第9話:現実となった幻想⑧
パニックを起こしたマールを宥め、急いで町へと帰還した。
あのままモンスターと戦うなど無理な話であり、解明しないといけない謎が出てきてしまった。出来れば、魔法などのスキルも確認したかったというのが本音だが、マールがこの状態ではそれもままならい。
「落ち着いた?」
「……はい」
差し出したカップを手に取り、消え入りそうな声で返事をするマール。
その目はどこか虚ろでとても危ういものを感じるのだが、何と声をかけていいのか分からない。心配そうにひよこもマールのそばをウロウロとして悲しげに鳴き声をあげるだけで、近寄ることはしない。動物はその辺の機微に敏感だというからな。
……参ったなぁ。
まさか設定をONにした途端、全身に返り血を浴び、至るところに傷を作った姿が現れるとは思わず、それを見て叫んでしまった俺のミスである。
現在、昨日と同じ場所へ戻り、サバイバルセットを広げて休憩をしているのだが、周囲には少しずつ人が増え始めていた。
聞こえてくる会話に少し耳を傾ければ、外で戦闘をしてきた人達がいるようだが、全員が全身が泥や血で汚れている。恐らく、全員が象徴・描写表現設定はONにしているのだろう。
特に気にした風もなく、戦闘の反省点を話し合っていた。
「…………」
「…………」
対して、俺達は無言。
鎧を脱いで布の服を着ているマールはカップを持ったまま、ただ一点を見つめていた。
「マール」
「…………」
「マールッ」
「は、はいっ」
少し強めに名前を呼び、ようやく反応したマール。憔悴の度合いが徐々に酷くなっている気もするが、あまり悠長にしている時間もない。
「推測だけど、話をしてもいいか?」
「は、はい」
「恐らくだけど、象徴・描写表現設定というのは、血飛沫やダメージによる傷や凹みといった視覚的に過激だと判断された“もの”を、OFF設定にしたプレイヤーから見えなくするものだと思う」
小さく頷くマールを見やり、続ける。
「OFF設定しているプレイヤーの攻撃を受けた対象は血飛沫や傷を受けても表現されないから見えない。でも、実際には攻撃を受けて血を流し、傷を受けているわけだ。そうでなければ、倒すことなど不可能だからな」
「…………」
「ただ、OFFにしていてもON設定したプレイヤーが攻撃した場合、その血飛沫を見ることが出来る。こればかりは理屈は分からないが、ON設定された攻撃だから見えるとしか言いようがない」
正直、その辺の曖昧さというか、意味不明な設定は“仕様”として納得するしかないように思える。
現実なのに“仕様”というのもおかしい気がするけど、そうしないと納得出来る材料がないのが現状なのだ。
「ただ、な。個人的な意見だが、OFF設定はやめた方がいいと思う」
「……え?」
「もし、マールの攻撃が味方に当たったらどうなる?」
「そ、そんなこと――」
「分かってる。もしもの話だ」
乱戦で味方に攻撃が当たる可能性はゼロではない。
「そのとき、血が見えない、傷が見えない、では治療のしようがないだろ? 俺もOFF設定のマールを見ても傷一つないきれいな鎧だなとしか思わなかったからな」
戦闘をしているのだから、傷一つ負わないのは本来ありえないのだ。
「そして、この問題は恐らく、これから波紋を広げていくことになると思う」
「はもん……ですか?」
いまいち要領を得ない様子のマールは首を傾げる。少しは調子を取り戻してきたような気もするが、もう少し気の重い話が続くのは許してほしい。
「見えない攻撃と言っても攻撃してくるのは見えるわけだ。けれど、これをベテランのプレイヤーが使えばどうなる?」
「…………あ」
遠距離からの攻撃など防ぐのは至難の業だろう。あとは中距離上級職である隠密銃士(スナイパー)や忍者、
「この事実に気付く人はすぐ――とは言わないが、いると思う」
「……」
「そして、これを悪用しようと思うヤツは必ずいるはずだ。ゲームのときはPK(プレイヤーキル)など出来なかったが、現実となった今ならそれも可能となっているはずだから」
こんな話し方は卑怯だと思うけど、最後は彼女の意志で決めてほしいというのが本心だ。
「……かえ、ます」
「そっか」
そう結論を出したのなら、それを応援しないといけない。背中を押したのは間違いなく俺だから。
