爆発
中井と中園は同じところに拉致されそれぞれ別々の部屋に隔離されていた。
中井が東京駅で拉致されてからすでに丸二日が経過しようとしていた。部屋の外には監視係りがいて、時折り食事が差し入れされるだけで、あとは中井の方から外部の様子は窺いしれない。中園も同様だった。二人は、それぞれの無機質な部屋でただ時間だけが経過していく不条理な現実に向き合うしかなかった。
その頃、三島は東京電力システム室の中園の部下である下田陽一と集中管理システム室で対応策について話をしていた。
「下田さん、東京電力のシステム室があるフロア図というのはありますか」
「えっ?どういうことですか」
「いや、ちょっと調べたいことがあるんですけど」
「う~ん、それはちょっと、外部にはお見せ出来ないですけど。何を調べるんでしょうか」
「あれから、色々と考えたんですけど、東京駅近くの人質の拉致とここからの清掃係りに成りすましたメール送信、そして同時に警察の動きを分散させるかのような競馬場での現金強奪、それらを考えると人質が拉致されている場所はそう遠くないような気がするんですよ」
三島は確信めいたことを言い出した。
「と、いいますと、まさかこの東京電力内に犯人一味がいるとでも・・・」
下田は困惑したような表情で答えた。
「いや、根拠は無いんですが、ただその可能性もあるかもや、ということです」
それを聞いて下田は、額に汗を滲ませ困惑したように答えた。
「いやいや、それはいくら何でも、建物全体がセキュリティで完備されていますし、まずもって不審者が入り込む余地など不可能ですよ。それに・・・・」
その二人の会話の途中に、西田が通りかかった。
三島は、ちょうどよかったとばかりに西田へ声をかけた。
「ああ、西田さん、ちょうどよかった。実はいまシステム室の下田さんと話をしてたんですが・・・・」
三島は、今の下田との会話を西田に話してみた。
それを聞いた西田は一通り話を聞くと、しばらく考え込んでから下田に向かって言った。
「下田さん、すぐにここのフロア図を持ってきてください。出来れば東京電力全体の図面もお願いします」
西田にとっては、普段であれば一蹴に付す話も、三島の言う話が、あながちそうかもしれないと感じられた。西田は、三島の持つ窺い知れない洞察力と理不尽な力に立ち向かっていく力強さに次第に惹かれていくような気がした。
下田は西田の要求通り、すぐにフロア図と全体平面図を取りに行った。
その図面をもとに東京電力内に設置された緊急対策室に関係者全員が集められた。
「まず、このシステム室のあるフロアから調べて行く。そして、この階の上の四階から上はA班、三階以下はB班で調べて行ってくれ。じゃあ全員すぐに取り掛かってくれ」
指揮官である高倉が捜査員全員に告げた。
「このシステム室のフロアだが、メインとなるシステム制御の部屋と会議室が大小合わせて十箇所、倉庫になってる部屋が六箇所、あとここは?」
西田が図面を指で指しながら下田に聞いた。
「ああ、そこは確かいま使ってない部屋です。機材など含めた収納に使っていると思います」
「よし、じゃあ倉庫になってる部屋から順番に調べて行こう」
西田は捜査員三名を連れて取り掛かった。
ひとつずつ順番に見ていった。どれも色んな機材が置いてある。四つ目の倉庫になっている部屋のドアを開けようとしたが、鍵が掛かっていて開かない。
「下田さん、ここの鍵は?」
横にいた捜査員が言った。
「確かこの鍵で開くはずです」
そう言いながら下田が鍵を鍵穴に差し込んだその瞬間、鼓膜を切り裂くような爆音とともにドアが吹き飛んだ。
下田と近くにいた捜査員が同時に吹き飛ばされた。
西田と三島、あとの捜査員は、数メートル離れ柱の影に隠れていたために難を逃れた。
三島が慌てて倒れている下田と捜査員に駆け寄ったが、二人は吹き飛ばされたドアの破片を身体中に浴びてぐったりとしていた。
「西田さん、これは東京電力全体に罠が仕掛けられているかもしれない!」
三島は振り向き様に言った。
西田が、無線機を取り出し関係者全員に緊急連絡を告げた。
「こちらB班、システム室の東南角の倉庫前で爆発が起きた。倉庫のドアに爆弾が仕掛けてあった。他にも仕掛けられている可能性がある。至急救急車と応援を頼む」
伝令を受けて緊急対策室にいた指揮官である高倉はすぐさま救護と応援を出動させた。
西田と三島は、吹き飛ばされたドアから部屋を覗いた。ドアの奥には中井がロープのようなもので縛られ横たわっていた。
「おい、中井、大丈夫か」
意識朦朧としている中井を揺り動かしながら三島が叫んだ。
