拉致
三島には、二歳年下の由美という妹がいた。
由美は、四歳年上の正田雅之という福岡市役所に勤める地方公務員と結婚して男女二人の子供がいた。二人の子供はもうすでに成人して働いており、彼女は子育てを離れ、暇を持て余す毎日を過ごしていた。
そうした矢先、兄である三島が韓国で監禁拉致されたというニュースが飛び込んできて、由美にとっては気が気でない眠れない日々が続いていた。
三島らが拉致されている間、何度も三島の妻である久美や警察と連絡を取りあいながら、三島の安否確認に日々追われていた。そして、やっと今回の無事帰国を知らされ、早々に兄である三島に電話をいれたのだった。
「もう、一時はどうなるかと、気が気じゃなかったんだから。体は大丈夫なの」
「ああ、大丈夫だよ。傷ひとつ負ってないし、いたって大丈夫だよ」
「よかったあ、今は忙しいでしょうから落ち着いたらまた電話してよ。改めて顔を見に行くから」
「ああ、まだ事件のことでいろいろと警察での聴取があるからしばらくは忙しいけどね。落ち着いたら電話するよ。そっちは変わりないか」
「うん、変わりない。とにかく待ってるから、じゃあね。気をつけて」
二言三言話してから電話は切れた。
三島は、幼いころに両親が離婚し、母親に引き取られたが、その母親が突然行方不明になり妹の由美とともに叔母の家で育てられた。
三島は何となく叔母との折り合いが悪くその家庭には馴染めず、それだけに実の妹である由美をかわいがり、由美も三島を頼りになる兄として慕っていた。
三島は、こと、妹のことになると最優先で救いの手を差し伸べてきた。由美にとっては父親同然の存在だった。
学校のこと、就職のこと、全部三島が父親代わりに面倒を見てきたのであった。
由美は、兄の無事を確認したこともあり、ここ数日ほったらかしにしていた家事を思い出し、買い物に出かけることにした。
兄のことですっかり元気をなくし、家事も手につかない由美に対し夫である雅之は優しく見守っていた。夫には、ここ数日、兄のことでいろいろと迷惑をかけたと思い、早々にいつもの日常を取り戻すつもりだった。
愛車の赤の軽自動車に乗って、中央区那の川にある近所の大型スーパーへ出かけた。自宅からは車で十分少々の距離にある。慣れ親しんだ駐車場の建物に入り、二階の店内入り口付近に車を止めドアロックをし、数歩歩き出したその時、後ろから由美を呼びかける声がした。
「正田由美さんですよね?」
由美が、その声がした方向へ振り返った瞬間、後ろから何者かが白い布で由美の口をふさいだ。慌てて振り払おうとしたが、布に染み込んだ睡眠薬の効き目は強烈で、由美は手足の力が抜けていくのを感じると同時に意識を失った。
三島は警察での事情聴取を終えて、会社へ出た。久しぶりの出勤である。
全員が暖かい拍手で出迎えてくれた。大崎も、若菜も、前村も一様に安堵の気持ちだった。"奇跡の生還"、映画のタイトルではないが、そう言ってもおかしくない顛末だった。実質的社内のリーダーである三島が帰ってきたことは、全員にとって精神的支柱になるもので、彼がいることで守られているという気持ちにさせた。
「いやあ、本当無事でよかった。一時はどうなることかと」
大崎はにこやかな顔で言った。
「みんなありがとう。若菜と前村は二人してわざわざ韓国まで探しに来てくれたそうじゃないか」
三島は若い二人に労いの言葉をかけた。
「ええ、結局あまり役には立たなかったですけど・・・」
前村悠紀子が残念そうに答えた。
「キム・デホの韓国での素性がわかっただけでも良かったです」
若菜祐樹は悠紀子の先輩らしく自信を持って答えた。
「大崎は俺のおかげでテレビに出演したりして随分と有名人になったそうじゃないか。ギャラはいくらもらったんだ?」
