか?」

 と遠慮気味に想護に聞いてきたので想護は自分の名を名乗り、先ほどから肩に掛けているカバンは自分で持つので大丈夫と伝えた。

「大切想護様ですね。では、大切様。これからなぜ大切様一人だけが別行動になってしまったのかをお話ししたいと思うのですが、お身体からだの調子は大丈夫でしょうか?」

 ブリスチーノの言葉に想護は驚きを隠せなかった。確かに身体の調子はあまり良くないが周りを心配させないように隠していたことを出会ってすぐに見抜かれたからだ、想護は相当体調が悪い場合を除けばいつも体調不良を隠している。そのため想護は体調不良を隠すのは慣れており、一人を除き、想護のことをよく知る人物が想護をよく観察し、注視しなければ気が付くことはない。

 それにもかかわらず、ブリスチーノは出会って数分で想護の体調不良を言い当てたのだ、想護が驚くのもしょうがないだろう。

 そんな想護の驚いた表情を見たブリスチーノは優しそうに微笑みながら、

「これでも十年以上メイドを務めているのですよ、主人やお客様の体調を瞬時に見極めるくらいは出来て当り前です」

 本物のメイドは凄いのだ。秋葉原などに生息している複数の主人に使えている『なんちゃってメイド』とは違うのだ。……やめて、別にメイド喫茶をおとしめているわけじゃないから。いやマジで、オレ、メイドキッサダイスキ。

「あはは、気が付かれちゃったんですね。こっちの世界異世界に来た時から軽い頭痛と乗り物酔いのような気持ち悪さと吐き気、それから身体全体の疲労感がありまして。ですが、そこまで酷いわけではないので大丈夫ですよ」

 想護はバレてしまったので今の自分の体調をブリスチーノに伝えた。

 隠すのをやめて自分の体調を話した想護の話を聞き、ブリスチーノの先ほどまでの優しい笑みはなりを潜め、今の彼女の表情は何かを考えているのか小難しげな顔をしている。

「私が思っていたよりも深刻そうですね……。その体調不良は世界を渡る際に身体にかかる大きな負担によるものだと思われます。大切様には用事がお済みになられましたら、皆様と合流して頂く手筈でしたが、体調がすぐれないようなので手早く用事を済まして頂きます。その後はお部屋を用意いたしますので、本日はそちらでお休みになってください。明日の朝に私がお向かいに上がります」

 少し考えてからブリスチーノは本来の予定を変更したことを伝えた。

「それはありがたいのですが、他のみんなは大丈夫ですか?」

 自分が体調不良になっているので、他の人の中でも体調不良になっている人がいるのではないかと考えためだ。

「私が見た限りでは体調を崩されておられる方はおりませんでした。」

 想護はその言葉を聞き安堵した。自分が一番辛いのに他人のことを心配し、大丈夫なことに安堵する様子を見ていたブリスチーノはとても優しいくて思いやりのある人なんだと思い、気分が暖かくなった。そのため優しい微笑みがまた顔に出ていた。

「私が見て感じたこと以外にもこちらの言語を皆様は理解できておりましたので、大丈夫だと思います」

 ブリスチーノの言葉に想護は不思議そうな顔をしている。

 不思議そうな顔をしている想護に説明するべくブリスチーノは口を開いた。

「今から説明いたしますこれは大切様の体調不良と関係あるのですが、皆様をこちらの世界異世界に呼ぼうとしたのは私たちレグランド王国の者たちなのですが、直接力をお使いになられたのは神様なのです。基本的に私たち人には世界と世界を繋げることはできません。そこで神にお願いし、あなた方をお呼びさせて頂きました。お呼びした理由なのですが、戦争が起こりそうなのでそれを止めるためにお力を貸して頂きたく誠に勝手ながらお呼びさせて頂きました。戦争を止めるといっても直接戦場に出て頂くことはないので安心してください。ですが、こちら世界の問題なのに誠に申し訳ありません」

