仮面
東京電力での時限爆弾は不発弾となり未遂に終わった。
しかし、依然、中園の行方及び拉致による北陸電力並びに東京電力への電力供給停止の脅迫メールの首謀者の行方、そして中山競馬場での現金強奪事件の犯人逮捕は未解決のままだった。
二月に入り三島は、中井が入院している金沢市大手町にある病院へ、北風が吹き大雪の積もる中、見舞に訪ねた。
「どうだ、その後体調の方は」
三島は、病室へ入るなりベッドに横になっている中井へいつもの仕事の調子で快活に言い、病人を気遣う風でもなく大股で窓際へ行き外の景色を眺めた。
部屋の窓からは金沢の名所・兼六園がある金沢城公園が雪景色となって見えた。
「ああ、別に病気じゃないからもう体力も回復したし大丈夫だ。明日にでも退院しないと会社も大変だし」
中井は気丈に答えた。それに中井としてもいつまでも休んでいるわけにもいかず、いろんな事が気がかりだった。
「ところで、お前、捕えられてから結局首謀者には全然接触出来なかったということか」
三島は、病室の窓から外の雪景色を関心しながら眺めていたが振り向きざま気になっていたことを聞いた。
「そうなんだ。最初に気付いたのが独房らしきところで、それから・・・・移動させられて、あの倉庫みたいなところに隔離されて、その間、兵士らしきものに随行されただけで、それ以外には誰とも会っていない。タカは韓国での拉致事件の首謀者と同一犯と思ってるんだろう?」
中井はすでにベッドから身体を起こしていた。
「そうだな、これだけ手口が似通っていて、しかも仕掛けてきた内容からしてもまずイ・デホの仕業と見て間違いないと思ってるんだが」
「そういえば、よくよく考えてみれば、俺はイ・デホがどんな顔をしたやつかも知らなかったからなあ」
「確かにそう言えばそうだな。ハッカーだからそうかもしれん。仕事先の韓国旅行代理店の担当になりすましてたから俺はよく知っているけどな。こいつだよ、見てみるか」三島はそう言いながら携帯の写メに納めたイ・デホの写真を中井へ見せた。
「・・・・ん?・・・これは・・・東京電力の中園じゃないか」
中井は何でここで中園の写真を三島が見せるのか不思議に思いながら言った。
「えっ、なに?」
三島は中井に見せた写メを間違ったと思い改めて自分で見直した。
それは紛れもないイ・デホの写真だった。
「おい、中井、これが誰だって?」
三島は慌てて聞いた。
「え、中園じゃないのか?ま、まさか、そいつが・・・・」
「紛れもないイ・デホだ!」
三島の頭の中を電光石火のごとく、今まで解けなかった難解なパズルが崩れ落ちていった。
<なんてこった、中園がイ・デホなのか、イ・デホが中園なのかそれは分からないが、ともかく東京電力のシステム室長がイコール今回のハッカー集団の首謀者だったということか>
<やつは、東京電力のシステム室長であるがために電力会社の内部事情を熟知している。どこをどうすれば電力の供給がストップするのかもよく知っている。さらにコンピューターのハッキングに精通している彼は、その立場を利用して、韓国の旅行代理店の社員、ホテルの経営者、大学研究所の教授に成りすまし、自分の姿をカモフラージュしていたんだ。そうしておいて、関係者を拉致し、優秀なハッカーを集め電力会社への攻撃を仕掛けて来た。中園本人が拉致されたのも一人芝居であって、拉致被害者という絶対的な隠れ蓑を使い捜査の矛先を撹乱させた。中園のデスクからメール送信してきたのは清掃係りのフリをしてた中園本人だったんだ>
「おい、タカ、どういうことだ?」
中井は考え込んでいる三島に向かって問いかけた。
「中園というシステム室長がイ・デホだったんだ。あるいは、イ・デホという本物がいていつの時点かで中園という人物に成りすましたのかも知れない。いずれにしてもやつだ」
