第17話:別れと旅立ち

 明朝。

 朝焼けのする空を見上げ、眠気を振り払いように頭を振る。


「ワタル君は貿易都市まで行くんだったな」

「はい。途中までですがよろしくお願いします」


 出発準備を行いながらアルダさんが声をかけてくる。


「しかし、貿易都市か……」

「どうかしたんですか?」


 何だろう。この嫌な呟き方は。


「いや、少し前に貿易都市でちょっとした暴動が起こったからな。今は治安も落ち着いているが、必ずしも安全とは言い難い状況なのだ」

「それはまた……えっと、少し前っていつぐらいのことなんですか?」

「確か、今から二ヶ月ほど前のことだ」


 何というフラグ回収。

 ゲームならイベント開始だ! と喜ぶところだが、現実の今は正直勘弁してくれとしか言いようがない。

 こんなのを聞いたあとでは素通りしたい気分だが、灯の居場所を聞いていなかったので万が一にもいる可能性があるから素通りは出来ない。

 旧・四強窟で素材集めをしているのは知っているから、この辺りの町にはいないはずなのだ。

 王都の東側に位置するダンジョンは『ナイトメア・ハウス』と『聖獣の森』、あとは『ロサルト墓地』くらいで、灯には用がないところばかりだ。しかし、あいつの行動はいまいち読めないところがあるし、俺が『ナイトメア・ハウス』で素材集めをしているのは知っているから、こちらへ向かっている可能性は大いにある。

 旧・四強窟なら、この国にも一つあるが、そこにいるとは断言出来ないし。

 南の神聖国サウーラの西方部にある林業が盛んな町――オウド。

 その町のそばにいある旧廃坑『オウド鉱山』がそれに当たる。旧・四強窟の中でも比較的攻略が容易な方で適正レベルでパーティを組めばそれくほど苦労はしなくていい。それに灯が所属しているクランはゲーム内でも屈指の強豪クランである。旧・四強窟に行くのであればクランメンバーと共に行動している可能性が高い。  まぁ、ダンジョンクリア後に単独行動をしていたら目も当てられないが……。

 ただ、クランメンバーの結束力は恐らくクラン随一だと思うし、恐らくあちらでも灯のことを探してくれている可能性は高いが、出来ることなら俺が見つけて安心させてあげたいというのが本心だな。

 元気いっぱいで無茶なことをする妹だが、それは寂しさを誤魔化すためのものだと知っているから。


「危険は少ないと思うが、くれぐれも“東側”には近づくないようにした方がいい」

「東側、ですか?」


 聞き慣れない言葉いただきました。


「都市の東側には治安の悪い地域があるのだ。今回の暴動は民衆主導だったが、裏のやつ等も関わっていた可能性もある。十分に街中での行動には注意するように」

「はい」


 なるほど。つまり、貿易都市の東側には裏の人達が屯して根城にしている場所があるということか。


 ……あー、そういえば。


 貿易都市で受けれるクエストに『〇〇を捕まえろ』、『〇〇の不正に関する証拠を探せ』みたいな犯罪関連のものが多かったのは、都市の中で裏組織の二大派閥が カジノの利権を巡って抗争を続けているからだった。

 今回の暴動も裏にはその裏組織が……って、ややこしいな。


「さて――こちらの準備は終わったから、そろそろ出発するぞ」

「はい」


 馬車へ荷物の積み込みが終わり、いよいよ出発の時間となった。

 衛士一三人とおまけの俺を乗せる馬車二台。俺が乗るのはアルダさんが御者を務める馬車である。何故アルダさんが御者を務めているのかは謎だが、他の衛士達が特に何も言わないところを見ると、これはいつものことなのだろう。


「あの子達へ挨拶はしなくてもいいのか?」

「昨日済ませているので問題ありませんよ」

「そうか。なら、馬車へ乗り込んでくれ」


 少し心配そうな顔をしたアルダさんに礼を言って馬車へ乗り込み、中にいる衛士達に目礼する。

 アルダさんの言う“あの子達”とは麻由子達のことだ。昨日は色々とあったが、一応は“最後の自己満足”という名の余計なお節介をしてきたのである程度は大丈夫だと思う。



 ☆☆☆☆☆



 麻由子に連れられて帰ってきた明音から謝罪を受け、それを受け入れてから口を開いた。


「まず、みんなにこれを渡しておく」


 麻由子と明音以外は俺が何をしていたのかを見ているので驚きはなく、麻由子も以前見ているので最初は驚いたがそれだけ。唯一、何が起こっているのか分からない明音だけが目を白黒させていた。


「この装備があれば、貿易都市までは比較的楽に進めるだろう」

「ほ、ほんとですかっ?」


 真っ先に喰いついてきたのは、やはり明音だった。


「これが、あれば……」

「ただ、町から町への移動は馬車か徒歩しか現状はない。どちらもモンスターに襲われる可能性はあるから覚悟はいるぞ」

「わ、分かってます」


 釘を刺されて唸る明音だが、町の防衛にモンスターと剣を交えたことがあるのだ。その点は俺よりも戦闘経験があると言っていいと思う。


「モンスターは怖いけど、逃げてたら何も出来ませんからっ」

「そう、だな……」


 この子は無茶をするけど、芯はとても強い子だ。


「モンスターと戦うのは怖いと思うが、やりたいことがあるのなら避けては通れない道だからな」

「はいっ」


 元気よく返事をする明音を座らせて、説明を続けていく。


 まず、現在のレベルに見合う装備に新調すること。

 麻由子達のレベルは、麻由子がレベル一〇と一番低く、摩子と有紀、太朗がレベル一七。健児が一八で明音が一九と一番高い。

 俺が制作した武器と防具を装備することで現状よりは楽になるだろうし、その装備であれば貿易都市までは比較的楽に到着出来るようになるはず。問題があるとすれば麻由子のレベルが低いことだが、これは六人で力を合わせて乗り切ってもらうしかないし、麻由子には悪いが一種の抑止力ストッパーになってもらうつもりだ。

 六人で行動をするのであれば、麻由子のレベルアップは最優先事項だろうし、何より全員が戦闘経験を積む意味でも必要なことだと思う。まぁ、こればかりは六人の意志で決めてほしいのでこちらからとやかく言うつもりはない。もっとも、楽をしてきた俺が言える義理ではないが、ね。


