第16話:地下霊廟の悪夢③
地下五層から地上まで駆け抜け、足を止めることなく町へと入ったのだが、
「……あ、あれ?」
そこは復興作業に励む人々の姿があるだけだった。
「何がどうなってるんだ?」
「もしや、あのモンスターに騙されたのでしょうか?」
アルダさんとキヌルさんの会話を横耳に、衛士達が虚を付かれた顔付きで周囲を見渡し、同じように俺も周囲を見渡してみるがモンスターに襲撃されている様子は微塵もなかった。
……やられた。
正直、モンスターの言うことを信じた自分が馬鹿だったのかも知れない。しかし、それではダンジョン内にモンスターがほとんどいなかったことの説明が付かない。
本当に謎が多過ぎる。
今までのゲームとは違う、これも先日のアップデートで追加された“もの”なのかも知れないが、出来ることならアップデート内容の詳細を知りたいところである。
「……サービス」
「ワタル君?」
では、これが“サービス”の正体と言うことか。
「あの案山子は消える間際に、『今回はサービスだ』と言い残しています」
「サービス……そう言えば、そんなことを言っていたな」
「恐らく、町を襲撃するというのはブラフ――虚言で、実際は何もなかったと言うことです。そして、初回限定のサービスだとも言ってました」
アルダさんもどこか腑に落ちない顔だが、あの言葉を聞いている以上納得出来なくてもするしかないと思ったのだろう、小さく頷いていた。
『ソウ、ショカイゲンテイ、ノ、サービス……ツギ、ハ……チガウ』
そして、初回限定のサービス――、案山子はそう告げて消え去った。
つまり、次は問答無用で町を再度襲撃するという意思表示とも取れる。 それをアルダさんに告げると苦渋に満ちた表情を浮かべて大きく息を吐いた。
「その可能性は高いが、霊廟内にモンスターがほとんどいなかった説明が付かない」
「それは……」
「“黒衣”の存在も確認出来なかった……一体、何が起こっているのか……」
それだけは考えても答えが出てこない。
「それにもう一つの問題は、“王”の遺体が持ち去れたことだ」
アルダさんは重い息を吐きながら、キヌルさんは声なく肩を落とす。
「案山子を置いていった者が犯人と考えるべきしょうね」
「そうだな。しかし、何の目的があって“王”の遺体を持ち去ったのか……」
「早急に対処をしないといけない。王都へ選抜隊を向かわせましょう」
「分かりました。私は王への書状を認めてきます」
「あとは――」
謎だ。
アルダさんとキヌルさんは互いに顔を見合わせ、今後について話し合いはじめた。どうやら、一連の騒動を王都へ報告しないといけないようで、報告へ向かう選抜隊を編成するためにアルダさんは衛士の詰所へと向かい、キヌルさんは王への書状を認めるため、家へと向かった。
残された衛士達も各々が仕事を果たすために散り散りとなり、最後に残された俺と女性衛士――エストラさんの二人だけとなった。
「ワタル君はこれからどうするつもり?」
「え? あ、とりあえず、手伝いに行ってきます」
いきなり話を振られるとは思っていないので、少々ドモッてしまったのはご愛嬌だ。
道中では緊張もあって顔をあまり見てなかったが、年の頃は二〇代前半で、スレンダーな茶髪の知的美人さんである。教師とかが似合いそうな雰囲気だな。
「いえ、そうではなくて、この町にいつまでいるのかなと思って」
「……あ」
ああ、そうか。彫金鍛冶師(ブラックスミス)になるため、修行の旅をしている最中って設定だったな。
「急いでいる旅ではありませんが、人を探していまして」
「人探し?」
「はい。俺が修行の旅に出るちょっと前に、妹が家出同然で旅に出てしまったそうで……どうにか家に連れ戻してほしいと手紙を受け取ったので、旅を続けながら当てもなく探している次第です」
「まぁ……」
苦笑するエストラさんに愛想笑いを返しつつ、心の中で灯に申し訳ないと謝る。勝手に家出娘にしてごめんよ、と。
「それなら、引き留めるわけにもいかないわね」
「何かあるのですか?」
まぁ、現在進行形で何かが起こっているわけだが、一応は聞いておかないといけないだろう。余計なフラグは立たせたくないので。
「あの状況でも冷静な判断能力と度胸は大したものだったわ」
「え、あ、いや……」
「だから、出来れば王都まで選抜隊の一員として加わってほしいと思ってね」
「俺が、ですか?」
予想通りと言うべきか。話の流れから来るだろうなとは思ったが、エストラさんに選抜隊の隊員を選出する権限とかあるのだろうか?
