再会

事件から三ヶ月が過ぎ、依然としてイ・デホの足取りはつかめないままであった。

その間、三島も仕事に復帰し、日々の対応に追われていた。そうした中、三島は鮫島の墓参りに出かけた。

高校時代の校舎が見える福岡市南区の高台にその墓地はあった。

鮫島も、三島と同様、早くに両親をなくし、彼自身離婚して独身だったこともあり身内がおらず、三島と妹の由美、そして中井、大崎が一緒になって墓に入れた。

棺には、彼が好んで聞いてたアーチ―・シェップやサム・リバースのCDとコンピューターのキーボードを入れた。

三島は、鮫島の墓に線香を灯し両手を合わせた。

鮫島は、そのアーチー・シェップのレコードを大音量でかけて

「タカ、これは大音量にして正座して聞かんといかん。雑念が払われるからな」

といつも言っていた。

<裕也、お前はどこか破滅的な生き方だったな。ただ残念だったのは久しぶりの再会がこういう形になろうとは・・・・ともかくイ・デホを捕らえるまではまだ終わっちゃいない。俺が生きてるうちには絶対に決着させるからな>

福岡の青く澄みきった空に、アーチー・シェップのガサガサした金属音が一文字を書いて切り裂くように響き渡っていた。

季節は秋を通り越し、師走を迎えようとしていた。


十二月も半ばになり、博多の街も煌びやかなイルミネーションに飾られクリスマスの装い一色となっていた。

三島と大崎は、博多駅前のイルミネーションの飾り付けに立ち会っていた。

スポンサーであるショッピングモールの依頼で、今年のテーマは”ニューヨーク”で、それを表現するカラフルでポップな飾り付けである。

二人は、飾り付けに忙しく動き回るスタッフを管理しながら立ったまま雑談をしていた。

「博多の人にニューヨークといっても実際にはピンとこないだろうにな」

企画立案の張本人である大崎がコートのポケットに手を突っこんだまま言った。

「えっ、何だ?プレゼンの時は旨い事言ってたくせに、それはないだろ」

三島は他人事みたいな大崎の言葉にあきれ顔で言った。

「だって、この中の何人が実際にニューヨークに行ったことがあるか、いやニューヨークどころか海外すら未経験者が結構いると思うけどな」

「まったく、だからスポンサーから無責任と言われるんだよ」

「いや、まあそういう疑似体験をしてもらおうというのが今回の狙いだから、刺激があっていいんじゃないか」

「何だよ、全くふらついたプロデューサーだな」

三島は冗談とも批判とも取れる言葉で返した。

二人のもとへ今回のディレクターをしている若菜が白い吐息をを切らせながら走ってやってきた。

「イベントステージの大型画面の取り付けが完了しました。テストラン、やってもいいですか」

「ああ、テスト映像はこの前仕入れてきたセブンス・アベニュー・サウスのライブ映像にしてくれ。配信の許可はとってあるから」

「了解です」

若菜は小走りで再びステージに向かって行った。


「でも、この映像も裕也のおかげだな」

三島は、博多の夜空を見上げ白い吐息を吐きながら切に言った。

三島は、鮫島がアメリカにいた頃の唯一の友人であった黒人のジョセを探し出し、単身ニューヨークまで探しに行って、鮫島が亡くなったことを伝えに行っていた。ジョセというハッカーのことは、鮫島が敵のアジトへ行く直前に言ったことだった。

