◇エピローグ
アリスミラーの侵略を記憶していたのは、元アリス候補生である、最初の七人だけだった。少なくとも……朝美は何も憶えていなかった。
アリスミラーの侵略による殺人は、全て何らかの事故や病気に取って代わった。腸をぶちまけた恵という不良少女も、何故か水たまりで滑って転んで打ち所が悪く亡くなったことになっていた。
ネットの急上昇ワードや、動画投稿サイトの痕跡も消え……完全にあの異変は、初めから無かったことになっていた。
だが『鏡の国のアリス』の小説は健在で、今もルイス・キャロルの綴った『不思議の国のアリス』の続編として親しまれている。
要するに……全てが元通りになったのだ。
*
アリス・ウォー終了から二年が経った。
私は女子大生になっていた。
女子大生で、アイドルだ。
今日の仕事はミラクル・ティーパーティのワンマンライブだ。
「ちょっと誰!? チョコ全部食ったの!?」
林檎が空になった菓子のパッケージを見せつけながら言う。
「ひひまへん(知りません)」
「アンタしかいないじゃん! ライヴ前に食い過ぎるなっていつも言ってるでしょーが!」
「栄養補給です」
「今やるな! 前に調子乗って食い過ぎて、動き悪かった時あったでしょ!」
「大丈夫ですよ。ちゃんと一箱しか開けてません」
「やっぱ一箱全部食ってんじゃないのよー!」
空き箱で林檎を殴り始めた燐をリゼが止める。
「二人とも、喧嘩しないでください……! 燐さん、これ、私のあげます! 林檎ちゃんも駄目だよ、ちゃんとリーダーの言うこと聞かないと!」
「なーんか、この光景……全然変わんないわね……」
水を飲みながら柄にもなく感慨深く呟いてみる。
「ねぇ、アリス」
ルナがヘッドフォンを外しながら言う。
「何?」
「それ私の水」
「え? あ……ごめん……」
「どうしたん? 久しぶりじゃん、それ」
「うん……」
「何かあったの……?」
「いや、その……さ。今日は、大切なその……し、知り合いを呼んだの、ライヴに」
「ありりんライヴに呼べる知り合いなんていたの!?」
ルナから少年漫画の雑誌を借りて燐を叩く。
「ご、ごめ! ごめ! 冗談、冗談!」
スマホが震えた。
メールをチェックする。
――蒼葉からだ。
氷室蒼葉。氷室蒼太の姉。
ちゃんと付き添いで来たらしい。
良かった……本当に良かった……。
写真が添付されている。
写真を開く――。
もう一人、いた。
――そうか、あの時。アリスクイーンの本体を討伐しとうとした際に、皆でメアドを交換したから。
「ではお知り合いのご尊顔を拝見。――あ」
燐が私のスマホを覗き込んだ他のメンバーも覗き込んでくる。
「……ありりん、朝美ちゃんと仲良かったっけ?」
「いや、これは――その。隣にいる方よ」
「こここ、これ! ゴシックチックの氷室・コキュートス・蒼葉さんじゃないですか!」
リゼの発言を聞いて、そう言えばそんな芸名だったな、と思い出す。
「知ってるの?」と燐。
「新感覚中二病アイドルとして絶賛売り出し中ですよ! 特にコキュートス・蒼葉さんのクールな歌声と微笑みに、根強い女性人気があるんです!」
「強敵だ」とルナ。
「そんな人と良く知り合いになれたねー」と燐。
「まぁ、知り合いというか、腐れ縁というか……」
「そろそろ出番です!」
佐藤マネージャーが控え室の戸を開けた。
「そだ、円陣組も!」
燐が急に提案する。
「エンジン? どこに部品があるの?」
ルナが呆けたが皆無視し、燐が無理やり円陣に巻き込む。
「なんか前にもこんなことあったような……」と燐が呟くが、すぐに切り替え――。
「皆、ワンマンライヴだよ! ここが私たちの土壇場だよ!」
「土壇場?」とルナが聞き返す。
「土壇場――じゃなくて、独壇場! ね!」と燐が言い直すが――。
「正しくは独擅場よ」と私が訂正する。
「ドクセン? 嘘だー、独壇場だよねー!?」
「元は独擅場が正しいのよ」
「うわー、うるさい文系発動したー!」
「私は理系よ。なら辞書見る? ほら――」
スマホにメールが届いた。辞書を見せた後でチェックする。
『二人で見てるぞ』
メールには一言、そう書かれていた。
「とにかく! 私が言いたいことは、頑張ろうという、そういうことです、はい!」
「無理やり纏めましたね」林檎が呟く。
「なんでも良いの! どうしたのありりん?」
「――え? いや、大丈夫。うん。ちょっとびっくりしてるだけ。――絶対成功させよう」
「そう、それそれ、それが言いたかったの。じゃ――皆はりきって行こう!」
「ファイト!」燐が叫ぶ。皆それに倣い、口々に叫ぶ。
「行くよ、皆!」
全員で、舞台へ上がる――。
私たちは、駆け上がる――。
何度だって、必要とされる限り――。
太陽のように、誰かを照らし、笑顔にするために――。
昇り続けるんだ――。
――了
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