第6話:現実となった幻想⑤

 ようやく『倉庫機能』が使えるようになりました!


「これで色々と試せるっ」


 ギルドを後にして、昨日寝泊まりした町の一角まで戻ってきた俺達は、撤去したばかりのサバイバルセットを広げて休憩タイムに入っていた。


「げ、元気ですね?」

「そりゃ、ね。懸念していた問題が一つ解決からさ」


 両手を天に突き上げて嬉々とする俺とは対照的に、どこか疲れた様子のマールは小さく嘆息していた。


「大丈夫?」

「え? あ、はい……」

「いや、大丈夫そうに見えないけど」


 何とも歯切れの悪い返事だな。と、マールを見やれば何故か目を逸らされた。


「それで、その……何をするんですか?」

「あ、ああ――そういえば言ってなかったね。俺、生産職なんだよ」

「え? 魔導士……じゃないんですか?」


 確かに魔導士然とした恰好しているから間違うのも無理はないか。


「これは戦闘用の装備ってところかな。まっ、普段の装備もローブが主だから変わり映えしないけどね」

「は、はぁ……」

「で、倉庫が利用出来るようになったから生産をしてみようかと思ってね」


 いまいち理解出来ない様子のマールを他所に“倉庫機能”をタップして倉庫内の素材を確認。

 『ナイトメア・ハウス』で獲得した素材もある。新・四強窟の素材も、旧・四強窟の素材もある。他にも希少素材は問題なく確認出来た。


「よかったぁ……素材は問題なくあったわぁ」

「えっと、……おめでとう、ございます?」


 困惑するマールのおめでとうを聞きながら、さて何を作ろうかと思案する。

 とりあえず、現状で生産が可能なのか、生産を行った場合にどのようなことが起こるのかを確認しておきたかった。

 なので、希少素材を使うのはやめておこう。失敗して消失など目も当てられないからな。


「なら、アレを作ってみるか」


 昨晩の話題にも出来てきた青銅鎧。


「さて、と……生産は――」


 メニューを開いて確認。

 一覧の中に“生産機能”を見つけ、タップする。すると、半透過ディスプレイが切り替わり、『生産手順書一覧』の文字が表示された。


「んー、このまま生産が可能なのか?」

「どう、なんでしょう」


 ゲームのときは生産道具などなく、素材のみで生産が可能だった。なので、ゲームに準じるのなら腕輪の機能としてあっても不思議はない。

 隣で首を傾げるマールを度々無視して悪いが、表示された文字をタップしてみる。


 制作部類クリエイトカテゴリ

 武器類

 防具類

 装飾品類

 薬品類

 魔道具類

 ……。

 ……。


 などなど、ズラリと表示されていく分類を目で追いながら、防具類をタップ。

画面を下にスクロールさせながら目当ての代物、青銅鎧を探し出してタップすれば、そこには見慣れた画面が出来たので、思わず笑みがこぼれそうになった。


「おっと……その前に装備を変更しなくちゃな」


 今は魔力特化の装備だから、生産の補正用装備に切り替えて。


「きゃっ」

「っと、ごめん」


 そりゃ、いきなり目の前で服が変われビックリするわな。


「い、いえ……今のは、一体」

「今のは即時切替クイックチェンジ。装備の切り替えを瞬時に行う機能だから覚えておいた方がいいよ」

「そ、そうなんですか」


 全身黒ずくめになった俺を眺め、感心するマール。

 一応、周囲に人がいないのを確認してから行っているので問題はない。即時切替クイックチェンジは機能として存在するから問題はないが、装備が目立つというのもある。加えて、生産の過程がどのようになるか分からないので、人が少ない方が都合はいい。


「――にしても、少なくなったなぁ」

「みんな、移動したのでしょうか?」

「んー、街中では結構見かけたから、移動したってわけじゃないと思うけど」

「でも、互助組織の支部には誰もいませんでしたよ?」


 確かに不思議なんだよな。

 この状況で情報を得ようと思ったら、あの場所ほど有益な情報があるところはなかった。いや、気付いた俺もそれまで存在すら忘れたような場所だから寄り付かないのも分かる気がする。

 倉庫機能を使用可能にしたあとで、色々と新人のフリをして聞いてみたが、ゲームのときとはいくつか違う部分もあって戸惑ったものだ。

 その中で気になったのは所属クランと名前は確認されたが職業はされなかった。そのことについて聞くと、職業開示が出来るのはギルドマスターと幹部職員のみで、一般職員は所属クランと名前以外は分からないそうだ。また、無用な騒動を避けるために受付では所属クランと名前以外の確認はしないようにしているとのこと。職業差別とかあるのかなと思ったがその辺については言葉を濁された。

