第11話:はじめての旅路②
駆ける。ただ、駆ける。
マデートの町まであとどれくらいか。
「はぁ、はっ……」
自分でも驚くほどの速度で走ることが出来ているのは調合薬のおかげだろう。腕輪を確認すると、小ウィンドウで俺の名前と共に『VIT増強効果残り三〇分』と表示されていた。その下にAGIの効果も表示されており、更に下にはマールの状況まで表示されていた。
恐らく、この小ウィンドウはパーティのパブ効果を視認出来るリーダー権限なのだろう。マールに問うてもそんなものは出ていないと言っていた。
「ワ、ワタルさんっ」
「どうしたっ?」
「ま、前っ」
慌てた様子で前方を指さすマール。その指先を追っていけば、目に飛び込んできた光景に驚き、自然と速度が落ちていく。
「な、なんだこりゃ……」
思わず、足を止めてしまったが、これは一体なんだ?
辺り一帯に広がる無残に死に絶えたモンスターの軀。その数は優に百を超えているだろう。しかし、冒険者が討伐したのであればモンスターは分解されて軀など残らないはずだ。
なら、これは……。
「何が起こったんですか?」
「分からん。だが、これは異常だ……マール、周囲に注意し――っ」
「きゃっ」
言葉を言い終わる前に横合いから感じた怖気に、マールを突き飛ばして飛び退く。刹那、俺達の立っていた場所が爆ぜて土煙をあげる。
「――っ」
そして、不意に陰る視界につられて顔を上げれば、わずか数メートル先に巨大なモンスターの姿があった。
「なっ」
直後、気配察知のスキルが異常を報せ、肌を焼くような怖気が全身を包む。遅い――、接敵してから報せても意味がないだろ、この無駄スキルは!
「どこから現れたんだよ、こいつは……」
「ひっ――」
それは銀色に輝く狼だった。
ただ、綺麗な毛並みかと思えば、それは毛にしては妙に堅そうな毛質をしている。いや、毛と言うより、何か硬質のものにも見える。
「こ、こいつっ、……で、でか過ぎだろ」
「ワ、ワタルさん」
体長は優に三メートルを超える巨体で、その風格は畏怖に値するものがある。
……こんなの知らないぞ!
ゲームの中でも一度もお目にかかったことがないモンスターに一瞬心躍るも、今は生死を分ける状況だと思い出し、マールの腕を掴んで徐々に後退しながら注意深く観察していく。
どうも、先ほどの一撃を避けられるとは思っていなかったのか、相手もこちらの出方を伺っているような節がある。その証拠で微動だにせず、真っ直ぐとこちらを見つめるだけ。
「そう警戒するでない……人の子よ」
が、そんなことを吹き飛ばす衝撃が再度襲ってきた。
「な、なんだっ?」
「何だとは失礼な子よ」
「も、もしかして……おま――あなたが喋っているのですか?」
何故かこの狼に逆らってはいけない気がする。そんな俺の機微を察したのか、眼前の狼が嘆息して頷く。
「この場にいるのは、その方ら二人と我だけ……ならば、理解も出来よう?」
「す、すいません」
何故だろう。先生に怒られている気分だ。
「おぬし等からも血の匂いはするが冒険者であれば当然よの。まぁ、無暗に命を奪う愚か者には見えんから問題はなかろうて」
ジッと見据える瞳が怖い。その何をも見通すような翡翠色の瞳に見つめられると、すべてを懺悔したくなる気持ちになってくる。
「あやつ等の匂いはせんの。ならば、あやつ等とは違うようだな。まぁ、色々と苦悩はしておるみたいだがの」
「あやつ等……?」
「この先にある我が森で動物を虐殺していた者達のことだ」
ぞわり。と背筋を駆けあがる怖気に身を震わせながら、狼が言う森の方を見る。
わずかに木々の輪郭が見える、あの森の方角は位置的に考えて『聖獣の森』だったはず。しかし、一周年の記念イベントで追加されたダンジョンであるため、適正レベルは三〇台と高めだった。
その森で虐殺などという愚かな行為を行えるということは、その連中はレベル三〇以上はある可能性が高い。しかし、何を思って虐殺行為なんて馬鹿な真似をしたのだろうか。
……ん?
我が森?
