第22話:エムノシル探訪②
午前中を図書館で過ごし、昼食を先ほどのコハリュ食堂で済ませてから、ギルド裏手にある演習場へとやってきた。
ウサミミのおねえさんがいなかったのは残念だが、店長さんらしき人が厨房で一人悪戦苦闘していたのが印象的だった。
「すいません」
「はい。ご利用ですか?」
演習場の入り口にある受付に立つお姉さんから問われ、はい、と答える。
「ご利用には一時間一五〇〇エルンかかりますが、よろしいですか?」
「あ、はい」
図書館より高いが、施設の維持費とかに充てているのだろう。その辺りは文句を言ってもはじまらない。
「えっと、スキルは何を使っても問題ないのですか?」
「演習場内は
確かに破壊力の高いスキルを使って万が一のことが起きたら大変だしな。そして、全額負担とは穏やかではないが、それくらいの罰則がないと周辺との折り合いも付かないのだろう。
「分かりました。では、これで――」
「はい。それでは、こちらから中へお進みください」
そんなことを考えながら一五〇〇エルンを払い、受付の脇にある木製の門みたいなのを潜って演習場内へと足を踏み入れる。
「うおっ」
と、突然轟音が鼓膜を揺さぶり、驚いて声を出してしまった。
受付から見えていたから広いのは分かっていたけど、サッカーグラウンド二面分? くらいはありそうだな。ある程度の距離を開けて冒険者が各々スキルをぶっ放して練習していた。
「……ふへぇ」
恐らく、あの木製の門みたいのが、外と中を隔てる
「ここなら、いいかな」
入り口からほど近い場所に空いている場所を見つけ、隣をチラリと伺う。
年の頃は二〇代前半。腕輪をしているから冒険者あることは間違いないはず。
切れ長の瞳に黒髪は大和撫子然としている女性だが、しっかりと紐で前を結んだ漆黒の
おっと――、あまり不躾な視線を向けるのは失礼だな。
インベントリから杖を取り出し、防具、アクセサリーの確認も併せて行う。防具は『森羅』シリーズで、アクセサリーは『アミュレット』他二点。現在装備しているものに、詠唱省略や破棄などの効果を持つものはない。さすがに職業補正やステータスは弄れないので、どうすることも出来ない。
次いで、手を横に振って“ショートカット機能”を呼び出し、使用するスキルの確認をする。これも前回登録したままで変更はしてない。
今回の検証は、幾つかある。
まず、“ショートカット機能”を使用してスキルを詠唱した場合どうなるのか。その際に、『
そして、“ショートカット機能”や腕輪の機能を使わず、一般的なスキル詠唱を行えるのか。これは、腕輪の機能が
「さて、と――」
まずは、一通りのスキルを試してみよう。
的は五メートルほど先になる木人形。“ショートカット機能”からファイアボールをタップし、杖を木人形へ向けて構える。
「――っ」
一瞬、身体が引っ張られるような感覚があり、驚いていると何も起きないまま身体を包んでいた違和感がフッと消えた。
「な、なんだ……?」
もしかして、今のが『
貿易都市までの道中で遭遇したボルトベアとの戦闘では余裕なんてなかったから、今みたいな微細な違和感には気付けなかったのかも知れない。
しかし、これは何とも気持ち悪い。
マッシュさんが「今までとは違う“感覚”が入ってくれば、そりゃ戸惑うわな」と言っていたし、確かにこれは戸惑うわ。でも、冒険者の初心者というのはどれを指すのだろうかね?
冒険者としてのレベル? それとも、冒険者に登録した期間?
ゲームの正式サービス開始から登録して早五年。レベル一〇〇の俺でも“違和感”を覚えるとなると、この考え方自体が間違っている可能性があるのかも……。
とりあえず、これについてはあとで考えよう。
「もう一度、やるか」
正直、今の感覚に慣れるのは中々難しいと思う。しかし、やらなければならないのだ。
“ショートカット機能”からファイアボールをタップ。
しっかりと呪文詠唱をしてと思ったが、
「――っ。『ファイアボール』」
先ほどと同じく身体が引っ張られるような感覚があり、咄嗟にスキル名だけを唱えてしまった。しかし、それは失敗したわけではなく、杖の先端に赤い粒子が渦を巻いて集まったかと思えば、ゴオゥと音を立てて赤い粒子が集束して火の玉が猛火を上げて杖から解き放たれる。
刹那、木人形へ被弾。轟音と共に舞い上がった熱風が頬を撫でる。
「あ、あれぇ………」
おかしい。
威力がおかしいでしょ、今のは。
どう考えても初級魔法の威力じゃないと思うんですけど! 木人形は無事みたいだけど、ガタガタ揺れてちょっと焦げてるのですが。
……や、やばいわ。
これって、もしかしなくても職業補正のせいだよな?