 そんな感じで美人受付嬢さんの喜怒哀楽ある顔を見ながらこの人も生きているんだなと実感した。否、してしまった。

 まっ、それはあとで考えよう。今は生産機能の確認を優先するべきだな。


「それじゃ、生産をしてみるから俺のうしろに来て」

「え? えっと、危険……なんですか?」

「それを確かめるための、実験……みたいなものだな」


 鍛冶場などの施設がなければ制作が出来ないのか、それとも腕輪の機能だけで制作が可能なのか。その辺りを確認する意味合いもある。

 若干顔が引きつるマールは早足で俺の背後に回り、背中に張り付いてきた。ゴツゴツとした感触がローブ越しに感じるだけで浪漫の欠片もないが、とりあえず集中しよう。


「それじゃ、いくよ」

「は、はいっ」


 上擦ったマールの声に苦笑しつつ、『生産開始』をタップする。


「うおっ」

「きゃっ」


 ピポッという馴染みの音と共に、眼前に一メートル強の発行体が突如浮かび上がり、それはキュルルルッと音を立てながら高速で回転をはじめた。


「……」

「……」


 唖然とその光景を見つめる中、発行体は徐々に集束して何やら形成しはじめ、やがて一気に弾けるようにして砕け散った。


「え? し、失敗……?」

「いや、違う」


 戸惑うマールは背後でオロオロとしているようだが、俺はこの光景に見覚えがあった。唖然としてたいのは見覚えがある光景が再現されていることに単に驚いたからだった。


「おおっ……」


 光の欠片が砕け散り、舞い落ちていく。

 そして、光が収まった先には鈍い青色を放つ鎧が宙に浮いていた。


「これは、何とも――」


 言葉にうまく出来ないが、はじめて高レア装備が成功したときの感動に近いものがある。

 フワフワと浮く青銅鎧を支えるように手を添えると、フッと何かが弾けて腕全体に重みがかかってきた。


「――っと、と……見た目に反して、意外と……軽いのか、これ」


 ゲームときには重みなど感じるはずもなく。だが、現実リアルとなった現在いまでは重みも感じるようになったのか。

 当たり前といえば当たり前だな。今着ているローブも布製だが重さはあるのだ。


「あ……」


 そこで失念していたことに気付いた。

 これを女性に――マールに装備させるのは大丈夫なのだろうか? と、いうことを。

 でも、それを試すしか方法はないよな。何事も検証あるのみ。


「す、すごいです……」


 間近で見ていたマールは驚きを隠せず声を震わせているが、その気持ちはよく分かる。俺も驚いたし。


 『青銅鎧・改』

 レア度:Ⅲ 一般的な青銅の鎧を改良したもの。

 スキル P:物理抵抗 物理攻撃一〇%ダウン 物理防御三〇%アップ

 VIT+七 STR+五 LUK+六


 鑑定してみると、中々の代物だった。

 青銅鎧は店売り品はレア度:Ⅱだが、生産でごく稀にレア度:Ⅲが出来る。今回もそのケースのようだ。そして、この装備にも防御力表示がない。

 もしかしたら、何か別の方法で確認する手段があるのかも知れない。あとで調べるとするか。


「とりあえず、マール――」


 青銅鎧をインベントリへ収納して、半透過ディスプレイをタップして操作しつつ、マールへ声をかける。


「は、はい。何でしょうか?」

「あ、うん。えっと――あった。これを――これでいいのかな?」


 半透過ディスプレイをタップして、マールへと腕を付き出す。


「え?」

「この青銅鎧をあげるから、“アイテム取引”を承諾して」

「え、え?」


 マールに見えるよう突き出した半透過ディスプレイにはこう表示されている。


『アイテム取引を開始します。取引相手は中央に触れてください』


 ゲームのときでは見なかった一文に首を傾げなら、マールを促す。が、どうも状況が呑めずに混乱しているようだ。


「いえ、あれを……ですか?」

「そう。ちょっと腕輪の機能を試したいと思ってね。ささっ、ここに触って」

「え、あ――は、はい」


 言葉だけ聞くとかなり危ないが、俺の勢いに圧されるまま恐る恐る半透過ディスプレイにマールが触れると、ピポッと馴染みある音が二つした。


「あ、あれ?」

「多分、取引するからその通知がいったんじゃないかな」

「あ――はい。取引相手確認中ってなってます」


 腕輪を操作して半透過ディスプレイを見るマールが頷く。


 『取引相手はマールです。間違いなければ取引主が了承してください』


 表示される文章を確認して承認。

 これもゲームのときにはなかった。ゲームのときは個人取引は相手の名前をタップして取引申請を行っていた。


 『取引アイテムをインベントリから登録してください。最大で一〇個まで登録できます』


 ここは変わりないのか。

 インベントリから青銅鎧を選択して登録をタップ。


「そっちはそのまま完了をタップして」

「は、はい」


 『ワタルからマールへ《青銅鎧》が一つ取引されます。マールからワタルへの取引はありません。取引を完了しますか?』


「そのまま承認押して」


 マールが頷き、俺も承認をタップする。


 『取引が完了しました』


 ピッと音がして半透過ディスプレイの表示がメニュー画面に戻った。


「……お、青銅鎧がなくなってる」

「あ、青銅鎧があります」


 ふむ、どうやら取引は成功したようだ。

 まぁ、どうやってアイテムが移動したのか分からないけどね。


「でも、普通に手渡しって出来ないんでしょうか?」

「あ……」


 その発想が抜けていた。

 よく考えたら朝もインベントリから取り出した卵やパンを手渡したではないか。何故忘れていた、俺!