いや、まさか。でも、あの森にいるモンスターは把握している。現実となった今は未見のモンスターがいるかも知れないと思いはじめたが、森の名になっている“存在”がいても不思議ではない――。
喋るモンスターとかゲームの中ではボス級でもそうそういなかった。ならば、今ここにいるのはそれよりも高位の――それこそ、モンスターとは違う“存在”なのではないか。
そのことに気付き、狼の方を見やる。
「聖獣……グリン・ラム」
ゲームの中ではその名だけが登場するだけで、実際に姿を現すことは一度足りとてなかった幻の聖獣。
ゲームの中で幾度となく噂が出ては捜索をしたが、結果として未実装だと結論付けられて発見されることがなかった未知の存在。
「ほぅ……我を知るか、人の子よ」
「え、いや」
まさかのビンゴだったとは。
「俗世より姿を隠して久しいが、まさか知る者がいようとは……くくっ、面白いの」
いや、こっちは全然楽しくない。
死活問題ですよ、今の状況は。
「そう身構えなくてもよい。おぬし等に危害を加えるつもりはないのでな」
「は、はぁ……」
「それに、少々我が子達もやり過ぎたようであるしの」
「我が子……?」
「お主等、人の子が『ストーンウルフ』と呼ぶものだ」
チラリと周囲を見渡し、小さく嘆息する聖獣――グリン・ラム。
確かに周囲を見る限り、数百体を超すモンスターの軀が無残な姿を晒している。大半がアンデットだが、この辺を徘徊している獣系や虫系のモンスターも無残な姿で絶命している。元から死んでいるからアンデットの軀という表現もおかしい気がするけど、それにしても、これを“少々”と言えるのは感嘆の一言だ。
そして、驚愕の事実。
ストーンウルフはグリン・ラムの子供だった。……ということは、ストーンウルフは聖獣ってことかよ。さすがレアモンスターだな。
「我が子達を止めようと出て来てみれば、モンスター共が暴れ回っておるし、面倒などで倒し伏せたが」
「……あ、もしかして、マデートの町がモンスターに襲われているのって」
「ふむ……我が子達が不届き者を追って行ったからの。その際に遭遇したモンスター共は『シンマ』に侵されてしまい、狂暴化したのかも知れん」
まさかの真実が今ここに! ……って、やってる場合ではない。
「し、しんま? ……って、何ですか? いや、それよりも、まず町への攻撃を中止してもらうことは出来ませんかっ」
色々と疑問はあるが、まず第一にマデートの安全を確保することだ。
「お、お願いします! マデートには友達がいるんですっ」
「……お主の仲間か?」
「はいっ。大切な、大切な友達ですっ」
ジッとマールを見つめるグリン・ラム。
「お主は清い心を持っておるの。ちと、不安定なようだが、真っ直ぐな心根を持っておる」
「え……?」
「ふむ、鍛えれば我らが“力”を宿す『器』に……いや、これは早計だったな。気にするな、娘よ」
不思議そうな顔をするマールを一瞥して、グリン・ラムは俺を真っ直ぐに見つめる。
「うむ……よく視れば――、小僧は中々変わった“心格”を持っておるの。いや、懐かしいと言えばよいか……いやはや、長生きはするものよのぅ」
「……は?」
「ふむ、気に入った。今回はお主等に免じて引かせるとしようかの」
分からない単語がポンポンと飛び出してくる中、勝手に納得するグリン・ラムは空を見上げ、大気を震わせる咆哮を上げた。
アオオォオオオオオオオッ――
「くっ」
「きゃっ」
咄嗟に耳を塞いだが鼓膜の奥が痺れたようになって頭がフラフラとする。
「おお、すまんの。お主等が近くにおるのを忘れておったわい」
いやいや、普通に話していたのに忘れてたって……。
ほほほっと好々爺のような笑い声をあげるグリン・ラムに嘆息を返し、何事かと問うてみる。
「何をしたのですか?」
「我が子達に帰ってくるよう、呼んだまでのこと。では、そろそろ失礼するかの」
ただそれだけを告げると、グリン・ラムはゆったりと動き、踵を返して歩き出す。
「――おっと、忘れておった」
一歩踏み出したところで、顔だけをこちらに向けるグリン・ガム。
本当に忘れっぽいみたいだな、この聖獣様は。
「お主等には、これを渡しておこう」
「……え?」
グリン・ガムが小さく唸ると、ふわりと緑色の球体が虚空から出現し、ふよふよと漂いながら近寄ってきて間近で止まった。
「これ、は……?」
「我の元を訪れる機会があれば役に立つだろう。小僧は無理をすれば今すぐにでも辿り着ける力量があるようだが、娘の方はまだ難しいかの。精進するがよい」
その球体に手を添えると、光が弾けて掌に重みがかかる。
『聖獣グリン・ラムの友愛』
レア度:Ⅹ 聖獣グリン・ガムに認められた者へ与えられし証。
閉ざされし聖域への立ち入りに必要な証の一つ。
これは――見事に初見のアイテムです。
そして、レア度がおかしいです。Ⅹって何ですか? Ⅶが最高ではなかったのですか?
