幕間

「いつか……」

 ジゼルからの手紙を読み終えたアレクシアは、噛みしめるようにその言葉をつぶやく。

 永遠の別れともとれる手紙だったけれど、希望も感じられた。姉代わりの従姉が野心のためでなく、自分を女王にしようとしているのではないとはうっすらと感じていた。

 だから、ジゼルに全てを打ち明けたのだ。

 結局、ジゼルの胸の内深くまでは触れることはできなかった。

 作り上げられた『アレクシア王女』という虚像に、夢をみていたのか。それとも理想の女王を作り上げることに心血を注いでいたのか。

 確かなのは自分がジゼルにとって大切な何かを壊してしまったことだけだ。

 だけれど今日という日を迎えるために、壊してしまわねばいけいものでもあったに違いない。

 アレクシアはジゼルの手紙を丁寧に封筒にしまい、鏡台の上に置く。そして侍女達が自分の表情を不安そうに見守っているのに気付く。

「祝福ではないけれど、哀しいお手紙ではなかったわ」

 いつかという言葉を胸に抱いて、アレクシアは微笑んだ。

 その日が来たのなら、もう一度お茶会をしよう。昔のようにではなく、新しい友人同士みたいに。

 アレクシアが未来に目を向けていると、今度は来客だと侍女が知らせにくる。

「王太子殿下がアレクシア様にお目にかかりたいそうですよ。いかがなさいます?」

「身内だからお断りする理由はないけれど……バスティアンお兄様は何をしにいらっしゃったのかしら」

 花嫁衣装を纏った姿は、親族以外は結婚式まで夫となる相手を含む異性に見せてはいけないならわしになっている。

 しかし親族でもやはり最初は花婿にと遠慮して、基本的に男性が結婚式前に花嫁の姿を見ることはない。

「アレクシア、祝いに来てやったぞ」

 もしかしてギデオンをからかうためかと思いついたとき、すでに許可をえたものとしてバスティアンが嬉々としてやってきた。

「バスティアンお兄様、ご機嫌麗しゅう」

 侍女達が一斉に次期国王に跪いて経緯を示す中、アレクシアは立ち上がって兄に挨拶する。

「さすがに見てくれだけは一級品なだけはあるな。今日のお前は格段に美しいぞ、アレクシア」

「ありがとうございます。それでご用件はなんですの?」

「特にない。花婿より先に花嫁姿をみてやろうと思ってな」

 案の条な返答にアレクシアはため息を零す。

「ギデオン様はバスティアンお兄様の玩具ではありませんわよ」

「似たようなものだ。それに俺は一番というのが好きだからな。屋敷の近くでサリムを見たが、ここには来てはいないだろう」

 ひとつ歳下の従弟の名前にアレクシアは目を丸くする。

「サリムはもうきていますの?」

 サリムは王弟の第二子で従弟だが、王弟が没した時にサリムを懐妊していた彼の母を現国王は腹の子ごと引き取って、第六王子として選挙に立候補していた。しかし、その出自から当選は早々に諦め、アレクシと協定を結び夫候補のひとりとなっていた。

 サリムは早い内に自分がギデオンを好きなことに薄々は気付いていたらしかった。

 全てが露見した後に、サリムともしばしの間疎遠になっていたが立太子式の時に和解した。

「ああ。まあ馬車からちらっと見ただけで声はかけられんかったが。式には出席する気はあるだろう?」

「ええ。必ず来てくれると言っていたわ……」

 アレクシアが選んだ道を見届けてから新しい自分の道を歩み始めるのだという、サリムの言葉を思い出す。

 従弟同士だが姉弟同然に育ったサリムは二日後には駐在大使として、他国へ行ってしまう。任期は五年。時々帰ってくるそうだが、頻繁にとはいかないはずだ。

 ゆっくり顔を合せる時間はもう僅かで寂しいが、けして辛いだけの別れではない。

 アレクシアは窓辺へ目を向ける。

 中庭はには花婿と花嫁が歩む花で彩られた道が整えてある。もうすぐ始まる式のことを思うと自然と口元が緩む。

 結婚式の開始はもう間近だった。

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