第23話:エムノシル探訪③

 演習場で出会った戦乙女のお姉さんは、生島広美(いくしまひろみ)と名乗った。

 今年の春から社会人になったばかりの新社会人で俺より二つ年上だった。もっと上かと思っていたがさすがにそれは口が裂けても言えない。

 広美さんが『スマート・ワールド』をはじめた理由は暇潰しだった。それが気付けばどっぷりとハマっていたらしく、結構課金もしてアバターも揃えたそうだ。それがまったく使えなくなったと知ったときは大層ショックだったようで、半泣きで迫られたときは俺が泣きそうだったよ。周囲の視線で。


「それで、スキルの使い方って言うのは具体的にどういったものですか?」


 とりあえず、広美さんの利用時間が迫っていたのでそのまま演習場をあとにして、近くの飲食店へ入り、事情を確認する。


「えっと……」


 妙にソワソワした広美さんは辺りを見渡し、何故か頬を赤く染めて俯く。

 え、えー。分からん。この人の行動原理がさっぱり分からん。

 演習場からこの店へ来るまでの間も話しかければ答えてくれるが、それ以外は終始無言。かといってそれを気にしているのかこちらを伺うように見つめて目を逸らすを繰り返す、ちょっと残念なお姉さんという印象が成り立っていた。

 まぁ、初対面の男にお願いごとをするほど切羽詰まっていたわけだが、これが下心を持った変態野郎だったらどうするつもりだったのかな? ……もしかして、俺って人畜無害そうに見えた? おかしいな、演習場で俺の視線に気付いてたと思うし、よく分からない人だ。


「わ、渉君は……、普通に、魔法スキル使ってたよね?」

「え、ええ」


色々と試行錯誤中ですけど。とか余計なことは言わない方がいいのかな。


「どうやったら、使えるの?」

「……え?」

「私、何度試して使えなくて……武器スキルは何度か試していたら使えたんだけど」


 徐々に小さくなる声を聞き逃すまいとしながら考える。

 恐らく、上級職の戦乙女ワルキューレとなっているから、先ほど俺が感じたように『動体補助機能ムーブアシスト』が機能していないのではないだろうか? 確証はないがそんな気がする。


「えっと、質問なのですが」

「え、うん」

「武器スキルを使うとき、身体が勝手に動くような感覚はありますか?」


 まず、これを確認しておかないといけない。


「……それは、ないかな。色々と、その……、ポーズとか構えとか、やってみてようやく出来た感じだったから」

「そうですか」

「えっと、もしかして……それがないから、使えないの?」

「あ、いや――」


 そこで、広美さんに『動体補助機能ムーブアシスト』のことを説明する。


「そんなのが、あるの……?」

「実際、初心者の子達は経験したみたいで、みんな同じことを言っていましたから」

「そう、なんだ……」


 このことは広美さんは知らなかったようで、頻りに頷いて感心していた。


「それで、魔法スキルですけど――」

「なぁ、ちょっといいか?」


 続いて魔法スキルの説明をしようと思ったが、それを阻むように声がして頭上に影が差した。


「うおっ」


 見上げれば、年配の大男が俺を見下ろしていた。


 ……んっ?


 あれ、この顔。どこかで見覚えがある気が。


「ちょっと聞きたいことがあるんだが、いいか?」

「え、あ、はい」


 ズンッと音を立て、全身鎧の大男が近くにあった椅子を引き寄せて座る。そんな大男に広美さんはすっかり委縮してしまい、今にも泣きだそうな顔をしていた。

 そんな広美さんに大男は、ニヤッと笑い、口角を上げる。


「すまんな、姉ちゃん。すぐに済むからちょっと我慢してくれや」

「ひぃぅ……い、いいい、いえっ」


 それ、逆効果と思いますよ? どう見ても怖がられますって、その顔は。


「のう、兄ちゃん。お前、わた坊ちゃうか?」

「――っ」


 そうだ、この呼び方。やっぱり、そうだ。


「ええ、そうですよ。お久しぶりですね、熊さん」


 本当に久しぶりだ。

 ここ最近はバイトが忙しくてめっきり会う機会が減っていたが、この人は熊さんだ。

 熊さんこと、宇島熊五郎うのしまくまごろうさんは子供の頃に兄妹でお世話になったご近所さんである。

 大工の棟梁ということもあり、腕っぷしと威勢のよさは子供の頃はちょっと怖かったものだ。何せ、言葉より先に拳骨が飛んでくるからな。『脳筋』という言葉を覚えたのもこの人のおかげだ……思い出すだけで震えが来るぜ。

