第19話:貿易都市エムノシル①

 突然の出来事に困惑してしまったが、その間も馬車は止まることなく進み続ける。


「よく分からないけど、何ともないのならいい」

「すいません」

「気にしなくていいって」


 奇声を上げてしまったことを謝罪し、半透過ディスプレイに目を向ける。

 そこには、五センチほどの正方形が横に五個、縦二列の計一〇個。そして、右下に一センチほどの正方形が二つ表示されているのだが、これが“ショートカット機能”のメニュー表示である。

 しかし、これは――、何故、こんなものが出来たのか? それが最大の疑問である。

 そもそも、元から会った機能が解放されたのか、それとも、俺が作り出したのか、判断に困るところであるが、『メニュー項目“ショートカット機能”を創作クリエイトしました』と表示されたところを考えれば、自ずと答えは出てくるというものだ。とはいえ、それを鵜呑みにするのは早計というもの。

 機能についての考察は比較対象がないと出来ないので保留として、現状で優先するべきは“ショートカット機能”が正常に、尚且つ、俺の想像するものと差異がないかという検証だろう。

 詳しい説明など一切ないから手探り状態もいいところだが、こういう場合は大抵タップすれば何とかなるものだ。ゲーム脳嘗めるな。


 『スキルを登録してください』


 うん、本当に何とかなった。

 五センチほどの正方形をタップすると、そんな表示が出て習得したスキル一覧が表示された。


「……ん?」


 ただ、表示されたスキルの中には白い文字と灰色に薄くなった文字の二種類があった。まず、白い文字のスキルをタップしてみる。


 『ファイアボールをショートカットに登録しますか?』


 YES・NOの選択肢が出たので、とりあえずYESをタップ。

 次に灰色に薄くなったスキルをタップ。


 『生産スキルはショートカットに登録できません』


 タップしたのは鍛造スキルで、これは生産をするときに使用するスキルである。恐らく、灰色に薄くなった文字のスキルはショートカット登録出来ないスキルということで間違いないだろう。他に確認してもグレーアウトしているのは生産系のスキルばかりで、攻撃系や補助系、回復系は問題なく登録出来そうだ。


 ならば、と道具制作師メーカーがレベル二〇までに覚える七つの魔法を、攻撃魔法を上段に、補助系と回復系を下段に登録していく。仕分けたのは単純に選択ミスを減らすためだ。


 あとは“ショートカット機能”のウィンドウ右下にある二つの正方形をタップする。


 『“ショートカット機能”の呼び出し動作リアクションを登録をしてください』


 そんな文章と共にアイコンがいくつかポップする。

 そこには簡素簡潔な絵柄が描かれているのだが、いまいち要領を得ないものだった。なので、とりあえず掌みたいな絵が描かれているアイコンをタップしてみる。


 『手に関する動作を呼び出し動作リアクションとして登録しますか? 登録する場合は次に進んでください』


 掌みたいな絵はそのまま手に関する動作を表しているのか。ただ、これで終わりではないようで、続きがあるようだ。再度タップしてみる。


 『手を振るう、指を開く、閉じる、鳴らす、拍手など、手に関する動作登録をしてください』


 そう表示されてからアイコン中央にカウントダウンがはじまる。時間にして一〇秒。そのまま何もしないでいると時間切れとなり、再度登録してくださいという旨が表示された。

 なるほど、ね。

 表示されるアイコンを眺めつつ、何となく要領が掴めてきたなと嬉しくなる。

 アイコンは全部で五種。掌と足首、それに瞳のアイコンは身体の部位を表しているのだろう。武器はそのままで、フラスコみたいなマークは恐らく道具のアイコンだと思う。

 試しに足首みたいなアイコンをタップしてみたが予想通りというか、足踏み、振り上げ、開く、などの動作を登録出来るようで、フラスコみたいなマークのアイコンは、やはり道具のアイコンだった。

 なにこれ……想像以上に便利かも知れない。

 惜しむなら、これは“ショートカット機能”の呼び出し動作リアクションであって、スキル発動まで出来ないということだな。いつかそんな“機能”が使えるようになればいいなと思いつつ、呼び出し動作(リアクション)の登録を行うために、軽く手を振るう。


 『掌に関する呼び出し動作リアクション登録が完了しました。再登録は二四時間後に可能となります』


 そんな表示が出たかと思えば、表示されていた半透過ディスプレイがすべて消えてしまった。何か失敗のかと不安を覚えるが、表示された内容的に問題ないはず。

 では、試しに――掌を軽く左右に振る。

 すると、先ほどまであった“ショートカット”の半透過ディスプレイがポップした。どうやら登録は成功したようだ。呼び出し動作リアクション登録出来るアイコンはもう一つあるので、あとで登録することにしよう。色々な状況を想定して登録しないと、いざというときに使えない可能性もあるからな。