三島は、社交辞令的に言う大崎をからかうように言った。
「ああ、おかげで和多屋で飲んでいるとよく声をかけられるよ。どうだ?今日あたりみんなで三島の復帰祝いでも行くか」
大崎の提案に全員から拍手と同意の声が起こった。三島は照れ笑いをしながらもにこやかにそれに応えていた。
突然、和やかなその場の雰囲気を一変するかのように、三島の携帯電話が鳴った。由美の夫、正田雅之からの電話だった。
「はい、三島です。あ、雅之さん。色々とご心配をおかけしました」
「三島君、由美が誘拐された!」
三島の礼の言葉に返す間もなく唐突に雅之が言った。
「・・・・・・・何ですって!」
三島の驚愕する表情とあまりの大声に、一瞬その場にいた全員が固まった。
「私の携帯にメールがあって、《あなたの奥さんは預かった。彼女と交換に鮫島という男をソウルのホテルベストインへ三日後宿泊させよ》という風に書いてあって」
雅之の声は今にも泣き出しそうに震えていた。
「えっ、どういうことです?」
慌てて聞きながらも、先日鮫島に冗談とも取れるように言ったことが現実の事となったのを理解した。
<なんてやつだ。今度は裕也に照準を合わせてきたのか。しかし、ここまで八方破れでなりふり構わないとは・・・・やつは狂ってる。日本を征服するという妄想に取り憑かれた悪魔だ!>
三島はすぐに福岡県警の西田へ連絡を入れた。福岡県警にはすぐに緊急対策本部が設置され、警察庁組織犯罪部、韓国警察へと電光石火のごとく伝令が飛んだ。
三島は西田にも会社の連中にも雅之から聞いた脅迫の内容で大きなウソをついていた。そして由美の夫、雅之には自分が救い出すからと説得し硬く口止めをした。
犯人の要求は、三島貴之との交換だ、と。
<指定されたホテルには韓国警察の捜査員が配置され、磐石の態勢を敷かれるであろうことは予想される。もしそこで由美の引渡しが行われるとしたらその時が犯人逮捕のチャンスだ。しかしイ・デホもそれは重々承知のことだろう。と、したら、警察の盤石の体制に対抗しうる仕掛けがあるというのか。それこそホテルはイ・デホのアジトだ。ホテル全体にカラクリがあるというのか。おそらくイ・デホの考えとしては、裕也を捕らえたら彼を拘束し何らかの圧力をかけ、新井に指示したように日本のどこかのシステムに対してハッキングをさせるのが狙いだろう。ともかく俺が裕也のふりをして行くしかない。接触するのはイ・デホの部下だろうから顔が割れることはない。ばれたらその時はその時だ。とにかくやるしかない。由美は俺が守るしかない>
三島は、正体がばれたらどうするかとかそういうことを緻密に考えることなどしない。思い立ったら即行動、動き出したら止まらない各駅停車無しの直行便である。
三島は、自分に固く誓った。
福岡県警刑事部捜査一課の西田隆一は、東京の警視庁緊急対策本部での会議に提出する書類をまとめていた。警視庁もまだ容疑者である新井雄二に対する詳しい事情聴取を終えていなかった。しばらくかかりそうだなと思っていた矢先、今回の誘拐事件が起き急遽概略をまとめ直す作業が必要となった。
<しかし、ひとつわからないことがある。何で三島に対しての要求なんだろうか。イ・デホが三島を拘束する理由がわからない。三島を拘束することに何の理由があるというんだろうか。それとも何か他の狙いがあるというのか>
西田にはどうしても理解できなかった。西田は三島に電話を入れてみた。
「三島さん、福岡県警の西田です。今回の件でどうしても気がかりな点があって聞きたかったんですが・・・」
「なんでしょうか」
三島はおそらく警察から質問が来るだろうと思っていた。
「イ・デホがあなたの妹さんを誘拐してあなたに対してどうしようと思っているのか、心当たりはありますか」
