第二章:戦乙女と馬鹿達の狂騒曲

第18話:プロローグ①

☆★★★☆



 貿易都市エムノシル。

 朝焼けのする空の下。早朝にも関わらず、その大通りを三人の少女が歩いていた。


「ったく、ちっとも当たらなかったじゃんっ」

「ハメはずしすぎなんだよ、美夏みかは」

「うっさいなぁ。当たれば豪遊出来るだろ。それに、美冬みふゆの方が使ってたと思うけど」


 金髪に茶髪、白と見紛うほどの銀髪という出で立ちで、露出の激しい装備を纏う姿はとても目立つ。主に男共の視線を集めているが、それを気にした風もなく少女達は大通りを我が物顔で歩く。


「けどさ、これからどうするの? まさか、モンスターと戦うつもり?」

「はぁ? なんでそんな面倒なことしなくちゃなんねぇの」


 髪をかき上げる茶髪の少女が、金髪の少女――美夏へと問うが、美夏は眉を寄せて一蹴する。そんな二人を見て銀髪の少女は口を開くこともなく、ただ傍観するのみ。


「なんであたしがそんな馬鹿みたいなことしなくちゃなんねぇの? やりたかったら、美冬みふゆがやればいいだろ」

「嫌よ、面倒くさい。そんなもの、他の人達に任せていればいいじゃない」


 茶髪の少女――美冬は美夏を見つめ、同じようなことを口にする。否、言葉だけではなく、顔も瓜二つの少女達は一卵性双生児なのだろう。


「はあぁ、クランのメンバーがいればなぁ……適当な理由をつけて金借りるのにさぁ」

「本当に最低だな、お前達は」


 美夏のぼやきに銀髪の少女は気だるげに囁く。


「あんっ?」

「どういう意味よ、エル」


 エルと呼ばれた銀髪の少女は二人を見つめ、そして嘆息。流暢な日本語を話すエルだが、その容姿は日本人離れをしている。否、そもそも日本人ではないのだから当然なのだが。


「そのままの意味だ。日本語分からないのか? 日本人なのに」

「なっ――、てめぇ……っ」

「うるさいから、少し静かにしてくれないか」


 その力をその仕草に苛立ちを覚える二人だが、突如眼前に突き付けられた穂先に虚を付かれて一歩後ずさる。


「以前からお前達のやり方は気に入らなかった」


 淡々とだが、徐々に言葉へ迫力の篭るエルを、美夏と美冬の二人は憎々しげに表情を歪めていく。


「だが、クラン創立当初からいるお前達は必要だと思って、サブマスをお願いしてクランの運営を任せたが……好き勝手やりたい放題、自分の悪事を他人に擦り付ける行為は許し難い」

「はんっ、黙ってみていたお前も同罪だろうが。戦闘にしか興味がない戦闘狂バトルマニアが何を偉そうにっ」

「そうだな。確かに同罪だ……。同罪だが、お前達のように性根まで腐りきっているつもりはない」


 きっぱりと言い放つエルと二人の視線が交差し、美夏と美冬も槍を構える。


「ちっ、やっぱり気にいらねぇ」

「そうね。前から気に入らなかった……貴女の、その態度」


 エルと双子が“直接”出会ったのは五周年記念のアップデートが完了した日だった。双子はカジノで遊ぶため、エルはカジノに隣接している闘技場に参加するため、それぞれが楽しむために貿易都市でログアウトしていた。そして、三人が出会ったのは偶然とも言えるが、必然とも言えた。何せ、露出の多い装備を纏う女性プレイヤーなど数多くいないのだから、必然として注目を集めてしまう。


「そうか。私もお前達の態度は気に入らなかった」

「うっせぇな……黙ってろ」


 現実での接点などない、ゲームの中だけの付き合い。

 双子は一八歳で学生。エルは一九歳で社会人。容姿はどこにでもいる普通の女子なのだが、どちらも性格にやや問題があった。ややは御幣があるか――、大いに問題があった。


「この数日、共に行動してハッキリとした。お前達とは一緒にいられない」

「ああ、そうかい。なら、さっさとどっか行っちまえ」

「言われなくてもいく。その前に――」


 エルは腕輪に手を翳し、半透過ディスプレイを出現させて何やらタップをしていく。


「現時点を持って、『戦乙女の楽園』は解散する」


 『クラン『戦乙女の楽園』を解散しますか?』

 そんな簡潔な文章が表示された半透過ディスプレイの存在を誇示するように腕を少し上げ、エルは事も無げに言い放つ。


「ちょっ――何やってんだっ」

「そ、そうよ。解散って、クランの倉庫には素材や武具が入ってるんだよっ」


 クランを解散してしまうと、保有しているホームの倉庫も消滅してしまう。もちろん、その中に保管されている素材やアイテム、武具も例外なく消滅する。美夏と美冬が焦るのも無理はない。それこそ、売れば遊んで暮らせるほどのアイテムが眠っているお宝の山なのだ。それをわけも分からず消滅させられてはたまったものではない。