「普通に考えたら傷がつかないっておかしいですよね。現実味がないっていうか」
「そう、だな」
「血が出ないなんて、普通ならないことのに……私……」
「マール――酷な言い方だけど、済んだことを気にしても仕方ない。最初で気付けたからよかったと思うべきだ」
本当に酷な言い方だな。
妹と同い歳の子に酷いことだと自分でも思う。でも、俺もすべてを知っているわけじゃない。カンストしているからそれがどうしたとはじめて戦闘をして思い知った。
痛いものは痛い。
最弱と呼ばれるミニマスの攻撃でも怪我をして血が流れる。
その当たり前のことを考えているようで楽観視していたのも事実だろう。怪我をしても大したことない。傷はポーションで治るのだから、と。実際怪我は治療キットのおかげですっかり治っている。あの程度の傷なら完治も早いようだ。
しかし、痛みというのは傷の大小関係なく訪れるもの。
もし、これが骨の折れるほどの大怪我だったら? 四肢を切断したら? 考えるだけで恐ろしいことを楽観視していた自分を殴ってやりたいと思う。冷静でいようと思えば思うほど、どこか抜けているな、俺は。
だから、マールへ言ったことは自分への戒めでもあるのだ。
このふざけた
「きっと、現状をすべて理解出来ている人間なんて誰もいないと思う。でも、間違っても失敗しても、前に進むことを諦めなければいい」
「……はい」
気を引き締めて心に刻み込み、着実に次の一歩を歩み出そう。
「それじゃ――ちょっと早いけど、晩御飯の準備をしようっか」
場の空気を変えるように少し砕けた調子で笑い、腕輪のメニューを開く。
「何を、作るんですか?」
「んー……食材は結構あるんだけどねぇ。俺にリアルな調理スキルがないからなぁ」
「わ、私が作りますっ」
ふんぬっと気合を入れるマールを見やり、少し無理をしているように見えるが、先ほどよりも調子を取り戻してきたなと思いつつ、倉庫から幾つかの食材を取り出していく。
「えっと、これって……なんですか?」
「食材……? だよ」
「……食材、ですか?」
うん、疑問に思うのも無理もない。取り出した俺もビックリしているのだ。
『トラートの切り身』
食材アイテム レア度:Ⅳ
脂ののったトラートの切り身。焼いて良し、煮て良しの一品。
『オルトラのサーロイン肉』
食材アイテム レア度:Ⅳ
オルトラのサーロイン肉。とっても美味。
『デデルの飯米』
食材アイテム レア度:Ⅳ
ウエスのデデル地方で収穫された飯米。精米済み。
何というか、食材アイテムって説明を放棄してる気がするわ。
トラートは見た目は鮭のような海洋モンスターなのだが、身はまっ黒でちょっと気持ち悪い。『トララートの目玉』という希少素材を得るために乱獲したときの戦利品だ。しかし、これだけ見るとどう見ても腐っているようにか見えない。
『オルトラのサーロイン肉』は全身を茶色の長毛で覆われた牛に似た動物――オルトラと呼ばれる草食動物である。西の共和国ウエスにある『オルトラ牧場』でデイリークエストを行うともらえる報酬箱からランダムで獲得出来る食材アイテムだ。紅白の縞々模様をしたお肉は一見おいしそうだけど、よく見ると不気味だよな。
『デデルの飯米』もデイリークエストのクリア報酬だが、こちらは交換券を必要枚数集めて交換しなければいけなかった。ただ、修得してもこれを使ったレシピもなく、ただのゴミアイテムだったので誰もしなくなり、数か月でデイリーは削除されてしまった用途不明の謎アイテムだった。
で、このお米――見た目は白米と大差ないのだが、一粒の大きさが三倍以上ある巨大米なのだ。見た目通りの大味なのか、美味なのか、実食しなければ分からないな。
「えっと、鮭の切り身にサーロイン、あとは……これってお米ですか? 大きさが普通の三倍くらいありますけど」
「説明には飯米ってあるから米だね。あ――、あと、調味料セットもあるから使ってよ」
ドンっと取り出した木箱を置き、中から数本の瓶を取り出す。
これはNPCのクエストから受ける生産クエストの報酬なのだが、ゲームのときはただのゴミアイテムだった。
そもそも、報酬が食材系のクエストが実装されたのは一年ほど前からで、その後も用途不明の食材アイテムは増えていった。
……まさか、このときのために?
そんな勘繰りもしてしまうが、それだとどれだけ用意周到だったのか。恐ろしくて考えたくもない。
「あと、何か食べたいものある?」
「え、えっと……」
「大抵のものは揃ってると思うから大丈夫だよ」
生産職として、アイテムコレクターとして。いかにゴミアイテムであろうとも保存用に一個は所持している。そのうち、一度は倉庫内のアイテムを整理しないといけないだろうな。不良在庫が多くて嵩張ってるし。
「ぴよぉ」
「あ、こら。ぴーちゃんダメだよ」
「ぴ、ぴよぉ、ぴっ」
ピョンッと飛び上がったひよこ様はそのまま『デデルの飯米』の袋へ頭からダイブし、マールに窘められるも我関せずと米粒を啄んでいく。
「名前付けたんだ」
「え、あ――す、すいませんっ。勝手に付けてしまって」
「いや、別にいいよ。その子はマールにあげるつもりだったし」
別名、押し付けとも言いけど。
「い、いいんですかっ?」
「俺にブリーダーの才能はないからね」
驚くマールを他所に、ちょいと鑑定。
『ココルコの雛』
レア度:Ⅲ 名前:ぴーちゃん マスター:マール
卵から孵った突然変異種。生後間もない雛鳥(幼鳥まで――日)
ちょっとやんちゃな困ったちゃんですが、大事に育て上げてください。
うん、見事にマスター認定されてるね。名前を付けることが恐らく条件だったのだろう。そして、説明が微妙に変わってるが、成長段階の記載が新たに追加されるな。
うまく育成させることが出来れば、立派なココルコになるのだろうか? 謎だ。
「それじゃ、ご飯の用意しますね」
ぴーちゃんを叱りつけ、食材を持って調理台へと向かうマール。そのうしろをヨチヨチとついていくぴーちゃんの姿を眺めつつ、倉庫の在庫管理をはじめた。これを適材適所という……なんちゃって。
☆☆☆☆☆
一夜明けて。
昨日は場所に余裕があったのでマールもサバイバルセットを広げて自分のテントで就寝した。とはいえ、隣なので寝る寸前まで翌日の予定について話してあっていたのだが。
「それじゃ、いくか」
「はい」
サバイバルセットを撤去し、身支度を済ませた俺達は町の正門へとやってきていた。
マールの装備は俺が渡した青銅シリーズ一式。対する俺はレベル四〇前後で手に入る『森羅』シリーズを身に纏っている。これは緑を基調とした質素な見た目の装備だが、補正スキルが回避や遮断、クリティカル率上昇など、中距離職の
さすがに希少素材を使った装備は目立つし、サウーラの王都までは動物系モンスターが多いので
……大丈夫、そうだな。
チラリとマールを見やり、様子を確認する。
昨日は色々あって早々に引き返してしまったが、今日はそんなわけにはいかない。
出発したら後戻りはしない。そう昨晩二人で話し合って決めたのだ。色々と思うところはあったが、マールが出発を決意したのでそれを尊重した。
昨晩話した限りでは、まだ少し動揺があるように思えたが、それよりも友達に会いたい、という気持ちが優っているようで。意欲があるのならそれを無碍にするのは 得策ではない。
その気持ちを優先して無理をさせないように見守りながらいくしかないだろう。ちょっとズルいが無理をさせない方法も見つけたことだし。
「友達は確か、マデートの町にいるんだったな?」
「はい。確か、『ロサルト墓地』を攻略するんだって言ってましたから」
マールと仲良しの友達がいるマデートの町はアジオルの隣町で、一日くらいの距離にあるらしい。
以前ギルドに行ったときに地図を閲覧して場所は把握しているのだが、本当に日本地図がそのまま出てきたのには違和感を禁じ得なかった。
縮尺から大よその距離を割り出し、一応美人の受付嬢さんにも確認したので大丈夫だろう。すっかり新人冒険者プレイが見についてしまったが、ある意味では新人冒険者で間違いないのだろう。
本当の“冒険”をするという意味では。
「みんなと一緒にはじめられたらよかったんですけど……、スマートフォンに買い替えたのが一か月ほど前だったので、私だけスタートが遅れちゃいました」
「なるほど、だから別々になったわけか」
ここで一つ謎が解けた。
マールがこれほど会いたがっている友達との間に軋轢があるのかと危惧していたが余計なことだったみたいだ。
「レベル的にはすぐに追いつけると思うから焦らず行くしかないよ」
「はいっ」
「しかし、あの町って元は処刑場だったという設定だったからなぁ……町の周囲は夜になるとアンデット系が多くなるんだわ。近接職と相性の悪い不定形モンスターもいるから注意は必要かな」
「え、ええぇ……」
「墓地の中は昼間でもスケルトンが徘徊しているけど、こいつは物理攻撃も有効だからレベル上げにはもってこい。あと、近付かなければ攻撃して来ないから問題はないらしい」
近づかなければ云々は、美人受付嬢さん情報。
話を聞いている間、手のかかる弟みたいな視線を向けられたのは何故でしょうね?