「多分ですが・・・・彼は私を新井に代わるハッカーだと勘違いしてるんじゃないでしょうか?もちろん、私はコンピューターに関しては素人ですけど」
「勘違い?そんな単純に勘違いしますか」
「今回の韓国での監禁拉致は、日本から参加する九州観光説明会グループの誰かにそのハッカーがいることを情報として得ていた。しかし、誰がそのハッカーなのかは特定できていなかった。で、新井がそのハッカーだったわけですけど、思うようにハッキングできなかったため、実は他にいたんじゃないか、と」
三島はあらかじめ用意していた答えを言った。
「なるほど、しかしあなたがそうじゃないとわかると今度は他にまた動くことも考えられますね。だとすると、今回絶対に逮捕しないといけない」
「そうですね、そのとおりです」
「わかりました。今から緊急の対策会議があって、それを終えてからあなたに協力頂かないといけないと思うので、その時はまた連絡します」
「わかりました。全面的に協力させてもらいます」
三島は、鮫島の名前は最後まで伏せていた。妹の命に関わることだが、鮫島も大事な無二の親友で、その彼を危険に晒すことは出来なかった。
西田は三島からの説明に納得はしたが、いまひとつしっくりこなかった。
新井が目的とするハッカーじゃないとしたら、新井を除く八名いる中のなぜ三島なのか?八名は平等にその可能性がある。それなのに、三島にターゲットを絞ってきた。
それにはやはりそれなりの理由があるのだろう。その理由が西田にはわからなかった。
西田は会議の前に、会議での提出書類の細部に渡る確認をしようと東京警視庁に身柄を拘束されている新井雄二容疑者へ接見することにし東京へ向かった。
接見室へ現れた新井雄二は、青白い細長の顔がさらに青白くなりすっかり意気消沈し、気力が失せてしまっていた。
「新井、いくつか質問させてくれ。侵入したのは、北陸電力の中央司令室でそこに対してどういう風に仕掛けた?」
「まずシャットダウンさせるために、コントロールを制御しようとウイルスを置いていった」
新井はすっかり諦めきったのか、素直に応対した。
「で、どうなった」
「最初は、スムーズにいったが、途中からそのウイルスが削除され始めたために新たなウイルスを改造して設置した」
「それは上手くいったのか」
「いや、それも突破され逆に相手からこちらへ攻撃してきた」
「ということは、北陸電力の中にお前に対抗できる相手がいたということか」
「そうだ、俺以上の凄腕ハッカーがいたということだ。そいつにやられた」
西田は北陸電力の中にハッカーに対抗できるプログラマーがいたという事実を初めて知った。
西田は、北陸電力の所長である中井誠一へ電話を入れた。
「中井さん、北陸電力にはハッカーの侵入に対し、それに対抗できるプログラマーがいらっしゃるんでしょうか」
「ええ、実は私の知り合いに腕の立つハッカーがいまして、一刻の猶予を争う緊急事態だったこともあり、そいつに頼みました」
中井は、鮫島に頼んだことは警視庁でもいずればれることだろうと思い正直に話すことにした。
「どういった知り合いですか?名前は」
「高校時代の同級生です。鮫島裕也といいます。一時期、アメリカの国防省からも要注意人物としてマークされ、国防に絡んだハッキングの罪でアメリカで逮捕され刑期を終えてからは国内で更生して暮らしていたみたいです」
「ひょっとして、今回監禁拉致の被害に合った三島さんはご存知ですか」
「ええ、たまたまですが彼も鮫島同様高校の同級生です」
「えっ、じゃあ、その鮫島裕也という人物と三島さんも知り合いということですか」
「ええ、私を含めて高校時代からの親しい仲です」
西田は、今まで頭に架かっていた靄がたちどころに消えていくのを感じた。
