第12話:はじめての旅路③

 予期せぬ聖獣グリン・ラムとの邂逅を経て、やっとの思いで到着したマデートの町は酷い有様であった。

 倒壊した家屋を片付ける住人の姿を横目に、マールは辺りを見渡し、また見渡すを繰り返す。


「……みんな、どこにいるの」


 町に入った途端、惨状を目の当たりにして冷静さを失ったマールは、俺の静止も振り切って駆け出してしまった。

 倒壊した家屋。至るところに点在する血痕。焦げた匂いが鼻を付き、血の匂いも交じって吐き気を催す。


「マール、闇雲に探しても仕方ない」

「それは分かってますけど……」

「少し落ち着けって」


 冷静でいられないのは分かるが、このままでは埒が明かない。


「まず、それらしい人を見てないか、聞き込みをしよう」

「……あ」


 わずかな間のあと、そのことに思い至ったのか、マールは小さく声をあげる。


「とりあえず、あそこにいる衛士に聞いてみるか」


 近くで住人と話している衛士を見つけ、話を聞くために近づく。向こうもこちらが近づいてくるのが分かったのか、わずかに顔を向けて訝しげな表情を浮かべる。


「すいませ――」

「あ、あのっ、明音ちゃんを見ませんでしたかっ」


 俺の声を遮り、マールが衛士に詰め寄る。


「な、何だっ」

「だから、明音ちゃんを――いだっ」


 あまりの剣幕にたじろぐ衛士に同情しつつ、暴走するマールの頭にチョップを入れる。


「落ち着けって言っただろ」

「す、すいません」


 マールが少し涙目で恨みがましそうな視線を向けてくるが、それを無視して衛士に謝罪する。


「連れがすいませんでした」

「い、いや……それより、アカネと言ったか?」


 苦笑いを浮かべる衛士だったが、アカネと言う名前に反応を示した。


「はい。彼女の友人なのですがご存知ですか?」

「ああ。町のために尽力してくれた冒険者だからな」

「そうなのですか。それで、今どこにいるのか分かりますか?」

「彼女達ならアルダ隊長のところだ。この先にある屋敷に――」


 衛士がある方向を指さした瞬間、マールは脇目を振らずに走り出した。頭の上にぴーちゃんを乗せたままで。


「明音ちゃんっ」

「ぴっ、ぴよぉおおおおっ」


 駆け出したマールの背を眺めつつ、


「あの馬鹿っ。すいません、ありがとうございました」


 衛士へ礼を言い、マールのあとを追うべく走り出した。


 ……酷いな、これは。


 マールのあとを追いながら街の様子を見ると、正門から町の中央にある広場がもっとも被害が大きく、その先に進むにつれて損害は減ってきていた。とはいえ、まったく被害がないわけではなく、モンスターの規模を考えれば、これだけで済んだことが奇跡なのかも知れない。


「――あっ」


 そんなことを考えながら走っていたらマールが声をあげる。


「明音ちゃんっ」


 そして、大きな声でその名を呼ぶ。

 その声に気付いたのか、前方で話をしていた集団がこちらを向き、俺達を――否、マールを見て俄かに騒ぎはじめる。

 そんな集団を前にマールは徐々に足を止め、ゆっくりと歩み出す。わずかに震える肩がマールの感情を表しているのだろう。


「麻由子っ」

「――っ。明音ちゃぁあああんっ」


 一際大きな声をあげて転びそうになりながら走り出したマールへ、集団から飛び出してきた少女が駆け寄る。


「明音ちゃんっ」

「麻由子っ」


 そして、二人は抱き合う。

 互いの無事を確認し合う二人に声をかけながら駆け寄る男女四人を眺めつつ、無事に出会えてよかった。と、その集団へゆっくりと近づいて行った。



 ☆☆☆☆☆



 マデートの町――町長の屋敷前。

 町の復興には恐らく数週間はかかるだろうと言われ、被害の大きさを徐々に理解出来てきた。


「――死傷者の数も少なくはないが、それでも、この程度の被害で終わったのは運が良かったのだろう」

「そう、ですか」


 マールと友人達が感動の再会を少し離れたところで眺めながら、俺は衛士のオルダさんと話をしていた。

 二〇代後半のナイスガイ。一九〇を超える鍛え抜かれた体躯は祥吾に通じるものがある。まぁ、最初声をかけられたときはちょっとビビったのは内緒だけど。

 モンスターに襲撃を受けた直後に、ひょっこりと現れた余所者を警戒するのは当然だろう。即座にアルダさんに見咎められ、ちょっとした詰問を受けた。まぁ、すぐにマールの関係者ということで解放されたのだが、それから少し世間話をしながら情報収集をしている最中である。