「到着は明後日のは昼頃になるだろうから、遭遇することはないと思うよ」
「そ、そう、ですか」
まぁ、俺でもさすがにアンデット系は抵抗あるし。特にゾンビとか……見た目とか匂いとか、リアルでは絶対に出会いたくないモンスターの一種だ。
「さて、いつまでもここにいても仕方ないし、ちょっとした秘策もあるわけだから気を楽にしていこう」
「そう、ですね」
俺達以外にも移動を開始し始めたグループがいるようで、早朝からパーティを組んでアジオルの町をあとにする冒険者達が増えていた。
初日は混乱していたから分からないが、昨日は場所が空いていたから移動した人がいるのだろう。あと数日もすればこの町も落ち着きを取り戻すだろう。探し人が誰もいないのならもう少しここへ留まってもいいのかも知れないが、早く見つけないと気持ち的に落着けないのだ。
「まぁ、焦らず行けば大丈夫だよ」
「はいっ」
焦りそうになる自分の気持ちを抑え込むためにも言葉にして、そうして、俺達は旅の一歩を踏み出した。
何が出来るのかは分からない。何も出来ないかも知れない。
けれど、何もしないでただ待つのは性に合わない。だから、一歩を踏み出す。
北から来る厄災――古代の魔獣『
☆★★★☆
南の神聖国サウーラ中央より南西にある大森林。
迷路が如き広大な大森林の奥。鬱蒼と茂る木々は日の光りを遮り、森の中は薄暗く視界は不鮮明。人が立ち入るのは困難極まりない僻地であるこの場所に、これまた相応しくない人口の建物が一つ存在していた。
無骨ながら堅実で強固な石造りをした要塞。
その砦の中庭と思しき場所には五〇は下らないだろう者達が集まり、喧騒に包まれていた。物々しい装備を纏う偉丈夫から見れ麗しい女人と多種多様。そして、種族も多種多様。
獣の耳と尻尾が特徴の獣人族が数多くを占め、次いで普人族、
「全員揃ったか」
それは静かな、しかし、心に震わせる声だった。
その居並ぶ武装集団を見下ろす高座の上で腕を組み、威風堂々とした貫禄を滲ませる獣人族の男が静かに言葉を発すると、喧騒は止み、皆一様に声の主へを注視する。
「突然のことで戸惑っている者達も多いと思う。しかし、事態は止まることなく動いている」
獣人族の男は一同を見渡し、話を続ける。
「早急に情報を集め、散り散りとなった仲間を呼び集める。今後の指揮はリーシェンに一任するので、そのつもりでいてくれ」
風に靡く金色に輝く髪から覗く獅子の耳に、立派な毛並みの尻尾が感情を表すかのように力強く揺れる。
獣人族の中でも王の気質を持つ獅子族の男。その姿は百獣の王に相応しい貫禄と風格を兼ね備えていた。
「副クラン長のリーシェンです。アバターとは違い、リアルで獣耳があるのは違和感ありますが、どうぞよろしくお願いしますね」
ニコリ。と笑って冗談を言う女傑に、あちらこちらから笑い声が漏れる。
ただ、ゲーム内での彼女を知る者達としては何とも違和感のある光景だろう。ゲーム内の彼女は冷静沈着で合理的かつシビアな一面を持ち合わせるクールビューティだった。しかし、実際に目の当たりにした彼女はどこにでいる普通の女性であり、柔和な表情を浮かべて笑いを誘う。画面越しのアバター姿しか知らない、チャットでしか会話のない相手がこうして目の前にいるのは違和感があるものだろう。
それは恐らく、この場にいる全員が感じているものでもある。
「それでは今後の説明を行います。まず、この場にいないクランメンバーの探索を最優先とします」
端的に要点を纏めて切り出したリーシェンは、一同を見渡して更に続ける。
「現在、二日経ちましたがホームにいた私達以外に合流した者はいません。恐らく、何らかの理由で“リターンホーム”が機能していないため、徒歩での移動を余儀なくされていると思われます」
