中学に上がった年の夏、小学校時代に仲が良かった友人を訪ねて思い出話などに花を咲かせているうちに、なぜだか蝉の話になった。


「蝉って可哀想だよね」


「なんで?」


彼女の問いに私は答える。


「だってさ、7年も暗い土の中で過ごしてきて、やっと地上に出れたーと思ったら今度は一週間しか生きられないんだよ?」


「…ねえあんた、それってさ…」


彼女の声が怒りを含んでいる感じになったことに気付き、ハッとした。


「ごめん!違うんだよ!そうじゃなくて!えっと…」


「分かってる、冗談だよ」


昔と同じように笑う彼女の声を聞き、本当に怒っているわけではないのだと安堵した。


「でも『土の中イコール不幸』とか『地上イコール幸せ』って必ずしも正しくないと思うよ。もしかしたら、蝉は土の中の7年間幸せに暮らしてるかもしれないし、逆に地上ではお嫁さんとか旦那さん探すのに大変な思いしてるかもよ?」


「そっか…勝手に決めつけちゃいけないよね」


「そうだよ。私だって今辛いことばっかりってわけでもないし」


「どうなのそっちの方は?」


「だから、来てからのお楽しみだっていつも言ってるでしょ?」


そう、同い年だったのにこうやって私に対してちょっとお姉さんのように話す彼女の話し方と、顔の表情を見なくても分かるくらいに素直に声に感情を込めて話す彼女の話し方が、私は昔から好きなんだ。


「…そうだったね」


私は手にしていた柄杓でそっと彼女の墓石に水をかけた。


ーそして、死後も「お墓の前でそこに埋葬されている人の声を認識することしか出来ないという中途半端な霊感」の持ち主とこうしてたわいもない会話を楽しんでくれるところが、私は好きだ。


「冷たっ!」


「暑いんだからちょうどいいでしょ?」


「でも冷たすぎだよ!ていうか、かける前にかけるって言って!」


幸福なのか不幸なのか分からない蝉達の声をバックに、彼女が怒りながらも笑う声が響いていた。

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