鬼退治
大学は夏休みが終わり、二学期の授業が始まった。
でも、今日は祝日。九月、秋分の日。休み明けの祝日に授業があるなんて、信じられないなどと言いながらも、ちらほらと真面目な学生たちが授業に来ている。そして、何故か真面目組に混じってしまった不真面目な学生が一人……。
「なんで今日学校あるんだよ。祝日だろ」
「授業日数の関係らしいよ」
「足りない分を増やさないで、余った分を減らせばいいのに」
「ちょっと何言ってるかわかんないや」
「やってられん。俺は今日、絶対に負けられない戦いに行かなきゃいけないのに!」
「全く何言ってるわかんないや」
「それがさ。すごく、すごーく大事な戦いのはずなのに、敵が誰なのか思い出せないんだ……」
「その戦いはレポートの再提出で、敵は教授だろ。現実から目を背けるな」
「俺は、無駄な戦いはしない主義なんだ」
「レポートとの戦いは決して無駄ではないぞ」
「寝るわ。ノートよろしく」
「絶対嫌だ。って、もう寝てるし!」
……………………
俺は異様な気配を感じて、家から飛び出した。すると、向こうから抜き身の刀をだらりと提げた男が歩いてくるのが見えた。もの凄い殺気だ。男の周りの空気が歪んで見える程だ。まだ十歩以上離れているはずなのに、僅かにさえ動けなかった。
男はゆらゆらとこちらに歩いてくると、間合いの手前でふらりと立ち止まった。少しでも、前に出るか、後ろに下がれば、その瞬間に斬られる。胸のうちに、いくつもこの場をしのぐ方法を浮かべるが、そのたび自分の中に映る男の幻影に斬られた。
俺は、なんとか隙を作ろうと、男に話しかけた。
「俺は、この村の頭領だ。ここに何をしに来た」
「息子を探しに」
「迷子か」
「いや、ぬしらに攫われたと聞いてきた」
「人の子など攫っておらぬ」
「やはりそうか」
「ああ、断じて攫ってなどおらぬ。俺たちは大人しく暮らしているだけだ。何もお前たちに害をなしてはいない。わかったら、ここから立ち去れ」
「その前に、ぬしの首をもらっていく」
「なぜだ。俺にも、この村にも、もう用はないだろうに」
「ここにおらぬということは、息子は人質ということ。ぬしの首を持ち帰らねば、息子が殺されてしまう。ぬしにはなんの恨みもないが、やらねばならんのじゃ」
「よくわからんが、俺もこの村の長だ。この首、ただでくれるわけにはいかんぞ」
やるしかないのか。俺は腹をくくった。そろりと腰に差した狩猟用の鉈に手を伸ばしつつ、じりじりと半身になる。
「始めは、断ったのだ。この村のことは、どうとも思っていなかった。そもそも、殿は横暴が過ぎる。わしは何度も止めようとしてきた……。が、人質を取られては、もうどうにもできん」
男がぼそぼそとつぶやくのが聞こえる。サーと吹いた風が、落ち葉を巻き上げた。
「……許せ!」
ギイィン!
咄嗟に跳ね上げた鉈が、辛うじて男の刀を弾く。柄を握る右手がビリビリと痺れる。今のは運が良かった。二度目の幸運は無いかもしれない。大きく飛び退った俺を追いかけて、男は無造作に間合いを詰めてくる。俺は深く息を吸って呼吸を整え、次の一合に己の全てを賭けることにした。
ヒュッ!
俺が身を捩ると、目の前を白刃が通り過ぎた。ここだ。俺は、思い切り男に向かって、跳んだ。
―――ザクッ!
目を開くと、顔の右半分が地面に溜まった真っ赤な血の中に浸かっていた。 自分の血か、男の血か。わからない。身体が重い。背中に何か乗っているようだ。俺は、村を守れたのだろうか……。
……………………
「おい、大丈夫か」
「……ん?講義終わった?」
「終わったけどさ。それよりどうした?お前すごい顔で、泣いてるぞ」
「本当だ。鬼哭啾々って感じか?」
「なになに?キコクシュウシュウ?」
「いや、なんでもない。難しい言葉を使ってみたかっただけだよ。というか、夢見て泣くのって、この前見た映画と一緒じゃね?」
「なんだ、元気か。心配して損した」
「少しは心配しろよ。ほら、映画だと主人公が泣きながら目覚めて、運命のアレ的なアレで悲劇が……」
「安心しろ。顔面偏差値が絶望的に違うから、映画のような展開にはならないよ」
「お前ってさ、本当に友達思いだよな」
「どういたしまして。それで、戦いってなんだったんだ?思い出したか?」
「全然だめ。わからん。でも、前と同じで寝たらすっきりしたからいいんだ。睡眠って万能だな」
「なるほど。今後二度とお前の相談に乗る必要はなさそうだ。困ったら、黙って寝ろ」
「あちゃ、怒ってる?俺にはお前しかいないんだよ。散歩でもして機嫌直そうぜ」
「それで許されると思ってるのか?まあでも、散歩は悪くないな。さっき先生が言っていた場所に行ってみたいんだ。キャンパス内にでっかい岩があって、ちょっとした心霊スポットなんだとか」
「鬼が封印されてるってやつか」
「よく知ってるな。俺は先生の話で初めて知ったけど、有名なのかこの話」
「さあ、何となく知ってたって感じかな。あるいは、寝てる間に先生の話聞いてたのかも。睡眠学習ってやつ?」
「すごいな。テストに出ないことだから、全く意味無いけどな」
「よし、行先は決まったね」
「おう!マジで呪われたりしてな」
「いや、その心配はない。二人とも本当は良い奴だから」
「そうだよな。こんなに性格の良い俺たちを呪うわけないよな!」
「そういう意味じゃないんだけど……。ま、いっか」
「……ん?」
「善は急げだ!行くぞ!」
「あっ。ちょっ!待てよ!」
二人は教室を後にした。
今日は祝日。秋分の日。
外には秋の風が吹く。
風の音は、泣いているのか、笑っているのか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます