⑨決断
「リターンで!」
突然愛美がそう言った。
泣き腫らした目と、ギュッとへの字に結んだ唇に、何か強い意志のようなものを感じた。
「あの子達には私しかいないんだもん。帰らなきゃ」
そう小さく呟いた愛美は、また目を赤くして涙をいっぱい溜めていた。
「ねぇ、その場合この世界はどうなるの?私達がバラバラの選択をした場合……無くなったりしない?」
夏希が確かめるようにタクシー運転手に問いかける。
運転手は前を向いたまま微動だにせず、ただ黙っている。
「詳しくは教えられないって事ね?分かったいいわ」
夏希はそう言うと、徐に私の顔を見つめ、無言で頷いた。
分かってる。
私も決めないとだよね。
私は一度大きく深呼吸すると、グッと息を止め一点を見つめたまま少し黙った。
何が一番いい選択なのか……これからの人生どうなるのか。
何も分からない。
でも……本来それが人生ってやつだ。
だから、今一番良いと思えるものを選べばいい。
「……ステイで。ステイでお願いします」
私がソレを言い終わるや否や、タクシー運転手はギアをドライブに入れた。
車がゆっくりと動き出す。
瞬間、隣に居るはずの愛美だけが何かのバグのようにザザッ、ザザッと音をたてながら砂嵐のようなかすれ具合で見え隠れし始める。
「愛美っ!」
思わず叫んで手を差し出したが、愛美は『サヨナラ』と言いながら、あっと言う間に姿を消した。
と同時にビックリ眼の少しだけ雰囲気の違う愛美が現れた。
「ま…なみ?」
そう言って首を傾げる私に、
「なんで?なんで2人共戻ってるの?」
と、不思議そうに呟き、私達は何となく無言のまま、色々な事を一気に悟った。
―2016年―
この世の中には、私以外の私が数人いて、それぞれ別の空間でそれぞれの人生を勝手気ままに送っているのだと思う。
別空間から帰って来た愛美の話によると、この愛美も私達同様に同窓会の夜にリルートして人生をやり直していたらしく、勿論幸せだったが、元の世界に残してきた息子の事が心配で戻って来たのだそうだ。
別人でも、やはり愛美は愛美なのだと思った。
だとすると、この戻って来た愛美がいた世界は、もしかしたら私達が元いた世界なのかも知れない。
そして、その世界で人生をやり直した私は、主婦として主婦なりの幸せな人生を見つけられたのかも知れない。
そんな想像を巡らせつつ、真相は闇の中。
決して明かされることはないのだろう……。
ともあれ、私はもうこの世界で生きて行くしかない。
頑張ろう。
そうそう、そう言えば!
最近元夫に再会した。
47歳のくたびれたオヤジである彼は、都内のマンションに一人暮らしだそうだ。
私と縁が無かった以来誰とも巡り会わず、未だ独身。
あの絵に描いたような亭主関白が、現在は自炊をしているのだそうだ。
その姿を想像すると、なんか笑える。
そして、今の彼となら、あるいは上手くやっていけるのかも知れない……なんて思ってしまう自分に、ちょっと驚いている。
『リルート』
きっと誰もが一度は望むことなのだと思う。
まさか自分がそんな経験をしようとは夢にも思わなかったけど、神様、貴重なチャンスをありがとうございました。
これからの人生、頑張って幸せになります。
それから1年後、私は『リルート~私がステイを選んだ理由~』を出版した。
by KAORI (aoicoco)
リルート~人生の選択~ 夏氷 @aoicocoro
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