 問題の使い勝手はぶっつけ本番となるが、先ほどよりは的確なスキル運用が出来るようになりそうだ。しかし、腕輪の機能に頼りきりとなるのも不安があるので、貿易都市に着いたら魔法に関する勉強をした方がいいな。死活問題にも繋がるものだし、最優先事項としたいところだが、灯を探すのが最優先であるのは変わりない。

 あとは、『動体補助機能ムーブアシスト』に関することも調べないと駄目だろうな。害があるのかないのか、それだけでも明確にしておかないと気が休まらない。


「しかし、冒険者は便利なものを持ってるよな」


 マッシュさんが腕輪を眺めつつ、物欲しそうな声色で呟く。


「確か、冒険者になったら職業レベルっていうのが分かるようになって、習得出来るスキルの確認も容易になるっていうじゃないか。それに、モンスターを倒せば勝手に分解してくれてドロップ品も分別してくれるし、楽でいいよなぁ」

「ええ、まぁ……」

「いいよなぁ……無駄な鍛錬しなくてもいいわけだし、効率的だと思わないか?」


 確かに、言われてみればそうかも知れない。

 でも、今の言い方だと普通は分からないということか? そして、レベルという概念も一般的ではない? それに、モンスターのドロップも普通は自動ではないようだし、聞けば聞くほど冒険者が有能みたいに聞こえる。


「そうですね。分かるようになったから便利ですね」

「だよなぁ。俺も新しいスキルが習得出来るようになるって分かったら頑張れるし」


 アルダさんも弛まぬ鍛錬と言っていたし、感覚でしか分からないということか。

 冒険者の腕輪は便利過ぎるくらい便利な代物だと思うが、これってギルド独自の技術で独占でもしているのかな?


「なら、腕輪を使えばいいんじゃないですか?」

「それは、ギルドが専売特許を持っているからね。使用許諾やら権利やらを借り受けるにしても億単位のお金が必要になるらしい」

「お、億っ?」


 それはまた、法外な金額が動くものだ。しかし、それくらいの“機能”を持っていると言っても過言ではないか。


「冒険者を見守る神がその技術を提供して創り出したのが、その腕輪だと言われているからな」

「なるほど……」

「他にも“門”やら“塔”の遺物製造にも関わっていたとされているけど、そっちはあてにならないからな」

「門に、塔……ですか?」


 何やらキーワード的なものが出てきましたよ?


「“門”と“塔”って言うのは神話級古代遺物アーティファクトのことだよ。一般的には、『ゲート』や『タワー』で通ってるけどね」

「げーと……? ゲートって…………げっ、ゲートッ?」

「うおっ、ど、どしたのさ?」


 突然大声を出した俺に驚くマッシュさんだが、驚いたのは俺の方も同じだった。


「ゲートって、『転移の翼』を使うために必要なものですよねっ?」

「『転移の翼』……って、遺失道具ロストアイテムのことか。よく知っていたというか、さすがは道具制作師メーカーというべきか、な」

「え? 遺失道具ロストアイテム……?」


 駄目だ。聞き慣れない単語のオンパレードなのですが、誰かヘルプミー!


「ん? 知らないのか?」

「いえ、『転移の翼』は持っているのですが、旅をしながら調べろとしか言われなくて」

「あー……お師匠さんは何も教えてくれなかったわけか」


 小さく頷くと呆れ顔のマッシュさんが、「本当に変わった人だな」と苦笑いを浮かべて教えてくれた。

 “リ・ヴァイス”の各地には、いつの時代のものか、用途も不明の遺物が多数存在していた。そんな遺物を専門に調査し、解析する組織がギルド内にあるらしく、多くの遺物が解明されて現代に蘇り、生活がより豊かになったという。しかし、その中でも現在まで解明されてない二つの遺物がある。

 それが、“門”と“塔”――ゲートとタワーと呼ばれているものである。

最初にゲートが発見されたのは今より一〇〇年ほど前。サウーラの中央部よりやや東にある森の中で朽ちた城が発見された。

 その城の地下にあったのが、“門”と呼ばれるようになった、高さ三メートルほどの石柱門だった。発見当時はその用途は分からず、解明には困難を極めると思われたが、城の中から同時に発見された遺物道具(ロストアイテム)『転移の翼』により、長い年月をかけて石柱門が転移ゲートであると結論付けられたが、未だに起動することは叶わずにいた。