「とりあえず、その装備はインベントリへ収納しておいてくれ」

「あ、ありがとうございますっ」


 明音が真っ先に礼を言い、次いで麻由子達も各々礼を述べながら装備を手に取って確かめていく。


「これ、今装備してもいいですか?」

「ああ、別に構わないぞ」


 ローブを手にした有紀が目をキラキラとさせて聞いてきたので、ちょっと引きつつ頷く。

 大人しい子だと思っていたがやはり女の子だな。あまり派手ではないローブだが、刺繍があしらわれているので一式揃えば一人前の魔導士に見える。


「……これ、補正値がとんでもないですよ」


 そんな声を上げたのは摩子だった。

 どうやら鑑定を使ったようで、合革のジャケットを手にして目を丸くしていた。


「補正値に関してはそれなりのものを付与出来ていると思う。ただ、装備に過信して無茶な行動だけは本当にやめてほしい」

「はい。それは十分心得ています」


 摩子は神妙に頷き、俺と共に明音へ目を向ける。


「な、なんで二人して私を見るかな!」

「明音が一番危なかっしいからに決まってるでしょ」

「ひどいっ」


 摩子にジト目で睨まれ、反論するもその声はどこか元気がない。


「確かに今の装備よりも格段に能力は上がるけど、渉さんの言う通り、装備に過信したら駄目。私達自身が成長しないと意味がないんだから」

「…………」


 摩子は冷静に現状を分析出来ているようだ。明音もそれは分かっているが気持ちが焦っているのは一目瞭然で、まだ落ち着けていない証拠でもある。


「でも、レベルアップってどうやったらするのよ?」

「そ……それは」


 が、そこで明音が疑問を口にし、摩子は言葉に詰まって目を彷徨わせて、やがて縋るように俺を見つめてきた。


「んー……俺の場合、カンストしているからなぁ」

「でも、確かレベル上限は解放されましたよね?」

「解放はされたけど、ステータス画面に経験値の表示はないし、俺の場合はカンストしているからこの辺のモンスターでは経験値は入らないから、検証することが出来ないんだ」


 一応、以前ステータスを確認したときに錬金術師アルケミストのレベルが一〇〇で上限解放済と表記されていたから、恐らくレベル自体はまだ上がると思う。

ただ、モンスターとレベルが一五以上の差になると、経験値はもらえなくなる。

 これが現実となった今でも適応されているのかは分からないが、レベル設定があるのなら経験値は存在しているはずだ。しかし、俺のレベルで経験値を獲得するためには新・四強窟くらいしかないから確認するのは至難の業だな。ソロだと恐ろしくて行きたくない。多分、逝ってまうから……。


「まぁ、レベル制のままだから経験値は存在していると思う。だが、それがモンスターの戦闘だけなのか、それ以外にもあるのか、前から考えているが分からないんだよ」

「確かに、戦闘以外でも経験は積めますから、一概にないとは言い切れないですね」


 明確な回答などどこにもない。

 まだ手探り状態であるのは誰も変わらないのだ。ならば、それを一つずつ解明していくしかない。顎に手を当てた摩子は思案顔で唸り、明音は腕組みをして宙を睨む。


「この辺りは、渉さんよりも私達の方が向いていますね」

「そうだな」


 レベル的にもここは適正地域だからレベルを上げるのなら彼女達以上に適任はいない。ただ、検証というか、実験的なものを任せるのは心苦しいものがある。


「これは私達のような初心者が一番向いてると思うので、気にしなくていいですよ」


 そんな俺の機微を察したのか、摩子は朗らかな笑みを浮かべて首を横に振る。麻由子から聞いていた通り、摩子は六人の相談役兼纏め役だな。リーダーとしての行動力は明音に軍配は上がるが、統率力と言う点では摩子だろう。

 有紀はおっとりした癒しキャラで、健児は明音のストッパー役であり、影の纏め役。太朗は豊富な知識で五人をサポートする軍師タイプ。

 麻由子に関しては憶測となるが、明音達と出会ってから様子を見ている限り、  ちょっと受け身な部分があるような気もする。一歩引いているというか、遠慮があるのような節が多々見られた。それが別に悪いとは言わないが、仲間を思う気持ちは人一倍強いと思う。


「貿易都市には数日滞在する予定だから、そこで再会出来れば結果を聞くとするよ」

「はい」


 一応、貿易都市の広さを考えたら灯の捜索には数日は要するだろう。数日で貿易都市まで辿り着くことが出来るかは疑問だが、装備とレベリングを考えたら、何となく再会しそうな気もするし。


「あの、渉さん」

「ん?」


 そこへ、静かだった麻由子が声をかけてきた。


「一緒に行くことは出来ないんでしょうか?」

「んー……一緒に行くことは可能だが、レベル差が一〇以上あるプレイヤー同士がパーティを組むと双方に経験値が入らないシステムがあるんだ。ミニマスと戦闘したときもそのこと忘れてたからな……最初の戦闘以外、多分経験値は入ってないと思う。本当に申し訳ない」


 麻由子は表情を明るくしたかと思えば、シュンと項垂れる。

 現在もそのシステムが有効であるのなら、俺と麻由子がパーティを組んでミニマスを狩った経験値は、麻由子には入ってないと言うことになる。麻由子のレベル的に経験値が入ってもごく少量なのだが、〇と一では大違い。このことを思い出しのは翌日だったが今まで言いそびれていたわけだ。いや、マジで申し訳ない。


「パーティを組まずに同行するのは問題ないけど、パーティを組んでいない俺が倒しても麻由子達の経験値にはならないし、俺が手出すことも出来な……ん?」


 ここでふと疑問が生じた。

 ゲームのときならパーティはクエスト単位で組むことが可能で、ダンジョン内や途中で組み直すことはシステム上不可能だった。組み直す場合はクエスト失敗扱いとなるため、装備やレベルなどの事前確認が最低限必要だった。

 しかし、ミニマスと最初に戦闘をしたとき、麻由子とはパーティを組んでいなかったが共闘は可能だった。

 つまり、乱入――飛び入りは可能と言うことだ。

 でも、当たり前と言えば当たり前だよな。現実世界に戦闘フィールドと通常フィールドを区別するようなシステムなどないのだから。なら、パーティを組んでいなくても共闘することは普通に考えれば可能のはずだ。

