第8話 幕間―――メモ
ボクは芽衣香さんの家のソファーで目を覚ました。
車でここまで送ってもらって、それからすぐに眠ってしまったのだ。起き上がって、昨日のことを考えるとさらに頭がこんがらがってくる。ボクはトースターで食パンを焼く間にフライパンにバターを引いて温める。
キッチンのシンクにはここ数日、洗い物がたまっていて、蛇口をひねると茶碗にたまった水がはねる。小皿が排水溝を塞いでいるせいで水が流れずにシンクにたまっていくので、いい加減洗い物を片づけようと、火を弱火に落としてスポンジを手に持った。
洗い物が終わってから卵を2個、ボウルに溶いて砂糖と塩を適量入れてフライパンに注ぐ。箸でかき混ぜながら、家を出る時間をぼんやり考える。
フライパンを温めすぎたせいで、少し焦げのできたスクランブルエッグをさっき洗ったばかりの小皿に乗せる。
タイマーをセットしていたはずのトースターはコンセントが抜けていたせいでパンは生のまま挟まっていた。どうやら、寝ぼけているらしい。
コンセントを入れなおして、ようやくパンの焼ける香ばしい匂いが広がる。
テーブルにスクランブルエッグとケチャップ。センパイ用のシーザードレッシングを取ろうと冷蔵庫を開けたときに、そういえばセンパイはいないんだったと思い立って、ケチャップだけをテーブルに置く。トースターが音を立てた。ボクはパンを平皿に載せてテーブルにつく。スクランブルエッグにケチャップをつけて、そのままパンに乗せてかじる。
これまで聞いた話をまとめようと、パンの耳をかじりながら考える。
ぺちゃ、とパンからスクランブルエッグが小皿に落ちた。けれどそのままパンだけかじりつく。この島には二つの家がある。その神籠と霧島。その二つについて考えてまとめてみると、こういう感じになるだろうか。
霧島家
・ 霧島家の女性は雨を降らせる力を持っている(ハル、島の住人)。
・ 禁足地に住んでいて、力を隠すための隠れ蓑として神籠家を利用(芽衣香)。
・ 先代まで互いに交流があったけれど、ロケット開発基地の件を境に断絶(ハル)。
・ 断絶の理由は開発基地に禁足地を譲った経緯による(ハル)。
・ ロケット打ち上げ中止は、雨女の降らせた雨のせい―数回に渡る(芽衣香)。
・ 先代の霧島茜―雨音の母親―は、開発基地の所長だった(雨音)。
・ 郷土史料―芽衣香私物―には、開発基地側と島側の対立があった(芽衣香)。
・ 打ち上げ中止は、開発基地の当時の所長判断(がんちょさん)
神籠家
・ 予知能力を持っている(がんちょさん、ハル、神主さん)
・ 現在、ご神体をロケットにしている(ハル)
・ 開発基地(禁足地)への侵入を頑なに拒む(神主さん)。
・ ハルの母親が打ち上げ失敗の予知夢を見た(がんちょさん)。
・ 雨女の力を使って、当時の所長を脅迫してロケット打ち上げ中止に追い込んだ(芽衣香)。
・ そもそも予知能力はなく、島の支配と地位を保つために霧島家を利用していた(芽衣香)。
・ 禁足地を開発基地側に譲ったことを怒っている(ハル)。
・ 島側と開発基地側の対立に霧島家が巻き込まれた?(郷土史料)。
・ ハルは数日以内にロケットが打ち上げられて、失敗すると予言(ハル)。
いくつか矛盾があるからすべてを鵜呑みにはできないけれど、雨音の話を信じるなら芽衣香さんは自分の経歴を偽っていたことになる。芽衣香さんは神籠家に雇われて雨音の世話や勉強を教える教師としてやってきたと言っていたけれど、研究員だった時期からすでにこの島にいた可能性がある。
それを考えると、芽衣香さんはロケット打ち上げに関する出来事もすべて知っていることになる。それから、あのとき手渡された郷土史料。センパイに言わせると嘘っぱちらしいし、あれをそのまま信じていいものか。
ボクは「……たしか」とソファ横のカラーボックスに入れておいた郷土史料を手に取った。表紙には睡蓮の花が描かれていて、毛筆体で『鳴神島島史』と書かれてある。最後のページを開くと、出版年は1983年。つい2年前で、冊子自体もまだ新しい。
芽衣香さんが嘘をついている可能性がある以上、話を信じるわけにはいかない。
「センパイ……何かわかったのかも」
ハルの預言めいた言葉をまるっきり信じてはいないけれど、この島には触れてはいけない何かがある。もし芽衣香さんが嘘をついているとしたら、わざわざあんな冊子まで作ってボクらを惑わそうとしているからだ。
センパイの言うとおり、中止の決定にしてはあまりにも理由がなさすぎる。―――しかしその理由があるとしたら、そのときの所長が雨音の母親だったということ。
雨音が本当のことを言っているとしたら、雨音の母親と、ハルの母親の間に何かがあったとも考えられる。もし打ち上げができなかった明確な理由が、天候の他にあったとすれば。
僕は、前にハルから喫茶店で貰った鉄の板を取り出す。『雨のために―――』、この先に続く文章がわかれば、きっとあの打ち上げ当日のことだって明らかになるはずだ。
話をまとめた広告紙を3ツ折にしてポケットに突っ込む。
センパイのキャンプ地は、ちょうど社翁山から住宅街に降る県道の途中。落石注意の看板が近くにあったから、たぶん入り口はわかるはずだ。
あの人が移動していなければ、の話だけど。
昨日ハルに起きたあの預言に関する出来事を話して諦めてくれるとは思えないけれど、放っておくのもまた問題だ。
「本当に、手のかかる人だ……」
チェーンが外れた自転車はまた置いてきてしまったから、ボクは小走りで畦道を行く。うだるような暑さの中、太陽がじりじりとボクの肌を焼いている。
ときどき田んぼを見に来る島の人たちや、トラックで畦道を走る風景はいつもと変わらない。ただきっとどこかに、あのロケット打ち上げ中止の日から時間が止まってしまった当時の手がかりがあるはずだ。
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