第5話【2】エピローグⅠ

「安吾先輩、ついにやりました。私、暗号屋出向の任が解けて、今度こそ正式に風紀委員として認められました」


 桜花堂学園高等部一年、風紀委員(正規採用)の鳥羽華子は、旧校舎校長室の扉を開け放つやいなや、部屋の中に向かって報告した。


 爆破を予告による怪文書、ならびに爆発物設置と机を校庭へと持ち出すために行ったと思われる不法侵入。ついにはそれら一連の犯人が明かされるには至らなかった。


 が、事件の実質的被害を食い止めた功績は大きい。


 この度晴れて華子は、風紀委員会の末席にその名を連ねることが許されたのだった。


「そうか、それはおめでとう」


 応接セットのソファーで仰向けに寝転がったまま、この部屋の主である宇徳安吾は読んでいた本から顔も上げなかった。


「もうちょっと一緒に喜んでくれても良くありませんか」


「これでも喜んでいる」


「私は安吾先輩の容疑が晴れて、あんなにも喜んであげたのに」


「別に俺が頼んだわけじゃないだろう。俺は自分の無実ぐらい、いくらでも証明できたんだ。実際、犯人の目星ぐらいはついている」


「え……安吾先輩には犯人が分かっているんですか」


「当たり前だろう。俺を誰だと思っている。桜花堂学園公認の暗号屋だぞ」


 今まで非公認だった暗号屋は、華子が予想していた通りの理屈を安吾が振り回し、半ば強引に学園側から『営業許可』を取りつけた。


 ちなみに当初、学園の理事会は学園敷地内で生徒が営利活動を認めた前例がないと、当初は安吾の申し入れを突っぱねていた。


 だが数年前に二号館一階の購買部にて、女性従業員が急性盲腸炎で病院に運ばれた際、彼女の娘でもあった高等部の生徒が急遽一日だけ代理で働いた前例があると、安吾は指摘した。


 こうなると前例がないことを理由としたことが裏目に出た。


 最初から教育上の問題を理由に挙げていれば、まだ反論の余地はあったのかもしれない。しかし前例が見つかった以上、今度は安吾を退けるだけの言い訳が見つからなかった。


「それで誰なんですか。私をあんな目に遭わせたヒドいヤツは」


「もしもハナがこの先も風紀委員としてやっていくつもりなら、聞かないほうが良い。世の中には知らないほうが幸せなことだってある。これはハナのためだ」


「ふーん、ま、あれだけのことを一人で出来るわけがないですし、安吾先輩がそう言うなら、知らないままで良いです」


 あっさりと引き下がる華子。本当は千代の推理で、犯人の想像はついていた。


 犯人は北野が職員室で襲われた一件での真犯人、植松周平。


 事件当日、学園に爆弾が仕掛けられたことを知っていたのは、ごく一部の者だけだった。そして失踪したと思われていた三年三組の生徒たちは、伏見の指揮下、植松周平捜索のため街中に散らばっていたものと思われる。


 もちろん目的は植松の保護。そして彼が万が一にでも自らの命を絶つなど、早まった行動を取ることを阻止するためでもあった。


 つまり安吾たちは、早い段階で植松周平を疑っていたということになる。そして警察からの目を逸らすために、安吾が一人だけ学園に残っていたのだ。


「ところであの時、安吾先輩は何をしていたんですか」


「必ず組織的な何かが裏に潜んでいる。そう確信した俺は、刑事たちの腕を振り払い、その解決に奔走していた。あの時は本当に大変だったぞ。ついに黒幕を追い詰めたと思った時、黒いスーツに身を包んだ百人の男たちが俺一人を囲み……」


 どうせ九割方は嘘だ。本気で聞く必要はない。


 こういう答えが返ってくるのが分かっていたから、華子は犯人が誰なのか安吾に問い詰めることを諦めたのだ。


 その内に真実を知る日がくるかもしれないし、一生知らないままでいるかもしれないし、どちらでも良いかとも思った。


「で、風紀委員様が今日は何の用だ? もうここに来る必要はないだろう」


 安吾は話題を切り替えようと、華子に尋ねた。もう華子が旧校舎から安吾を追い出す理由も必要もないはずだ。


「忘れたんですか? 安吾先輩が『営業許可』を得る時に出された条件。風紀委員の監視の下において……それが条件ですよ」


 華子にそう言われて、「チィッ」と安吾はあからさまな舌打ちをした。


「えーと、コホン。それでは改めて自己紹介させていただきます。この度、暗号屋担当として風紀委員から派遣されて参りました高等部一年、鳥羽華子と申します。安吾先輩が学園を卒業するまでではありますが、よろしくお願いいたします」


 桜花堂学園高等部一年、風紀委員(暗号屋営業監視担当)の鳥羽華子は、最初の仕事として珈琲を淹れることにした。

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