三島はすぐに西田へ連絡を取り、その旨を告げた。
警視庁の対策本部へ伝令が飛び、中園の拉致被害が急遽、被疑者手配へと変えられた。さらに伝令は全国の指名手配、そして韓国警察、国際手配にまで及んだ。
事件の全貌は全国に知れ渡ることになり、マスコミ各社によるテレビ放映のニュースでも連日の報道となった。
九州とはいえ、福岡市は玄界灘に向いているため冬の間は厳しい寒さとなる。
一月から二月にかけては、時折雪が降ることも珍しくない。
福岡の繁華街、中洲の冬はなべ料理である“もつ鍋”が人気である。
「なんだか凄いことになってますよねえ」
もつ鍋専門店でもある和多屋の女将、妙子が大崎に酌をしながら言った。
テレビの画面には、警察官に脇を抱えられ警視庁へ連行される中園の様子が映し出されていた。
「そうだねえ、びっくりだな」
大崎雄一郎はただただ他人事みたいに言い、注がれたお猪口の酒を口に含んだ。
この一連の事件が、大崎を含めた関係者に降り掛かったものとは、どうしても理解し難く、まして同じ会社に在籍する三島がその事件に関与し、中心となって解決していってるということも、現実のものとは理解し辛かった。
「大崎さん、でもイ・デホが東京電力のシステム室長だったとは驚きですよね」
隣席していた若菜祐樹が聞いた。
「確かにな。でも東京電力のシステム室長とはいえ、一介のサラーリーマンがいくら野望というか企みを持ったところで、そうそう韓国の旅行代理店やホテル経営者、果てはコンピューターの権威者である大学教授?そんなのに成りすますことが出来るとは思えんがなあ・・・・ひょっとしたら逆なんじゃないか」
「と、言いますと?何か巨額の資金を持ったテロリストが真の姿で、とか・・・」
「そうそう、実は本当の中園はどこかに拉致されてて、どこかで彼にすり替わったとか・・・・」
「でもそれだと東京電力で顔がばれてるじゃないですか」
若菜は、もつ鍋を食べる箸を口へ持って行きながら聞いた。
「いや、そうとも言いきれん。たまたま顔がよく似ていてちょっと整形すれば誰も気付かなかったのかも知れん。よくテレビの推理ものでもあるじゃないか」
「う~ん、何か奥が深いドラマを見てるような・・・・」
若菜は、もつ鍋を食べる手を休め、テレビで流れる報道特集をぼんやりと眺めながら考え込んだ。
<確かに大崎さんの言う通りかもしれない。真の姿はやはりハッカーであって、日本転覆を企むために東京電力のシステム室長に成りすましたのかも。でも三島さんや鮫島さんという予期せぬ邪魔が入って彼の野望はもろくも崩れたというわけか。しかし、大崎さんも確かに分析はピカイチだが、行動力が伴わないよなあ・・・何か他人事みたいだし・・・>
若菜は大崎と酌を交わしながらそう思っていた。
その頃、警視庁に戻った三島はジョセ、西田と共に二階の会議室にいた。
「首謀者が雲隠れとなってしまったからにはどうしようもないが、また何かあったらすぐに連絡してくれ。その時はいつでも対応するから」
ジョセは、愛用するゼロハリバートン製のアタッシュケースをガチャッと閉じ帰り支度を整えながら二人に言った。
「ミスター、ミシマ!あんたの度胸と神をも恐れない肝っ玉には恐れ入ったよ。ユウヤが気に入っていた訳がわかったぜ」
トムフォードのサングラスの奥からジョセの眼が笑っていた。
「ジョセ、何かとんでもないことに付き合わせてしまったな」
三島は長い指をしたジョセの両手を握りしめながら言った。
「ユウヤの弔い合戦でもあるからな。首謀者を捕えないと終わらないんだろ」
「ああ、そうだな。裕也は自分が信じる道を突き進んでいった。だから俺もそうありたいと思っている」
「オーケイ、じゃあな、そろそろ行くぜ」
三島と西田は出口でジョセを見送った。
