E in the room

職場で落としたペンを拾おうと屈んだら、床に小指の爪ほどの大きさの何かが置いてあるのに気づいた。


よく見てみると、グレーの縦長の長方形に3本の横長の長方形がくっついた、幅3cmくらいの小さな小さな置物のようだった。

そう、ちょうどアルファベットのEのような形だった。それが縦に直立していた。

触らなかったけど、見た目からして表面はカサカサで、堅そうな印象だった。


誰かがストラップの一部か何かを落としたんだろうと思ったが、そのうち本人が気付くだろうと拾ったりせずに放置した。


次の日、飲み物を床にこぼしてしまったので拭き取ろうと屈んだら、またあの「E」が目に入った。

まだ誰も拾ってないのか。毎日掃除の人が入ってるはずなのにな。まあいい、どうせ誰か拾うだろうから。

そう言えばこれ、小指の爪くらいかと思ってたけど、改めて見てみると親指の爪くらいの大きさだな。


数日後、休憩時間中にふと床を見てみたら、「E」は手のひらくらいのサイズになっていた。

あれ、気のせいじゃなくて本当に大きくなってきてる?

でもまあ、いいか。そう思い、ほっといた。


それからというもの、「E」は日に日に大きくなり続けていった。

手のひらくらいから、中指の先端から前腕の中ほどまでくらい、肘までくらい、肩までくらいという具合に。


初めのうちは本当に誰も気付いてなかったみたいだけど、「E」が大きくなるにつれてみんな少しずつ気が付きだしていった。

「E」を見て驚いたり、何だあれって表情をしたりしているから、絶対にみんな気付いてる。あんなサイズになってるんだから気付いてないわけがない。


だけど、誰も何も言わない。

きっとみんな同じことを思ってる。

どうせ落とし主が拾いに来る。

どうせ誰かが片付けてくれる。

自分が行動するのは面倒。

きっとなんとかなるだろう。

みんな分かってるのに、触れたがらない。

いつもと違うことをするのが嫌なんだ。

その「いつも」は、すでに「E」に少しずつ壊され始めてるのに。


今や「E」は天井に届くほどになった。時折パオ、パオという鳴き声のようなものも聞こえる。

この部屋はほとんど「E」が占めるようになり、すっかり狭くなった。

だけど、誰も文句を言わない。

みんな机を部屋の隅っこのわずかなスペースに寄せて、黙々と仕事をしている。


きっと、このまま「E」が膨らみ続けてオフィスが完全に破壊されるまで、誰も何も言わないんだろう。

いや、もしかしたら、破壊されてもなお誰も何も言わないのかも。


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