「あ、っと……そういえば、さっきはバタバタしてたから自己紹介がまだだったわね」
「え、あ、はい」
「私はマデート守護隊の副隊長――エストラ・ローフェルよ」
先ほどは慌ただしくロサルト墓地へ向かったから各自の紹介などしなかったが、気にも留めなった。あの状況では碌な紹介も出来ないだろうし、そんな暇もなかったから。
しかし、まさかエストラさんが副隊長だったとは驚きだ。
「副隊長だったんですか」
「あら、意外だったかしら?」
「あ、いえ」
意外と言えば意外です。が正直な感想だが、教師然としたエストラさんには何故か逆らえないオーラがある。
「あの人も多分ワタル君を選抜隊に組み込もうとするでしょうからね」
「あの人……?」
「アルダ隊長よ。あの人は、私の旦那なの」
「は……」
なんとっ。予想外の事実がここに発覚!
「結構、ワタル君のことを気に入ってるみたいだからね」
「は、はぁ……」
何とも返答に困るが、気に入られるようなことをしただろうか? 謎だ。
「無理強いは出来ないけど、次の町へ向かうのなら途中まで一緒に行くことも出来るでしょうから」
「あ、そうですね」
確かに同行者がいるのは助かる。一人旅は正直不安しかないから、土地を熟知している人達が郷校者なら心強い。
「出発はいつ頃になりますか?」
「恐らく、今から準備をはじめて明朝になると思うわ」
「分かりました。では、途中までご迷惑をおかけするかも知れませんが、同行させていただきます」
「ええ、分かったわ。隊長には私から伝えておくわね」
それじゃ。と手を振って去っていくエストラさんを見送り、明朝出発する旨を伝えるべく、キヌルさんの屋敷へと向かうことにした。
☆★★★☆
瓦礫の撤去作業を黙々と続け、額から流れ落ちる汗を拭って明音は背を伸ばす。
「くあぁ……ちょっとは片付いたかな」
周囲を見渡してそんな感想を漏らすも、目に入るのは瓦礫の山だけ。
「……はぁ。いつになったら終わるのやら」
「愚痴ってないで手を動かしてよ、明音ちゃん」
「そんなこと言ってもさぁ」
麻由子に窘められて不貞腐れる明音が唇を尖らすも、麻由子は素知らぬ顔で瓦礫の撤去を続けていく。
「でもさ、これって最後まで続けるつもりなの?」
そんな麻由子に対して、明音は疑問に感じていたことを口にする。
「最後までって、どういう意味?」
「そのままの意味だよ。瓦礫を撤去して、この先どこまで手伝えばいいのかなって思ってさ」
「それは……」
明確な線引きなどない。
瓦礫の撤去にしても
「それに、母さんを早く探したい」
それは明音の切実な願いであった。
母一人子一人の母子家庭で育った明音にとって、母親は唯一の家族である。その母親が危険な目に遭っているかも知れないと考えたらいてもたってもいられない。
「どこにいるか分からないけど、早く探して私が無事だって安心させてあげたいの」
「明音ちゃん……」
明音の家庭環境を知る麻由子は、その思いが痛いほどよく分かる。
麻由子自身も両親と会いたい思いは強いが、今は友達と再会出来た喜びを分かち、町の復興を手助け出来たらと思っている。
そんな会話を続ける二人を太朗達は手を止めて見守っていた。本音を言えば、誰もが家族に早く会いたい一心なのだ。しかし、途中で投げ出すのが躊躇われてしまい、こうして作業に没頭して気を紛らわせているだけに過ぎず、ありのままに本音を吐露出来る明音を誰もが羨ましいと思っていた。
「おーいっ」
「ん? ……健児?」
そんな二人の元へ息を切らせながら健児が走ってやってきた。その声に太朗達も顔を上げて健児の方を見やる。
瓦礫の量が予想外に多く、現在運んでいる場所もほぼ満杯となっていた。そのため、瓦礫の搬出先について問い合わせるため、健児が衛士の詰所へ行っていたのだが、普通ではない健児の様子に何かあったのではないかと五人に動揺が走る。
「どうしたのよ、そんなに慌てて」
「い、いや……それが……」
「ちょっと大丈夫? ほら、深呼吸して」
息も絶え絶えに返事をする健児に明音は困惑顔で返すも、深呼吸をする健児はそれどころではない。
「はぁ……」
「――で、何があったのよ」
「それがな。アルダさん達が選抜隊を組んで王都へ向かうらしいんだ」
「王都へ……?」
一瞬虚を付かれたが、その意味を理解しようと明音は思考を巡らすも昨日の襲撃以外に思いつくことがなかった。
「王都に行くって、昨日の襲撃で何かあったのかな?」
「いや、どうもロサルト墓地で何かあったみたいだ。アルダさんがかなり慌ててたし、町長も急いで家に向かってたから」
健児からの説明を聞きつつ、誰もが声なく思案する。