「しかし、モンスターの襲撃だけかと思ったが、まさかストーンウルフまで現れるとは……」


 腕組みをして嘆息するアルダさんは天を仰ぎ、再度嘆息する。


「今回の襲撃は聖獣様の怒りに触れた天罰なのであろうな」


 そう言って力なく笑う。


「天罰、ですか?」

「ああ。愚かにも聖獣の森で動物を狩った馬鹿共がいるのだ。ストーンウルフは聖獣の森を守護するもの……不届き者を追って町までやってきたのだろう」


 アルダさんの予想は大よそ当たっている。

 それにしても、さすがは原住民? と言うべきだろうか。画面越しにしか知らない俺とは違い、世界との関わりは深いものがある。その言葉にも重みがあるし、苦悩も伝わってくる。


「その馬鹿共はどうしたんですか? まさか、逃げてしまったとか?」

「いや、捕まえて牢に入れてある。彼等に反省の態度があれば情状酌量の余地もあるのだが……」


 この言い方では当分出てこれそうにないみたいだな。


「森で動物を狩るのは、問題なのですか?」

「いや、節度を持って狩りをするのは問題ない。増え過ぎるのも問題だからな。だが、その節度を越えた行いをすれば聖獣様のお怒りを買ってしまうのだ」


 なるほど。生物の食物連鎖が偏らない程度に狩りをするのは問題ない、と。

 ただ、今回は馬鹿共が無茶な狩りの仕方をしたから聖獣の怒りを買ってしまったわけだな。グリン・ラムも「動物を虐殺した」と明言していたから。


「――っと、どうやらあちらも話が一段落ついたようだ」


 アルダさんの声にそちらを向けば、マールを戦闘に友人五人がこちらへ歩いてきていた。


「ワタルさん、すいません」

「気にするな。それより、無事でよかったな」

「はいっ」


 元気に返事をするマールの目元は濡れ、頬には幾筋もの跡が残っている。


「えっと、友達を紹介します。まず、――」


 マールに紹介される形で友人達の自己紹介を聞いていく。

 ショートカットが似合っている元気いっぱいの明音が手を上げて挨拶をする。ちゃん付け不要と釘を刺され、他の四人も呼び捨てでいいと言われた。ついでに、マールも麻由子と本名で呼んであげてほしいと言われ、マール本人は顔を真っ赤にして戸惑っていた。

 まっ、その気持ちは分かる。

 わずか数日だが“マール”で定着しつつあった呼び名を急に変えろと言われても困ってしまう。本名を聞いたときにどちらで呼ぶべきかと悩んだが、それほど長い付き合いになるとは思っていなかったのでアバター名で呼ぶことにしたのだが、これは意外と長い付き合いになりそうな予感がします。

 次に紹介されたのが、艶のある黒髪が特徴的な摩子は凛とした雰囲気が特徴な大和撫子で、ちょっとおっとりとした雰囲気がある有紀の紹介が続く。

 次は男子で、短髪で活発な運動少年っぽいのが健児で、眼鏡に如何にもがり勉風な少年の太朗は町医者の息子だと紹介された。眼鏡があれば完璧なのに惜しい、うん。

 一応、マデートに到着するまでの間、五人の人柄や雰囲気などは聞いていたからが、予想以上にそのままで驚いた。


「あ、あのっ――」

「ん?」


 ちょっとくだらないことを考えていたら、明音ちゃんから声をかけられた。


「麻由子を助けてくれて、ありがとうございましたっ」


 深々と頭を下げる明音ちゃんに次いで、マール――麻由子以外の全員が口を揃えてお礼を言い、頭を下げる。何となく、この六人の纏め役は明音ちゃんだろうなと思う構図だな、これ。


