第20話 時の恋 ー1ー

 一日休んだ学校は通学路の電柱とカレンちゃんの下駄箱が壊れていた以外、いつもと同じでした。僕は昼休み、お昼ご飯を食べながらちょっとアンニュイです。あれからいくら考えてみても、快刀乱麻の解決策は見つかりませんでした。


「あの人……今日もいるよね」


 カレンちゃんは他人事みたいにトンカツを食べてます。


「槍が降ってもいるはずです!」

「アドレスくらい教えちゃってもいいかな。でもそしたら……」


 でも想像する限り、その選択肢の先には(僕にとっての)バッドエンドしか用意されていない気がするのです。


「ねーねー『あの人』って? 前言ってた広瀬くんって人?」


 ツインテをピョコピョコさせながら楓ちゃんがやってきました。結局、始業式からずっとこの三人で仲良しグループを形成しています。


「いつも同じ場所で仁王立ちしてるんですよ! 現代版弁慶です!」

「いいじゃん男らしくてー。女々しいよりはよっぽどいいよー」

「それは僕への当てつけかな?」


 その時でした。僕の中で悪魔が一匹、首をもたげました。そしてこう囁くのです。


『みんなハッピーになるウィンウィンな解決法があるじゃないか。これを実行しない手があるか? 一之瀬よだか』


 しかしそんな事していいんでしょうか。それに万事が上手く運ぶとも限りません。


「どうしましたよだかさん? 目が目玉焼きのように丸いですよ? フクロウみたいです」


 だがしかし、上手くいけばウィンウィンには違いありません。やってみる価値はあるかも……


「楓ちゃん、彼氏欲しいっていつも言ってるよね?」

「そりゃもう女の子だもん。背が高くてー優しくてー男らしくってー」

「じゃあちょっと付き合ってよ」


 教室の時間がなぜか一瞬停止して、僕はようやく誤解を招いた事に気がつきました。


『おい一之瀬が急に告ったぞ』

『百合か……悪くない』

『何故だ!? 二枠同時に潰す必要性がどこにある!?』


 勘違いです。ってか百合じゃないし、二枠うんたら言ってる人は滝にでも打たれて頭冷やしてください。


「よだか君って意外と大胆だね」

「いや誤解だから。今日ちょっとだけ一緒に帰らない? 男らしい人紹介できるかも」


 横からカレンちゃんの不審な目線、俗称『ジト目』が突き刺さります。


「よだかさん……もしかして……」

「さあ帰ろう、カレンちゃん! 今日は三人で!」


 乗りかかった片道切符の泥船です。後戻りはできません。短い道中で僕は楓ちゃんに事情を説明しました。


「でもその人よだか君が好きなんでしょ?」

「人の心なんて分かんないし。それに楓ちゃんが気に入ればそれでいいんじゃない? 後ろの方で見ててよ。気に入ったら、でいいんだ。紹介するから」


 どういうわけか、カレンちゃんは帰り道ほとんど一言も喋りませんでした。嫌われちゃったかな? でもこれは僕自身を守る戦いでもあるのです。


「今日は美少女三人でご帰宅とは。いやはや桜も恥じらう乙女の行進だな」


 どこからか散った桜が舞う中、その人は今日も立っていました。一言一言をはっきり発音する、まるで軍人の様です。


「あなたも毎日毎日よくめげませんね、広瀬さん」

「おお! 初めて名前を呼んでくれたな。振られてもいないのにめげる必要はどこにもないだろう」


 思わず僕はため息をついてしまいます。なんで自分はこういう境遇で、相手もまた僕なんか選んでしまったんでしょうか? 広瀬さんはすこぶる真っ当で真っ直ぐな真人間に見えるのですが。


「なんで僕なんかを……」

「一目惚れに理由なんか無いだろう。断っておくが、別に俺は男色とかそういう事では無いぞ。ただ偶然好きになった人が男だったという、それだけの事だ」


 この人もなかなか変な人です。詰襟は一番上まできっちり、きっと校則とか破った事一度もないんでしょう。ある種宗教的な蒙昧さ、盲目的信仰心を感じます。


「分かりました、今日一日だけ考えさせてください。明日、ちゃんとお答えしますから」


 僕は卑怯者です。僕の中の答えは決まっていて、話を別の方向に持っていきたいがために、こんな嘘を吐いたりします。


「うむ。俺も男だ。その言葉を真摯に受け止める事にしよう。俺はこうして君に毎日会えるだけでも幸せなんだ」


 恐ろしく男気と根気のある人、漢です。俵屋さんに3分の2くらい分けてあげられないでしょうか?