“装備の補正値増加(超絶)”と“補正効果拡大(神技)”。
とりわけ、今回は“補正効果拡大(神技)”が問題なのだろう。職業別に修得したスキルにも最大で三倍まで効果が適応されるから、初級の属性魔法でもあの威力になった、と。
そういえば、アルダさん達からもスキルの威力がおかしいとか、精度や練度がどうのこうのと言われていたが、これは確かにおかしいわ。
これ、比較対象がないと洒落にならないことになりそうだ。
「…………」
そして、隣にいるお姉さんがこちらをガン見してます。というか、驚きで目を丸くしていると言った方がいいのか。
「すいません、お騒がせしました」
「い、いえ……」
頭を下げると何故かお姉さんも頭を下げる。
随分と腰の低い人だなと思いつつ、第一歩目で頓挫したなとため息を吐く。
「あー、すいません。ちょっとうるさいかも知れませんけど、許してください」
「え、あ……い、いえ……別に構いませんから」
まぁ、音に関しては他にもかなり派手な音を出している人もいるからな。音に関してはそれほど気にしなくていいのかも知れない。
さて、気持ちを切り替えてもう一度。ファイアーボールをタップ。
「――っ。『ファイアボール』
やはり身体が一瞬引っ張られるような感覚の直後、呪文をすっ飛ばしてスキル名だけを詠唱。そして、着弾。轟音と爆風。
おかしい。やっぱり、おかしい。
威力が違う。多分、絶対に違う。あと、手順がおかしい。
「……」
「……」
そんなことを考えていると、隣のお姉さんと目が合う。
「度々、すいません」
「い、いえ……」
本当に腰の低い人だなと思いながら、どうしたものかと思案する。
「あ、あの……」
「え? あ、はい」
しかし、それはお姉さんによって遮られる。
「今のって、何ですか?」
「えっと……『ファイアボール』ですけど」
「……え? えぇええっ」
馬鹿正直に答えたらお姉さんが驚きの声を上げて後退った。かと思えば、そのまま駆けて来て眼前で立ち止まり。
「お、おかしいですよ。あ、あああ、あれって……『ファイアボール』の威力じゃないですよっ」
あー、やっぱりおかしかったのか。
お姉さんの剣幕に慄きながらそんなことを考えていたが、お姉さんが身じろぎした瞬間、マントの前を止めていた紐が解けた。
「……え?」
マントの下は真っ白な下着姿でした。胸元にあるピンクのリボンがとてもかわいいと思います。
「きゃっ」
見る間に顔を赤くするお姉さんはその場にしゃがみ込み、何とも恨みがましい視線を向けてくるのだが、どう考えても不可抗力だ。
風だ、風が悪いんだ! と思いつつ、そっと今更ながら目を逸らす。
「み、見ました……よね?」
「すいません」
見てませんとは言える状況ではないので、素直に謝る。
「ち、違うんです。別に、その、変な趣味があるとかじゃなくて……」
何やら弁明をはじめたお姉さん。
「こ、これが正式な装備なんですっ」
だが、次にお姉さんが発した言葉に驚かされた。
下着が正式な装備? いつの間に『スマート・ワルード』は成人指定されたのだろうか。というか、下着が正式装備って、職業は痴女か何かですか。
「…………あ、
そんな馬鹿なと真面目に思い出していたら、一つだけ思い当たる職業があった。
「は、はい……」
「あー……もしかして、アバター衣装ですか?」
「い、いえ……アバター衣装は、使えないみたいで」
女性限定近接系上級職――
騎士、狩人、僧侶のジョブマスターを条件に、『清らな乙女の接吻』を入手することで転職が可能となる職業だ。
この職業は
女性限定ということで、優遇されている面もあるが、そうでない面もある。
まず、デスペナルティが『獲得経験値の三〇%を損失』、『七二時間の基本能力五〇%減』で、全職中ワーストワンを誇る。反面、レベルアップに必要な経験値は他職の半分以下(上級職・特殊職を含め)、全ステータスに二〇%プラス補正という性質も持ち合わせている。また、専用アバター衣装も存在するのだが、これがかなり露出の高い装備で掲示板では『
で、お姉さんが身に纏っているのが、専用アバター衣装なのだろう。ゲームのときはアバターだからそれほどでもなかったが、現実となった今は迫力が違うわ。
「うう……あ、あまり見ないでください」
「え、あ――す、すいません」