「成り行きだから気にしなくていいって」

「でも、一人だと色々と大変だったと思うので……麻由子、ちょっと抜けてるところがあるから」


 うん、それは何となく俺も思ったよ。あえて言わなかったけど。


「あ、あああ、明音ちゃんっ」

「だって、本当のことでしょ? たまにとんでもないドジ踏むことあるし」

「う、うぅ……」

「この前だって、一人で買い物行って――」

「ああ、そのことは内緒って言ったでしょっ」


 顔を真っ赤にする麻由子へ追い打ちをかける明音ちゃん。やめてあげて、彼女のHPはとっくにゼロよ! なんて、ね。


「仲いいな、ほんとに」

「はいっ」


 じゃれ合う二人を眺めていたら自然とそんな言葉が出てきたが、明音ちゃんに元気よく肯定された。麻由子も恥ずかしそうに頷き、嬉しそうな笑みを浮かべ、他の四人も“またか”みたいな顔で笑っていた。


 ……友達、か。


 俺が友達だと言えるのは、祥吾以外だと数人くらいだろう。

 休み時間に話す程度の友達で、休日一緒に遊びへ行くほどの仲でもなかった。あいつ等も確か『スマート・ワールド』をやっていたはずだからプレイヤーとして、どこかにいるはずだ。まぁ、『スマート・ワールド』をやってない人間を探すのが大変なほど、俺が通っていた学校はプレイヤーで溢れてた。生徒会長もやってると言ってたし、生徒会メンバーでクランを創設したと噂を聞いたことがある。と、今は生徒会の話はどうでもいいか。

 俺もあいつ等に会ったら、俺もあんな風に喜んだりするのだろうか? あんな風に笑えるのだろうか? 分からないが、きっと嬉しいはずだ。友達に会うのだから。


「――では、そろそろ俺は作業へ加わるとする」


 漠然とした不安を胸の奥に仕舞い込み、声の方を振り返れば、アルダさんが身支度をしていた。


「あ、アルダさん。ありがとうございましたっ」

「それはこちらの台詞だ。君達のおかげで被害も最小限に抑えられたのだからな」

「わ、私達は何も……頑張ったのは、他の冒険者達と衛士の皆さんですし」

「君達は、君達に出来ることを精一杯頑張ってくれた。それで十分だ」


 それだけを言うと、アルダさんは「君達はゆっくり休めよ」と言い残して去って行った。


「かっこいいな……」

「そうだね。男の中の男って感じだよね」


 健児と太朗の二人は歩いていくアルダさんの背中を見つめつつ、感嘆の声を上げ、有紀が「アルダ様……」と呟いていたのは聞かなかったことにした。


「さて、それじゃ――俺も行くかな」


 自己紹介も終わり、このままこの場に留まる必要もなくなった。かといって、どこかで休憩するにもこの状況では気が引けてしまう。

 何せ、身綺麗な恰好が目立って仕方ないのだ。

 ここで何もせずにボーっとしてるほど強心臓ではないから、何か手伝えることがあれば手伝うつもりだ。その過程で色々と情報収集が出来れば御の字とも思っている。


「え? 行くって――」

「ん? ああ、少し手伝ってこようかなと思ってな」


 真っ先に反応したのはマールだった。

 その不安げな瞳が何を思っているのかすぐに理解して訂正を入れる。


「さすがにこの状況では行かないって」

「そ、そうですか……」


 よかった。と胸を撫で下ろす麻由子に明音が耳打ちをし、麻由子はまたしても顔を真っ赤にしてしまう。


「ち、違っ――そうじゃなくてっ」

「隠さなくってもいいって。それじゃ、申し訳ないですけど私達は宿で休んできますので、麻由子のことお願いします」

「ちょっ、勝手に決めないでよっ」

「いいから、麻由子はお手伝いするの」


 ペコッと頭を下げて笑う明音を麻由子はプイッとそっぽを向く。その様子がおかしかったのか、他の四人も吹き出し、「それでは失礼します」と、賑やかな一向は足取りも軽く宿へ向かっていった。


