幕間
ギデオンはアレクシアの部屋から一番離れた新郎の控え室で、高まる緊張に深呼吸をしていた。
「若様、落ち着いて下さい。お水飲まれますか? 襟元を少し緩めますか?」
侍女が苦笑いをしながらギデオンの額に浮いた汗を拭う。
「ああ。すまん。いざ式となるとどうにも」
今日、最愛の相手と結婚する。一目惚れして、一度は諦めかけた恋を手に入れたのだ。
ギデオンはまた深呼吸して気を落ち着かせる。やはり完璧な式にせねばと気負いしすぎている自分がいる。こういう所は直したのだがとため息をつくと、来客の知らせがくる。
「地味ですね……」
やってきたのはサリムで、ギデオンを見るなりそう言った。
「あまり派手なものは似合わないので……。ああ、髪を切られたのですね」
父の婚礼衣装を繕い直し形を整えたものを纏っているギデオンは、容赦ないサリムの言葉にしょげながらサリムの変化に気付く。
長かった金糸の髪は、短く切りそろえられていた。美しい面立ちは相変わらずだが、もう十八で立派な青年だ。
「向こうでは男で髪を伸ばすのは子供だけらしいですから。短い方が楽ですね」
表情までさっぱりした様子でサリムが自分の後ろ髪を撫でる。
「よくお似合いです。アレクシア、様にはこれから?」
結婚式当日になっても、妻となる女性の名前を口にするのが慣れず敬称をついつけてしまう。
「最初に花嫁姿を見るのはギデオン殿に譲ろうかと思ったんですが、バスティアン兄上が先を越したらしいですね」
「いらっしゃっていたのか……」
バスティアンの来訪を知らされていなかったギデオンは、額を押さえてうなだれる。
自分には知らせないように口止めして、こっそりと入ってきたのに違いない。
「やっぱり知らなかったのですか。この分だとそろそろ嬉々としてやってくるでしょうね」
「ええ。くるでしょうね」
ギデオンとサリムが顔を見合わせてため息をついた時。
「ほう、俺の弟たちは仲良くしているようだな。この素晴らしい兄上様がアレクシアの花嫁姿がどうだったか聞かせてやる」
いますぐひれ伏せと言わんばかりの態度でバスティアンがやってきた。
「いえ、僕は式で見ますのでかまいません、王太子殿下」
「私はこれから迎えに行きますので遠慮させていただきます、王太子殿下」
ギデオンとサリムがすげなく返したのはほぼ同時だった。
「貴様ら、もっと俺を敬え。そういえば、サリムはこざっぱりしているな。ギデオンは変わらんな。今日ぐらいもっと派手にしておけ」
「自分はこれでよいのです。アレクシア……様もいつもの私がいいと仰ってくれていますので」
地味で冴えない容姿が、絶世の美貌を誇るアレクシアと到底並び立つものではないと自覚している。だからといって自分を偽ってまで彼女に合わせることはしない。
アレクシアとは価値観や趣向があわないことの方が多い。
そのせいで何度も無理を言ったりさせたりをお互いしてきた。だけれど同じ道を歩めると信頼と愛情を築き上げて、今日という日がある。
「惚気は別に聞きたくはないんですけど」
「まったくだ。俺はアレクシアとしばらく同居してもう惚気は聞き飽きた」
今度はサリムとバスティアンが結託して、ギデオンは顔を赤らめる。
「も、申し訳ない」
引っ込んでいた汗がまた出てきて侍女達にくすくすと笑われてしまう。
「ふん、まあ、貴様が本当によくアレクシアを惚れさせたものだな」
バスティアンが言うとおり、自分でも時々信じられないと思う時がある。
四年前、アレクシアに一目惚れした時のことをギデオンは思い出す。
恋に落ちたのは、本当に一瞬だった――。
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