戸井田 ゲンゾウ(34) 4月2日
昨日は、あまり眠れなかった。
いや、寝ていたのかもしれないが、よく覚えていない。
後味の悪い悪夢のようなものを見ていた気もする。妻が「大丈夫?」と問いかけてきた。
俺は「大丈夫、ウチの人事はいつもムチャ振りだから、もう慣れっこさ」と精一杯の笑顔を見せた、はずだ。
今日は朝からほぼ終日、定例の部内会議だ。
幹部会議がなくなって以来、最優先は営業部の会議というわけだ。営業部の会議という建前だが、社長を始め役員も全員出席する、実質的なトップ会議ということになる。
先月までは、俺も営業部の幹部社員として出席していた。
ウチの会社は、課長でも職能ランクが一定以上だと幹部扱いになることがある。俺もその中の一人として、もう何年も出ているが、今朝の通達で「会議出席者リスト」から俺の名前がなくなっていた。
…おかしな話だ。昨日見た告示では、職能ランクも一つ上がってK-4、これより上は三人しかいない部長クラスだけだ。編集や宣伝部、総務を含めても俺より上なのは役員だけ。普通に考えたらあり得ない話だろう。
…しかし、この事態もある程度は想定内だ。まあ、要するに「干された」ということだろう。どうせ部下もいない名ばかりの課長なんだから、会議に呼ぶ必要もないわけだ。
ぽっかりと空いた1日の予定を眺めながら、自分の机に座る。周囲からは今回の人事後の一喜一憂を語り合う社員の声が、フロアのあちこちから聞こえてくる。特に新たにリーダー抜擢された若手や、編集部行きが決まった新人辺りは御礼回りや新メンバーへの声掛けで大忙しだ。「俺も昔はウキウキしていたっけな」と懐かしい気持ちが一瞬甦る。
しかし、今は誰も声を掛けてはこない。誰とも関わらない配置になった、
この会社ではもはやベテランと言われてもおかしくない社歴の俺など、ここにいること自体が場違いであるかのようだ。
黙々と、目の前にあるパソコンの画面を見ながらキーボードを打つ。書店リストや販売台帳を開き、商圏分析を試みる。だが、これらの地域は大半俺の担当ではなくなるのだろう。せっかく和解の糸口が見えたTグループも、恐らく手放さざるを得ないだろう。
次の責任者があの男なら間違いない、まずはそこから掠め取りにくるはずだ。
明日がどうなるのかさえ分からないまま、俺は今まで作ってきた台帳を開いては眺め、引継ぎのための資料作成に取り掛かった。
何のために?
その先に何があるのか?
頭の中で自問自答がとめどなく繰り返される。
無数の答えがこだまのように反射し、言語としての意味を成さない音なき音が頭の中で響き渡るばかりだ。
それでも、俺は手を緩めない。どんなことであれ、それが仕事である以上、むざむざ手放すなんて考えられない。だから、俺はやる、やれることをやる。
…例え、それが誰に渡されることになるのかさえ分からないとしても、だ。
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