「元気だな、明音は」

「そ、そうですね……はぁ」


 そんな五人を見送りながらどこか楽しそうに、ちょっと疲れた顔で息を吐く麻由子。


「別に俺一人でもいいんだぞ?」

「そう言うわけにはいきません」


 だが、打って変わって真剣な顔付きになった麻由子は、「よしっ」と小さく気合を入れる


「多分、明音ちゃんは自分が出来るのなら自分で手伝いをすると言っています。でも――」

「それを言えないほど疲れているってことか」

「……はい」


 肉体的にも精神的にも、今回の出来事は相当堪えたはずだ。

 俺達が最初にモンスターと戦ったときも、一匹だけなのに精神的な疲れは相当なものだった。それが大群で押し寄せてきたのだ。その心労は計り知れないものがあるだろう。


「それに、渉さん一人に手伝いをさせるのは私も嫌なので、がんばりますっ」

「まぁ、出来る範囲でやればいいよ」


 何が出来るか分からないけど、役に立てることがあれば手伝いたい。そんな思いを胸に秘め、先ほど別れたアルダさんを探して歩きはじめた。



 ☆★★★☆



 東の守護国家イースタニア東部。

 立枯れた木々が根元から折れ、砂埃が舞い上がる。人が住まう土地からわずか数日の距離しか離れていないが、この一帯に居を構える愚か者はいない。

 何故ならば、ここは死を招く『死神砂漠』と呼ばれる広大な砂漠が広がっているからである。これより北へ進むのであれば、この砂漠を超えるしかないのだが、今までこの砂漠を超えて帰ってきた者は誰一人していなかった。


「さて、どうしようかしらねぇ」


 一〇人掛けのテーブルを挟み、男女五人が顔を突き合わせて議論を重ねるも、これと言った進展もなく時間だけが刻々と過ぎていた。


「“リターンホーム”は今は機能していないみたいだし……やっぱり、あの子を見つけないと色々とダメってことかしらねぇ」

「そうなるだろうな。この城を“動かす”ためにも、彼の力は必要不可欠だ」


 羽飾りのついた薄紫色のドレスを身に纏う中性的な風貌をした男は小さく嘆息し、漆黒の騎士鎧を纏った男が頷く。


「それにしても、まさか動力炉が壊れてるなんてねぇ」


 そんな二人の会話を聞きながら、胸元が大きく開いた大胆な黒のドレスを着た女性が、物憂げな瞳で虚空を見つめながら呟き、カップを手にして口元へ運ぶ。


「動かないと、ただのお城だからねぇ。こんな殺風景な場所じゃなければ、最高の眺めなんでしょうけど」

「クラン対抗戦では圧倒的な火力を誇っていたからね、この城は。その反面、維持するのはコスト面でかなりの痛手だったわ……現実となった今、それを考えるとゾッとするわ」


 ドレスの男は窓から見える景色に嘆息し、黒ドレスの女性は今後を憂いて嘆く。

 ゲーム内において、定期的に行われていたクラン対抗戦。

 一定人数が所属するクランは、マップ上にクラン専用の施設『クランホーム』を持つことが許可され、様々な機能が使用可能となる。そのクランホームの中でも、この“城”はかなり特殊な部類に入り、クランマスターの職業に固定された機能を有している。無論、クラン対抗戦で常に名を残していたのはクランメンバーの功績も大きい。だが、それ以上に“城”の功績が大きかった。


「難攻不落の移動要塞――、なんて言われていたけど、『獣王』一人に落とされたときは泣けたわねぇ」

「アレは酷かったわ。城の正門ぶち破って正面突破してきた『獣王』一人に蹂躙された屈辱は今でも忘れられない」

「そうねぇ。獣王の快進撃を支えていたのは彼の装備があってこそだからねぇ」

「……『錬金術師』の装備はやっぱり侮れないわ。どうにかして、彼を引き込めないかしら」

「彼を欲しがっているのはどこも一緒よ」


 難攻不落の移動要塞――それが“城”に与えられた異名であるが、とある日のクラン対抗戦で『獣王』一人に落とされることになる。正に悪夢のような出来事であったが、そのあとの修復費用は悪夢以上のものだった。

