観光客
「到着致しました。こちらです」
深夜0時、僕は「観光客」の2人を自宅の庭に案内していた。
「本当に、見られるんですか?」
カップルだという2人は、半信半疑な様子だったが、それでも各々目を輝かせているのが暗い中でも見て取れた。
「あと5分でございます。私が合図をしましたら、あの屋根にご注目ください」
営業用スマイルを浮かべる僕。
まだ時間もあるし、合図もしていないのに、スマホや高そうなカメラを掲げて我が家の赤い屋根を見上げる2人。
その時を決して見逃さないよう、腕時計に目を落とす僕。
その場がしばし、沈黙に包まれた。
そして、その時は来た。
「はい、それでは屋根をご覧ください。カウントダウンを致します。
5、4、3、2、1はい!」
「はい!」と同時に、屋根から人影が宙に舞った。
まるで枝から離れた枯葉が、風に乗ってふわりふわりと落ちていくような。
そんな信じ難い速度で、けれどまっすぐに、頭を下にしたまま。
そいつは、落ちていく。
僕の部屋のある2階を通り過ぎ、リビングのある1階を通り過ぎ。
そして。
どちゃっ。
地面が揺れたと錯覚するほどの音と共に、庭にぶつかった。
その頭は、あっけないほどあっさりと、鼻から上が砕け、闇の中でも目立つほどの賑やかな色彩を周囲にばら撒いた。
けれど数分後、その姿は、煙のように、まるで何事も無かったかのように、消え去った。
「いやー、いいものを見せていただきました!」
「観光客」は大喜びで、約束の報酬を手渡してくれた。
「ありがとうございました。もし機会がありましたら、また」
手中の結構な額の現金に、営業用の笑顔を心からの笑顔に変え、僕は2人に頭を下げた。
まだ高校生だった頃、夜中に携帯のバイブレーションが響き渡った。
ディスプレイに表示されていたのは、クラスのあの根暗なキモイ奴だった。
考えるより先に舌打ちが出た。
通話ボタンを強く押し、相手が喋る前に怒鳴ってやった。
「今何時だと思ってんだバカ!」
相手は、意外なことに妙に落ち着き払った声だった。
「今ね、君の家の屋根にいるんだ。丁度君の部屋の上らへん」
「はっ? お前何して」
「窓の外見て」
「マジで何してんだ人んちで!」
慌ててベランダに出たのと、携帯から「バイバイ」と聞こえたのは同時だった。
それが、奴の最後の言葉だった。
目の前の暗中を不自然にゆっくりと、けれど間違いなく落下していく人間の後ろ姿。
目で追っていると、それはやがて、地面へと到達し……
もちろん大騒ぎになった。
高校生が真夜中にクラスメイトの家で飛び降り自殺をするなど。
けれど、僕の親が金を出し、細かいことは全部うやむやにしてくれた。
奴の家族や一部のクラスメイトなんかはしばらくうるさかったが、それも親が手を回して黙らせてくれた。やはり偉い親をもつと得だな。
そんなわけで、比較的すぐにいつもの生活に戻れた。
そして、いいことがあった。
「自殺した人は、自分が死んだことに気付かず、死ぬ前の行動を延々と繰り返す」と言われている。
その通りで、毎晩決まった時間に奴が家の屋根から飛び降りるようになったのだ。
幽霊のはずなのに、霊感のないはずの人達にも見える姿で。
突然屋根に現れ、突然飛び降り、死ぬ。
初めのうちは音で叩き起こされてウザかったが、だんだん慣れて気にせず寝てられるようになってきた。
どこがいいことなのかっていうと、これを利用した商売を思いつけたからだ。
人が自殺する瞬間を見たい人達を集め、金を取る。
思った以上にうまくいき、今では毎月かなり遊べる金額をもらえるようになった。
奴が死んだ時は腹が立ったけど、今思えばいじめといて本当良かった。おかげでこっちは助かってる。
あんなバカでも、死んでから役に立つこともあるんだな。
僕は笑いながら、もらった金を長財布にしまいこんだ。
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