あかん。これは色々とあかんアイテムだ。
「それでは達者での」
それだけを言い残し、現れたときと同じようにフッと掻き消え、グリン・ラムの姿はもうどこにもなかった。
「き、消えちゃい……ましたね」
「そう、だな」
止める間もなく。とは正にこのことだろう。
色々と聞きたいことがあったのに、真相を闇の中に残して去っていきやがった。
……ああ、もうっ。
考えなければいけないことが増えたではないか。けれど、今はそれを考えるのは後だ。
「行くぞっ」
「え?」
本気で忘れてるな、この子。
「マデートの町だよっ」
「……あ」
あまりのことに当初の目的すら忘れていた様子のマールは我に返り、俺達は慌ててその場を駆け出した。
☆★★★☆
時は少し遡り――
冒険者の告げた絶望は瞬く間に広がり、誰もが諦めた様子でその場へと座り込んでしまった。
「は、早く逃げないと――」
「無理だ! ストーンウルフはしつけぇんだよ――くそがっ」
悲鳴を上げる声に被せたのは、報せに走ってきた剣を手にした戦士風の男だった。その背後から傷だらけの冒険者達が走ってくるが全員疲労困憊である。
年の頃は全員二〇代前半。
社会人のような落ち着きがあるわけではなく、言動が軽い。茶髪にピアス、タトゥとくれば、どちらかと言えば学生のように見える。恐らくは大学の友人なのだろう。戦士や魔導士の恰好をしているが、現代(いま)風に言えば“チャラい”風貌をした者達である。
「あいつ等、一匹なら何とかなるが、複数だと硬くて手に負えねぇんだよっ」
「ああ、くそっ。なんで、あの森にストーンウルフが出てくんだよ! しかも、逃げ切ったかと思ってたのに、ここまで追ってくるなんてよ。しつこいってんだよっ」
「そうだよな。あの森は動物と雑魚モンスターくらいしかいないから経験値稼ぎが楽だったのよ。――ったく、とんだ目にあったぜ」
剣を手にした戦士風の男に次いで、槍を杖代わりにした騎士風の男が悪態を吐きながら回復薬を飲み干す。
その声に呼応するよう、冒険者の仲間と思われる男一人女二人も回復薬を飲みながら悪態を吐く。
「ちょっと待て。お前達、『聖獣の森』で狩りをしたのか?」
だが、冒険者達の発言を聞き咎めた住人がいた。
「あ? そうだけど、何か文句があんのかよ」
「あ、当たり前だ!」
不機嫌そうに吐き捨てる戦士風の男に、住人の怒りは爆発する。
「あの森は聖獣様が治める聖なる場所なのだぞ! その森で狩りをするには様々な決まりがあるのだ。ギルドにも注意喚起を促す張り紙をしてあったはずだっ。それを勝手なことをして、お前達はっ」
住人の剣幕に冒険者達は一瞬たじろぐも、すぐに怒りを露わにして戦士風の男は手にした剣を構える。
「うっせぇよっ。どこで何をしようが勝手だろうがっ」
「その結果がコレではないのか! お前達の身勝手な行動で、聖獣様の怒りを買ってしまったのではないかっ」
「はぁ? 馬鹿じゃねの。その聖獣様がどこにいんだよ? てめぇこそ、好き勝手言ってんじゃねぇぞ」
剣を構え、住人に詰め寄る戦士風の男。その背後で不満を隠そうとしない冒険者の仲間達は皆手に武器を構えていた。
一触即発。
住人と冒険者達の間で今にも小競り合いがはじまりそうな状況の中。
「やめろっ」
その間に割って入る人影があった。
「あん? てめぇ、何のつもりだ」
「それはこっちの台詞だ! この非常事態に何考えてんだよ、あんた等は」
住人の前に立つ少年――健児は戦士風の男を睨むも、男は鼻で笑うように口許を歪める。
「ガキが粋がってんじゃねぇよ。てめぇ、ぶっ殺すぞ」
剣を構える男を前に、健児はゆっくりと腰を落として構える。
「はっ――ガキがいっちょ前にやる気かよ」
男の声に仲間が嘲笑い、その不愉快な笑い声に住人達は眉を顰めて男達を睨み付ける。その様子に戦士風の男は不愉快そうに眉を吊り上げ、苛立ちを隠そうとせずに剣を健児へ突き付ける。
「どいつもこいつも、そんなに死にてぇ――がはっ」
ドンっと鈍い音が響き、男はその場に膝を吐き、激しく咽る。
「この非常事態に何をしているのだ、貴様等は」