<なんて事だ、三島はイ・デホからの要求に対して真実を述べていなかった。彼は親友を危険に晒すまいと自ら乗り込む気だったんだ>
西田はこれまでの経過をまとめ作戦会議に臨んだ。
「西田君、三島がそういうことならこちらとしても好都合じゃないか。ハッカーである本丸の鮫島を渡してしまって地下に潜られたらそれこそ大変だ」
福岡県警の落合繁夫刑事部捜査一課長が言った。
「しかし、三島がハッカーではないことは、いずれすぐにばれます」
西田は三島が身を挺して乗り込む事にも疑問を感じていた。
「だから、何としてもホテルに接触してきたところを押さえるんだ!入り口付近からフロント、そして三島が予約する部屋の両隣、向かいの部屋、全部押さえて張り込め!いいな」
作戦は結局、三島をホテルへ向かわせることで決定した。そして真実は福岡県警内部で留める事にした。
新橋駅前には、数多くの居酒屋が何件もあり何処も仕事帰りのサラリーマンでごった返していた。中井と鮫島は、その新橋駅前から徒歩五分程のところにある居酒屋”なごみ”にいた。
先日の停電騒ぎは何事もなかったかのように、みんな思い思いに仕事のこと、家庭のこと、趣味のことなど言い合い、熱弁をふるい、笑い、語り合っていた。
「とりあえずは、一件落着だな」
中井は鮫島へビールを注ぎながら言った。
「まあ、そういうことやが、首謀者が逃亡してるっちゅうからなあ~また何かやらかすかもしれん」
鮫島はそう言ってコップに注がれたビールを一気に飲み干した。
中井とすれば、首謀者が逃亡したことで再度企てることもなかろうと思っていた。
「ああ、そういえば先日、西田という刑事から電話があって今回の件で問い合わせがあったからお前の名前を言ったよ、まずかったかな」
「まずくないさ、お前のところが問題児を雇ったことの方がまずいんやないか」
「まあ、それは何とでもなるよ、結果オーライだから。それと、タカも含めて高校時代の同級生ということも言ったけどな」
「別にかまわんよ。それより久しぶりにタカに会ったから今度三人で飲もうやないか」
二人はそれから世間話をしながら二時間ほど過ごした。
居酒屋を出て中井と別れた鮫島は、多くのサラリーマンでごった返す新橋駅から自宅がある新宿方面の山手線に乗った。
鮫島は、アメリカで国防省へのハッキングの罪で逮捕され封印していたハッカーとしての腕前を、久しぶりにサイバー戦ともいうべき戦いで役に立つことが出来たことを罪滅ぼしだなと思った。
山手線の電車の中から見えるビルの夜景がかつて夢を膨らませていたニューヨークの夜景とオーバーラップして見えた。
秋風が肌寒い季節となり、自宅へ向かう道すがら鮫島は上着の襟を立て肩をすぼめて歩いた。
鮫島は、刑事の質問がちょっと気がかりに思えていた。
<刑事が聞いてきたのは、俺の存在もだが中井とタカとの関係も聞いてきた。何かあるのか?今度、タカに聞いてみるか>
鮫島の自宅は仮住まいのようなもので、今までも日本だけでなく海外を転々と渡り歩いてきた。そのおかげで、今までも幾人かの連れの女性はいたが、いずれも長続きせず未だ独身だった。
鮫島は、学生時代から海外に目が向いていた。卒業後最初の頃は、日本各地を転々と放浪の旅に出かけ、その後、貯めたお金で思い切ってアメリカへ渡った。
ネバダ州にあるラスベガス市にあるカジノで、雑用のアルバイトをしながら一緒に働いていた黒人のジョセ(jose)と知り合い、音楽のこと、そしてコンピュータープログラミングを習った。
その頃、ジョセがよく聞いていたアーチーシェップのアルバム"The Way Ahead(前進)" の中の1曲- "The Magic of Ju-Ju(ジュジュの魔術)" のワンホーンの雄叫びが今も彼の耳に鳴り続けていた。疾風、陶酔、闘争、ただただ前進あるのみ!
