第8話:現実となった幻想⑦

 消費アイテムの確認を終え、マールと二人で町の入り口である正門の前までやってきた。

 モンスターの襲撃に備えて四方を壁で囲まれており、外への門は四方になる門からとなる。俺がテントを設置したのは正門付近にある空き地だったので、単純に近い場所を選んだだけの話である。


「んじゃ、行くか」

「は、はいっ。い、逝きますっ」


 何かニュアンスが違う言葉に聞こえたけど気のせいかな? そんなことを思いながら門番に腕輪を見せて挨拶する。

 冒険者の証である腕輪を見せれば問題なし。と、ゲームのチュートリアルでやったなと思い出したのだが、まさか本当に問題ないとは。

 軽く会釈され、「がんばれよ」と声をかけられたので「はい」と返して、そのまま歩を進める。


「最初の戦闘は、ミニマスがいいと思う」


 ミニマス『スマート・ワールド』の中で最弱と呼ばれるモンスターである。

 体長三〇センチほどのネズミみたいなモンスターで、攻撃手段も突進と噛み付きの二種類のみで対処もしやすく、戦闘に突入してもこちらから攻撃をしない限り、時間が経過しても何もしてこない。


「突進は盾で防ぎ、噛み付きは避けるか、盾かな。とりあえず、油断せずに二人でやろう。無理そうなら逃げるからそのつもりでいてほしい」


 ゲームとの齟齬を探すという目的もあるので、無理をせず、逃げることも視野に入れている。


「いや、緊張し過ぎだって」

「ひゃ、ひゃいっ」


 妙に隣からカチャカチャと音がすると思えば、小刻みに震えているマールが今にも倒れそうな青い顔で突っ立っていた。

 やる前からこの調子で大丈夫かな。


「やっぱり、今日はやめておこうか?」

「い、いえっ」


 ここでやめると言えばそのまま引き返してもいい。

 ただ、その場合は申し訳ないがこの町に留まってもらうしかない。この調子ではどこかで失敗するだろうし、確実に命の危険に瀕することになるだろう。


「やります! みんなと早く会いたいからっ」


 グッと拳を握り、声高にマールは叫ぶ。


「なら、適度に肩の力を抜いた方がいいよ。それと、ひよこは……って、どこ行った?」

「あ、あれ? さっきまでそばにいたんですけど」

「あ、いた。草が高いから見失うな。とりあえず、俺が持っておくわ」

「は、はい」


 膝丈の草に埋もれていたひよこを抱き上げ、ローブの胸ポケットへ押し込む。と、モゾモゾと向きを変えて顔を出したひよこが「ぴよっ」と元気に鳴いた。


「ひゃっ」


 その鳴き声に反応するかのように、ガサリ。と膝丈の草が揺れ、薄茶色の物体が飛び出してきた。


「チュ?」


何ともかわいい鳴き声をあげる薄茶色の物体。


「ミ、ミニマス……?」

「……だね」


 それは、ミニマスだった。

 三〇センチほどの大きさをしたネズミっぽいモンスター。こちらから手を出さない限りは向こうからは――


「チューッ」

「とっ――跳んだっ」


 突然のことに驚き、初動が遅れた。


「チュ!」

「いだっ」


 咄嗟に庇った腕に衝撃が走り、掌に火のついたような痛みが受けて思い切り振り払った。


「ワ、ワタルさんっ」

「大丈夫だっ――戦闘準備!」


 慌てだすマールを制し、戦闘準備を促す。剣も盾も構えず、うろたえていたマールは鞘から剣を抜いて盾を構える。


「来るぞっ」

「チュゥウウウ!」


 先ほどとは違い、今度は威嚇するかな鳴き声と共に突進してきたミニマスが一直線に俺へと向かって飛びかかってくる。


「くぅっ」


 だが、ガンッと音を響かせて俺の前に躍り出た人物に阻まれていた。


「痛っぁああっ」

「マールッ」

「大丈夫ですっ」


 盾に当たったミニマスは「キュ」と短い悲鳴を上げて地面を転がり、目を回したのかピクリとも動かない。


「し、死んじゃった……?」

「いや、多分気絶しているだけだ。今のうちに――」


 トドメを刺そう。

 その言葉を口にしようとして躊躇してしまう。


「ワタルさん?」

「トドメは俺がやる」


 逃げるな。この先、何度も訪れる事態なのだ。そう何度も心の中で呟きながらインベントリから短剣を取り出して構え、一呼吸。

 ムクリ。と起き上ったミニマスが数度辺りを見渡してこちらを見やり、睨むように威嚇してくる。


「――シッ」

「チュゥウウウッ」


 再度突進してきたミニマス。

 行動は直線的で速度も不意をつかれなければ問題はない。

 焦るな。落ち着け。よく見てから攻撃すれば大丈夫だ。


「せぁっ」


 ただ迫りくる“怪物”を上から斜めに短剣で切り下す。


「ウギャッ」


 ピチャッと飛び散る飛沫に顔が濡れるも、油断なくミニマスの動向を観察する。

 皮を裂き、肉を断つ感触は生々しく、断末魔の叫びをあげるミニマスを呆然と見つめながら、荒れる心臓の音を整えようとゆっくり息を吐いて吸い、それを何度も繰り返す。

 そして、ピクリとも動かなくなったミニマスを見てホッと息を吐いたところで、突如ミニマスの身体が発光しはじめ、小さなキューブ上の粒子となって腕輪へと吸い込まれていった。


「……え?」


 何が起こったのか? 暫し間の抜けた声と共に呆然としてしまった。


「ワ、ワタルさんっ。大丈夫ですかっ?」

「え?」

「血っ、血が――」


 慌てたマールの声に思考が戻り、たった今はじめてモンスターと戦闘をしてのだと思い出す。


「ああ、これミニマスの血だから問題ないよ」

「いや、でも手は――」

「手? ――痛っ」


 と、言われたところで掌に小さい鈍痛が走る。

 そういえば最初に飛びかかられたときに怪我をしたのだと思い出し、実感すれば痛みを自覚するのも当然。


「別にそこまで酷い怪我じゃないからだいじょ――」

「駄目ですよ。モンスターはどんな病気を持っているのか分からないんですからっ」

「お、おぅ」


 何とも迫力のあるマールに圧され、その場に座ってマールが取り出した治療セットで怪我の応急処置を行ってもらう。

 その間、周囲の警戒をしつつ、先ほどの現象について考察するとしよう。

 恐らく、モンスターが絶命したことでその身体が分解されて素材となった。とゲーム的に考えれば問題ないように思える。

 ゲームのときはモンスターを討伐すれば進行エリアの最後で一括でもらえていた。パーティの場合は欲しいアイテムをタップして競売する形式だ。


「……あ、パーティ登録忘れてた」

「そういえば、そうですね」


 色々と確認したはずなのに、肝心のパーティ登録を忘れていたとは。


「ふ、ふふっ……」


 それがどうやらおかしかったのか、マールは肩を震わせて笑い出し、俺も一緒になって笑っていた。



 ☆☆☆☆☆



 治療も終わり、行動を再開する。

 腕輪のメニューから“パーティ登録”も完了したので、今度こそ万全である。


「――つまり、モンスターを倒すとさっきみたいに光の粒子になって消えるってことですか?」

「まだ一匹だけだから確証はないけど、恐らくはそうだろうね。あと、インベントリにミニマスの牙が入ってたから、倒せば自動で剥ぎ取りをやってくれるみたい」

「そ、そうなんですか。それは便利ですねっ」


 モンスターを倒してその死体から素材剥ぎ。もしかしたらそれをしないといけないとか憂鬱だったのだが、これで懸案の一つが解消出来そうだ。

 現実なのにゲームのようで。それがおかしいのに、どこか受け入れてしまっているのは、そのゲームを知っているから、そのゲームを認識しているから、だろうな。だけど、今はそれを深く考えるのはよそう。気を散らすのは命取りだから。


「何匹かミニマスを倒して検証する必要がありそうだな」

「で、ですね……」


 さすがに血を見たら気が引けるのも無理はない。

 怪我自体は爪による引っ掻き傷で大したことはなかったのだが、傷の手当てをしている間マールは落ち込んだ様子だった。


「つ、次は私がやりますっ」

「無理は――」

「大丈夫ですっ。いつまでもワタルさんに甘えているわけにはいきませんっ」


 ドンっと白波が背後に立ちそうな気合の入れようで、マールが鼻息荒くそう息巻く。


「分かったから落ち着いて。その装備なら大丈夫だと思うけど、絶対に無理は駄目だからな」

「はいっ」


 元気よく返事をしたマールと共に、ゆっくりと草原を歩きながらモンスターを探して回った。



 ☆☆☆☆☆



 結果から言えば、さすがは騎士だった。

 例えレベルが低くても近接職なので火力は十分。また、青銅シリーズで固めているので防御面も問題なし。


「ワタルさんっ、また倒しましたー」

「お、おぅ……」


 自分で最初の一匹を倒したときは泣きそうな顔をしていのに、今では元気よくミニマスを狩りまくってます。さっきまでと同一人物とは思えないわ、マジで。

 何か吹っ切れたというか、無理をしていなければいいなと思う危うさもある。けれど、ここで水を差すのもどうかと思われて、声をかけずらい状況だったりするわけだ。


「本当にすごいですね、この装備っ――ミニマスがスッパリ切れますっ」

「確かにこの辺だと問題ないけど、次の町から先はさすがに厳しいと思うぞ」


 一応、釘は刺しておく。

 例え、返り血も傷もない綺麗な姿だとしても、攻撃を何度受けているのだから戦闘していると実感してほしいものだ。そして、嬉々として剣を振り回すのはやめなさい。危ないから。


「はいっ。――あ、ミニマス発見! 女は度胸っ、とりゃあぁああああっ」


 いや、本当に分かってる?