「あ、待って。確か、クランの解散ってサブマスの同意もいるはずだよ」

「そうなのか?」

「もう、美夏は少しサブマスの仕事してよね」

「うっさいなぁ。アンタだってしてないだろう。それで、どうすればいいのさ?」


美冬の言う通り、クランの解散にはサブマスターの同意が必要となる。


「それなら問題ない。『戦乙女の楽園』に“サブマスター”は誰もいない」

「――っ。あ……エル、もしかして」

「お前達をサブマスターから解任した。サブマスの任命と解任――これはクランマスターの私にしか出来ないからな」


 ただ、サブマスターがいなければ、クランマスターの承諾のみでクランの解散は可能となる。


「これは、ケジメだ」


 許されるとも思ってはいないが……。それだけを言うとエルは躊躇いもなく半透過ディスプレイをタップした。


 『この通知は自動的にクランメンバーへ配信されます』


 そう前置きして、新しい文章が表示される。


 『クランマスターよりクラン解散申請がなされました』

 『クランホーム内のクランメンバーは時間内に退去をお願いします』

 『解散処理完了まで一二時間』


 クランホームは貿易都市エムノシルの北部にある。

 周辺のモンスターは在籍するメンバーなら問題はない。エルはそう判断するが、それはエルの基準であり、一般の女性がモンスターを前にしてまともに動けるのかは甚だ疑問であるが。

 次々と表示される文言を読み進め、それを確認して半透過ディスプレイを消し、もう二人には用はとないとエルは踵を返す。


「ちょっ、勝手なこと言ってどこ行くんだよっ」

「もう、お前達とは仲間でない。どこへ行こうと私の自由だと思うが」


 そんなエルの背に怒鳴り声をぶつける美夏だが、まったく相手にしていないエルは振り返りもせずに立ち去っていく。


「ふざけんじゃねぇよ」


 怒りに震える拳を握り、美夏は去っていくエルを睨み続け、美冬はただ無言でエルの背を見送っていたが、不意に腕輪を操作して何やら確認した後、美夏へ耳打ちをする。


「――っ。そうか、なら今から行けばっ」

「幸い、ホームはこの近くのはずだし、まだ間に合うはず」


 二人で顔を見合わせて、そして小走りに駆け出す。

 失われようとしている財宝が待つ我が“城”へ、と――



 ☆☆★☆☆



 貿易都市エムノシル。

 南の神聖国サウーラの北東部に位置し、他国との貿易が盛んに行われている港町で、漁業も盛んに行われている。

 また、国内で唯一の公益娯楽施設『ゴールド・ノヴァ』と呼ばれるカジノがあるため、娯楽都市としての一面も持ち合わせている。しかし、大金が動けばそれだけ“欲”も大きく動くわけで、貿易都市このまちは日々どこかで諍いが起こっている。


「……すげぇな」


 商店が立ち並ぶ大通りを歩きながら、早朝だというのに活気溢れる人々の間を縫いながら目的の場所へと歩いていく。


「ん?」


 朝の日を浴びて煌めく見事な白銀の髪をした、露出の高い恰好をした女性が無表情に歩いて来るのだが、ちょっとお近づきにはなりたくない雰囲気を醸し出している。道行く人達もただならぬ少女の気配に道を譲り、俺もその脇を通り過ぎる。


 ……あの装備は。


 ただ、その身に纏う露出の高い装備が否応なく視線を集めている。

 その白を基調とした青で彫金された装備は戦乙女ワルキューレ特有のもので、白銀の髪をした女性が戦乙女ワルキューレであることを示していた。腕輪もあるので冒険者であることも間違いない。つまり、プレイヤーということだ。


