声
高1の冬、友人の墓地を訪れた。
「こんな寒い時にまで無理して来なくていいのに。いくらバカでも風邪引くよ?」と彼女は お墓の中から心配してくれたけど、高校に入ってから忙しくなって行く機会が減ってしまったから、ちょっとでも会える時に会いたいんだ。
会っても毎回くだらない話するかなんとなくぼんやりして過ごすかのどっちかなんだけど、その時間が好きなんだ。彼女が生きてた頃と同じように。
今日も彼女とのひとときを楽しんで「じゃあ、また来るね」と告げて墓地の入口に向かっていたら、知っている人を見かけた。
同じクラスの佐藤っていう男子だ。ものすごく仲がいい…ってほどじゃないけど、たまに話はするくらいの仲の奴だ。
あるお墓の前で立ち尽くしてる。佐藤もお墓参りかな?あれ、でも心なしか様子がおかしい…?
声をかけようと近づいて、気づいた。
佐藤は虚ろな目で前にあるお墓を見つめながら、コートのポケットから何かを取り出した。
カッターだった。
刃を十分に出してから徐に左腕の袖をまくり、手首目がけて勢いよく…
「ダメだよ!」
私は自分でもびっくりするほどの大声で叫んでいた。
佐藤はビクッとこちらを向いて目を細め、私の姿を確かめた。
そのまましばらく私達は無言で見つめ合っていた。
「死なせてくれ」
先に沈黙を破ったのは佐藤だった。
「ダメだよ!なんで⁉︎」
私はまた叫んだ。
「…武藤がいないなら、もう生きてたってしょうがねーんだよ」
絞り出すような声が答えた。
そうだった…冬休みに入る少し前、私や佐藤と同学年の男子、武藤が事故で亡くなったんだった。
武藤は佐藤の幼い頃からの親友だったらしい。クラスが違うので私は話したことはないけど、休み時間や下校中に2人がよく談笑しているのを見かけた。
「…でも、ダメだよ。死んだら…」
「…お前に何が分かんだよ。武藤だってきっと俺と一緒にいることを望んでる。ほっといてくれ」
佐藤はなおもカッターを手首に刺そうとする。
「待って!」
咄嗟に佐藤の右腕を掴む。
こちらを睨む生気のない目を見つめ返し、私は続けた。
「私ね、お墓の前に行くとそこに埋葬されてる人の声が聞こえるの!今も亡くなった友達と話してきたところなの!今から武藤くんの言ってること伝えるから!信じられないかもしれないけど信じて!お願い!」
佐藤の返事を聞く前に、丁寧に磨かれた墓石に目をやり、耳を澄ませた。
親友に、死んでほしいなんて思うわけない。
苦しい思いしてほしいなんて思うわけない。
お願い、武藤くん。答えて。あなたの声を教えて。
「…生きてくれや」
後ろにいる佐藤が息を呑んだのがわかった。
私は目の前のお墓を見つめたまま、できるだけ生前の武藤の口調を再現しながら語りかけた。
「『こっち』も嫌なことばっかじゃないし悪くはない。けどお前はまだ来ちゃダメだ。早すぎる。お前には立派な将来の夢があっただろ?俺はそれを叶えたお前が見たいんだよ…」
他にも色々な言葉を佐藤に伝えたけど、相当ヒートアップして喋っていたからあまり覚えていない。
ただずっと私の頭にあったのは、佐藤に死んでほしくないということだけだった。
確かに彼とはそこまで親しいわけではない。
けど、悪い奴ではないと思うから、もっと話をしてみたいから…
だから、どうしても伝えなきゃ…
どれくらいの時間が経ったのだろう。
声が枯れ始めた頃。黙って聴いていた佐藤が小声で「本当に?」と言ったのが聞こえた。
振り向いた私の目と、彼の涙を浮かべた目が合った。
「あいつ本当にそう言ってるの?生きてほしいって?あいつ…」
一度深呼吸して、私は答えた。
「本当だよ」
「そっか…そっか」
佐藤は俯いて両目を乱暴に擦った。
顔を上げた彼の目は、もう濡れてはいなかった。
「ありがとう」
微笑んだ彼を見て、ああ、もう大丈夫だ。そう思った。
「…帰ろっか。寒くなってきたね」
もう手首を切る心配のないカッターを持った佐藤の右腕を離して、私は武藤の墓に背を向けた。
良かった。
そう、これで良かったんだ。
中1の夏のあの日、あの子は教えてくれた。
「『土の中イコール不幸』とか『地上イコール幸せ』って必ずしも正しくない」と。
分かってる。ちゃんと覚えてる。誰かの幸せを決めつける権利は、私には、ない。分かってる。
だけど…私は「あれ」を佐藤に伝えるのが正しいとは思えなかったんだ。
何してくれてんだクソ女!デタラメ言いやがって!もうちょっとだったのに!死なせろやそいつを!「こっち」に寄越せや!聞こえてんだろ!オイ!
背後の墓石から聞こえる罵り声に耳を塞ぎたい気持ちになりながら、私は佐藤とともに墓地をあとにした。
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