「うにゃぁああっ」


 恐ろしく気の抜ける掛け声の割にズビシャッと豪快な音をさせて両断されたミニマスが光の粒子となって俺の腕輪に吸い込まれていく。あとでパーティで分配するので、パーティリーダーが一時的な保管することになっている。

 この辺の仕様は特にゲームのときと変わりないようだ。


「それにしても……」


 不思議だ。何故、マールが攻撃しても血が出ないのだろう?

 気付いたのはマールが最初にミニマスを攻撃したときだった。切り付けたはずなのに何故かミニマスから血が出なかったのだ。その後とも何匹か倒してみたが結果は同じ。

 試しに俺がミニマスを攻撃すると普通に血が出た。最初のミニマスはかなり戸惑ったが、次からは落ち着いて対処出来た。まぁ、戦闘に慣れるのは如何なものかと思うが、いざというときに動けないという事態だけは避けたいのだ。

そのための“訓練”だと割り切ることにした。

 しかし、解せない。俺が攻撃したときに出る血飛沫はマールにも同じように見えているのだが、マールが攻撃したらマールはもちろん、俺にも何も見えない。この違いは何だろうか?


「何でマールが攻撃したら血が出ないんだろうな?」

「んー……何ででしょうねぇ」


 マールも不思議そうに首を傾げていたが、「あっ」と声を上げた。


「もしかして、血飛沫の演出効果をオフにしているからかも」

「……あ、ああっ。アレか」


 サービス開始当初、リアリティを追求するという意味で血飛沫の演出がデフォルトだった。

 ただ、若年層が多くなり、色々と問題になり始めて切り替え機能が追加されたのだ。一五歳未満のプレイヤーは強制的に血飛沫の演出はオフとなり、それ以外のプレイヤーは任意で切り替えが出来るようになっていた。


「私は結構リアルだって聞いていたので、ちょっと嫌だなと思って最初からオフにしていたので」

「なるほどね。でも、それを変更出来るような項目ってあったかな」


 昨日から色々と腕輪のメニューを調べてみたが、それらしいものはなかったと思う。

 とりあえず、駄目元でメニューを開いて上から探していってみると、一番下に“各種設定”という項目を見つけた。


「……あった。それらしいの見つけた」

「え、ほんとですか?」

「“各種設定”って項目がメニューの一番下に増えてる」

「あ、ほんとですね。私もあります」


 なんだ、これ?

 さっきまでこんな項目はなかった。この腕輪も謎が多いな。そう思いながら“各種設定”をタップすると、二つの項目が表示された。


「うわぁ……なんですか、これぇ」


 同じように“各種設定”をタップしたのだろう。マールが驚嘆の声を上げる。


 そこに表示されたのは、

 象徴・描写表現設定(一五歳未満はOFF設定:切り替え不可) 現在の設定:ON

 素材自動ドロップ設定 現在の設定:ON

 の二つであった。


「象徴・描写表現設定って言うのがONになってるな。ドロップもONだ」

「私は表現設定はOFFになってます。ドロップは私もONですね」


 ならば、象徴・描写表現をOFFにすると、血飛沫は消えるということだろうか?


「試してみるか」


 と、いうわけで設定をOFFにして実験開始。

 ……。

 ……。

 ミニマス三匹を討伐。

 結果、消えました。先ほどまで見えていた血飛沫は見事に消えました。


「消えましたね」

「んー……何の意味があるのか、さっぱり分からん」

「ですねぇ。OFFにしていてもONの人が攻撃したのは普通に見えるわけですから」

「だよなぁ。普通、ああいうのってOFFにしていたら見えないと思うんだ」


 そうでなければ設定する意味がない。


「ONにしても特に変わらないんですね」

「そりゃ、戦闘をしなければ変わらな――」


 どうやらマールも切り替えてみたようだが、普通にしていれば変化があるわけでない。そう思いながらマールを見やるも、そこで言葉を失う。


「その血……それに、鎧が傷だらけじゃないかっ」

「……え?」


 思わず叫んでしまった俺にマールは不思議そうに自身の姿を見て、暫し沈黙。


「きゃあぁあああっ」


 そして、草原に響き渡る大絶叫の悲鳴を上げた――

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