「……かなりレベルの高い人だな」


 そして、その装備の素材は新・四強窟や高レベルダンジョンで入手可能で、女性が高レベルのプレイヤーであることは特に下種めいた男共の視線は同性の俺でも露骨に分かるほどだった。恐らく、それは女性も理解しているのだろうわずかに眉を顰めて周囲を威嚇し、少し足早となる。一瞬、少女がこちらを見たような気もしたが、気のせいということで足早にその場を去ることにした。


 マデートの町を出発して二日。昨日の夕刻に貿易都市エムノシルへ到着し、そのまま大通りを一本入ったところにある安くて良心的な宿をマッシュさんに紹介してもらい、直行して食事も取らずに朝まで爆睡コースだった。

 慣れない馬車の移動よりも、途中で遭遇したモンスターとの戦闘よりも、俺を疲れさせたのは戦闘後の“事情説明”だった。もう、適当な嘘を吐くのも慣れてしまったのか、よく回る口からポンポン出てくる嘘のオンパレードに自分でもドン引きだったが、そんなこんなで疲労困憊だった肉体と精神はベッドを前にして早々に無条件降伏してしまった。


「確か、こっちのはずなんだけど……」


 教えられた場所を思い浮かべながら歩き、辺りを見渡す。と、視線の先に探していた人物がいた。


「アルダさんっ」

「……ん?」


 馬車の確認をしていたアルダさんが振り返り、こちらを見て手を振る。


「おはよう、ワタル君」

「おはようございます。遅れてすいませんでした」

「いや、出発まではまだ時間があるから問題はない」


 そう。ここに来たのは、アルダさん達の出発を見送るためである。


「よく眠れたか?」

「ええ、……朝まで爆睡でした」

「そうか。まぁ、出来ることなら馬車での移動には慣れておいた方がいいと思うぞ」

「……ですね」


 苦笑いを浮かべるアルダさんに、俺も苦笑いを返す。

 別段、馬車に酔ったとか言うのではなく、ただ単に長時間馬車の中で座っていてお尻が痛くなっただけの話である。


「それにしても、道具製作師メーカーというより、魔導士ソーサラーみたいな戦い方だったな」

「また、その話ですか」

「そう言うな。エストラがいたら、根掘り葉掘り聞かれていると思うぞ


 それ、一昨日も聞きました。エストラさん、魔法に関しては拘りが強いらしく、魔法関連で気になることがあればかなり無茶をする性格らしい。

 まぁ、確かに魔法を使ったから魔導士ソーサラーみたいと言われるのは分かるが、道中での戦闘はたった一回だけ。しかも、使った魔法は三種だけだからな。

 ただ、問題がなかったわけではない。

 使った魔法に問題はなかった。使用方法にも問題はなかった……はずだ。

 あったのは装備の方なのだから。

 恐らく、アルダさんは俺に気を使ってこれ以上は詮索するつもりはないだろう。でも、好奇心がその口を軽くしているってところか。普段よりもよく喋っている気がする。


 ……まぁ、仕方ないか。


 マデートの町を出発して数時間後。

 本当の意味で“はじめて”の戦闘を経験することになった俺は、色々とやらかしてしまったのだ――



 ☆☆☆☆☆



 マデートの町を出発して数時間。

 太陽は空高く昇り、昼食をとるために馬車を止めて準備をはじめる。


「さて、と……」


 残念ながらリアルの調理スキルはお粗末なので、キヌルさんの屋敷にいたお手伝いさんお手製のお弁当を広げる。

 インベントリや倉庫内では時間経過がないのか、食材アイテムが腐ることはなかった。何せ、数年前に獲得した食材アイテムが腐らずにあったから、そういうものだと納得することにした。しかし、この仕様は地味だがとてもありがたいものだ。


「ワタル君、隣いいか?」

「あ、はい」


 声をかけてきたのはアルダさんで、そのうしろで片手を上げるマッシュさんがにこやかに笑っていた。


「馬車は慣れていないと言っていたが、大丈夫か?」

「ええ、まぁ……ちょっとお尻が痛いですけど、問題ないです」

「そうか」


 革袋から弁当箱を取り出したアルダさんは、弁当の蓋を開けて食べはじめる。


「隊長はいいっすねぇ、愛妻弁当で」

「そう思うならお前も早く結婚すればいいだろ」

「相手がいないんですよ、相手が」


 アルダさんの弁当は愛妻弁当。つまり、エストラさんの手作りってことか。対するマッシュさんの弁当……というか、パン? を三つほど取り出してアルダさんの弁当を睨みながらパンを貪り食っていた。