 そんな熊さんも、ちょっと白髪の混じりはじめた頭髪に、皺の増えた顔が年月を感じるが元気そうで何よりだと思う。


「ははっ、やっぱりわた坊か。大きくなったなぁ」

「おや、その呼び方はやめてくださいってば。もう子供じゃないですから」

「何を言ってんだ。まだ子供じゃねぇか」


 豪快に笑う熊さんに、店内にいるお客の視線が一斉にこちらへ向き、店員さんからの迷惑そうな視線も一緒に降り注いでいた。


「熊さん、声大きいですって」

「おっと、すまん。久しぶりじゃったから嬉しくてな」


 謝りながらガハハッと笑う熊さんに悪気はないだろう。ただ、それが伝わるのかは別問題であるから、周囲に頭を下げておく。


「それより、熊さんがまさかゲームやってるとは思いませんでしたよ」

「あー、これはな。沙保里さおりが友達招待が何とかって言って、あいつが勝手に登録してしまったんだよ」

「うわぁ……沙保里さんが――、って、沙保里さんやってたのかっ」

「ああ、そうだぞ。あと半年もすれば結婚式だって言うのに、一か月前から旅に出たままでブラブラとしやがって……はぁああっ」


 沙保里さんは五つ上のお姉さんで、豪放磊落を絵に描いたような性格で、ぶらりと旅に出ては妙な土産を着払いで送り付けてくる困った人だった。


「――って、沙保里さんが結婚っ?」

「ああ、結構強くて有名らしいぞ。結婚相手もこのゲームで見つけたとか言って連れてきたからな。最初は何の冗談かと思ったがな、はははっ」


 マジか。

 もしかして、一時期掲示板を賑わせていた“私達結婚します”宣言は沙保里さんなのか? ……まぁ、あの人ならやりそうだな。それに、ゲーム内でも何かと話題を提供することで有名な人がいたわ。


「そういえば、志帆さんは?」

「あー……あいつは、どこにいるのか分からん。ゲームはやってなかったからな」

「……あ」


 そうか。ゲームをやっている熊さんと別々になってしまったわけだ。

 志帆さんは熊さんの奥さんで、熊さん以上にお世話となった人だ。灯は志帆さんに懐いていたし、志帆さんは灯を本当の娘みたいにかわいがってくれた。まっ、おばさんって呼ぶと怒られるのはドラマや漫画の世界だけだと思ったけどな。


「探しに行きたいが、俺には無理だろうな」

「……熊さん」


 熊さんにとって、志帆さんは大切な家族である。沙保里さんもそうだが、熊さんは家族思いの優しい人なのだ。

 その家族がいないのだ。心配しないわけがない。


「出来ることなら探しに行きたいが、さすがに身体が思うように動かんのでは難しい」


 悔しそうに拳を握り、憤りを露わにする熊さんだが、すぐに表情を変えて笑う。


「まぁ、どうにかするさ。それじゃ、デートの邪魔をして悪かったな、わた坊」

「え、いや、ちが――」

「また、どこかで会おうや」


 否定する間もなく、がちゃりと音を立てて腰を上げた熊さんはヒラヒラと手を振りながら店を後にした。

 その際、わずかに右足を引き摺るようにして歩く様子に、怪我をしているのかと思ったが、それ以上に、どこか寂しげで悲しげな背中に衝撃を受け、言葉なく暫し呆然としていた。