 “門”の発見と時期を同じくして、世界各地で不可思議な“塔”が発見されるのだが、こちらは一切が謎に包まれており、研究者達の頭を現在も悩ませ続けている。


「“門”に関しては大発見があったとかで調査も大詰めと聞いている。だが、“塔”に関してはまったく進展がないらしい」

「そう、ですか」

「まぁ、俺としては“門”が使えるようになれば、安全に移動出来るようになるからいいなと思ってる」


 確かに転移出来るようになれば、移動時間の短縮にも繋がるし、安全確保の観点からもいいこと尽くめだ。しかし、この手のものは往々にして横やりが入るのも定めだろう。

 強欲貴族とか、強欲貴族とか……って、強欲貴族しか浮かんでこないわ。『スマート・ワールド』でこの手のイベントがあると必ずと言って登場していた強欲貴族がいたからなぁ。しかも、各国に親族がいるとんでも設定だった。

 確か、シュセルド一族だった……かな?

 守銭奴を文字ったのだろうと掲示板で一時期話題になっていたが、現在いまの“リ・ヴァイス”にもいるのかな。


「そうですね。でも、そう言った“利権”とかで揉めたりしないのですか?」

「あー……それはないかな。遺物は基本的にはギルドが管理することなっているし、ギルドへちょっかいだして“消えた”貴族やお偉いさんは数知れないから」


 サラッと怖いことを言われた気がするも、遺物関連はギルドが一括管理しているというわけか。

 他にどんな遺物があるのかは分からないが、利権が一極集中しているのは面白くないだろうから、裏ではかなり揉め事が多そうな気がするわ。 まぁ、そこへ首を突っ込むつもりなのは毛頭ないのでどうでもいいことだ。

 問題は“塔”か。

 “門”が転移門として機能するのも時間の問題みたいだが、“塔”に関してはまったく目途が立っていない、と。

 “塔”で思いつくものは観光地とかにある名所だが、ただの見世物が遺物として調査されるのか疑問が残る。つまり、“塔”には遺物足りえる根拠というものがあるのだろう。


「“塔”……か」

「ワタル君は“塔”に興味があるのか?」

「え、まぁ……職業柄、未知のものとかには興味ありますから」


 職業柄というか性分と言った方がいいのかも知れない。


「なら、エムノシルで見てみるといいよ」

「え? エムノシルに“塔”があるんですか?」


 マッシュさんから告げられたのは予想外の言葉だった。


「あるというか、調査隊が“塔”を移設したんだ」

「移設……」


 マッシュさんの話では、エムノシル近郊で発見された“塔”は五メートルほどの高さで鉄の骨組みだった。しかし、長年雨風に晒されてきたために老朽化が酷く、その場で調査を続けるよりも移設して保存することにしたそうだ。


「鉄の骨組み……」

「どうした?」

「いえ、何でもありません」


 ふと、鉄の骨組みで思い浮かんだ“塔”を、まさかの思いで打消しながらマッシュさんに相槌を返す。


「まっ、エムノシルに着いたらギルドへ行ってみるといいよ。俺の妹がいるから、俺の名前を言えば対応はしてくれると思うぞ」

「マッシュさん、妹がいたんですか?」

「ああ、俺に似てなくてかわいいぞ」


 茶髪の細マッチョが何か戯言を……はっ、いかん。思わず怨みで人が殺せたら状態になってしまった。というか、イケメンの妹さんですよ? 自分に似てなくてかわいいって……どんだけかわいいんだよ! って話だ。