昨日の襲撃とは別に何かが起こっていることだけは理解出来た。しかし、それ以上のことは何も分からない。
「……あ」
しかし、そんな中で麻由子は小さく声を上げ、五人の視線が麻由子に集中する。
「どうしたの」
「え、いや……渉さんに聞いたら分かるかなと思って」
明音の問いと鋭い視線に気圧されて麻由子は少し後退するも、明音も「あっ」と声を上げて手を打つ。
「そうだよ。渉さん、一緒に墓地へ行ったんだった。よしっ、会いに行こう!」
明音は納得して頷き、麻由子も小さく頷く。
「でも、どこにいるのか分かる?」
「んー……」
そんな二人に太朗が声をかけ、明音は周囲を見渡し、麻由子は首を傾げて唸るばかり。摩子と有紀はそんな二人を見て苦笑いを浮かべ、顔を見合わせて肩を竦めて二人へ声をかける。
「とりあえず、町長の家に行ってみればいいんじゃない?」
「そうね。渉さんも帰ってきてるならいるかも知れないし」
摩子と有紀の言葉を受けて、明音と麻由子は納得した様子で頷き、太朗も「そうだね」と同意する。
「よしっ、じゃあ行こう」
元気よく拳を振り上げる明音に全員が苦笑しつつ、遅れて拳を上げて掛け声一つ。
六人はそれぞれの思いを胸に、瓦礫の撤去作業を一先ず中断して町長の家へと向かうことにした。
☆☆★☆☆
キヌルさんの屋敷へと帰り、インベントリのアイテム整理をしていたところ、麻由子達が訪ねてきたとお手伝いさんから伝えられた。
「――つまり、ロサルト墓地で何があったのかを知りたいってこと?」
「はいっ」
元気よく返事をする明音に苦笑いを返しつつ、麻由子達を一瞥する。
リビングに案内された麻由子達はテーブルを挟んでソファに腰かけ、お手伝いさんが用意した紅茶と茶請けを前に明音が開口一番切り出してきた。
「とは言ってもな……」
さすがに判断に困るものがある。
余計な騒動を口外しないように口止めされているわけではないが、さすがにおいそれと話していい内容ではことくらい理解出来ている。
「すまないが、俺の口からは何とも言えない」
「そんなぁ」
「話を聞きたいのならアルダさんにでも聞いてみたらどうだ?」
落胆する明音にそう進言するも、小さく首を横に振って項垂れて一言。
「ここに来る途中で寄ってみたけど、ピリピリしてて入れなかった……」
「あー……」
さすがに、そうなるか。
アルダさんも明朝の出発までに選抜隊の編成から準備にと忙しいだろうし、余計なことに時間を取られている場合ではない。
「しかし、さすがに詳細は話せないぞ」
「そ、それでもいいですっ」
予想外の喰いつきに若干引きつつ、ロサルト墓地であった概要だけを伝えることにした。大まかな話は住人にも伝えると言っていっていたので問題はないだろうし。
「――、えっと、つまり……モンスターを操るモンスターがいたってことですか?」
「まぁ、そうなるかな」
驚きと感心を交互に繰り返す明音達に話したのは、墓地の中で白死の
さすがに、“王”の遺体がなくなったことは独断で伝えていいのか分からないから、今回は申し訳ないが省かせてもらった。
「だから、あんなに慌ててたのかぁ」
「モンスターを操るモンスターなんて聞いたこともないし、王都への報告も当然と言えば当然のことですね」
明音は納得した様子で何度も頷き、摩子も腑に落ちた表情で呟いて紅茶を啜っていた。
「あ、あの……」
「ん?」
そんな二人の横で麻由子は小さく手を上げて声をかけてくるが、どこか遠慮しているようにも見える。
「どうした?」
「あ、いえ、その……」
何故かしどろもどろで要領を得ない麻由子。
暫しの間何事かと待っていると、意を決したのか「よしっ」と小さく呟いて口を開いた。
「わ、渉さんは……王都に行くんですか?」
どこか寂しげな色を滲ませた瞳で見つめられ、正直居心地が悪いのは致し方ないのかも知れない。
「ああ、明朝に出発する選抜隊に同行して途中の町まで行くつもりだ」
「途中の町、ですか?」
「マデートの隣町……? になるのかな。貿易都市エムノシルへ行こうと思っている」
麻由子の問いに答え、紅茶を一口。
貿易都市――エムノシル。
マデートの町から北へ行った海沿いの巨大な都市で、他国との貿易が盛んに行われており、海に面しているために漁業も盛んに行われている港町として一面も持ち合わせている。と、ゲーム内説明であった。
あと、サウーラ国内で唯一の公益娯楽施設『ゴールド・ノヴァ』と呼ばれるカジノがある。このカジノではゲーム内通貨を使って様々なゲームに参加でき、通貨を稼ぐことが可能となっている。
都市の広さは王都に次ぐ広さで、多種族が暮らす賑やかなところだが、その反面、色々と騒動が絶えない場所でもある。