「……に、しても、モンスターがいないですね」

「そうだな。普通なら、この辺りまでに二度ほどは戦闘をしているはずなのだが」


 マッシュさんはパンを咥えて辺りを見渡し、アルダさんも辺りを一瞥して食事を再開する。

 確かにここへ何事もなく到着したが、『破邪の霊水』も『魔封の聖水』も今回は使っていない。それは戦闘経験を積む目的が大きいのだが、次に麻由子達と会ったときに胸を張っていたいという先達としての見栄もあったりする。


 ……がんばろう。


 戦闘になれば、魔法スキルを主体として後衛で戦うことになるだろう。その際、友軍攻撃フレンド・ファイアだけは注意しないといけない。

しかし、そればかりに気を取られていたら何も出来ないし、戦闘の状況を判断するのも後衛の役目なのだ。

 連携の取れた衛士達の中に混じって何が出来るが分からないけど、色々と勉強させてもらうつもりでいる。この“リ・ヴァイス”の世界を生き抜くためにも、その世界の“住人”である彼等から教えを乞うのだ。


「どうした? ワタル君」

「え……」


 どうやら考え事をしている間にアルダさん達は食事を終えたみたいで、手が止まっている俺を不思議そうに見ていた。


「あ、すいません。ちょっと考え事をしてました」

「そうか。何か気になることがあるのなら遠慮なく言ってくれ」


 折角アルダさんが答えてくれると言うならば、この機会に遠慮なく聞くとするか。


「では――、魔法を使うときに“詠唱”は必ず必要ですか?」

「魔法、か……」

「師匠は独特の感性で色々と教授してくれたのですが、どうも普通とは違う方法みたいなので、他の方に聞くと大抵違ったりするのです」


 俺の問いに顎へ手を当てて暫し瞑目。


「詠唱省略や破棄というのもあるが、これは高位神官ハイ・プリースト大魔導師アークメイジでも使える者は少ないと聞く」

「……そうですか」

賢者ワイズマンともなれば別かも知れないが、この国に今はいないからな」

「いないのですか?」


 確か、サウーラには“リ・ヴァイス”全土に名を馳せる賢者ワイズマンが一人いたはず。『預言の賢者』とか呼ばれてる、むっちりボディのエルフお姉さんだ。ローブ姿なのにエロいと掲示板を賑わせたほどだからな。


「あの方は現在旅へ出ておいでだ。詳しいことは知らぬが、何かを調査する旅だと聞いている」

「そう、ですか」


 何やらフラグの匂いがプンプンしますね、これは。と、話が逸れてしまった。

 そうなると、明音達五人から聞いたスキル運用は根底から覆されてしまう。

 マデートの町が襲撃されたとき、モンスター相手に魔法や物理スキルを使用したと明音が言っていた。


『スキルを使いたくても使い方が分からなくて、どうしようかと思わずスキルの名前を叫んだら、身体が勝手に動いて、ブラストナックルが出ました』

『スキル、スキルって考えてたら突然半透明の画面? みたいなのが出て来て、その中にあったスキルの名前を触ったら、勝手に口が呪文みたいなのを唱えてファイアボールが飛んでいきました』

『スキルを使ったら身体が引っ張られるように動いて気持ち悪かったけど、それよりもモンスターの方が気持ち悪くてそれどころじゃなかったけどね』


 健児、有紀、明音の証言? ではあるが、太朗と摩子も同じことを言っていた。そして、スキル使用後は身体が何かが抜けるような感じがした、とも。

 恐らく、スキル使用によるMPの消費が原因だと思うが、明音達もそれは理解しているようだった。

 しかし、身体が勝手に動くとは何とも言い難いものがあるな。どういう原理で身体を動かしているのか大いに謎だ。本当に最近は考えても分からないことばかりでストレスが溜まるわ、マジで。


「ワタル君は詠唱なしで使えるのか?」

「あー、いえ……。詠唱を省略する方法は教えてもらったのですが、一度も成功したことないんです。どこで聞いたのかも教えてくれないし、多分間違った方法だと思うんですよね。今の話を聞いたら、ほぼ間違いだったと確信が持てました」


 今の話を聞きながら、そういえば俺も賢者ワイズマンのジョブをマスターしていたのを思い出した。何で今の今まで忘れていたのか自分を問い質したい気分だが、それは一先ず置いておくとして。