「おい、中井、もう一人はどこだ?東京電力の中園さんだ、彼はどこだ?」
「・・・し、知らない・・・」
中井は息もたえだえだった。
「西田さん、救護が来たら中井を頼みます」
「三島さん、ちょっと、どこへ」
西田の問いかけに答えず、三島は部屋を飛び出した。
三島は、駆け出しながら携帯電話でジョセに連絡を取った。
「倉庫前に爆弾が仕掛けてあって怪我人が出た。他にも仕掛けてあるかもしれない。そっちで何とかわからないか?爆発があった箇所はシステム室の東南角の倉庫だ」
ハッカーであるジョセに話したところでどうなるものでもないとは知りつつも相談してみた。
「何だって?爆弾、ちょっと待ってくれよ・・・・わかった、何とかやってみる」
ジョセは三島の無理難題を受けて、コンピューターに東京電力のスリーディー立体モデルを表示させ、つぶさに見ていった。
見たところで、爆弾が仕掛けてあるかどうかわかるはずもなかった。
ジョセは、一か八か勘に頼るしかないなと思った。
「全く根拠はないが、ハッカーがしでかすとしたら、割とシンメトリ(左右対称)を好む人間が多い」
「なるほど。だから?結論を先に言ってくれ」
三島は催促するように言った。
「だから、東南の対角線上、北西の角、念のため北東、南西の角、そして・・・・そして真ん中・・・・システム室!?」
「そうか、わかった。前回と同じ手口だ。おびき寄せて壊滅させるやり方だ。警視庁のサイバーポリスが今システム室に集まっている」
三島はようやくイ・デホの企みの糸口が見えた気がした。
はじめは、韓国で民間人を拉致し電力会社へサイバー攻撃を仕掛ける。さらに対抗する鮫島を葬り去り、本格的に電力会社へのサイバー攻撃を仕掛ける。
そうしておいて警視庁のサイバーポリスを集中させ一網打尽に壊滅させるつもりだ。
最終的には対抗措置が取れなくなった日本の電力会社に対して本格的なサイバー攻撃をするつもりだ。
三島はすぐに西田へ連絡を取った。
「西田さん、システム室にサイバーポリスが集合していますよね?そこが一番危ないかもしれない。すぐに全員避難するように」
「どうしてだ、何かあるのか」
西田は慌てて聞いた。
「ともかく、こちらの動きはつぶさに把握されている。すぐに!」
三島は有無を言わせない強い口調で言った。
西田はすぐに緊急対策室に連絡を取った。
連絡を受けた高倉本部長が管内にいた全員にフロアの移動を命じた。
同時に中井の元へ救急隊が駆けつけていた。担架に乗せられて三島の前を通り過ぎようとしていた。傍らに西田が付き添っていた。
「おい、中井、しっかりしろよ」
ひざまづく三島の声掛けに中井が口を開いた。
「・・・システム室、に、時限爆弾が・・・」
「えっ、中井、何だって?」
「時限爆弾が、しかけて、ある」
中井は意識朦朧としながらもはっきりとそう答えた。
三島からの連絡を受けた高倉は捜査員に時限爆弾を探すようすぐに指示をした。
三島と西田もシステム室に駆けつけてきていた。
捜査員がシステム室長の机の下を探していたら机の裏に起爆装置のようなものを発見した。
「本部長、起爆装置のようなものがありました」
捜査員は高倉へ告げた。
「起爆装置?本体があるはずだ、周りを探すんだ」
捜査員は机の引き出しを慎重に開けていった。右下の引き出しの奥から数多くの配線に繋がれた時限爆弾らしきものが出てきた。
「本部長、ありました・・・・爆弾のようです」
捜査員は発見したものの触れることが出来ない。
「爆弾処理班をすぐに寄越すんだ」
高倉は捜査員へ命じた。
緊急対策本部からの要請を受け爆弾処理班がすぐに駆けつけた。
関係者以外は全員建物の外へ退避し、中は爆弾処理班と関係者だけになった。
爆弾はどれくらいの威力を持ったものなのか伺い知ることは出来ない。
このシステム室だけを破壊するものなのか、あるいは東京電力全体を破壊するものなのか、今はそれを調べる時間的な猶予はなかった。
爆弾処理班、班長の清水英樹はまず時限装置のリレー回路がどうなっているかを調べた。いくつものダミーと思われるリレー回路が張り巡らせてあり、時限を表すデジタル表示は三千を切っていた。
<残り五十分ないということか・・・・・>
爆弾処理班長の清水は思った。と、同時にどうしようもない現実を突き付けられた。
回路は全部で五十本あって、どれを遮断すれば起爆装置が止まるのか外部からは全く分からない。
「俺がコンピューターに接続して回路がそれぞれ繋がっているかどうかやってみよう」
ジョセが爆弾処理班長の清水へ声をかけた。