<もし、俺の身に何かあったら黒人のジョセという友人がニューヨークにいるから、そいつを訪ねてくれ。そいつは俺以上のハッキングスキルを持ってる奴だから>

そしてそのライブ映像は、ジョセの頼みでもあった。

ライブ映像は、セブンス・アベニュー・サウスでのアイリーンという女性ボーカリストのものだった。

彼女は、鮫島がブルックリンで見つけた孤児で、彼がその彼女の歌に惚れ込み、レッスン費用や生活費などを援助し続けていた。

そのアイリーンがついにニューヨークのライブハウスに出演出来るようになって、是非鮫島のためにもこの映像を福岡で配信してほしいという願いだった。

「そうだな、この企画自体が彼へのオマージュでもあるけどな」

アイリーンは鮫島の死を知らされていなかった。あえてジョセは伝えなかった。知らせても却って彼女が悲しむだけだと思ったからだった。

映像から流れる”アイブ・ビーン・ラビング・ユー・トゥー・ロング”を歌うソウルフルな彼女の歌声は鮫島を天国へ送る慈愛に満ちた天使の歌声だった。


三島は今回の鮫島の件と事件の首謀者であるイ・デホの事をジョセに話した。

「ユウヤは、最初に出会ったときからどこか突っ走るような生き方をしていたな。彼はひとつの事に突き進むところがあったけど、その分そのひとつに賭ける集中力は凄かったからな」

浅黒の黒人でスリムな体型をしたジョセは身振り手振りを交えながら切実に言った。

「そうですか、高校生の頃のあいつがハッカーとして生きていくなんて想像も出来ませんでしたからね」

「ところで、そのイ・デホとはどういうやつだ」

ニューヨークのブルックリンに住むジョセの自宅は高層ビルの十五階にあり、広々とした窓からはハリウッド映画の導入シーンによく使われるニューヨークの夜景が一望に見えた。"スティーリーダン"の"Deacon Blues"が流れる部屋の中には整った調度品があり、十台以上のコンピューターのモニターが並び、世界中のあらゆる情報が流れていた。

ジョセは、シーバスリーガルをロックで入れたグラスを持ったまま三島に訊ねた。三島はこれまでの経緯と知りうる限りの彼の情報を伝えた。

「ともかく、何らかの形で日本に対するハッカー攻撃を企んでいると思います」

「全く、クレイジーな奴だな。まあ元々ハッカー自体クレイジーと紙一重だけどな。でも本当のクレイジーは見つけ出して息の根を止めないとな」

「ハッカーの立場として、あなたなら次のアクションはどうしようと思いますか」

三島は仮説として聞いてみた。

「俺?俺ならそんな電力会社の電気を止めるなんてまどろっこしいやり方はしないぜ」

ジョセは、ニューヨーカー特有のスリリングでスピード感のある考えを持っているらしかった。ニューヨーカーにとってテンションは、街そのものと同じぐらい必要であるらしい。

「例えばどういう・・・」

「最初から、政府と警察と・・・それにマスコミだな。この三つを抑えれば完璧だろ?ありえないけどな。ハッハッハ」

ジョセの言うハリウッド映画のような現実離れした答えを聞きながら、三島は思った。

確かに、電力を停止しても、国家を制圧するなんてことは不可能だし、日本国家を敵に廻すということは、ひいてはアメリカまでも引き合いに出すことになる。

どう転んでも馬鹿げた妄想でしかない。イ・デホもハッカーとしては二流のただのクレイジーな輩なのかもしれない。

しかし、あの執拗な企みをすること自体すでにクレイジーだが、彼の真の狙いは何なのか?

「ハッカーというのは、可笑しなもんでパソコンの中だけでしか存在しないんだが、それが意のままに操れるようになると、世界も意のままになると錯覚しちまうのさ」スタイリッシュなジョセは、首に巻いたスカーフの先を指先でぐるぐると廻しながらそう言った。

「つまりはイ・デホもその一人だと」

「おそらくな、ハッカーも優秀になればなるほどおかしな妄想を抱くようになる」

「そうなんですね」

「でもな、アメリカや北朝鮮、それに中国のハッカー達を相手に世界を牛耳ろうなんて、馬鹿げた妄想もいいところさ」

何かをやらかしたところで、失敗に終わるに決まっている。しかし、何かをやらかすこと自体が厄介だ。日本全体で見れば、大した打撃にならずとも、被害を蒙る個人や企業は迷惑この上ないことだ。通り魔が街をうろついているようなもので、事が起きてからでないと対処のしようがないというのは非常に厄介だ。

三島は、何とか彼を見つけ出し、事前に彼の動きを阻止しなければと思った。


年末を迎え、街はごった返す車と人混みで慌しい時期に入っていた。

インターコスモ社も年末を迎え御用納めのため、営業は挨拶回り、総務は社内整理と年始の準備にと動き回っていた。

三島は若菜と前島を連れて、久しぶりに福岡県庁の中谷の元へ年末の挨拶に訪れた。

「どうも、ご無沙汰してます。どうですか、その後?」

お互い事件の事後処理などで忙しく、中谷と会うのは監禁拉致から解放されて以来だった。中谷の部署は、年末の社内整理もほったらかしに雑然としていた。

「おお、三島君、その節は本当にお世話になりました。いやあ、まあ何とかこうして無事にやってますよ。いやいや本当よかった」

生きるか死ぬかの瀬戸際だったことで、中谷は”無事”という言葉のところで両手で胸を叩きながら力をこめて言った。

三島と若菜、前村の三人は、書類ファイルが所狭しと積み上げられた中谷の狭いデスクの横に膝を突き合わせるようにして座った。

「そうですか、それは何よりです。その後各県の担当者とは会われましたか」

「ああ、何人かとは会いましたよ。でも、長崎県は例の新井雄二の件もあって、色々と大変でしたよ」

「そうでしょうね。でもどうやって県の職員に潜り込めたのかはまだ不明でしょう」

「まだ真相解明には時間を要するだろうね。一県の問題じゃなく、国レベルの問題だからね。私自身、国から何度も事情聴取ですよ」

中谷の三島に対する口調は、事件以来えらく丁寧に変わっていた。

「そうですか。中谷さんは、その後イ・デホに関する情報を何か聞かれましたか」

「ああ、そういえば彼の経歴を韓国の大田特別市に調べてもらってわかったことがひとつありますよ。実は、彼は三年間だけ日本にいたことがあるみたいでね」

「そうですか、それは初耳ですけど予想できますよね」

「そう、そしてその三年間に彼が在籍していたのが、何と韓国の新聞社に在籍するジャーナリストとしての特派員だったみたいで」

「と言う事は、色んな機関に出入りしていたということですか」

「そうだろうね。それが目的でやっていたのか、その後に考えが変わったのか、それは分からんけどね」


「三島さん、そういえばホテルベストインでの調査はその後どうなったんですかね」若菜が福岡県庁の帰りの車の中で聞いた。

「ああ、そのまま営業中ではあるけど、会長とは連絡取れないままだそうだ」

「ということは、やはりイ・デホ本人であることは間違いないということですかね」

「そうだな。従業員は全員口を固く閉ざしたままだけどな」

「三島さん、年末年始はどう過ごされるんですか」

前村悠紀子がいきなり空気を読まない質問をした。

「えっ?そうだなあ~韓国にでも行って見ようかと思ってるけど」

「ええ、また韓国ですか、なんでまた?」

「うん、まあ、ちょうど仕事も空いてて暇だし、何かわかることがあるんじゃないかと思ってね」

「じゃあ、私も連れて行って下さいよ。調べることがあるならハングル語がわかった方がいいでしょ?」

「いやあ、前村君と二人はまずいだろ。みんなに何て言われるか・・・」

「だったら僕も行きます。僕も手伝いますから。」

若菜がムキに悠紀子の言葉に反応して言った。

「ああ、それがいいわ、三人だったらいいでしょ?三島さん」

「もう、何言ってんだよ。年明け早々プレゼンもあるし忙しくなるから、年末年始ぐらいゆっくり休んどけよ」

「二人とも若いんですからか、全然問題ないですよ、ね、若菜さん」

「もう全然平気です、一緒に行きましょう」

二人の勢いに押され結局三人で行くはめになった。

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