 確か、賢者ワイズマンの職業補正に詠唱破棄と多重詠唱マルチキャストがあったはずだ。

 錬金術師アルケミストとなった今ではその補正はアクセサリー頼りとなるが、ゲームの戦闘はターン制なので時間短縮として捉えていた。現実となった現在(いま)でも時間短縮というより、動作短縮の意味合いが大きいように思える。結論からいえば同じなのかも知れないが、この辺りは専門家に聞かないと分からない分野だろうな。


「そうか。エストラであればその辺りは詳しいのだが、俺は畑違いだからな」

「あ、それでは――物理スキル……じゃなくて、武技? 武術? は、戦闘のときに技名を言って使いますか?」

「ん? ……ああ、が授けてくれた技能スキルのことか」


 魔法が駄目なら物理で攻めてみよう。と、質問を変えてみる。


「ぶ、ぶじん……?」


 ここでも聞いたことがない名前が出てきましたよ。

 “リ・ヴァイス”の世界には三柱の神がいるのは、ゲーム内の説明でもあったので知っている。

 主神ヤズーヴェ

 女神ミルリト

 御霊(ごりょう)ディド・ディル

 主神ヤズーヴェは“リ・ヴァイス”を創造して姿を消し、世界の維持を女神ミルリトに託したとされている。御霊ディド・ディルは世界そのものが神格化した存在だとされており、精霊や聖獣の母とされている。


「ブジンを知らないのか?」

「物心ついた頃から師匠の下で生活していたので、一般知識には疎いものがありまして」


 言い訳が苦しいのは重々承知しているが、ここは架空師匠にがんばってもらうしかない。


「ブジンを知らないということは、『ゴドウシン』も知らないと言うことか」

「ご、ごどうしん……?」

「『ゴドウシン』とはブドウ、マドウ、テンドウ、セイドウ、ユドウの“ゴドウ”を現す神のことだ。彫金鍛冶師ブラックスミスであれば、セイジンの恩恵を受けているはずだが、聞き覚えはないか?」


 素直にないと首を横に振ると、アルダさんは小さく息を吐いて説明してくれた。

 『ゴドウシン』とは、武導、魔導、天導、星導、癒導、と呼ばれる五つの道を教え導く神の総称で、漢字で書くと“五導神”となるようだ。

 武闘の神、武導神ぶじん

 叡智の神、魔導神まじん

 天理の神、天導神てんじん

 創造の神、星導神せいじん

 治癒の神、癒導神ゆじん

 それぞれの神は名前で分かるように対応するスキルを持っており、物理系スキルを武導神ぶじん、魔法系スキルを魔導神まじん、補助系スキルを天導神てんじん、生産系スキルを星導神せいじん、回復系スキルを癒導神ゆじんと、なっている。

 五導神は御霊ディド・デイルより生まれいでた若き神だが、“リ・ヴァイス”に暮らす者達に多種多様な『スキル』という恩恵を授け、生活を豊かにさせたという。


 ……うーん。


 こんな“設定”はゲームのときにはなかった。しかし、“リ・ヴァイス”の世界では遥か昔から存在していた神だということだ。

 これはゲームでは省略された“設定”として解釈するべきなのかも知れない。スキルの成り立ちや神について考える人など少ないだろうし。

 そもそも、既存の三柱にしても名前を覚えているプレイヤーはほんの一部だろうな。オープニングと一部のイベントで触れるのみで、それ以外に名前が出てくることはないから。


「――と、いうわけで、生まれ持ったスキル以外は、五導神に対して毎日祈りを捧げ、先人達から指導を受けて鍛錬を続けることで修得できる可能性があるわけだ」

「なるほど……そう言えば、『“セイジン”に祈りを捧げんか、馬鹿者』って何度か怒られたことがありましたが、その意味がようやく分かりました。俺、意味が分からず“セイジン”をずっと『聖人』だと思ってました」

「ああ、確かに響きは同じだからな。混同する人もたまにいるらしい」


 それ以上追及することはなく、アルダさんは若干の呆れ顔で頷く。

 毎日祈りを捧げることでスキルを習得する。これだけ聞くと楽そうな印象を受けるが、鍛錬を続けるが重要なのことだろう。鍛錬とは戦闘訓練も含まれるようだが、実戦が一番大きいらしい。