そして鮫島は、ハッカーとしてサイバー戦の戦士となった。
鮫島は、自宅へ帰るとさっそくコンピューターのスイッチを入れた。
気がかりなことを確かめようと、”電力会社ハッキング”で検索してみた。
今回の監禁拉致事件の概要をまとめたニュースがずらり並んでいた。
その中の最新ニュースに目が止まった。
”監禁拉致の三島さん、今度は妹が拉致か”
<何、タカの妹?>
慌ててクリックした。
”警察の発表によりますと、韓国で監禁拉致の被害にあった福岡県の会社員、三島貴之さんの妹さんが今日未明、拉致された可能性があるということです”
ニュースの動画が流れた。
<何でだ?何でタカの妹が拉致される?イ・デホの仕業か・・・でもどうしてタカなんだ・・・・>
鮫島はすぐに警視庁のコンピューターにハッキングした。鮫島にとってアメリカの国防省だろうが、CIAだろうが侵入するぐらい朝飯前だった。
<確か、警視庁の組織犯罪部だったかな・・・・>
記録の欄をなぞっていったがそれらしい文章は見当たらなかった。
<いや、待てよ。福岡での事件だから福岡県警か>
すぐさま福岡県警のコンピューターに侵入した。
同じように記録文章をなぞっていくとすぐに見つかった。今日の会議の議事録である。
"三島は、犯人の要求は自分だと言っているが、犯人の要求は、三島の妹を拉致し、三島の友人である鮫島を誘き寄せることにある。三島の妹の命と引き換えにハッカーとしての鮫島を要求していると思われる"
"今回は三島の言うとおり、三島本人にソウルへ出向いてもらい、その接触場面を押える"
<なんてこった、タカのやつは。わからんなあ、相変わらず無茶するやっちゃ>
<刑事が聞いてきたのはそういうことか・・・さて、どうしたもんか・・・>
そのまま、今回の作戦を調べた。ソウルの待ち合わせ場所はホテルベストイン。三島は三日後に宿泊予定である。
鮫島は、ホテルベストインの三日後の宿泊予約リストの中からまず三島の名前を確認、次に同じフロアの年の近い日本人を探し勝手に自分の名前に書き換えた。
ホテルベストインのフロアはいつもと違った緊張した雰囲気が漂っていた。
三島は、フロントへ向かい、名前を告げた。
「今日の宿泊予約をしている鮫島裕也といいます」
「はい、鮫島裕也様でいらっしゃいますね。少々お待ちください」
フロントの受付係はいつものように満面の笑みで応対した。
「三百八号室をご用意させていただいております。こちらにご記入をお願いします。」
三島は、フロントで宿泊カードに記入している間、背中に視線を感じていた。それは、警察の張り込みの目ではなく、イ・デホの視線だった。
これから、思い通りの筋書きどおりに事を運ぼうとする自信に溢れた視線だった。
ホテルベストインは、言わば敵のアジトである。当然ながら警察の張り込みも予想される中、思い通りの筋書きとは一体何なのか。
どうやって鮫島(なりすましの三島)を確保しようといているのか、予測不可能だった。
三島の体には、マイクロチップの無線機が取り付けられて、さらにウエアのプリント刺繍にはマイクロカメラが埋め込まれ、それは警察への無線・モニター映像に繋がっていた。
三島は、部屋のキーを受け取り、エレベーターで上がり予約してある三百八号室に入った。
中は広々としており、窓ガラスの向こうには、ソウルの街並みの灯りが煌いていた。
三島は、デスクに向かいパソコンのスイッチを入れた。何かあった際にすぐに対応できるよう起動させておいてメールが開けるようにした。
グーグルのアプリランチャーを開き、自分のアイディに同期させた。メインのとなり、ソーシャルのタブにツイッターの新着が一件届いていた。
"あまり無茶するなよ~"
大崎からだった。
"せっかくソウルから帰ってきたばかりというのに、またすぐソウルとは"
"しょうがないね。早く妹を連れ戻さないといけないからね。警察は当てにならないから"
"俺で手伝えることがあったら何でも言ってくれ"
"ああ、ありがとう"
あまり長々とツイートする気にもなれなくて、手短なやりとりを交わしただけだった。
突然、部屋の電話が鳴った。フロントからだった。
「鮫島様、フロントからです。パク・デホ様よりメッセージが届いております。急ぎ伝えてほしいとの伝言でした」
「わかった。すぐに降りていく」
三島は、部屋のドアの覗き窓から廊下の様子を伺ってから、勢いよくドアを開き、ドア横の内側の壁に体を貼り付けていた。
