歩行者

その日は、珍しくあまり車が通っていなかった。

道路をなんとなく眺めていたら、変な音が聞こえてきた。


じょろっ じょろっ じょろっ


重い何かを無理に引きずっているような。

最初は気にしていなかったけど、だんだんと音が大きくなってきている、というか、こちらに近づいてきているように聞こえてきたので、音のする方向に目をやってみた。


ナメクジ。

真っ先にそう思った。

お肉の塊が、こちらにやって来ていた。

大きめのトラックくらいのサイズで、目がチカチカするくらいに鮮やかなピンク色。

べろべろに広がった下半身を、直立した上半身が引きずって歩いていた。


ナメクジ。

サイズも色もおかしいし、大触覚も小触覚もないが、やっぱりそれを連想した。


じょろっ じょろっ じょろっ


ゆっくり、ゆっくりと近づいてくる。

こちらの目と鼻の先までやってきた。遠くからだとつやつやしているように思えたが、近くで見ると、そこらじゅうに小さな傷やしわがあって、年季を感じさせた。

このお肉ナメクジは、どこに行くんだろう。どこからやってきたんだろう。


目を離せずにいると、いつの間にかお肉ナメクジの前から走ってきていた乗用車がまったくスピードを緩めることなく突っ込んだ。

「耳をつんざく音」ってこういう音のことをいうんだろうなあと思うくらいすごい音が響いた。

お肉は、車がぶつかった瞬間にこっぱみじんになってそこかしこに飛び散った。

車は、前半分が一気にぐしゃっとつぶれて道路の反対側へとくるくる回りながら弾かれていった。

どこからかたくさんの人が駆けつけてきて、車の周りに集まった。

救急車を呼べだの、こりゃもうだめだだの言う声をどこか遠くに感じながら、ずっと無数の小さな欠片となった肉を眺めていた。

しばらくはゼリーのようにぷるぷると震え続けていたが、やがてはその振動はゆっくりとおさまっていき、どれも動かなくなった。


車が大変なことになったということよりも、お肉ナメクジがばらばらになってしまったことのほうが、ずっと悲しかった。

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