 それを思い出し、二人は何度も頷いて盛大に嘆息した。


「この城、希少素材の塊みたいなものだからね。彼を見つけたとしても、はたして素材が足りるかどうか」

「素材かぁ……そこはみんなで協力して集めるしかないじゃない? でも、まぁ――、動力炉の耐久度が少な過ぎるのが問題だと思うんだわ、あたしはね」

「よねぇ……でも、ゲームの中で耐久度があるアイテムって、他にあったかしら?」


 黒ドレスの女性は首を傾げ、拳法着姿の女傑は覚えがないのか首を横に振る。


「僕が記憶している限りでは、耐久度があるアイテムはこの城の動力炉くらいかな。でも、現実となった今はすべてがゲームと同じと考えるのはやめた方がいいと思う」


 首を傾げる女性二人に対して、白衣を着た少年が自身の記憶を頼りにそう告げる。


「まずは、その辺から手を付けたらどうですか、魔王様――いえ、マリアさん」

「……そうね。確かに、エルミちゃんの言う通りね。未だに信じられない――いえ、信じたくない気持ちでいっぱいだけど、現実となったのなら色々と確認しないといけないことが多いわね」


 マリアと呼ばれた羽飾りの服を着た男は頷き、白衣の少年――エルミも頷き返す。


「では、アスキラには彼の捜索をお願いするわね」

「承知した」


 漆黒の騎士鎧を纏う男――アスキラはただ一言。


「周辺の調査はリンリンとエルミにお願いしていいかしら?」

「ああ、問題ない。城に篭って調べ物とか性に合わないからな」


 豪快に笑う拳法着姿の女傑――リンリンの隣でエルミは頷きながら不安そうに眉を寄せる。


「で、キーティはお留守番ね」

「私だけ? マリアはどこいくのよ」


 不思議そうな顔をする黒ドレスの女性――キーティに問われ、


「『天下五傑(ピアレス・ファイブ)』に会ってくるわ」


 マリアは静かに笑いながら、事も無げにそう告げた。


「会いに行くって、どこにいるのかも――ああ、そっか」

「ええ。『魔王』の力を試してみるいい機会でしょ?」

「確かにそうかも知れないけど、それなら誰か一緒の方がいいわ。一人は危険過ぎる」

「さすがにいきなり《闇天翔翼(ダークウィング)》を試すことはしないわよ。まずは、他の力を試して感覚を掴んでから、ね」


 仕草と言動が妙に古い気もするが、キーティは納得する。


「分かったわ。なら、手伝うわ」

「ありがと、キーテイちゃん」

「ところでさ、その名前――どうにかならないの?」

「んー……この格好で本名って似合わないじゃない。本名がいいならそっちを呼ぶわよ? ゆ、り、こ、ちゃん」

「あー、うん。今のままでいいわ」


 ニコリと笑いながらウィンクをするマリアに、キーティは適当に返してテーブルに置いてあった本を開く。もう、会話はないと言わんばかりの態度だが、マリアは気にした風もなく笑っていた。

 誰もが名前に関しては思うところがあるようで苦笑していたが、特に言及するようなことはなく、このまま定着しそうな雰囲気であった。


「それじゃ、手分けしてよろしくね」


 パンッと柏手を打つマリアは立ち上がり、キーティ以外は同じく立ち上がって各々が挨拶をして部屋を辞去していく。

 残されたのはマリアとキーティの二人だけ。


「…………本当に、一人で行くつもり?」

「ええ、そのつもりよ」

「分かった。気を付けてね、姉さん」

「……ありがと」


 『魔王』ステラ・イラ・マリア。

 癒しを得意とする聖女と対をなす、魔導の頂点に君臨する『魔王』は攻撃魔法を得意とし、魔王が歩んだ後は荒廃した大地しか残らないと言わしめた破壊の権化である。

 『魔王』として偉業と異名は数知れず。

 炎と氷を自在に操ることから『二極の魔王』と言う異名で呼ばれ、勇ましく、どこまで貪欲に強さを求める彼の姿勢は共感をされることもあれば、批判の的になることもあった。だが、彼はどこ吹く風とそれを受け流し、我が道を突き進む。これくらいの逆境など、何てことはない。

 何故なら、彼は“乙女”だった。

 物心ついたときから、彼は“乙女”である自身を自覚していた。

身体は男、しかし、心は女。生まれ出でた身体は男でも、心は蕩けるような恋を夢を見る乙女である。

 男と女の狭間で苦悩する二極の魔王は貪欲に強さを求める。夢を叶えるため、白馬の王子様を見つけるその日のために――

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