その言葉に一同から動揺が走る。しかし、リーシェンが手で制し、静かに微笑む。
“リターンホーム”とはクランホームに実装されている転移機能である。しかし、現在何らかの理由でそれが使用不可となっているようで、ホームでログアウトしたメンバー以外は散り散りとなっていた。
「メンバーの探索を行うにあたり、私みたいにアバターとは相違もありますので、諍いなどに注意して行ってくださいね」
やや自虐的な発言で笑いを誘い、柔らかい笑みを浮かべるリーシェンに、小さいながらも笑いが起こる。
「また、メンバーの探索と同時に周辺の調査を行ってください。普段であれば見逃しそうな些細なことでも重要な情報である可能性がありますので、どんな情報でも発見した場合は報告をお願いします。それでは各自パーティを組んで開始してください。くれぐれも単独行動を行わないようにお願いしますっ」
捲し立てるように説明を終えたリーシェンの声が掻き消える前に、喧騒が再び大きくなる。その声を聞きながら不安げに眉を寄せるリーシェンの肩に手を添える獅子族の男。
「ご苦労様」
「いえ――それよりも、彼女の捜索はどうするつもりなの?」
リーシェンに問われ、獅子族の男は静かに、しかし、楽しそうに嗤う。
「俺が出る」
「ギルバート……本気だったのね。でも、一人は危険よ」
「分かってる。散々言われたから一人で行くつもりはないから心配するな」
ギルバートと呼ばれた獅子族の男は眉間を寄せて首を振る。
「ゲームだったとはいえ、彼から預かっている大切な妹君だからな。そして、現実となった今、万が一のことがあっては合わせる顔がない」
「確かに、この状況で『錬金術師』の彼にそっぽを向かれたらかなりの痛手となりますからね。貴方以外は適任はいないのかも知れないけど、単独行動は控えてよね」
「まぁ、な。彼の創る装備が手に入らなくなるのは戦力的にはかなりの痛手だ。だから、お前さんにすべて一任したわけさ。雅治さんがいれば雅治さんに頼むのだが……」
ここにはいないもう一人の副クラン長に思いを馳せるギルバート。
屈強な熊人族の男であるマーサル――雅治は“クランの良識”とも呼ばれる温厚な人物であり、ギ・ガムが公私に渡って信頼する人物の一人でもある。
「彼のことだから、こちらへ向かっていると思うわ」
「そうだな。それじゃ、あとのことは頼んだぞ」
「はいはい。くれぐれも無茶をして他の人に迷惑をかけないこと。いいわね?」
「子供かよ」
「子供より性質が悪いでしょ、貴方は」
そう言って肩を竦めるギ・ガムをリーシェンは呆れ顔で見上げ、これ見よがしに嘆息して悪態を吐く。
「これが『
「ゲームと現実の違いってやつだな……なぁ、クールビューティの
「さりげなく本名を呼ばないでよ。って、ちゃん付けはしないでよ、ばか」
わずかに頬を染めてそっぽを向くリーシェン――莉緒に笑みをこぼし、旧知の仲であるやり取りをしつつ、互いに目を合わせず喧騒へ目を向ける。
「……いいヤツばかりだな」
「そうね」
「一人たりとて欠けることなく、ウロボロスを倒すぞ」
「はい」
ただ、思いを交わす。
「それじゃ、行ってくる」
「いってらっしゃい。気をつけて――あ、ちゃんと忘れ物がないようにね」
「だから、子供じゃないって言ってるだろうが」
その言葉に見送られ、ギ・ガムは仲間と共に、仲間を探し、様々な謎を解明する手がかりを求める旅へと出発した。
『
仲間思いの彼を突き動かすのは、ただ一つだけ。
仲間への“愛”であった――
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