思わず見つめてしまったが、首まで真っ赤にした涙目のお姉さんから目を逸らし、気になっていることを聞くことにした。
「えっと、他のアバター衣装は持っていないんですか?」
『スマート・ワールド』では課金衣装と呼ばれるファッションアイテムが数多く存在していた。
大抵のゲームはガチャのような抽選システムだが、『スマート・ワールド』では基本定額販売だった。そのため、色々な衣装で着飾ったアバターを掲示板にアップしていたプレイヤー達もいたりして、かなりの人気であった。
ガチャ要素は本当に稀で、それをやるのは重課金者くらい。俺も一度だけ興味本位でガチャをやったけど当たったのは微妙なアイテムで、速攻で倉庫行きとなった。そういえば、あのアイテム……使い道の分からない謎アイテムだったと思うが、今度確認しておくか。
で、話を戻すが、アバターの装備はステータス画面でON・OFF設定が任意で可能だったから今でもそれは出来ると思っていたが、お姉さんの反応からどうやら違うようだ。
「も、持ってないです」
「なら、別の装備を――」
「も、持ってないんです」
付ければいいのに。という言葉はお姉さんに遮られた。
何やら先ほどよりも顔を真っ赤にして首を横に振り、激しい拒否反応を示すお姉さん。
「……あー」
何となく理解出来た。
眼前のお姉さんもその一人ということか。
チラリと見えたあの恰好は間違いなく高性能ネタ装備と呼ばれた、通称『白水着』セットだろう。
「他って、装備もないんですか?」
「……はい。その、今の装備を製作するのに足りなくて、古いのは処分してしまったので」
何と間の悪いこと。
「まさか、こんなことになるなんて……」
涙目のお姉さんは自身の身体を抱きしめ、小さく鼻を啜る。
マントの下はほぼ裸という扇情的な恰好をしているため、身体を抱きしめれば自然とラインが露わになっていく。
何ということでしょう――、分かってはいたが、本当に立派なものをお持ちですね、お姉さん。
食堂で見たウサミミのお姉さんといい勝負が出来そうな立派なマウンテンです。と、ガン見は失礼だった。
しかし、このまま放置で何かあってはさすがに目覚めが悪い。
お姉さん、とても美人だし。ちょっと気が弱そうだから変なやつ等に絡まれたら絶対に逃げられないだろう。
お姉さんを一瞥して倉庫を確認。
「とりあえず、これどうぞ」
倉庫から取り出した装備をお姉さんに差し出す。
「……え?」
「俺、生産職なので装備は色々と持ってるんですよ」
差し出されたものと俺の顔を交互に見て、不思議そうに首を傾げるお姉さんへ押し付けるようにして装備を次々と手渡していく。
お姉さんに手渡したのは、近接系装備だが見た目はピンク色のワンピースという色物装備だ。
『鋼鐵の
レア度:Ⅴ 粘り強く挫けぬ精神を持つ乙女の正装。
スキル:P
VIT+六七 LUK+三〇
この見た目で防御力はこのレア度ではトップクラス。完全に近接向きの性能だと思うが、この『鋼鐵』はワンピース以外にもあり、しかも、付与スキルはこの装備限定の固有スキルなのだ。
『鋼鐵の
レア度:Ⅴ 如何なるものを守り通す意思を持つ手甲。
スキル:A
VIT+四六 STR+三九
『鋼鐵の
レア度:Ⅴ 軽やかで淑女のような身のこなしが可能となる靴。
スキル:A
AGI+五六 LUK+四八
『鋼鐵の
レア度:Ⅴ 優雅で気品のある乙女のために編まれた花冠。
スキル:A
VIT+四九 AGI+二〇
補正ステータス的にはそれほど高いともいえず、特筆すべきは防御力だけ。そして、すべてを装備すると完全に場違い感たっぷりな町娘ファッションとなるが、どう考えても武闘派を目指している付与スキルは悪意の塊だとしか言いようがない。
「え、え……?」
「一応、妹に頼まれて作ったんですけど、よく考えたら、あいつ中距離職だから使えないんですよ、これ」
見た目に反して中距離や遠距離が装備出来ない代物なのだ。一応、よく似た見た目で白のミニワンピースがあるけどピンクはこの一種だけなので、灯は心底悔しがっていた。
あいつの目指している上級職は中距離の中でも特殊で、
「とりあえず、それを着てください」
「え、でも……」
「今のままでいつまでもいるのは大変……ですよね?」