「確か、ワタル君より一歳上だったかな。ちょっとのんびりとしたヤツだけど、いい子だからよろしくな」


 何をよろしくするのか分かりませんが、というか分かりたくないので適当に相槌を返しておく。


「でも、あいつが調査隊とか……心配で仕方ないんだがね」

「……え? 調査隊、なんですか?」

「ん? そうだよ。あいつ、調査隊の副隊長やってんだ。普段はのんびりとしたヤツなんだけど、遺物が絡むと人が変わるというか……とにかく、気を付けてくれ」


 うん、何の忠告なのかは深く言及しないでおこう。プラグの匂いしかしないからね。


「あのままじゃ、嫁の貰い手がないだろうな」

「……はぁ」

「見た目はいいんだよ。ただなぁ……遺物が絡むと本当に豹変するから、そこで大抵の男は逃げていく」


 どんだけー。と往年のギャクが脳裏を過ぎ去っていったが、本当に心配そうなマッシュさんは“兄”の顔をしていた。


 ……灯。


 同じく妹を持つ兄として、その気持ちは十分に理解出来るものがある。うちの妹様もちょっと変わっているところがあるし、中々親近感を覚えてしまう。


「分かります。大変ですよね……」

「ああ、そっか。ワタル君も妹がいるんだったな」

「絶賛家出中の妹が一人います」


 互いに顔を見合わせてため息一つ。そして、どちらともなく吹きだして笑い出す。相通じるものがあるというのはいいな。


「女の子が一人旅とは心配だ。早く見つかるといいな」

「そうですね」


 一人旅をしているか、道中で旅の友でも見つけているか。

 灯は昔から人を見る目は確かで、街中で見知らぬおじさんを見つけると大声で「変態がいる!」と叫んでいた、防犯意識の高い娘なのだ。

あれは、灯に「知らないおじさんは変態だから、付いていっちゃ駄目よ」と教えた母さんが悪い。横で聞いていた俺も、六歳と七歳の子供に何教えているんだよと思ったものだ。多分母さんなりの冗談だったのだろうが、灯はそれを信じて街中で見知らぬおじさんを指さして「変態がいる」を連呼。ちょっとした騒ぎになったのは言うまでもないだろう。まぁ、その見知らぬおじさんがその後どうなったかは知らんけど。


「それにし――」


 グォガァアアアアアッ――。

 不意にマッシュさんの声を遮り、獣の咆哮が耳朶を激しく揺さぶり、馬の嘶きと共に馬車が急停車した。


「な、なんだっ?」

「ちっ――モンスターかっ」


 突然のことに驚きを隠せない俺とは対照的に、マッシュさんは冷静に剣の鞘を掴んで馬車を飛び出していった。


 ……俺も!


 次々と飛び出していく衛士に次いで立ち上がろうとしたが、震える膝に力が入らない。情けないことこの上ないと自身を叱責しながら膝を叩いて立ち上がり、馬車を飛び下りる。


「馬車から離れ過ぎず、隊列整えて迎え撃て!」


 すでに戦闘態勢となっているアルダさんの号令に、衛士達は迅速に動いて隊列を整えていく。


「ワタル君は無理をしなくていいっ」

「分かってます!」


 無理が出来るとも思ってませんから。とは言わない。

 大剣を構えるアルダさんが睨みを利かせる方を注視ていると、藪の中から幾つかの影が飛び出してきた。


「やっぱり、ボルトベアか。それにグレードッグまで一緒に来るとは厄介だな」


 苦々しい表情のアルダさんが飛び出してきたものを見て呟き、大剣を構える。

 グルルッと唸る灰色の犬みたいなのが、その名もグレードッグ。見たままの名前だが、動きは結構素早く、強靭な顎と鋭利な牙から繰り出される致命的な一撃クルティカルヒットでゲームオーバーとなったプレイヤーは数知れないだろう。


「ボルトベアーの雷撃咆哮サンダーロアには注意しろ!」


 そして、漆黒の体毛に覆われた隊長二メートルはありそうな巨体に、両腕に電撃を纏った厳つい大熊がボルトベアと呼ばれる、マデートからエムノシルまでの間で一番の強敵と呼ばれているモンスターである。

 ボルトベア自体は基本一体の出現なのだが、大抵はお供モンスターを連れているため、討伐が面倒になってくる。と、解説している場合ではなかった。


「援護しますっ」


 自分に出来ることをすると決めたのだ。ならば、今やらずにいつやるというのか。

 ボルトベアは雷属性、グレードッグは無属性だが、物理攻撃は驚異的ともいえる。ならば、衛士達の連携を邪魔することなく、出来ることをするため、軽く手を振るい、出現した半透過ディスプレイのアイコンをタップする。


衝撃軽減魔法ショックウォール! 属性抵抗魔法マジックウォールっ」


 連続してタップしたスキル名を唱えると、わずかに身体から何かが抜けていくのを感じた。

 恐らく、今のが魔導力が消費されるということなのだろう。鑑定以外のスキルをはじめて使ったが、これは慣れないと違和感があるな。と、また余計なことを考えてしまった。

 今は戦闘に集中しろ、俺!


