禍福

いや、急に余興として何か喋れと言われてもな…。


え?お前はしょっちゅう「下界」をボーッと眺めてるんだから一つくらいは面白い話知ってるだろうって?我だって何も考えずに見下ろしている訳ではないんじゃが…。


んー、では、我が昔見かけた「人間共」の話で今パッと思い浮かんだものを…。


ある人間の女がいた。彼女には、「居るだけで周囲の者達に幸福を授ける体質」が、生来あった。 


大多数の人間共は与り知らないが、稀にそういう性質を持っている者が存在しているんじゃよな。この女の場合も含めて当の本人も無自覚な場合が多いんじゃが。


たとえば、彼女と一緒に歩いていたら綺麗な虹や愛らしい犬を見られただとか、友人の家の建てつけが悪くて普段は開きづらい玄関扉が、彼女が遊びに来ている間だけはスムーズに開くだのの小さなことから始まり、家庭が複雑で辛い思いをしていたが、彼女と仲良くなってから嘘のように家族とうまくいくようになった、かなりの大怪我をして入院したが彼女が見舞いに通ってやったら医者も驚く程の速さで回復した、彼女を競馬に連れていったら大勝ちしたなど、実に様々な形で人を幸福に出来たんじゃ。


その女 ―人間共から「座敷童子みたいだ」と言われていたので仮に「ワラシ」と呼ぼうか― ワラシは、大学生になって、ついに恋人ができた。ヨシコという女だ。


ところが、ワラシと付き合い出してから、ヨシコには不運なことが立て続けに起こったんじゃ。


自販機で飲み物を買おうとして10円玉を側溝に落とす、何もないところで転ぶ、沢山育てていた花のうちの1本が突然枯れる、料理をしていて指に軽い火傷をする、空き巣に入られて衣類やアクセサリーを多数盗まれる…もっとあったんじゃが、まあこんな具合にな。


「体質」の存在は知らなくとも、ワラシといると良いことがあるという程度のことは認識していて、また期待していたのじゃろうな。とうとうある日、ヨシコは「何が座敷童子だ!お前が来てから不幸続きだ!」と生まれて初めて引いた風邪のせいでガラガラになった声でワラシを怒鳴りつけ、何度も殴った。


その間中、正座させられたワラシは咽びながら謝り続けておったよ。あれほど何度も愛してると囁いてくれた筈の相手に身に覚えのないことで心身を傷めつけられて、本当に辛かったろうな。


 一頻り怒りをぶつけたヨシコは、ワラシに別れを告げ、さっさと出て行くようにと言った。


ワラシは何の異論も唱えずに真っ直ぐに玄関へと向かい、ドアノブに手をかけた。だが、彼女はそれでもヨシコを心から憎むことは出来なかったんじゃな。ノブを回す直前、顔はドアに向けたまま、ヨシコに聞こえるか聞こえないかくらいの声で「ごめんね。今迄ありがと」と言っておった。それから勢いよくドアを開け、勢いよく後ろ手に閉じた。


すると、ドアが閉まった瞬間、ヨシコは突然激しい目眩を感じ、自分でも何が何だか分からないまま、その場に倒れ込んだのじゃ。




まあ、なんと愚かな人間じゃろうなヨシコは。本来ならあの女には膨大な不運が訪れる予定だったのじゃ。


多額の現金や大量のカードが入った財布をなくしたり、転び方が悪くて脚を骨折したり、花が全て枯れたり、料理をしていたら大火事になって全身に大火傷を負った上に自宅が全焼したり、泥棒と鉢合わせして包丁で刺されたり、治療法の発見されていない難病に罹ったりするはずじゃった。


ワラシが側に居るようになったことで、それらの災いを幸運と中和してあの程度に抑えられておったのじゃ。


 だがワラシを突き放してしまっては、もう不運を軽減してくれる者はおらん。よって、今迄食い止められていた不運が一気にヨシコに襲い掛かりだしたという訳じゃな。


まあ、「体質」云々はさて置いても、自分を心底愛してくれた相手を散々傷付けて追い出すような奴じゃから、どの道不幸にはなっていたかもしれんがな。


え?結局ヨシコはどうなったのか?知ってはおるが…あまりにも悲惨過ぎておぬし等には教えられんな。

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