第15話:地下霊廟の悪夢②

 案山子が喋る。

 予想外の出来事に思わず呆けてしまったのは仕方ないだろう。


「しゃ、喋っただとっ?」


 驚きながらも抜刀して身構えるアルダさんに倣い、次々と衛士達も抜刀していく。


「アルダさん、大変です! 王の遺体がすべてなくなっておりますっ」

「――っ。な、なんですと!」


 そこへ、キヌルさんが爆弾発言を投げつけたものだから、衛士達の間から動揺が走る。


「全員注意しつつ、退却するぞっ」


 だが、そこは衛士を束ねる長と言うべきか、僅かな動揺を見せただけでアルダさんは指示を出してゆっくりと後退をはじめる。

 正直、手数ではこちらが優勢だが、大半が剣を主体とする近接戦闘の武装で、魔法使いは俺を含めて四名と言ったところだ。戦闘経験が乏しい俺が混ざれば衛士達の連携も取り難いだろうし、かといって、見ているだけでは最悪な展開になってしまうのは容易に想像が付いてしまう。


「クキャキャ……ニゲラレル……ト、オモッテル、ノカ」


 そんな様子をおかしそうに笑う案山子の耳障りな声が部屋に木霊する。

白死の案山子ユースレス・デッド・スケアクロウはゲームのときは一切喋らなかったはずだが、現実こちらでは随分とお喋りなようだ。

 違いがあるのは仕方ないかも知れない。ここはゲームと同じ世界だが、現実であることは間違いないのだから。

 けれど、それで済ませていい状況ではない。何か、見落としていることはないか。案山子を細部まで丹念に観察していき、やっと違和感の正体に気付いた。


「――っ。こ……こいつ、亜種だ」

「亜種、とは……」


 疑問を口にするキヌルさんは首を傾げるも、案山子から目を離そうとしない。


白死の案山子ユースレス・デッド・スケアクロウは、身に着けている衣服――麦わら帽子、着物、手袋がすべて白なのです。だけど、こいつは――」

「……あ、手袋が白と黒の縞模様になってます」


 キヌルさんも気付いたようで、小さく声を上げる。

 些細な違いだが、これは決定的な違いでもあった。


「アルダさんっ、攻撃は止めてくださいっ」


 とりあえず、攻撃を中止させないと全滅の恐れがある。


「こいつは、白死の案山子ユースレス・デッド・スケアクロウの亜種で『縞模様ストライプ』と言って、一定回数の攻撃を受けると自爆しますっ」

「――なっ」

「すいませんっ。違いに気付くのが遅くなって!」


 驚きを隠せないアルダさんは案山子から僅かに距離を取り、衛士達も数歩後退する。

 思い出してみれば、どうして忘れていたのかと自分を叱責したくなる気持ちでいっぱいだ。

 白死の案山子ユースレス・デッド・スケアクロウには見た目はまったく同じだが、部分的に違いのある三種の亜種が存在する。

 縞模様ストライプ

 格子模様チェック

 斑点模様スポット

 眼前にいるのは、手袋に縞模様があるタイプで『縞模様ストライプ』といい、一定回数の攻撃を受けると自爆するようになっている。

 他に、格子模様の着物を纏う『格子模様チェック』は魔法攻撃を受けると無数の鉄球を乱射して全体攻撃を繰り出し、無数の斑点がある麦わら帽子を被った『斑点模様スポット』は物理攻撃を受けると状態異常を起こす雨を降らせてくる。

 とにかく、白死の案山子ユースレス・デッド・スケアクロウの亜種は性質の悪い攻撃を繰り出してくることで、プレイヤーに嫌われていた。

 しかし、ゲームのときなら名前が表示されていたから一目で分かったが、さすがに目視でその違いを探すのは難しいものがある。特にモンスターとなれば戦闘中の場合が大半だと思うから、これからもこのような状況が増える可能性があるわけだ。


 ……くそっ。


 攻撃を受けた回数はランダムだから、一回目で自爆されたこともあった。かなり運任せとなってしまうから今回は本当に運が良かったとか言いようがない。

 もし、気付くのがもう少し遅かったら全滅していた可能性もあった。もっと細部まで観察していれば、もっと早くに気付けた可能性があるのに。

 分かっている。理解もしている。

 ここはゲームの世界かも知れないが、現実なのだ、と。

 何度も自分に言い聞かせたはずなのに、どうして一番大切なときに抜けているのだろうか。


「ワタル君っ、反省は後だ! 総員退却するぞっ」


 アルダさんの声で我に返り、現状を再確認する。

 確かに反省するのは後だ。今はここから脱出することを最優先にしないといけない。


 白死の案山子ユースレス・デット・スケアクロウ縞模様ストライプ


 白死の案山子ユースレス・デット・スケアクロウの亜種の中でも危険度が一番高く、これといった対策がないモンスターなのだ。

 物理でも魔法でも一定回数の攻撃を受けると自爆するのだが、この自爆はカンストしたフルパーティが全滅するほどの威力を持っている即死級の全体攻撃である。


 ……あれは痛かったなぁ。


 祥吾とゲームのフレ達でパーティを組んでいたときに出会ったが、一撃目で自爆されて全滅して死に戻りしたのは笑い話であり、苦い思い出だ。

 そんな怨敵とも言える案山子が石畳の上に立つ一本足を軸にユラユラと上体を左右に揺すり、こちらを小馬鹿にするような笑い声が癇に障る。しかし、それを横目に部屋の様子を再度確かめるも、初見に近い状態では以前との違いが分からない。


「オマエタチハ……ココデ、シヌノダ」


 本当によく喋る案山子だなと思いつつ、如何にしてこの状況を脱するべきかを思案する。

 部屋の入り口は扉が開け放たれたままで逃げることは可能だ。しかし、俺とキヌルさんは部屋の奥手――案山子のうしろ側に回っているため、扉への距離が一番遠い。


「キヌルさん。とりあえず、あちらへ移動しましょう」

「そうですね」


 小声で囁き合い、慎重に壁際を進んでいく。


「クキャキャ……ソコ、ナニヲ、シテイル」

「逃げるに決まってるだろ」

「ニガスト……オモッテル、ノカ」


 悪態交じりに呟いたが、まさか聞こえているとは思わなかった。そして、会話が成立していることに驚きを禁じ得ない。

 まぁ、喋ることが出来るほどの知性を持っているのなら会話も可能だろうと思ったが、そもそも耳もないのにどうやって音を聞いているのか……さすがはファンタジーだな。


「そうか……逃げられないのなら、一つ聞いてもいいか?」

「ナニヲ、カンガエテイル……ニンゲン」


 疑うことも出来るのか、この案山子は。

 頭の中は藁しか詰まってないと思ったが、立派なものが詰まってそうだな。

 しかし、これは予想外だが、情報を得るために利用しない手はない。モンスター相手だが頑張れ、俺の話力。


「お前を“ここ”に置いていったのは誰だ?」

「イウト、オモッテ、イルノカ」

「いや、普通に考えたらさ、動けないお前がどうやってここに“ひとり”で来るんだよって思うだろ」

「…………」


 あれ? 案外馬鹿かも、こいつ。


「お前をここに置いていったヤツが、ここにあった遺体を持ち去った……それで間違いないよな?」

「…………」

「そして、お前の主と言うべきヤツは――女、そうだろ?」

「…………」


 無言は肯定。と受け取っていいのか分からないが、先ほどから疑問に感じていたことを矢継ぎ早に質問していく。

 案山子の表情は変わることなく、ただ無言を貫いているだけだが、微妙に上体の横揺れが激しくなってきた気もする。


「……オマエ、キケン」


 そして、ピタリと揺れは収まり、剥き出しの感情となって放たれた。


「アノカタ、ノ、ジャマスルモノ……スベテ、ハイジョスル」


 はい、確定。

 案山子の背後に誰かいるのは疑いようのない事実みたいだ。残念ながらそれが男か女かは定かではないが、モンスターを使役する存在がいることが確かになったのは有益な情報だと思う。

 しかし、『スマート・ワールド』のNPC――否、俺が知る限りの“リ・ヴァイス”の住人や敵方にモンスターを使役する者はいなかったはずだ。

 そうなると、今回のアップデートで“追加”と考えるべきか。それとも、初見の存在がいたと考えるべきか。そのどちらもあり得るのか、ないのか。

 情報を得たが更に謎が深まった気もするけど、一先ず逃げることに専念しよう。


「つまり、殺すってことか」

「クキャキャ……コロス、チガウ」

「は?」


 案山子は楽しそうに哂い、上体を激しく揺すりはじめる。

 案山子と会話をしながら少しずつ入口の扉へと歩を進めていたが、予想外の言葉に思わず呆気にとられて足を止めてしまった。

 アルダさんも俺達の動きを理解しているおり、目配せで“もう少し早く”と催促してくるが、あまり突飛な動きをしては案山子が何をするか分からない。


「ワレハ、ウゴケヌ……ユエニ、ワレガ、コロスコト、ハ、デキナイ」


 ああ、そうことか。

 案山子だから自分から攻撃をすることが出来ない。操っている衛士も拘束されて無力化されているが、肝心の案山子が健在だから元に戻っていない。

 状態異常回復魔法を女性衛士がかけてみるも効果はいま一つの様子。

 恐らく、強制的な隷属状態に陥っているので、状態異常回復魔法でも高位神官ハイ・プリースト賢者ワイズマンが使う上位の神聖魔法『リカバリー』辺りでないと効果がないのかも知れない。


「お前“は”出来ない……ね」

「アア、ソウダ……ワレニ、ハ、デキナイ」


 こいつ、本当に頭の中には何が詰まってるのだろうか。


「つまり、ここにはお前“以外”のナニモノかがいるってことか」

「クキャキャ……オマエ、イガイト、バカ」


 うわっ、カチンと来る言いようだな。


「ココニ、イナクテモ……ニンゲン、コロスコト、デキル」

「いや、ここにいなければ――」

「ニンゲン……オマエタチ、ダケ、チガウ」


 そこでふと、気付いた。気付いてしまった。

 この部屋に来るまで何があったのか。案山子が言う“にんげん”とは何を指しているのか、を。


「クキャキャ……ココニ、クルマデ、オマエタチ、トテモ、ラクダッタロ?」


 耳障りで不愉快な笑い声を発しながら、案山子は淡々と語る。

 もし、昨日のマデートを襲撃したモンスターが連鎖感染チェイン・パンデミックを起こしていなかったとしたら?


「イマゴロ、ウエハ、オモシロイコトニ、ナッテイル、ダロウナ」


 もし、昨日の襲撃が連鎖感染チェイン・パンデミック――『シンマ』によるものではなく、眼前にいる案山子が引き越したものであったとするならば、根底から覆ってくる。

 モンスターは連鎖感染チェイン・パンデミックの影響で大人しくなっていたわけではなく、案山子に操られていたから襲ってこなかったのだ。


「お前っ――ここにいるモンスターを操っているのかっ」

「クキャキャ……」


 ただ哂う案山子は、それが答えだと言わんばかりに一際大きな笑い声を上げる。

 攻撃を受け、攻撃してきた相手を操るのが白死の案山子ユースレス・デッド・スケアクロウの亜種『縞模様ストライプ』だと思っていた。だが、こいつはモンスターを自分の“意志”で操っているのだ。

 しかし、ここで一つ疑問が生じる。


「ならば、何故俺達を操ろうとしない?」

「ニンゲン、アヤツルノ、メンドウ……オマエタチ、ヨケイナコトバカリ、カンガエテル」

「面倒って……」

「メンドウ、ダカラ……メンドウ、ナノダ……クキャキャキャッ」


 出来ないとは言わないのが怖い。

 こいつはやろうと思えば俺達を“触れなくても”操ることが出来る。と、そう告げているのだ。楽しげな声で笑いながら。


 ……危険だ、こいつは。


 白死の案山子こいつは、ゲームのときに出現したのとは別の存在だと考えなくてはいけない。

 眼前にいる案山子は、触れなくても人間を、更にモンスターを操る能力を持った亜種の中の亜種となるのだろう。仮に『亜変異種ミュータント』とでも名付けておくが、少なくともダンジョン内にいるモンスターを支配下におけるほどの能力を持つほどの、見た目に反して強力なモンスターであるということだ。


「くそっ、急いで地上へ戻るぞっ――町長っ」


 俺達の会話を聞いていたアルダさんが怒声を上げて退却を指示し、キヌルさんが壁沿いを駆け抜ける。


「ダカラ、ニガスワケ、ナイダロ」

「――っ。危ない!」


 グオッと、突如として地面から延びてきた黒い触手のようなものがキヌルさんへ襲い掛かり、咄嗟に突き飛ばした俺の右腕に触手が絡みついた。


「くっ、この――」


 だが、それは一つだけはなく。地面から、壁から、無数の触手らしき黒い“もの”が伸び、両足に、左腕に絡みついてきた。


「こ、こいつは――」


 黒い触手のように見えた“もの”。

 それはゆっくりと姿を変えていき、ゆっくりと人の形を作り上げていくが、膝から下が存在しなかった。


彷徨う亡霊ワンダー・ファントム


 ロサルト墓地に出現するアンデット系モンスターの中でも物理攻撃無効を持ち、近接職の天敵とも言える存在だ。しかし、魔法に対する耐性は低く、特に火属性と神聖属性にはめっぽう弱い。あと、『魔封の聖水』が効果あるので弱体化させれば物理攻撃も有効になる。