ゲームのときは、この都市で起こるクエストの大半が犯罪関連だったので、『犯罪都市』とも呼ばれていたほどだ。現実となった今は正直近寄りたくないのだが、金欠だと言っていた灯がいる可能性もあるし、情報を得るためには尻込みなど出来ない。
「麻由子達もいずれは行くことになるだろうが、今はやめておいた方がいい」
「ど、どうしてですかっ?」
明音が食いつくかと思ったが、予想に反して麻由子が釣れてしまった。
「まず、俺にも言えることだが戦闘経験の少なさは致命的だ。モンスターと出会ってまともに動けないのであれば、待っているのは“死”だ」
「そ、それは……」
「それに、ゲームのときの話だが、この町までは初心者でも比較的楽に進めるエリアだったが、この先はそんなわけにもいかない」
ゲームのときは何度も死んだからな。と、場を和ますつもりで冗談交じりで呟くも、誰もそれに反応を示す者はいなかった。うん、ちょっと失敗したな。余計に委縮させてしまったようだ。
「それでも、私は母さんに早く会いたい……」
ぽつり。と呟く明音の声に先ほどまでの元気はどこにもなかった。
「気持ちは分かるが、この先は行ったことがないんだろ?」
「それは――」
「選抜隊に同行すれば王都までは比較的楽に着くことは出来ると思う」
アルダさんに言えば恐らくだが同行することは可能かも知れない。ただ、状況的に“足手纏い”を連れて行ってくれるかは微妙なところだが。
「だが、王都の周辺はモンスターのレベルもここの二倍近くある。今のレベルと装備ではとてもではないが太刀打ちなど出来ない」
「わ、分かってます! それでも、私は――」
ここで暗に楽な道を示唆しても困るのは麻由子達だ。
家族に会いたいという気持ちはよく分かるし、出来ることならどうにかしてあげたいと思っている。しかし、一から十まで面倒を見ていては彼女達の成長は見込めないし、彼女達のためにもならないだろう。
「渉さんは会いたくないんですかっ」
「会いたいさ。でも、焦ってもどうすることも出来ないだろ」
「それは渉さんが強いから! だから、そんな余裕があるんですっ」
感情が爆発した明音が支離滅裂なことを言って睨み付け、そのまま部屋を飛び出していった。
「明音ちゃんっ」
そして、麻由子がそのあとを追って部屋を出て行き、残された四人は何とも微妙な顔をして居心地の悪そうな顔をしていた。
「すいませんでした」
「いや、こっちこそ少し言い過ぎたかも知れない」
太朗が深々と頭を下げるのを止め、謝罪を入れる。
「いえ、渉さんの言っていることは正しいと思います。僕達が今のまま王都まで行っても何も出来なくなってしまうと思います」
太朗は冷静に自分達を分析して、力量不足を理解している。ただ、感情は嘘を付けず、悔しさを滲ませているのがありありと浮かんでいた。
ゲームではサスーラの王都レイラルドに到着するのはレベル三〇前後。
アジオルの町からはじまるメインクエストをクリアしていき、貿易都市のメインクエストをクリアすることで、王都へ向かうことが出来るようになるのだが、王都周辺のモンスターはこの辺りとは違い、一段階上がるので防具や武器を新調しないとまともに戦うことも出来ない。
俺も到着してすぐは装備も整っていなかったので、モンスターとの戦闘に苦労した記憶がある。紙装甲だったから何度死んだことか……。王都到着後、装備が整うまでは『スマート・ワールド』ではじめて“詰まる”ところなので、ここで面倒になってゲームをやめる人も多いと聞く。
ただ、現在(いま)はゲームと違い、現実となった世界でメインクエストなど存在しないだろう。どこまでも自分の意志で行くことが出来る。だからこそ、自分の意志を優先し過ぎて危険な目に遭うのは避けてほしいと切に願うことしか出来ない。
……はぁ、難しいな。
このままでは明音が一人で暴走する危険もある。それに麻由子達が巻き込まれ、最悪の結果になることも考えられる。その可能性を少しでも防ぐためには、ちょっと手助けをしないと駄目かな。
そう思いながら腕輪をタップして半透過ディスプレイを表示させる。
「あの……渉さん?」
「ん? ああ、気にしなくていい――っと、それより、君達のレベルと職業を教えてくれないか? あと、現在の装備も」
「え、え?」
半透過ディスプレイから目を離さず、太朗へと声をかけながら倉庫の中を確認しながら、戸惑う太朗や健児達から齎される情報を元に
さて、早々に前言を撤回して、彼女達のためにはならない“最後の自己満足”をやるとしますかね。
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