 パーティを組むのに腕輪の機能を使った場合、先ほどのペナルティが適応される可能性は高い。だが、パーティを組まずに戦闘を行った場合でも経験値が分配されるとか言われれば分からない。分からない以上、とりあえずはゲームに沿った手順を踏むのが自己見解セオリーだと思う。

 こんなときにゲーム内フレンドの少なさが悔やまれる。まぁ、リアルはもっと少ないけどな、あははっ……はぁ。


「麻由子、あまり無理を言っても駄目だよ」


 そんな麻由子を摩子は優しく諭すよう言葉をかける。


「そ、それは……分かってるけど」

「渉さんは私達だけで大丈夫だと思って装備を作ってくれたんだよ? その思いを無駄にしちゃ駄目」


 うん、こうして目の前で言われると正直照れる。


「それに、いつまでも頼ってばかりじゃ、強くなれないよ」

「……うん」

「ゆっくり行こうよ」


 摩子の言う“強く”とはレベルアップの意味ではなく、精神的にと言う意味合いが大きいのだろう。

 依存するのではなく、出来ることを出来る範囲でやる。摩子の言いたいのはその辺りだろうな。


「あとは、こっちの装備を説明しておく」


 テーブルの脇に並べられた武防具へ目を向ける。


「これは、貿易都市から王都到着までの間に装備するつもりでいてほしい。防具は部位ごとにしかないのは、先ほど渡した装備でも代用が利く部位もあるからだ」


 これは貿易都市から王都レイラルドへ到着するまでに使うであろう六人分の武防具になるが、こちらは一式ではなく、武器をモンスターの適正レベル用に新調して、防具に関しては渡した装備よりも補正値の優れている部位だけを制作している。

 ゲームのときにこの付近で手に入った装備品は補正値以外は大差ないから問題ないと思う。しかし、不確定要素イレギュラーはどこにでも存在する。


「大切に使わせていただきます。ありがとうございます」

「それで、この装備は摩子へ渡しておく。摩子の判断で使うかどうかは決めてほしい」


 摩子は突然の申し出に目を丸くするも、小さく頷いて「分かりました」と礼を述べる。

 これは個別に手渡してもいいかと最初は思ったが、明音はちょっと暴走する気質があるようだから渡すと無茶をする可能性が大なので、六人の中で冷静沈着な相談役である摩子が適任だろうと思ったからだ。明音は若干不満そうに唇を尖らせていたが、渋々納得したようである。


「でも、どうしてここまでしてくれるのですか?」

「んー……自己満足、かな」

「自己満足、ですか?」


 摩子の率直な質問に、俺も包み隠さず答える。


「短い間とは言え、知らない仲ではないからな。俺に出来るのはこれくらいだし、先達としてのお節介だと思って受け取っておいてくれ」

「……はい。何から何まで本当にありがとうございます」


 そこまで丁寧に礼を言われるとこそばゆくて仕方ない。


「それから、貿易都市から先は状態異常を起こす攻撃をしてくるモンスターも増えてくる。とはいえ、あくまでゲームの情報だから、それ以外のモンスターも出てくる可能性も十分にある」

「はい。――それで、状態異常ですか?」

「ああ。状態異常の定番である『ポイズン』に、移動速度が減退する『スリップ』や視界を一時的に奪う『ブラインド』など――近接職である明音や麻由子、それに健児は注意しないと戦闘継続が厳しくなるだろう」


 小さく摩子が息を呑み、他の面々も想像したのか眉を顰めて苦々しく表情を曇らせていく。

 俺だって状態異常に関しては恐ろしいと思っている。ゲームのときなら画面越しで文句を言うくらいだったが、実際に毒を受けたら? 視界を奪われたら? ……麻痺は? 石化は? 考えれば考えるほど憂鬱になってくる。

 一応、状態異常遮断のアクセサリー『ホーリー・タリスマン』はあるが、遮断率は八〇パーセントで完全ではなく、石化と即死に関してはその効果は適応されない。

 『ホーリー・タリスマン』の下位アクセサリーである、状態異常抑制のアクセサリー『アミュレット』を作ろうと思ったが、こちらは先ほど防具制作を行ったために素材が足りなくなってしまった。