 ☆☆☆☆☆



 何とも重苦しい空気が流れる中、温くなった珈琲を一口。

 嵐のように去っていった熊さんを思い、口数少なくなってしまったが、さすがにこのままでは駄目だ。


「それで、魔法スキルの使い方でしたよね?」

「え? え、え……」


 広美さんにもこの後の予定があるだろうし、まずは用件を済ませてしまおう。


「まず、広美さんは魔法スキルが呪文詠唱しているのを知っていますか?」

「え、えっと……確か、ターン消費して魔法を発動している間は、魔法を詠唱している……だったかな?」


 何とも自信なさげだが正解である。


「あと、武器スキルはどうやって使ってますか?」

「武器スキルは最初分からなくて、身体を適当に動かしながらスキル名叫んだら偶然出て……そのあとは、何度か練習してやっと出せるようになった感じ、かな」


 アルダさんもスキル名を口にすることはある、とは言っていたが、必ずとは言っていなかった。つまり、スキルに対する熟練度みたいな、身体で覚える? 的な感じかな。。

 それこそ咄嗟にスキルが出るようになるまで、血の滲むような努力をしているのだろう。


「魔法スキルも、スキル名を唱える必要はあるのですが、その前に呪文詠唱をしないと発動はしてくれません」

「そ、そうなんだ……」


つい先ほど経験したので間違いないです。


「で、でも……渉君、呪文詠唱なんて、してた?」

「うっ」

「確か、『ファイアボール』だけしか、聞こえなかったと思うんだけど」


 あの状況でもしっかりと聞いていたのか。中々観察眼の優れた人みたいだ。

 でも――、ならばこそ、矛盾というか、おかしなことに気付いた。


「広美さん、魔法スキルは使ったことがないんですよね?」

「え、はい」

「なら、どうして、俺の『ファイアボール』がおかしいって気付けたんですか?」


 そう、使ったことがないなら、違いなど分かるはずがないと思うのだが。これは妙な人に引っ掛かってしまったパターンなのか?


「そ、それは……前に『ファイアボール』を使っていた女の子がいたんだけど、その子のはもっと小さくて弱々しい感じだったから」


 あ、そっか。今日から演習場を使っている俺とは違い、恐らく数日前から演習場を使っている広美さんなら、他に魔法スキルを使う人を見ていても不思議はない。 ちょっと早とちりをしてしまったようだ。妙な疑いをかけてごめんなさい、広美さん。


「なるほど、そうだったんですか。――っと、それで、これが詠唱に必要な呪文です」

「え? これって……」

「図書館で書き写してきました」

「と、図書館とか、あるんだ……」


 図書館とかの経緯を簡単に説明し、手紙セットの便箋に書き写した魔法スキルの呪文を見せる。


「初級の魔法スキルを練習するなら、これを使ってください」

「え、でも、これは渉君が……」

「また、明日も行きますから気にしないでください」


 まだまだ調べものは終わってないから、何度か足を運ぶ必要があるだろう。とはいえ、そこまで悠長には出来ないから、必要最低限の調べものだけ済ませるしかない。


「な、なら、私も一緒に行きます」

「それは構いませんけど……」


 誰か知り合いとかいないだろうか? クランのメンバーでもいいけど。


「あ、御迷惑ですよ。すいません」

「いえ、そんなことはないですよ。誰か一緒なのかなと思ったので」


 何とも自虐的な人だなと思いつつ、率直に疑問を口をする。


「クランのみんなは多分、新・四強窟や高レベルのダンジョンがある町にいると思います。私はレベル的にも装備的にもまだ無理なので……それに、もう解散したみたいですから……だから、……」


 どこか思いつめた様子の広美さんはギュッと自身の身体を抱き、唇を固く結ぶ。

最後の方はよく聞き取れなかったが、どうもクラン内の関係が良好ではない節が感じ取れた。

 クランマスターは誰彼構わずPVPを申し込む戦闘狂で、あまりクランメンバーと関わっている風ではなかった。とはいえ、関係が悪いわけではなく、クランメンバーと一緒に俺も何度かパーティやPVPで世話になったことはある。もちろん、PVPは負け越してますけどね。

 問題は、あのクランにいる二人のサブマスターだろうな。

 一人は面倒臭いことが嫌いな事なかれ主義で、問題が起きても当事者に対処させるだけで自分では動かない。

 そして、問題はもう一人。

 こちらは問題行動を幾度となく起こし、運営から再三注意されて一度はアカウント剥奪寸前まで行ったと、掲示板で話題になっていたほどの問題人物なのだ。確か、このサブマスコンビは双子だったと聞いているが、見事に性格が正反対というか……厄介さは似た者同士か。

 そんな人物達がいるクランで、はたして広美さんのような人がやっていけるのか。ゲームだったから直接面識はなかったけど、今は……って、そういえば、広美さんはクランが解散処理中と言うのを知っているのだろうかと思っていたが、クランは解散するときは通知がいくシステムだったから、それを受け取ったのだろう。