「西田さん、その後、中園の行方は何か手がかりがわかりました?」
三島は煙草をくゆらせている西田へ唐突に聞いた。
「警察としては海外への渡航者に対する対応は万全の体制を敷いている。だからほとぼりが冷めるまでおそらくまだ国内のどこかに潜伏しているはずだ」
「警察はどう考えているんですか?中園の本当の正体は」
「うん、彼の経歴を調べてみたが、特に際立ったものもなくごく普通の経歴だ。まあ一般的にはエリート街道を歩んできたといったところだが・・・・ただ、渡航歴を見ると二年前に頻繁に福岡経由で韓国へ渡っている。彼は生まれも育ちも関東で、大学が東京にある理系の国立大学へ行っている。東京電力へ入ってからはそれまで仕事で行った形跡はない」
「福岡を経由して韓国ですか?」
「うん、そうだ。中園とすれば、韓国へ渡るのに東京から行った方がいいに決まっている。それをわざわざ福岡を経由して出国している」
「とすれば、福岡で誰かに会うか何かの用事があったはず・・・・・・」
「おそらくそうだろう。だとすると中園一人じゃなく別の人物が係わっている可能性も考えられる」
その時、西田の携帯電話が鳴った。
「はい、西田です。・・・・何だって、中園が捕まった?」
西田の部下からの電話だった。
新潟へ向かう上越新幹線の中は、雪景色の外の寒さとは逆に調整された暖房のせいで快適な気温だった。
東京に住む女子大学生、森園享子ら三人は冬休みを利用した三泊四日の北日本の旅に向かっていた。
三人掛けの席の一番通路側に座っていた西沢加奈が気になることを言った。
「ねえねえ、享子、あの人ニュースに出てた人に似てなくない?」
通路反対側のふたつ前の席に座っていた男は、車内サービスの係と話しながら飲み物を買おうとでもしてるようだったためその横顔がよく見えた。
「えっ、どのひと」
森園享子は、通路反対側の前の席に座っていた男を覗き込むように西沢加奈の方へ身体をもたれかかった。
「本当、ひょっとして・・・・」
「でしょ、絶対そうよ、ほら」
西沢加奈はスマホのニュースサイトにあった公開顔写真を開き、見比べるように言った。二人は、小声でひそひそ話をするように、しきりにスマホの写真とその男を見比べながら話していた。窓際席に座っていた村上亜樹が二人のひそひそ話に気になって聞いた。
「なによ、二人ともどうしたの」
「いやちょっと、あの人、ほらあの向こうの人、ニュースに出てた人じゃない?」
「どの人、・・・・」
村上亜樹はちょと立ちかけて覗いた。座り直して西沢加奈が開いているスマホの写真を覗き込んで言った。
「本当だ、間違いないよ。あの人」
三人は、ニュースに出てた犯人の公開顔写真と本人を見比べて確信を得た。
通路側にいた西沢加奈は心臓がドキドキしながらも、前の男にばれないようにすぐに反身を翻し、しゃがみがちながら後ろの車両へ小走りで向かった。
西沢加奈の通報を受けた車掌はすぐに鉄道警察へ無線で連絡、次の停車駅長野駅で鉄道警察が乗り込み、座席にいた男に職務質問した。
男は最初、ただの旅行中だとトボけていたが、公開顔写真をつきつけられ身分証の提示など執拗に尋ねられると観念するように答えた。男の名前は中園泰だった。
決め手は、三島が送ったイ・デホ=中園泰の顔写真だった。
日本中を震撼とさせた犯人はあっけなく逮捕されることとなった。イ・デホ=中園泰の野望は脆くも崩れ去った。
中園の取調べには西田があたることになった。
警察の取調室にいる中園は、東京電力のシステム室長が真の姿なのか、イ・デホという日本征服を企むハッカーが真の姿なのか、全く見分けがつかないほど、生気が消えうせていた。消え入りそうなぐらい精悍さの欠片もなかった。
取り調べは困難が予想された。実際には、状況証拠だけで中園の立件を進めなければならなかった。それと、拉致された中井の証言が有力であることは間違いなかった。
三島にとっては、中園の逮捕はいまいち納得がいかなかった。あれだけ用意周到に事を進めておきながら、あまりにもあっけない逮捕だったからである。
<上越新幹線に乗っているところを乗客に見られてのことだが、顔写真が公開されていることも知っていたはずだし、もっと変装するとか、他にいくらでも雲隠れする手立てはあったはずだ。なのになぜ>
三島はどうしても合点がいかなかった。
<何かまだ仕組まれたことがあるのか、まさか、逮捕されている状況下でそれはないだろうが・・・>
<他に誰か係わっている仲間でもいるというのか>
そうした場合、その仲間にとって中園が逮捕されることは想定通りというのか。
そして逮捕されていることが想定通りとすれば、真の黒幕は次にどういう動きをしようとしているのだろうか。
当然ながら、三島も中園、いやイ・デホとしての彼を知っていることから警察への事情聴収を受けることになった。
「そうすると最初に会ったのは博覧祭の開催時期ということですね」
西田は三島へ尋ねた。
「そうです。彼の方からセールスの電話があり、その時初めて会った次第です」
「仮に、あなたに会うのが目的だったとしたら、どうしてあなたに会う必要性があったと思いますか」
「考えられるのは、私が目的ではなく私のネットワークへ接近する必要があったじゃないかと思うんです」
「ネットワーク?それはどんなことですか」
「ひとつには、私の周りにいた人物とのコネクションを炙り出すことです」
三島は西田の質問に回答しながら、おぼろげに見えない糸が手繰りよせられる気がしていた。
「それは?」
「それは、今思えば鮫島と中井との関係です」
「ということは、君達同窓生の関係を知りえたということか」
「いや、中園は知る由もないと思います」
<そうか、俺と中井、裕也との関係を知っている人物がいる。そいつが黒幕か>
<待てよ、俺達三人の関係を知っているって、まさか?>
三島は、慌てて会社にいる若菜へ電話をした。
「三島さん、どうしました?」
電話には若菜が出た。
「いや、ちょっと調べてほしいことがある。今、大崎はデスクにいるのか」
「いいえ、ちょっと出かけてるみたいですけど。何か伝えることがありますか」
「わかった。いや、別にいい」
電話を切り、西田に向かって言った。
「西田さん、中園は自ら捕まったんじゃないでしょうか」
「えっ、どうしてだ」
「事件が収束したと思わせるためです」
「なぜだ、他に黒幕がいるとでも」
「仮に黒幕がいるとすれば、中園が捕まったのも仕組まれたもので、本当の狙いはこれからだと思います。もしくは野望がくずれてしまいトカゲのしっぽ切りに出たのか・・・」
「まさか、そんな馬鹿な」
西田はそう言いながらも、逆説的に言っているのを感じていた。
<仮に黒幕がいたとして、中園はその黒幕に対してある種の忠誠を誓っているというのだろうか?そうでなければ自ら捕まったりなどするはずがない>
「もしそうだとすれば、中園はその黒幕によってマインドコントロールされていたのかもしれません」
三島は断定するように言った。
「マインドコントロール?」
「ええ、二十年前に起きたオウム真理教による事件です。あの時も優秀な学生達が物の見事にマインドコントロールという呪縛に懸かりまるでロボットのように罪を犯した」
「確かに、あれは前代未聞の悲惨な事件だった」
「でも今回は、対象となる相手が見えないから非常にやっかいです。でもどうやらその黒幕は身近にいるような気がするんです」
三島は確信に近いものを感じながら言った。
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