何者かが銃を持って部屋に入ろうとする瞬間、三島は真横から銃を足蹴りし、不審者に肘でエルボーを喰らわせた。
すかさず銃を取り、もう一人のものが入ってきたところを今度は銃で喉元を突いた。
ひとりを縛り上げ、部屋の中のクローゼットに入れ外から鍵をかけた。
そして、もうひとりを縛り上げたまま銃を突きつけながら聞いた。
「人質はどこだ!」
「し、知らない、聞かされてない」
相手は震える声で答えた。
「アジトへ連れて行くんだ」
三島は強引に言った。
そのやりとりを無線で聞いていた警察は騒然としていた。
「ちょっと待て、今出ると手の内がばれる。そのまま相手を三島に任せて泳がせるんだ」
向かいの部屋に待機していた西田と彼の部下達はマイクロカメラの様子を息を呑んで見守っていた。
そのころ、三部屋隣にいた鮫島は、警察の無線、マイクロカメラの映像を傍受していた。
<本当にジェームスボンドだな、これは>
鮫島は、内心、三島の強靭さに敬服しながらもそうそう映画のようにことが運ぶわけがないと思ってはいたが、捨て身の三島を見ていると実際そうなるような気がしていた。
鮫島は、北陸電力のハッカー攻撃の際に、手にしていたメモリーを頼りにイ・デホのホストコンピューターへのハッキングを試みていた。
<これで相手の居場所を突き止めてタカに知らせないとな。・・・これで、どうだ!><・・・ビンゴ!>
鮫島は、苦もなくイ・デホのホストにハッキングした。
<さてと、次は破壊しないといけないな>
鮫島は次々とウイルスをばら撒いていった。
そうしておいて、警察の無線を使って三島と連絡を取った。
「おい、タカ、俺だ。聞こえるか」
鮫島は問いかけた。
「ん、裕也か?どうした」
「どうしたじゃないよ。お前、俺になりすましたつもりだろうが、全部お見通しだよ」
「どこから応答してるんだ」
「さっきの部屋の三つ隣だよ。とにかくイ・デホのホストコンピューターの位置がわかったから、いいか」
「わかった。教えてくれ」
「テジョン市儒城区二八三の一だ。ここにやつがいるかどうかはわからんよ」
「わかった、ありがとう」
それだけ言って切れた。
<テジョン市へ戻っていたのか・・・・>
二人のやりとりを聞いていた警察は慌てて、三島と鮫島と合流することにした。
「二人とも、ともかくここは警察に任せて、勝手な行動はしないように」
西田は予想外の展開にそう言うのが精一杯だった。
捕らえられた一味は、そのまま警察に逮捕された。
「勝手な行動って、警察がお膳立てしておいてそれはないよな」
鮫島は、不服そうに三島に言った。
「まあ、そう言うな。本来、警察の仕事だからな」
「え~?随分と正論じゃないか」
二人はパトカーに乗り、管轄するソウル中区にあるソウル中部警察署へ向かっていた。
「ともかく、テジョン市の捜索はテジョン市警察に任せることになっている」
西田が答えた。
「そこに妹さんが捕らえられているかどうかはわからないが・・・」
「まあ、そういうことだな」
三島もそれは承知していたが、当然のこととして答えた。
承知はしていたが、警察には任せられないし、頼りにならないと思っていた。頼りにならないことはないが、由美の安全は保障されないと思った。
外国でのことだ、日本で考えている以上にテロに対しては厳しい対応をすることが予想された。場合によっては強行突破もしかねない。
捕虜の人命尊重は、いよいよの場合は犯人逮捕を優先させる。最終的に国家と人一人を天秤にかけた場合、国家を優先する。
海外でのテロへの対応はすべからくそうであることを三島はよく理解していた。
国家が、相対する敵と対峙した場合、その国家の存亡にかかわる場合は間違いなく国家を優先させる。
ダッカ日航機ハイジャック事件で福田首相が、「人命は地球より重い」と言って犯人の要求を受け入れたことは、結果的に人質を救出できたかもしれないが、政治家は時には、「千人を救うために十人を見殺しにする」判断が必要かもしれない。
日本では、その考えはまだ通用しないかもしれないが・・・・
三島にとっては、韓国警察の考えなど関係なく、ともかく由美の身柄を引き取るまでは、場合によっては警察も敵に回すことになるかもしれない、そう思っていた。
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