ジョセが爆弾本体をコンピューターへ接続し、解析を始めた。
画面にリレー回路のテクスチャーが現れた。その配線を一個ずつ信号を送りながら見ていった。
一本目、反応なし。二本目、反応なし。三本目・・・・順に進めていった。
一本の配線の反応が分かるまでに三十秒経過していた。この調子で行くと五十本全部分かるまでに約三十分かかる計算になる。
「ジョセ、時限装置の表示は三千を切っている。残り五十分もない。その作業が終了するのが約三十分かかるとして残り二十分ないと思った方がいい。急いでくれ」
三島がジョセに声をかけた。
ジョセは声を出さずに大きく頷いた。大粒の汗がジョセの額に滲んでいた。
信号を送り続けて、十四本目、信号が返ってきた。
「よし、反応があった。本体に接続されている十四本目の回路だ」
ジョセが大きくため息をついて言った。
その十四本目に印であるガムテープを慎重につける。
「回路をどうすればいい?」
ジョセは班長の清水に聞いた。
「切断すればオーケイだが、ちょっと待ってくれ、全部調べてからでないと・・・ダミーかもしれない」
ジョセは、十五本目からまた信号を送り続けていった。
一本、一本信号を送り続けていく。
全員押し黙ったままその作業を見続けている。
システム室の中は静寂と共に、ジョセが叩くキーボードの音とそれに反比例するかのようなデジタル表示のカウントダウンの時を刻む音だけが相反するように鳴り響いていた。
三十四本目、三十五本目、・・・四十五本目、四十六本目、・・・・四十七本目、あと三本だ。このまま、十四本目だけであってくれ!誰もがそう思っていたその時、四十八本目に反応があった。
「あっ、もう一本あった・・・・・・四十八本目だ・・・・」
ジョセは緊張の糸が切れたように言った。
そして、四十九本目、五十本目、全ての回路を調べ終わったが二本の回路が残された。
デジタル表示は六百を切っていた。予想以上に時間が経過していた。
「十分しかない、ジョセどうなんだ、どっちだ」
三島が聞いた。
「・・・わからない・・・これ以上は、お手上げだ・・・・」
「全員退避するんだ、すぐに建物の外へ」
高倉本部長はもうこれ以上一か八かに賭けるにはあまりにもリスクがありすぎると思い全員に退避を告げた。
爆弾処理をあきらめ全員退避することとなった。全員、爆弾の威力が不明ないま、もしそれが東京電力だけでなく、東京全体を揺るがすほどの爆弾なのか、一抹の不安を抱えながらもこの場を離れるしかなかった。
「三島さん、早く!何を突っ立ってるんですか」
西田が爆弾装置の前に立っている三島に声をかけた。デジタル表示は三百を切った。
三島は考えていた。傍らにはジョセが二本の配線を前に立ち尽くしていた。
<二本の配線が残された。一本を切れば爆発が防げるか、あるいはその瞬間爆発するかどっちかだ。と、すればこのままほっておくより、二者択一を選ぶべきじゃないか?この爆発物の威力が分からないならば、それに賭けるしかないじゃないか>
「十四本目と四十八本目このどちらかだが、ここに持って来た数字の意味はどうなんだ?」
ジョセは祈りを込めるように三島に聞いた。
「この仕掛けも罠だとすれば、初めの十四本目はダミーかもしれない。そして他にもあるかもと思わせて最後の最後にもう1本仕掛ける。それは作業を遅らせるためだろう。とすれば、この四十八本目が正解のようにも思える。しかし、巧妙に仕組んできたイ・デホのことだ。相手の裏をかくとすれば、十四本目だ」
三島は断言するように言った。すでに表示は百五十を切った。
もうその場を逃げる時間もなかった。そしてどちらかに決めるしかなかった。
「三島さん、もうタイムリミットだ」
西田が建物全体に響き渡るような大声を上げた。
「ジョセ、十四本目を切るんだ!」
三島は祈る気持ちで言った。
ジョセが十四本目の配線にカッターの刃をかけた。
デジタル表示のカウントダウンが非情に時を刻んでいった。十を切った。
八、七、・・・・五、四・・・・
「切るんだ!ジョセ!」
・・・三、二、・・・・
その瞬間、全ての時が止まり、静寂の時が流れた。
ジョセの額から大粒の汗がスローモーションのように床に落ち、その音だけが管内に響き渡った。西田も、ジョセも固まったまま動かなかった。退避した警視庁の関係者、東京電力の社員達もじっと建物をみつめたまま動かなかった。
そして、三島貴之の強気の賭けが悪の支配を凌駕した。
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