第22話 吉永由紀の手料理 ー1ー
ある放課後の事、学校が終わってパンドラへ帰ると吉永さんが眠たそうにテーブルに突っ伏していました。というかテーブルに頬をペッタリくっつけて寝ているのですが、相変わらず正宗さんが甲斐甲斐しく給餌しています。
「ほれシャキッとせんか。飯はいらんのか?」
「食べるー食べるからー食べさせてー」
「そんな三段活用は存在しない。それに俺はお主の下人じゃないぞ」
そう言いながらもスープを口に運んであげる根が優しい正宗さんはさすがです。
前にも言いましたが、寝起きの吉永さんは二重人格かと思われるほど気だるい女の子になります。つまり今は午後の三時というのに寝ぼけているのです。
「昨日忙しくって朝帰りだったんだから、優しくしてー」
「お主、俺がいなかったらどうするつもりじゃ。ろくに料理も出来なかろうて」
「アタシだって料理の一つや二つ出来るもーん」
「ほう、それは初耳じゃ。たまによだかなんかは料理しておるが、吉永の板場姿というのは想像もできんのう」
確かに正宗さんが料理のほとんどを担ってくれるので、僕もほとんどキッチンに立つ事はありませんが、吉永さんが包丁を持っているところは一度もみた事がありません。
「あー信じてないでしょ。アタシだってまだまだ若いもんには負けんぜよ。なんなら晩御飯、たまにはアタシが作ったろーか?」
「自信ありげじゃな? せっかくだからお願いしてみようかの?」
「大船に乗ったつもりで待ってな正宗……でも今は寝るー」
横で一部始終を見ていた僕とカレンちゃんは、この展開にある共通の不安を抱いていました。
「カレン、なんか嫌な予感がします。カレンが読んだ書物にもこの手の展開はゴマンとありました」
「なんとなく想像が付くけど、どんな結末だったのかな?」
「カレン的統計によれば爆発する確率が30%、化学兵器が生成される確率が40%、上手くいくのは30%です」
ここは逆転の発想でポジティブに考えてみましょう。なんとラッキーな事に、僕たちは三回に一回は首尾よくディナーにありつけるのです。その乏しい確率に一縷の望みを託そうではありませんか。何はともあれ、乾坤一擲はもう投げられてしまったようですから。
それに頑張って作った料理が爆発したり平気になったりするのは作り話の世界、フィクションにだけ許されたおとぎ話、杞憂に過ぎません。
しかしながらこのシェアハウスのファンシーワールド加減を加味すると、美味しくない料理(もしくはそれ以上のもの)が出来る可能性は多分にあるわけで。僕は夕暮れ時に自室でコミックを読みながらも、もしかしたら得体の知れない料理まがいの何かを食べるかもしれない未来にそわそわしていました。すると何やら僕の部屋をノックする音があります。
「俺じゃよだか」
ドアを開けるとそこにはマスクにサングラスの、怪しい日本刀の付喪神が立っていました。
「正宗さん、その格好は」
「カレンと吉永殿が今から買い出しに行くらしいんじゃが……さすがに心配になってきてな」
尾行しようというわけです。面白そうだし、心配事を一つ減らすことが出来るかもしれません。僕は一石二鳥の提案を快諾して、すぐさまメガネにマスクを掘り出して、出かける事にしました。
夕焼けに染まる大都会東京。僕たちは二人からかなりの距離をとって尾行を開始しました。最寄り駅のそばにデパートもあるのですが、カレンちゃんと吉永さんは和気藹々、何か話しながら商店街の方へ向かっていきます。
「少し遠すぎませんか?」
「カレンの鼻と吉永の間合いを考えればこれでも近づきすぎなくらいじゃ」
「正宗さんも人が悪いですね。心配なら一緒に行けばよかったじゃないですか」
「そうも思ったが、あやつも何時かは良き亭主を見つけて、円満な家庭を築くかもしれんのじゃ。漢正宗、ここは心を鬼にして見守る覚悟」
日本全国津々浦々の婦女子の方々、安心してください。日本には少なくとも一人、大和魂を受け継いだ漢がいます。大らかで優しく、料理ができて見目麗しく、たぶんずっと若い、動くダビデ像の様な殿方が。
「見ろよだか。魚屋に入っていくぞ。造りか焼物から選定に入るようじゃな」
見れば商店街の一角、昔からあるような青い看板の鮮魚店で、二人ははしゃいでいました。タコを突っついたり、ブリを持ち上げたり、お刺身を振舞われたり。でも一番楽しそうなのは店主らしき、藍色の前掛けをした角刈りのおじさんです。
「まずいですよ正宗さん。普通にデートみたいになってます。アーケードが終わる頃にはお腹いっぱいで目的を忘れているかもしれません」
答えが返って来ないので正宗さんの方を見ると、珍しくちょっと怒っていました。
「あの店主、俺には切り身一つも味見させない癖に、おなごを見るなり鼻の下伸ばしよってからに」
胃がキリキリする前に次に参りましょう。種類までは分からなかったのですが、二人は魚の切り身を買ってから、八百屋さんに吸い込まれます。吉永さんは八百屋のおばさんと話し出しました……そして終わる気配がいっこうにありません。
「長いですね」
「いったい何を話しておるんじゃ? とっておきの献立でも教わっているのか?」
たぶんあれは乙女伝家の宝刀、井戸端会議です。時間という概念をフリーズさせる時空系最強の魔法です。20分ほど立ち話をした挙句、吉永さんは大根を一本だけ買って八百屋さんにバイバイしました。
そのあとも二人の商店街デートは意気揚々と続きます。次はお酒です。
「よだか……ひょっとして二人は逢引きしているだけなんじゃないか?」
「気がつきましたか? 実は僕もそんな気がしてました」
違和感で言うなら、サングラスとマスクをして電柱と物陰に隠れる僕たちの方も随分おかしいのですが。吉永さんは瓶を手に取ってはカレンちゃんに何か説明したり、カレンちゃんはその楽しそうに何かを聞き返しています。結局、色んなお店を巡って終始こんな感じでした。
「帰ろうか、よだか」
「そうですね」
「おかしな買い物は無かったし、死人が出ることはないだろう」
「そうですね」
……そうですね。プリンの味は食べてみなければ分からないものです。逆に言えば食べてみればわかるので、僕たちはパンドラへと帰りました。
そしてその途中、たまたま帰宅途中だったスーツ姿の古屋敷さんとばったり出くわしたのです。
「お二人とも怪しげな格好して、まるでセレブか芸能人のお忍びデートみたいですよ、いやぁお似合いのカップルだ! ハッハッハ!」
「古屋敷殿、旅は道連れ世は情け、袖振り合うも多生の縁じゃ。ちょっと一緒に飯でも食わんか?」
「おや? 今日は正宗さんのお料理じゃないんですか? それは残念ですが、たまには気分転換もいいかもしれませんね!」
正宗さんは古屋敷さんを毒見役に抜擢するつもりでしょう。古屋敷さんにも吉永さんにも失礼ながら、こればかりは僕も異論ありません。人間、我が身可愛さにかまけてしまうものです。
ですが僕には正宗さんがこう言っている様にも聞こえました。
『死なばもろとも』と……
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