「クラン、解散したんですか?」

「……みたい、ですね。今朝、突然そんな通知が来て……もう何が何だか……」

「大丈夫、ですか?」

「え、あ、はい。大丈夫ですよ」


 いや、顔面蒼白で言われても説得皆無ですって。


「ほとんどの人がカンストしてるし、私以外は最低でも五〇以上なんです」

「最低で、五〇……」

「私は、三七になったばかりです」


 個人情報パーソナルデータを見てレベルは分かっていたが、それでもこの辺りのモンスターではレベル差があり過ぎて経験値は入らないと思うのだが。


「この辺りだと、経験値は入らないと思うけど」

「えっと、ここにいるのはレベル上げというより、お金稼ぎというか……」

「あー」


 そういえば、装備を新調したと言っていたな。そして、この貿易都市にはカジノがある。一攫千金を目指すには打って付けの場所だ。


「カジノ、ですか?」

「……はい」


 今の様子から察するに余計なことはこれ以上聞かない方がよさそうだ。装備も変えれないほどだったわけだから、所持金もかなり切迫している可能性はある。


「失礼ですけど、所持金の方が大丈夫ですか?」

「え、あ、はい。何とか、宿に泊まれるだけの金額はあります」


 野宿とかではないなら、一先ずは安心だ。この大都市で女性一人のサバイバルセットは危険過ぎるから。


「あと、三日ほど……ですけど」


 結構、ピンチだった!


「モ、モンスターと戦うにしても、スキルを使えないと無理だろうし、それに……あの姿を人に見られるのは……」


 あー、うん。広美さんの性格ならあれは拷問だろうな。


「まぁ、装備に関してはそれで問題ないと思いますから、あとはスキルだけですね」

「え? でも、これって……」

「広美さんが使ってください。どうしても気になるなら、そのうち製作費払ってくれたらいいですから」


 このタイプの人は無理に押し付けても遠慮するだけだし、こう言っておけば少しは納得するだろう。


「わ、分かりました。わ、渉君のために、が、がんばりますっ」

「え、いや……」

「ご、ご迷惑なのは分かってます。で、でも、渉君のために、がんばりますからっ」

「いや、だから。俺は関係――」

「だから、私を――見捨てないでくださいっ」


 ない。と言うとしたが、広美さんの目は本気だった。必死が滲み出て、薄っすらと涙も浮かんでいた。

 それが彼女の拠り所なのかも知れない。そうすることで“自分”を保っているのかも知れないと思うと、それを否定することは出来ない。

 そして、『見捨てないでください』という言葉。

 その意味を理解することは正確に不可能だ。でも、その言葉が出るほどに広美さんは追い詰められている。もし、この場で俺が拒否をすれば……最悪の事態しか待っていないような、否、それしか待っていない。

 多分、この数日間。ずっと一人で孤独に耐えてきたのだろう。

 俺も一人だが、アジオルでは麻由子が、マデートでは麻由子の仲間が、エムノシルまではアルダさん達が……。常に誰かそばにいてくれた。

 本当の意味で一人になったのは、つい先ほどだ。


「俺も色々と不慣れなので、一緒にがんばりましょう」

「――っ。は、はいっ」


 パァッと明るく笑顔になった広美さんは元気よく返事をし、小さく拳を握る。その様子を見ながら、さてどうしたものかとわずかに痛む頭を摩りながら今後の予定を練り上げていく。



 ☆★★★☆



 どうして、こんなことになったのだろう――


 ギルドの演習場に通うこと三日。

 いい加減結果を出さないと今後の生活が成り立たない。生活の目途が立たない。所持金は乏しく、恐らく演習場を利用出来るのも今日が最後。明日からは否応なくモンスターとの戦闘を行わなければ、生きていくことが不可能となってしまう状態だった。

 そんな悲壮感漂う状況で戦乙女ワルキューレ――生島広美は、一人の少年と出会った。

 それは本当に偶然だったのだろう。

 出会った少年は、どこか風変わりな印象があった。

 装備が見えないように紐を固く結び、漆黒の外套マントを羽織った女を最初は怪しむ様子はあったものの、その視線がどこに向いているのかはすぐに分かった。

 羞恥に頬が赤くなるも、やっぱりこの子も同じなのか。そんな思いが去来し、あったばかりの少年に何を期待しているのかと自嘲気味の笑みが自然とこぼれた。

だが、それはすぐに悲鳴へと変わることになる。


「きゃっ」


 ドゥウウンッと地響きを立て、次いで頬を撫でる熱風に、その発生源たる方を見やる。そこには、何故か呆然とした様子の少年が何やら呟いていたが、よく聞き取れなかった。だが、それよりも気になることがあった。