 ブリスチーノはとても申し訳なさそうにしながらも話を続ける。

「戦争には出て頂かないのですが、魔王城に行って魔王様を助けて頂きたいのです。基本的には大丈夫でなのですが少しの危険があるかもしれません。ですが皆様には最低限の安全は確保できています。それが『神の加護』なのです。今回、加護を授けてくださった神の『神の加護』による恩恵の効果は複数あります。まず一つが先ほどから話題にあがる『神護の言語』です。加護を授けた神が指定した言語を理解し、無意識にその言語を扱えるようになります。他にも『死に戻り』。これは最悪の場合になってしまっても、つまり死んでしまってもこちら異世界での記憶を代償に元の世界に強制帰還するというものです。もちろんかすり傷一つ無い状態で、です。最後は身体能力の大幅強化です。今向かっている場所で測定できるのですが、いくつかの項目に分かれた基礎身体能力、また特殊能力や偉勲いくんを測定できるのですが、大切様が言語を理解できないのは『神の加護』を授かっていないのか、『神の加護』の効果が上手く発動していないためと思われます。そして『神の加護』の副次効果として、本来は世界を渡る際に生じる身体への大きな負荷がほぼ無くなります。これが他の皆様は体調が悪くならなかった理由であります。このことからも大切様の『神の加護』に問題があるのではないか? という考えに行きつきます。ですから、『神の加護』が大切様に正しくあるのかを今から調べるために測定をします。」

 ブリスチーノは説明を終えた。

「特殊能力と偉勲ですか?」

 想護はブリスチーノの話の中に有った聞きなれない単語を復唱した。

「特殊能力とは、その人が持つ種族的な固有能力。生まれつき持つの先天的な能力。自らで習得した後天的な能力など様々なものの総称です。測定で知ることが出来るのは特殊能力有無と、その名称くらいで詳しい能力は知ることが出来ません。そして偉勲とは、その人が今までの人生の中で経験した、とても凄い功績や偉業のたぐい。また妖霊神仏からの加護を含めたものです。偉勲の測定は本来できないのですが、『神の加護』などの例外的に測定できるものがあります。偉勲も特殊能力と同じく詳しい能力はわかりません。『神の加護』については能力を神が開示しているために能力がわかっていますが。偉勲は基礎身体能力の強化や特殊能力の強化、補助など多岐に渡っているために不明な点も多いです」

 第一、偉勲の保持者は滅多にいませんからね。ブリスチーノは語った。

 話を聞いていた想護は聞きなれない単語に気を取られて流してしまっていた疑問を思い出した。

「それにしても、ブリスチーノさんは日本語がわかるんですね。僕は『神の加護』が無くて言語が聞き取れないのにブリスチーノさんの言葉は聞き取れますし」

「いえ、ニホンゴというものは全くわかりません。今、大切様が話を理解できているのは私が使用している。『言語疎通トラドゥカド』と言われる魔術を使用しているためです。この魔術は言葉の通じない相手と話すことのできる魔術です。比較的簡単な魔術ですが消費魔力量が多いので長時間使うことはできません。そのために皆様とは別に『神の加護』が大切様にあるのかを早急に調べようとしています。」

「魔術なんて本当にあるのですね」

 想護は驚きと関心を合わせた声音で呟いた。

 それと同時に違和感の正体を理解した。想護はブリスチーノと会話しているに感じていた違和感の正体は発音された音と口元の動きの違いであった。

 想護が日本語に聞こえる音でも実際は違う音を発しているために口元と音に差が生まれるている。そのための違和感だったのだ。

 洋画などの吹き替え版を見ていると役者のセリフに違和感や気持ち悪さを感じたことのある人もいるのではないか?

 まあ、それがどうしたというような話なのだが……。



 しばらく城の中を歩いていると一つの部屋の前に着いた。その部屋の扉を開けて中へ入ると、異世界に来たときにいた最初の広間にあった大きな台座に似た一人がちょうど乗れる程度の小さな円形の台座が中央に置いてあるだけだった。

「あちらの台座の上にお乗りください。測定を開始いたします。」

 ブリスチーノに言われ想護は台座に乗り中央に立った。

 その後ブリスチーノが何かを唱えると、先ほどまで無地だった台座に薄い緑色の模様と文字が浮き上がってきた。模様は線で描かれており、四角形や三角形などの簡単な模様が組み合わさって複雑な模様を作り出されている。その模様の間や端に読むことはできないが――おそらく異世界の文字と思われる字――その文字が無数に書かれている。

 十秒もすれば模様と文字は消え、元の無地の台座に戻っていた。

「測定が終わりましたので、降りて頂いて結構です。今測定した結果はこの命証アテストリオに記録されました」

 ブリスチーノは想護に白い手に乗るくらいのカードのような金属片を手渡し、説明を続けた。

「この命証アテストリオはあなたの存在自体を映すものです。大切様の命証アテストリオをご覧ください」

 想護は促されるままに手元のカードのような金属片――命証アテストリオ。を見た。


《基本情報》

姓名:大切 想護

性別:男

年齢:15

種族:異世界人族(――――)