地を這うような声と共に現れた男の横で、女性衛士が何か小声で唱えると、それは彼女の前で渦を巻いたかと思えば、目視すら出来ない速度で飛び出し、次いで四つの悲鳴が上がった。
風属性魔法――ウィンドバレット。
初級の風属性魔法ながら使い勝手がよく、目視するのが至難の攻撃魔法である。熟練の魔導士が扱えば、同時に数発の連射が可能で、迎撃は容易ではない。
それを放った女性衛士はかなり熟練の腕前であると言える。
「お前達五人には聞きたいことがある。それが終えるまで拘束させてもらう」
冒険者五人という戦力を失うのはこの状況では痛手だ。しかし、今回の一件に関して無関係ではない人物となれば話は別である。
「て、てめぇ……ふ、ふざけ――ごほっ……」
「俺はこの町を守護する衛士だ。町の治安を乱す者を取り締まるのが仕事だからな」
戦士風の男を見下ろし、淡々とした口調で言い放つ男――アルダの瞳には怒り以外の感情は浮かんでいなかった。
「お前達を放置すれば逃亡の恐れもある。それに、森を荒らした犯罪者を野放しにしておくとでも思っているのか? ――五人の武器と持ち物を取り上げ、捕縛して牢へ入れて置け。あと、腕輪を解除してもらうから、ギルドから誰か呼んできてくれ」
「くっ、やめ――」
「手間取らせるな。それとも、ストーンウルフの群れに放り込んでやろうか? お前達を追ってきたのだろ? なら、贄を差し出せば俺達が助かる」
その一言で男は黙り込み、口々に汚い言葉を吐いていた他の冒険者達も皆一様に口を閉ざしてアルダから目を逸らす。
「覚え、てろよ……」
そんな捨て台詞を残し、冒険者達は衛士に連行されていく。
そのうしろ姿を見送りながらアルダは生き場のない怒りを胸の奥に無理やり仕舞い込み、ケンジの方へ向き直る。
「ありがとう」
「え、いや……」
「だが、まだ脅威が去ったわけではない」
徐に頭を下げるオルダに戸惑う健児だったが、顔を上げたアルダを見て気を引き締め直す。
そう、まだ終わったわけではないのだ。
「現在、ストーンウルフは広場で衛士と冒険者達によって足止めされている。しかし、それもどこまで持つか……」
アルダは苦渋の色を滲ませてそちらを見やり、健児は自身の不甲斐なさにただ拳を握りしめる。
「俺達も戦いますっ」
「君達では力量不足は目に見えている。みすみす殺されに行くのを黙って見送るわけにはいかない」
アンデットの群れですら手をこまねいていたのだ。それよりも遥か格上の存在であるストーンウルフの相手など無理に決まっている。
アルダの言葉に反論しようと思うも、それ以上の言葉が出てこない。
死。
たった一文字の、簡潔な言葉が身体を縛り、身動きを取れなくする。しかし、それを笑う者などこの場にはいない。
「君の気持ちは確かに受け取った。だから、見ていてほしい――」
優しく健児の肩に手を置き、アルダは踵を返す。
「あ……」
その背をただ見送るしかない、見送る言葉すら思うように出てこない自身に苛立ち、ケンジは唇を噛む。
――アオオォオオオオオオオッ……
だが、突如轟音が大気を揺さぶった。
「な……なんだっ」
「こ、これは……聖獣様のお怒りっ」
突然の爆音に健児は咄嗟に耳を塞ぎ、アルダは目を見開き、慌ててその場に膝を付く。それに呼応するかのように住人達が一斉に膝を付き、中には祈りを捧げるように頭を下げる者までいた。
「一体、何が……」
その中で明音達はただ何か起こっているのか理解が追い付かず、ただその光景を眺めているだけであった。
「ストーンウルフが去って行ったぞ! アンデットもだっ」
そして、その数分後。
広場でストーンウルフ達と交戦していた冒険者達が齎した吉報。
ストーンウルフが突然去っていき、アンデットの群れも撤退していったことを聞き、暫しの静寂を経て歓喜が町中に響き渡った。
「私達、助かった……の?」
呆然と喜び合う住人達を眺めながら、明音はポツリと呟き、一筋の涙が頬を伝う。
突然はじまったアンデットの襲撃は、終わりも突然だった。
生き残れた。
あの絶望的な状況を生き残れた。そのことを実感するのはそれから更に数分ほどが経過してのことだった。
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