 今のは――、それは、今の広美が渇望して止まないものだった。

 ここ数日。演習場で使っている人は何度か見かけた。けれど、どうしても声をかけることが出来なかった。

 女性であればと何とか試みたが、どうしても声をかけることが出来なかった。

 元々他人との交流を苦手する広美だが、社会人となったのを機に昔の自分を変えようと一念発起。会社では明るく演じていたが、元々の性格から逸脱した演技は広美の身体と精神を蝕み、入社一か月が経とうとした頃に身体を壊して入院。その後、会社を退職して現在は自宅療養を続けているのだが、暇を持て余して以前はじめ『スマート・ワールド』を再開。そして、ゲームの世界へのめり込むようになる。

 アバター越しのゲームであれば、本当の自分を知る者はいない。そこでなら無理をせず、気ままに過ごせる。


 しかし、ある日事件が起こった。


 それはクラン内のパーティ募集ではなく、一般のチャットで募集していた、所謂“野良パーティの募集”であった。そのパーティにサブマスターの一人が一緒に行かないかと誘ってきたのだ。

 最初は戸惑ったがレベル的にも問題はないし、装備を作るのに素材は必要だと言われ、断って余計な軋轢を生むだけなのも得策ではない。

 広美は気が進まないながらもサブマスターの好意と受け取ってパーティに参加してダンジョンを進んで行った。けれど、それが間違いだった。

 そのサブマスターは、サブマスターという要職に就く身でありながら、あちらこちらで諍いを起こす常習犯だった。

 最初のボスは順調に進み、討伐も問題なく終わった。

 ボスからは希少素材が獲得出来たため、必要な人物がダイスで抽選をする形となった。もちろん、全員参加して抽選を行ったのだが、ここでサブマスターが獲得をした。その時点では特に問題があるわけではなく、ダンジョンを進んで最後のボスを討伐した。

 そして、最後のボスからも希少素材を獲得出来た。そのため、ダイスで抽選を行ったのだが、パーティを参加した際に『希少素材は取り抜けで』とルール指定されていたので、当然サブマスターは辞退するものだと広美は思っていた。だが、サブマスターは辞退どころか、他のパーティメンバーへ辞退することを強要し、自分は当たり前のようにダイスを振った。

 当然、そんなことをすればパーティメンバーから反感を買うことになるが、そこでサブマスターは事も無げに言い放つ。


 ここにいるフィオリーナにそうしろと言われたから、と。


 何を言っているのだろうか? 突然のことに呆然としたが我に返った広美は当然のことだが抗議をした。だが、サブマスターは一方的な物言いで広美を悪者へ押し上げ、最後はパーティメンバーに罵詈雑言を浴びせてパーティを抜けていった。

 そのことはすぐに掲示板で話題となり、サブマスターの名前と共に広美のアバター名も掲載されており、真偽も確かめずに好き勝手なことが書かれていった。もちろん、クラン内でも話題となるが、新参者である広美の言葉はサブマスターの言葉よりも軽く、誰もが明日は我が身とばかりにサブマスターの肩を持った。明らかに誰の非かを知りながら。


 それから、広美はクラン内で孤立するのに時間は掛からなかった。

 ログインしてチャットで挨拶しても誰も返さず、後からログインしたメンバーには普通に挨拶を返す。そんな露骨な嫌がらせを続けられ、けれど、クランを抜けようにもサブマスターがそれを許さず、玩具にされる日々。疲弊している精神。

 苦痛でしかないゲームを続けていても面白くない。

 なら、辞めればいい。

 そう思い立ち、最後に装備を新調して、近々行われるアップデートを少し見てから辞めよう。そう思っていたのに、まさかこんなことになるとは……。

 何故、自分だけがこんな目に――、鬱屈とする気持ちを晴らす方法など思いつかず、ただ、状況に流されるままでは駄目だと少ない所持金で演習場通いを続けていたが、結果は振るわず。

 そのところに、突然のクラン解散通知が届いた。

 もう嫌だ。

 いっそのこと、ひと思いに楽になれたら……。そんな思いに駆られた矢先、目の前に現れた少年は最後の希望に見えた。

 もう、それに縋るしかない。

 笑われるかも知れない。断られるかも知れない。けれども、それ以上に広美の中にあったのは、ただ誰かのそばにいた。その思いだけだった――

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