 ……はぁ。


 優先順位というか、どこか詰めが甘いな。


「出来ることなら、『アミュレット』も作りたかったが、生憎と素材が足りなくてな」

「いえ、これ以上はさすがに申し訳がないです。お礼も出来ないですし……」

「その辺は気にしなくていいって」


 申し訳なさそうに頭を下げる摩子を留め、話を続ける。


「で、だ――パーティで行動するのなら、後衛職は各自の役割を明確にしないといけない。狩人である摩子は索敵を優先し、魔導士である有紀は敵のスキル詠唱の阻害を優先、もしくは殲滅していけば被害も最小限で食い止められる。万が一、状態異常に陥った場合は僧侶である太朗の出番だ」

「は、はい」


 脅すようで悪いが、状態異常回復アイテムは店売りだと意外と高価である。

 数を揃えようとしたら装備品が買えないということはよくあることだった。僧侶がレベル二〇になれば軽度の状態異常回復魔法『レストア』を覚えることが出来る。このスキルがあるとないとでは、王都周辺の攻略が段違いとなるから、急いでいくよりもレベルを上げることを優先してほしいと思っているのだ。それが、六人の危険を減らすことにも繋がるのだから。


「……レベル二〇、ですか」

「どの職業もレベル二〇になると、職業に特化したスキルを覚える。僧侶の場合は状態異常が回復出来る『レストア』とパーティメンバー全員の生命力を回復出来る『ヒーリング』を覚えるから、この二つを覚えたら戦闘での危険度は下がるはずだ」


 ただし、油断はするなよ。と釘だけは刺しておく。

 ゲームのときなら、貿易都市でメインクエストを終えたら二〇は超えていた。さすがにソロでは道中のモンスターが厳しかったし、連戦になったら死に戻りばかりだった苦い思い出がある。だが、パーティを組んでいれば、対処は色々と出来るからほぼ問題はないと思う。


「あとは、注意するモンスターかな」

「あ――ちょっと待ってください」


 ゲームのときと同じかは分からないが参考までに説明しておこうと思ったのだが、何やら腕輪を操作し始めた摩子に止められた。


「すいません。どうぞ、続けてください」

「……それって、手紙セットか?」

「え、はい」


 摩子が取り出したのはゲーム内でメール以外にやり取りが可能だった『手紙セット』というアイテムだった。


 『手紙セット』

 レア度:Ⅲ 愛しのあの人へ、親しい友人へ、思いの丈を綴って送ろう。

 送料無料。

 便箋八五枚 封筒八五通 万年筆一本 詰め替え用インク(お徳用)


 最後の一文いらねぇ。と思った俺は悪くない。

 この手紙セットで送られた手紙はアイテムとして保管が可能で、友達同士で手紙のやり取りをする、一種のお遊びアイテムである。それ以外に用途もなく、俺は必要ないから倉庫で眠っているが、単純にメモ帳代わりとして使えそうな感じだな。


「メモ帳の代わり、か」

「はい。使えるか試してみようと思いまして」


 ふむ。中々、彼女も検証好きのようだ。


「……うん。問題なく書けそうです」

「そっか。なら――」


 そうして、注意するべくモンスターを列挙しながら、ときには質問を受けつつ、こちらからもスキルに関する質問をして、一通りの説明を終えたところで六人は別れの挨拶を済ませて屋敷をあとにした。