「そ、そうだね。試してみようか」

「は、はい」


 うん、君が察しのいい子でお兄さんうれしいよ。無用なツッコミはなしでお願いします、主に精神的なダメージのために。

 軽く現実逃避しながら、インベントリの中からHP回復ボーションを取り出す。


「じゃあ、このポーションを受け取ってみて」

「はい」


 差し出したポーションをマールは普通に受け取る。


「それをインベントリに入れることは出来る?」

「ちょっと待ってください。…………あ、出来ました」


 問題なくインベントリへ収納されたようだ。

 ゲームが現実になったことで、思考がゲームに引き摺られていたのか。アイテムの取引はこうするものだ。って、一種の固定概念が出来上がっているのだろう。

 これは注意しないとヤバイな。


「アイテムの受け渡しは“手渡し”でも可能ってことか」

「そう、ですね。でも、そうなると――」


 腕輪の“アイテム取引”は何のためにあるのか? ってことだが、それはすぐに分かった。もう一つ懸念すべき事柄がある。

 現実となったことでゲームのときでは不可能だったことが、現実だからこそ可能となることもある。

 それは、PK――プレイヤーキラーがある。

 アップデートの告知に、『セーフティエリア内であってもNPC(一般人)と戦闘行為は可能です』とあったが、これは対プレイヤーを想定した内容だった。ならば、プレイヤー同士の戦闘も可能ということだ。そして、戦闘に勝てば装備を、アイテムを奪うことは可能ということになる。

 さすがに、これらをここで口にするべきではないだろう。彼女をこれ以上不安にさせても仕方ないし。


「取引内容を記憶しておくことが出来るってことか」

「みたいですね」


 マールの腕輪にも取引内容は記憶されているようだ。

 恐らく、取引を証明する証書のようなものなのだろう。無用なトラブルを避けるという意味ではこちらを利用するのは妥当だろう。手渡しは信頼出来る相手なら問題はないだろうが。

 もしかすると、“アイテム取引”は互助組織にログのようなものが残っている可能性もある。あれだけハイテク? な装置があったのだ。それくらいのことが出来ても不思議はないと思う。


「あ、そうだ。ちょっと俺の腕輪を触ってみて」

「え?」

「自分の腕輪を操作するようにやってみてほしい」

「え、はい」


 言われるがままにマールが俺の腕輪に指を伸ばす。しかし、腕輪は何の反応も示さず、マールの指は空しく宙を彷徨っていた。


「どうやら、腕輪は他人が操作出来ないようだな」

「みたいですね」


 ある程度は予想していたが検証することは大事だ。

 一応、これでインベントリや倉庫のアイテムが奪われる心配はないことが分かった。とはいえ、それに過信するのは危険だから用心するに越したことはない。


「んじゃ、もうちょっと実験に付き合ってね」

「は、はい」


 青銅鎧だけではさすがに不安がある。ならば……。

 それから、実験という名目で青銅シリーズの装備一式を制作してマールへ押し付けたのだが、泣きながら感謝されてしまい、昨晩と同じく泣き止ませるのに四苦八苦した。

 自己満足も多分にあったので、泣かれるのはさすがに堪えたよ……。



 ☆☆☆☆☆



 全身を鈍い青色をした青銅シリーズで統一したマールは、未だに落ち着かない様子で自身の姿を確認していた。“装備変更”から装備する方法と、インベントリから出して直接装備する方法を試してみたがどちらも問題なく出来た。あと、装備すると自動的に身体へフィットする仕様のようで、青銅鎧は女性的な身体のラインを描いていた。

 野暮ったい印象だった皮鎧から青銅鎧に変わったことで以前よりも騎士っぽくなった……気がする。

 防具を青銅シリーズ。武器をロングソードとアイアンバックラーに変えた。


「重さは、どう?」

「それほど感じないですね。特別重いって感じでもないですから、動き難いってわけでもないです」

「そっか」


 ロングソードを二度、三度振り、バックラーを構えるマールは見た目だけは様になっている。

 手に持った感じはそれなりの重さを感じたが、マールが問題と言うのなら大丈夫なのだろう。

 これで装備はしたけど動けない。という事態はなさそうだ。装備の重量軽減がどのように作用しているのは要検証としておく。


「でも……本当に、いいんですか?」

「いいってば。実験に付き合ってもらったお礼だからさ。その装備ならこの辺の魔物は脅威になるものはいないはずだから」


 ゲームのときならだけどね。とは言わない。

 恐らく、町を出れば嫌でも経験することだ。少しくらい目を逸らしてもいいだろう。


「さて、昼飯はどうするかな」


 ご飯のためにサバイバルセットを出すのは面倒だし。


「食べ物屋さんみたいなのがあればいいんですけど……」

「探してみようか。もしかしたら知り合いがいるかも知れないからね」

「そう、ですね。――はいっ」


 元気よく返事をするマールを伴い、食べ物屋を探すべく歩き出した。

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