 広瀬さんに分かれを告げて、しばらくしてから楓ちゃんに印象を聞いてみました。心なしか重苦しい雰囲気です。


「どうだった楓ちゃん。広瀬さん背高いし男らしいし、ちょっと癖があるけど、真摯で優しい人だとは思うんだ」


 楓ちゃんにしては珍しい素振り、本当に困ったらしい顔をしました。いつもなら言いたい事はなんでもズバズバ言うはずなのに、おどおどして、しばらく考え込んでからようやく決心したらしく、笑顔でこう言います。


「あのさよだか君、私には

「ん?」


 『見えなかった』とは、何がでしょうか? 唐突な言葉に首を傾げてしまいます。


「さっきよだか君一人で喋ってたよ。誰もいない道路に向かって」


 僕はホラーやサスペンスがあんまり好きじゃありません。ホラー映画なんか見つけるなりチャンネルを変えてしまう人間です。そのはずなんですが、非日常にすっかり慣れっ子の自分がいました。


「じゃあ僕は……幽霊とでも喋ってたのかな?」

「そういう事になるね。きっと霊感が強いんだよ」


 楓ちゃんも大概、肝が座っています。なんかにっこり笑ってさえいれば乗り切れそうな気がしてきました。


「幽霊とは……付き合えないよね」

「そうだねー。ちょっと厳しいかなー。私抱かれたら暖かい人がいいしなー」

「夏場はひんやりして気持ちいいかもよ」

「なるほど、その発想はなかったわー」


 そんな冗談でその場は乗り切れちゃいました。遠回りをさせた挙句に奇妙な事件に付き合わせてしまったのに、楓ちゃんは笑顔で『またあしたー』と手を振ってくれました。まだ重苦しい表情なのはカレンちゃんです。


「カレンちゃんは最初から気付いてたんだね」

「はい。あの人、匂いが全くしませんでしたから。すみません、早く言えばよかったです」

「いいよ別に、気を使ってくれたんでしょ?」

「いえその……もしかして都会には凄い無香料の消臭剤でもあるのかな? って」


 相変わらずの天然でした。パンドラに着いて二人一緒に『ただいまー』と叫ぶと、正宗さんの声が返ってきた。


「はい、おかえり」


 正宗さんは昼間は大抵パンドラにいて、ロビーの掃除やら料理の準備をしてくれています。島村さんもよくいるのですが、今日は見当たりません。俵屋さんは例のごとく自室でしょう。


「板長さん聞いてください! よだかさんのファンが幽霊だったです!」


 噂話とか恋バナってのは渡り鳥の勢いで広まるのが世の常ですが、カレンちゃんはこういうの電撃的に、脊髄反射で喋ります。今日の有様を逐一喋り尽くしました。


「同じ場所でしか見ないのなら、地縛霊かもしれんのう」


 とはいえ、ここで専門家の意見を仰ぐのは最善の選択と言えるでしょう。


「どうすればいい……どうすれば成仏させてあげられるでしょうか?」

「奴らは大抵、自分が死んだ事に気付いておらんのじゃ。思念だけがループして、死んだ時の強い残留思念に突き動かされ、何かを遂げようとし続けておる」

「つまりその時の目的を達成してあげればいいわけですね?」

「それはそうだが……」


 正宗さんが、そしてカレンちゃんも怪しみ訝しむ、つまりは怪訝の視線を向けます。


「つまり、彼の強い願望を叶えて上げる、という事だぞ?」

「つまりよだかさんが告白オッケーしちゃえば成仏する訳ですね!」


 まだそうと決まった訳じゃないけど、とにかく明日、広瀬君に詳しい話を聞いて見る事にしました。

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