 つまり、レベルアップのことを指すのだろう。

 『スマート・ワールド』のスキルは職業レベルが上がることで、スキルのレベルアップが自動で行われていくシステムを取っている。そのため、個別にスキルレベルを上げたいと思っても出来ないのだ。しかし、裏を返せばレベルアップさえすればスキルのレベルが上がっていくため、同じ職業ならスキル構成が同じになる。そこに個性はないが、装備やステータスの振り方で自分だけのプレイスタイルを確立していくのが『スマート・ワールド』の醍醐味だと言える。


「五導神より授かった恩恵は強力な反面、扱いが難しい一面も持ち合わせている」


 そこで言葉を切り、何かを思い出すような顔をするアルダさん。


「俺もスキルをはじめて覚えたときは嬉しく毎日鍛錬を行ったものだ。しかし、それだけでスキルを自分の者に出来るほど甘くない。日々努力を重ね、血反吐を吐くような思いをして、ようやく自分のものへと出来たとき、神から与えられた恩恵は更なる力を与えてくれるようになる」


 並々ならぬ努力の成果。それがアルダさんの言葉から滲み出ている。

 更なる力……。恐らく、レベルアップによるスキルレベルの向上、もしくは上位スキルの習得を意味するのだろう。


「そんな思いをして鍛え上げたスキルを使いこなすため、また、恩恵を与えてくれた武導神ぶじんへ対して感謝と誓いを立てる意味でもスキルの名を口にすることはある。スキルの名を口をすることで明確に“力”を感じることもでき、加えて威力も上がることもある」

「隊長は声が大きいから結構うるさいですよ」

「気合を入れた方がいいだろ」

「大声を出して余計な敵を呼び込むこともあるんですから、臨機応変にお願いしますよ」


 マッシュさんの至極もっともな忠告に、アルダさんは押し黙る。

 アルダさんの話を聞く限りでは、物理スキルに関しては明音や健児から聞いた話と大差はないように思える。では、次だ。


「その、変なことを聞きますが、スキルと使うと身体が勝手に動いたり……するんですか?」

「……ん?」


 一瞬、訝しげな表情を浮かべるアルダさんだったが、質問の意図が理解出来たようで納得して頷いていた。


「それは恐らく、冒険者特有のものだ」

「冒険者、特有……?」


 意味が分からず、思わず腕輪に目を落とす。


「詳しくは知らないが、冒険者に登録したばかりの初心者に対して冒険者を見守る神が恩恵を与え、スキルの使い方を実際に身体を動かして教えてくれるらしい。確か、『動体補助機能ムーブアシスト』とか呼ばれていたと思う」

「『動体補助機能ムーブアシスト』……?」

「個人的には、あまり好きでないのだが……より早く実戦に慣れる意味では必要なことだと思っている。――ワタル君は説明されなかったのか?」

「あー……冒険者になったのも修行の旅に出る直前に急きょ決められたので、バタバタとして説明も右から左へ抜けまして……ちょっと前にもギルドのお姉さんに呆れられました」


 いや、本当は初耳なんです! と、言いたいが、余計なことは言わない方がよさそうだ。どうも、冒険者にとっては常識みたいな感じだし、これ以上は墓穴を掘りそうだ。


「色々と破天荒な師匠のようだな。あと、君もな」

「ええ、本当に……って、俺は普通ですよ」

「しっかりしているよで、意外と抜けてるところがあると思うぞ」


 架空師匠、貴方の扱いが段々と酷くなってますが許してください。あと、痛いところを突かないでください、アルダさん。マジ、凹みますから。


「そんなわけで、一般的なスキル運用と常識を教えてください」


 こうなれば、すべて架空師匠と自分のうっかりのせいにして、恥も何もかも捨ててアルダさんに聞いてしまおう。聞くは一瞬の恥、聞かぬは一生の恥。と言うしね。

 そんなこんなで、出発直前までアルダさんとマッシュさんの二人に一般的なスキル運用を根掘り葉掘り聞きまくった。



 ☆☆☆☆☆



 昼食後。

 馬車に乗り込んだ俺達は、貿易都市を目指して進んで行く。絶妙の振動が眠気を誘うが、先ほど聞いたスキルの話を思い返しながら、腕輪を操作していく。


「ん? 何やってるんだ?」

「えっと、ちょっと確認しながら復習ってところですかね」

「勉強熱心だね、ワタル君は」


 隣にいるマッシュさんに適当な相槌を返しつつ、半透過ディスプレイに表示されている習得済みの魔法スキル一覧へ目を向ける。そして、改めて思う。


 ……多いわ、マジで。


 習得済みの魔法スキルは全部で五〇種近くある。攻撃系魔法と回復系魔法、あとは補助系魔法の三つに分類出来るのだが、初級魔法となれば、一〇種にも満たない。一応、道具制作師メーカーで通っているので、初級の攻撃系魔法四種に、補助二種と回復一種を使うことになる。