「ワタル君っ、これは――」

「ショックウォールとマジックウォールですっ」

「いや、しかし! これはっ」


 何やらアルダさんが戸惑っているようだが、モンスターは待ってくれない。


「くっ――」


 グルゥアアッ! と、咆哮を上げて突進してきたボルトベアの巨体を大剣で受け止めたアルダさんは苦悶の声を上げ、ズルリと地面を削りながら後退していく。


「――っ。ウィンドバレットッ」


 咄嗟に半透過ディスプレイをタップし、スキル名を唱える。

 狙うはボルトベアの横っ腹。

 動きを止めている今なら命中率も高いはず。同時に、身体から抜けていく魔導力に早く慣れないと駄目だなと思っていると、刹那、ヒュンッと風を切る音が鼓膜を揺すり、間を置かずに鈍い音が断続的に鳴り響いた。


 ――ギャアッ……


 ボルトベアの巨体が一瞬宙に浮いて大きく横へふらつき、その隙にアルダさんは大剣を振り上げてボルトベアの顔を斬り付けて距離を取る。


「あ、あれ……?」


 ウィンドバレットの威力がおかしい。

 高レベルの魔導士ともなればウィンドバレットは最大で五発連射となり、グループ攻撃が可能となる。もちろん、単体攻撃も出来るのだが、今の威力は初級魔法というよりも中級魔法に近かったぞ? それに、何故三発も出てるんだよ?


「うおりゃあぁあっ」


 態勢を崩したボルトベアへ駆け寄ったマッシュさんが、ロングソードを下段から渾身の力で振り上げる。

 ザンッ。と皮と肉を裂いた不快な音に、吹き上がる血飛沫で赤く染まる視界。思わず目を逸らしそうになったが、ボルトベアの狂ったような咆哮で即座に現実へ引き戻された。


「うぉおおおっ」


 マッシュさんの一撃で更によろけたボルトベアへ、アルダさんが大剣で追撃。


「隊長っ、余所見は駄目ですって」

「すまん」

「まっ、気持ちは分かりますけどね」


 と、二人がこちらを見るが、俺としてはそれどころではない。疑問がいっぱいで頭がパニックなのだ!


「とりあえず――」

「今はこいつに集中しましょうや!」


 そんなことを考えていたら、アルダさんとマッシュさんは声を掛け合い、態勢を整えて怒り狂ったように腕を振り回すボルトベアへ他の衛士と共に突っ込んでいった――



 ☆☆☆☆☆



 モンスターとの戦闘は、それから数分で終了した。

 こちらの被害は軽度の怪我人がいる程度で、馬車も無傷で済んだ。


「周囲にモンスターはいません」

「そうか。では、早々に出発しよう」


 周囲を偵察していた衛士の報告を受け、アルダさんは出発の指示を出す。

討伐したモンスターは消えることなくその場に残っているため、早急にこの場から離れるのが現状では一番大事なことであった。ゲームとは違い、血の匂いで新たなモンスターを呼んでしまう可能性もあるからだ。

なるほど、確かにモンスターはそのまま残っている。先ほどマッシュさんが言っていたのはこのことかと思いつつ、濃密な血の匂いに顔を顰める。


 ……それよりも。


 初の本格戦闘。

 ウォール系魔法二種と風魔法を使っただけで終わったが、疲労感は半端ない。ミニマスと戦ったとき以上にモンスターの脅威というか、本当に“リ・ヴァイス”の世界にいるのだという“実感”を肌で感じたというか。うまく言葉に出来ないけど、ようやく二歩目を踏み出せたような気がした。


「なぁ、ワタル君」

「え、あ……はい」


 そんな感慨に耽っていたところ、隣から声をかけられる。声の主は言わずと知れたマッシュさんなのだが、どうも声に元気がない。


「どうか、しましたか?」

「単刀直入に聞くが……」


 心配で声をかけたが、マッシュさんはそれを無視するようにこちらを見て言葉を切り出した。


「君は――何者なんだ?」


 その声はとても重く。ただでさえ静かだった馬車の中は物音一つしなくなり、轍を走る車輪の音が妙に響いて聞こえる。


「何者って言われても……冒険者? 修行中の道具制作師メーカー? としか言いようがないです」

「あ、いや――聞き方が悪かったな」


 苦笑しながら謝るマッシュさんだったが、


「君は何故、スキルを連続詠唱出来るんだい?」

「え……?」

「あのウォールだが、とても初級魔法とは思えない精度と硬度だった。あれがなければ、隊長はボルトベアの突進で吹き飛んでいたと思うからな。それに、ウィンドバレットは明らかにおかしかった」

「……あ」


 そこまで言われてようやく気付いた。

 自分の職業を、装備を――正確には装備していたアクセサリーの“効果”をすっかり忘れていたことに今更ながら気付き、背中を流れ落ちる冷や汗を感じながら、ただ居心地悪く言い訳を考えるために頭をフル稼働させた……。

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