俺も随分とお節介になったものだなと内心で苦笑しつつ、強引に着替えることを勧める。
「あ、あの……お金……」
「いいですよ。どうせ、倉庫に入っているだけで使わないものですし」
俺が着たら、ただの変態だしね。
「……あ、ありがとう、ございます」
スっと立ち上がり、胸の前で装備一式を抱えて一礼するお姉さんは、「き、着替えてきます」と小走りに行ってしまった。
そのうしろ姿を見送り、さて、どうしたものかと考察する。
どうも、スキルの威力がおかしいのはお姉さんの発言でも明らかだった。そして、もう一点。スキル名しか詠唱していないのに、スキルが使えていたことだ。
詠唱省略や破棄の装備は一切していない。魔法のブーストは職業補正のせいだとしても、この結果は如何なものか。レベル補正? でも、それならスキル名だけで発動するのは説明が付かない。
「…………あ」
そうか。もう一つあった。――“ショートカット機能”だ。
この機能はスキルのショートカットだが、それ以外にも何かあるのかも知れない。ならば、“ショートカット機能”を使わずにスキルを使った場合はどうなる? 早速検証しよう。
……。
……。
五度ほどスキルの使用検証してみたが、結果は先ほどと大きく違っていた。
「『
“ショートカット機能”を使わず、スキルリストからファイアボールをタップして使用してみた。
“ショートカット機能”を使用したときに感じた身体を引っ張られるような感じは特になく、至って普通だった。ただ、呪文詠唱をしないとスキルが使えなかったため、スキル名を唱えただけの一回目はあえなく失敗。二回目は図書館で調べた呪文詠唱を行い、スキルは発動。以下、三度も同じ手順で行い、問題なくスキルは発動した。
結果は、威力的にさほど変わらず、工程が若干面倒になったように感じた。
明音達の話にあったような、勝手に口が動いて呪文を詠唱というのは俺には当てはまらないようだ。恐らく、あれはある程度レベルが上がれば自然と解除されるのかも知れない。その辺は他に実地出来る人材がいないと確証は得られないが。
「んー……そうなると――」
“ショートカット機能”を使用したときに起こる『硬直』は何を意味するのだろうか?
『
あとは前後してしまったが『大罪』アクセサリーを装備してスキルリストからの魔法スキル使用と、腕輪の機能を使用しないで魔法スキルが発動できるかを検証したいところだが。
「あ、あの……」
「ん?」
そんなことを考えていたところへ声をかけられ、顔を向けると。
「……あ」
恥ずかしそうに指を絡ませ、やや俯き加減でこちらを見るピンク色のワンピースをきた女性。そこにいたのは、先ほどまで漆黒の
「あ、あまり、見ないでください」
「え、あ――。す、すいません」
予想以上に似合っていたので暫しガン見してしまった。が、その影響なのか、ポンッと眼前に小さな半透過ディスプレイがポップした。
名前:フィオリーナ
主職業:
副職業:未設定
クラン:戦乙女の楽園(解散処理中)
あー、これはお姉さんの
いや、それよりも(解散処理中)って何だよ?
あのクラン、解散したということなのか。あの戦闘狂のクランマスターとサブマスの問題児コンビがいる、あのクランが。
「あ、あの……怒り、ました?」
「え? あ、いえ、何でもないです」
ビクビクとこちらを伺うお姉さんに何でもないと手を振り、半透過ディスプレイへ目をやる。どうやら、これはお姉さんには見えてないようだ。使用者だけに見えるのか……便利だが、誰でも使えると悪用出来そうだな。
「え、えっと……ありがと、ございます」
「い、いえ……」
見た目は凛とした雰囲気があるけど、内面はまったくの正反対みたいだ。気の弱そうな印象は更に強くなり、年上っぽいけど庇護欲を掻き立てられる。兎とか子猫とか、思わずギュッと抱きしめたく愛くるしさがある人だな。
「あ、あの――そ、それで……ぶ、不躾なのですが……」
突然、立派な膨らみを押し潰すように胸の前で懇願するように手を組み、拝むように俺を見つめてくるお姉さん。
「わ、私に――、スキルの使い方を教えてくださいっ」
美人に潤む瞳で見つめられ、さてどうしたものかと暫し思案に暮れた。
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