 ☆☆☆☆☆



 最後は何ともあっさりとしたものになったが、しんみりとした雰囲気は苦手なので良かった。

 最後まで何度も振り返る麻由子が何か言いたそうな顔をしていたが、あえてそれを見ない振りをして見送った。

 摩子もそれを分かっていたのか、最後に一礼して名残惜しそうな麻由子を連れて帰っていった。これでよかったのかは正直分からないが。


 ……はぁ。


 去り際の麻由子が見せた顔が目を瞑ると思い出され、中々眠りに付けなかったのでちょっと寝不足気味だが、道中は何が起こるか分からないので気を抜けない。


「では、出発するっ」


 パンッと両頬を叩いて気合を入れたところで、アルダさんの声と共に馬車がゆっくりと動き出す。


「エムノシルまでは、大体二日くらいだな」


 と、突然隣から声をかけられ、振り向く。


「まっ、短い間だがよろしくな」

「あ、はい」


 そこにいたのは、ロサルト墓地へ行く前に俺を探しに来た衛士だった。


「俺は、マッシュ。よろしく」

「渉です。よろしくお願いします」


 自己紹介と共に差し出された手を握り、にこやかな笑みを浮かべるマッシュさんと挨拶を交わす。イケメンや、茶髪の細マッチョや……テキハ、シンデシマエ。


「それにしても、修行の旅だったか? 大変だな」

「確かに大変ですけど、色々と発見もあって面白いですよ」


 楽しそうに頷くマッシュさんは「えらいなぁ」と感心し、話を聞いていた他の衛士達もウンウンと頷いていた。いや、何この空間。とても恥ずかしいですけど!


「おっ……?」


 などと考えていたら速度に乗りはじめていた馬車が何故か減速しはじめ、馬車内にいる衛士達も不思議そうに周囲を見渡していた。


「あ、ワタル君」

「え……?」


 アルダさんに尋ねようにも別の馬車に乗っているし、どうしたものかと思っていたら、ポンッと肩を叩かれ、声の主――マッシュさんが指さす方へ目を向ける。


「……あ」


 衛士の詰所から町の正門へ至る大通り。

 瓦礫の撤去も進み、復興作業が順調であることを示している。その道を真っ直ぐに進んでいる馬車の行く手に、六つの人影が並んで立っていた。


「渉さぁあああんっ」


 町中に響くのではないかと思うほどの声で、大きく手を振る人影は近づくにつれて徐々に明確となっていく。


 ……麻由子。


 それは数日前に出会った少女。


「お元気でぇえええっ」


 一人寂しく途方に暮れていた少女が妹と重なり、放っておけなかった。そして、共に旅をして無事に友達と再会を果たした少女は嬉し涙を流して喜んだ。

もう彼女は独りではない。


「ありっ――ありがと……ございましたぁああああっ」


 途切れる言葉に嗚咽が混じり、麻由子以外の声も重なって聞こえてくる。


「ありがとうございましたっ」

「明音が無茶はしないように見張っておきますのでっ」

「俺もがんばって止めます!」

「ちょっと、二人とも酷いっ」


 明音の叫びに衛士達の間から失笑が漏れ、何やら言い争っている摩子と健児、明音の姿が目に入ってくる。


「がんばって、みんなをサポート出来るようになりますっ」

「わ、私も、がんばりますっ」


 太朗と有紀の二人が声を張り上げて手を振り、明音達も同じく手を振ってくる。

そして。


『いってらっしゃいっ』


 馬車が六人の前をゆっくりと通り過ぎていく中。

 六人と目が合い、そして、六人が口を揃えて送り出してくれる。


「いってきます! みんなも元気でなっ」


 その言葉にそれだけを返し、馬車の中へと顔を戻す。

 これ以上は駄目だ。そう思いながら目を閉じる。そうしないと色々感情(もの)が溢れそうになってしまう。

 短い間だった。それほど感謝されることをしたとは思っていない。

 本当なら一緒に行動すればいいのだろうが、あの六人の中に“異物”として混ざるのはさすがに抵抗があるし、変に気を使われるのも居心地が悪い。けれど、何もしないまま、「さようなら」をするほど冷めているつもりはない。

 そんな思いの狭間で、中途半端な手助けは相手のためにならないと思いながら、 次会うときも元気な姿を見せてほしいという自己満足のために装備を渡しただけなのに。

 けれど、あの子等はその思いを俺に真っ直ぐにぶつけてきた。


 ……まいったな。


 自嘲気味の笑いが漏れ、ぐちゃぐちゃと混ざり合う感情に胸が潰れそうになる中、ポンッと肩を叩かれる。


「いい子達だな……」

「……はい」


 ポンポンっと叩かれる肩に優しさを感じつつ、これから訪れるであろう様々な苦難の道を思い、六人へ激励と感謝の言葉を胸の内から送り続けた。

 こちらこそありがとう。がんばれ、と――

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