特記:――――


 想護の命証アテストリオにはこのように書かれていた。

 想護が命証について聞く前に、想護の命証を横から見ながらブリスチーノは、

「大切様。その命証に魔力を流し込んでください」

「えっと? どうすればんですか?」

 想護は魔力を流し込めと言われても魔力自体もよくわかっていないのにそれで何とかしろと言われてもできないのだった。そのためにブリスチーノにどうすれば良いのかを聞くのであった。

「あぁ、そうでしたね。大切様たちあちらの世界は魔力が認識されていないのでした。」

 ブリスチーノは忘れていたらしく、恥ずかしそうに続けた。

「やり方と言われましても、私たちは生まれたときから感覚だけで、できてしまうので改めて問われると考えてしまいますね……。何というか力を籠め《こめ》る感じです」

 はぁ! とか、やぁ! みたいな感じです! とブリスチーノは体を大きく動かして想護に必死に伝えようとしている。

 想護は先ほどまでの優しいながらも堅い雰囲気から柔らかい雰囲気になってるブリスチーノを見て、思ったより親しみやすそうな人だなぁ。と思った。

 ブリスチーノに言われた通りに力を入れる感じにして意識を集中させる想護。

命証アテストリオを見てください。」

 集中して目を閉じていた想護はブリスチーノの声により目を開け命証を見た。


《基礎能力》

攻力:84

防力:153

速力:240

力量:2


《特殊能力》



《偉勲》

『神の加護』


 先ほどまで書いてあった文字列の下に新たに書き込まれていた。

「これが命証アテストリオと言い、自身を表すものです。」

 ブリスチーノは命証についての説明を続けた。

 最初から書かれていたことは常時見えて自分の身分証明のようなもので、魔力を命証に通すことで浮かび上がる数値などが自分の能力を示すものらしい。魔力を通すと言っても、自分の命証には自分の魔力しか反応しないのだとか。魔力パスが繋がっていて何とかが何とかで、と言っていたが想護には理解できないことだった。

 姓名の最後の()かっこの中は身分などが書かれるらしいのだが想護は他の世界から来ているために未定らしく、横線が引かれている。特記は何かあれば随時書かれていくようだが、これも身分と同様にこちら異世界に来てすぐなので書かれていない。

 能力については攻力とは腕力などの筋力で出せる単純な力のこと。防力とは打たれ強さ。速力とは動きの速さ。力量とは魔力や聖力などの保有量らしい。

 魔力や聖力の説明は長くなるので省かれた。

 特殊能力は字のごとく、特別な力のことで先ほど移動中に教えてもらっている。偉勲も同じく。

 しかし、想護の偉勲に問題があった。偉勲の項目にある『神の加護』があるにはあるのだが、『神の加護』の字だけがグレーアウトしていたのである。それより上にある字はすべて黒色をしている。

 そのことに驚いているブリスチーノは、

「グレーアウトですか、初めて見ました。基礎能力の防力と速力が少し高いので、効果がおそらく中途半端な状態だと思われます。それにしても力量が少な過ぎますね。まだ力孔りきこうが開いていないためだと思われます。」

 ブリスチーノは自分の考えを言い、測定が終わったので想護を部屋に案内するのであった。ついでに力量の数値はあてにならないらしい。攻力や速力などと違い力量は現在の魔力などの量で、測定する前に魔力を大量に使っていると一桁もざらにあるとか。

 想護の場合は魔力が少ないというよりも、力孔と言われる体内の魔力の通り道にある全七つの門のようなもので、想護などのあちらの世界地球にいた人たちは力孔が閉じているらしい。ついでに『神の加護』には副次効果として力孔を開ける作用もあるらしい。



 部屋に案内された想護は体調不良と慣れない環境で疲れていたためか、部屋に入ってすぐにカバンをベットの脇に置き自分はベッドの上で横になった。

「では、私は失礼いたします。他の皆様には私からお伝えしておきます。明日の朝にお迎えに上がりますね。それではお休みなさいませ」

 想護は薄れ意識の中でブリスチーノの言葉を聞き、そのまま意識を失った。

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