「く、くそ……」

「ワタル君っ」

「来ちゃ駄目ですっ」


 駆け寄ろうとするキヌルさんを止め、何とか自由の利く手首を捻ってポケットに手を入れ、取り出した小瓶を床に叩きつける。


「キシャアァアアアアッ」


 割れた小瓶から飛び散った飛沫を浴び、彷徨う亡霊ワンダー・ファントムが身体を震わせて悲鳴を上げる。


 『魔封の聖水』

 レア度:Ⅳ 魔封処理された聖なる水。

 身体に振りかけることで一〇時間の間、使用者のレベル以下のモンスターを寄せ付けない効果を付与する。

 再使用は効果が消失して一〇時間経過後に可能となる。

 アンデット系モンスターを一時的に弱体化させて継続的にダメージを与える。

 同時使用における累積効果は最大三個まで。


 今床に投げつけたのは『魔封の聖水』で、アンデット系モンスターを弱体化させる効果がある。咄嗟に魔法スキルを使おうと思ったが、この状況でぶっつけ本番は想定外過ぎて出来なかった。


 ……ああ、くそっ。


 本当に後手後手に回るな、俺の行動は。

 悔やんでも仕方ないとマールに言ったのに、自分はクヨクヨといつまでも愚痴ってるばかりで。本当に情けない。ああ、本当に情けない。

 大事なことなので二回言いました!


「もう一個喰らっとけやっ」


 聖水の効果か、少し締め付けが緩んだ隙に腕に絡む触手もどきを振り払い、彷徨う亡霊ワンダー・ファントムのポケットから魔封の聖水をもう一つ取り出して、八つ当たり気味に顔面目掛けて投げつけた。


「キシャアアアアアッ」


 小気味よい音と共に小瓶が破裂し、彷徨う亡霊ワンダー・ファントムの悲鳴が再度木霊し、足と腕に絡んでいた触手もどきが更に緩んだところで、一気に振り払ってアルダさん達の方へと転がるようにして駆け寄る。


「大丈夫かっ?」

「ええ、何とか。それより、急ぎましょうっ」


 どこへとは言わずとも誰もが行き先など心得ている。


「ニガスト、オモッテイル、ノカ?」


 案山子が何か言っているが、今は相手にするのも面倒だ。


「ちょっと黙ってろ!」

「――っ」


 ポケットから取り出したものを案山子に向かって投げつける。刹那、案山子に当たった“それ”はシュルシュルと音を立てて案山子の身体を締め上げ、床に四本を杭を打ちつけて案山子の周りに縄を張り巡らせていく。


 『絶界の注連縄しめなわ

 レア度:Ⅴ モンスターを一定時間拘束し、いかなる行動も阻害することが出来る注連縄。

 アンデット系モンスター、不定形モンスターは拘束解除に一律ダメージ。


 案山子の身体に絡みつく注連縄を眺め、拘束が完了したのを確認してアルダさんへ声をかける。


「これでヤツは一定時間モンスターを呼ぶことが出来ないはずです」

「分かった。今のうちに急いで戻るぞ!」


 小さく頷いたアルダさんが衛士達に声をかけ、次々と部屋から出ていく。


「ワタル君、急げっ」


 操られている衛士を抱えた二人が部屋を出るのを確認し、扉のところにいるアルダさんに促されて部屋を後にしようとしたが、背後から不気味な笑い声に思わず振り返った。


「クキャキャ……コンカイハ、サービス、ダ」

「……サービス、だと?」

「ソウ、ショカイゲンテイ、ノ、サービス……ツギ、ハ……チガウ」


 何の特典だよ、それは。とツッコミたくなったが、案山子は耳障りな笑い声を上げながら上体を揺すって上機嫌な様子だが、


「では、また遭おう――『隠匿の秘術者ヘルメス・トリスメギストス』」


 いきなり流暢な言葉を話し出したかと思えば、案山子の身体が半透明のキューブ状に分解されはじめた。


「――っ。な、なんで……」


 何故ゲーム内で使われていた、黒歴史まっしぐらの俺の二つ名を知っているんだ? その疑問に案山子は答えてくれるわけもなく、徐々に分解されて消えていく様をただ茫然と見つめているしか出来なかった。


 ……何者なんだ?


 立て続けに謎ばかりが増えて正直頭が混乱の極みなのだが、ここで思考に没頭するのを現実が許してくれない。


「ワタル君っ――急いでくれっ」

「――っ。い、今行きますっ」


 突然のことに戸惑うアルダさんだが、事は一刻を争う可能性もある。この場での思考をとりあえず放棄してアルダさんと共に部屋を出て、地上へと向けて駆け出した。

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