 火属性初級魔法ファイアボール

 水属性初級魔法アクアニードル

 風属性初級魔法ウインドバレット

 土属性初級魔法ストーンショット

 衝撃軽減魔法ショックウォール

 属性抵抗魔法マジックウォール

 回復魔法ヒール


 この七つが道具制作師メーカーがレベル二〇以下で覚える魔法である。

 ショックォールは物理攻撃軽減、マジックウォールは魔法攻撃軽減の効果を持つが、軽減出来るのは一割程度だったと記憶している。

 ウォールの上位版であるシールド系の魔法は軽減、緩和、反射と多種多様で、高レベルモンスターと戦うときはシールド系魔法が必須となってくる。ないと被ダメが馬鹿みたいに多くなるし、回復も追いつかなくなってくるだ。


「まぁ、いきなり冒険者になって今までとは違う“感覚”が入ってくれば、そりゃ戸惑うわな」

「そうですね」


 マッシュさんは頻り頷き、俺は適当に相槌を返すだけ。

 マッシュさんの言う『違う“感覚”』とは、スキルを使うときの『動体補助機能ムーブアシスト』を指しているのだろう。確かにスキルを使う度に体を操られていたら戸惑うと思うが、俺は違うことを考えていた。


 一つは、冒険者に登録したばかりの初心者と言うのが、どの期間を指すのか。

 一つは、『動体補助機能ムーブアシスト』は冒険者全員に適応されているのか。


 この二点をまず第一に考えないといけない。さすがにこればかりは自分の身体に直結する問題なので、後回しにするのは得策ではないだろう。特に『動体補助機能ムーブアシスト』はゲームのときにも存在しなかったものだ。それが文字通りの効果ならあり難いものだと思う。だが、この数日でゲームのときは違う“もの”を色々と見聞きしてきたから、それを額面通りに受けることが出来なくなっている。


 ……さて、と。


 愚痴っても仕方ないし、文句を言っても後の祭りだ。半透過ディスプレイを消して、深呼吸。

 脳内で“スキル”と念じてみるも、何も変化は見られない。もう一度、強く念じてみるも、結果は同じ。


「……あれ?」

「どうした?」

「いえ、念じてもスキルの一覧が出てこないと思って」


 今更なのでありのままに伝えると、マッシュさんは顎に手を当てて暫し思案顔。


「ギルドなら説明してくれると思うんだけど……もしかして、武器持ってないから、とか?」

「……あ」


 見事に素手ですね。それは盲点だったわ。というわけで、インベントリより杖を取り出して装備。そして、念じる。


「……お。出た」

「出たな」


 ポンッと五〇センチほど手前に出現した半透過ディスプレイ。

 縦二〇センチ、横三〇センチほどの半透過ディスプレイに表示されているのは、習得済みのスキル一覧なのだが、何と言うか文字が小さくて見難いことこの上ない。


 ……見難いな、これは。


 これを戦闘中に目視で選んでいるような余裕はないだろうし、探している間に攻撃されたらお終いだ。せめて、MMOのようなショートカット機能でもあれば少しは楽になると思うのだが、ないものは仕方ないか。どうにかしてスキル使用の利便性を上げるしかない。

そんなことを考えていたら、“ピポッ”と聞き慣れた音が腕輪から流れた。


「……は?」

「ん? 今のは何の音だい?」


 不思議そうなマッシュさんの問いに、それ以上の困惑で俺は首を傾げて腕輪を見やる。


 『メニュー項目“ショートカット機能”を創作クリエイトしました』


 そんな文字が目に飛び込んできたが、瞬きを繰り返して暫し呆然。

 ショートカット機能を創作? なんだ、そりゃ? というか、そんなことが出来るのかよ!


「な、なんだこりゃっ」


 とりあえず、思いの丈を叫んでおこう。

 隣でマッシュさんが驚いているけど、周囲の衛士達が何事かと騒いでいるけど気にしなる。本日最大の衝撃を目の当たりにして動悸の治まらない胸を押さえつつ、震える指先でメニュー一覧を表示して“ショートカット機能”をタップした。

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