第二部 刹幌
第3話 美織(3)許されざるものたち
⑶
僕の名は
家族構成はエンジニアの父と専業主婦の母親、小学校五年の妹の四人。クラスでは成績、人望共に中の中といった所。つまり、平均を絵に描いて額に入れたような中学生というわけだ。
中二くらいになると、将来を見越して個性を伸ばし始める者もいるが、僕の場合、あいにくと芸術もスポーツも見事なまでに才能がない。したがって、夢やらなりたい職業やらを聞かれても、答えようがない。
適度に遊んで、勉強もして、もう少ししたら志望校を考え始める……そんなありきたりな生活以外に選択肢はないのだが、それでも退屈せずにいられるのには、理由があった。
夢がない代わりに、僕にはある野望があったのだ。
それは、今はほとんど語られることのない、ある技術について調べることだ。
その技術とは、インターネット。
2048年現在、インターネットは企業や役所などを除き、一般の個人には利用が禁じられている。今から十年ほど前、当時の与党から政権を奪い取った『
それだけではない。個人でコンピューターを所持することも、携帯電話を所持することも禁じられている。十四歳の僕には、それらが社会に溢れていた時代は幼少期の朧げな記憶の中にしかない。気がついたときには、それらについて語ることも調べることも固く禁じられていたからだ。
僕が美織先生から手渡された『声の網』というSFは、インターネットがこの国に普及する二十年以上も前に、その登場を予見した小説と言われている。SFという形と、内容を想像しにくい書名だったため、インターネットやパソコンに関する書物を禁書化した際にリストから漏れたらしい。
もちろん、海外ではインターネットもパソコンも普通に普及しているが、仁本人がそれらに触れることは、たとえ海外であっても禁じられている。一種の鎖国のようなものだ。
したがって、いくら過去を知りたいと熱望しても、知る手立てはそう簡単には得られなかった。中学生が接することのできる情報など限られているし、そもそも国家に禁じられている内容だ。書店でも図書館でもなかなか目的の情報を得られず、もどかしく思っていたそんな矢先、僕はそれまでの日常を一変させるようなすごい噂を知ったのだった。
昨年の暮れ、終業式の少し前だった。ある人物が、ぼくにその噂を伝えてきた。
伝達の方法は口頭ではなく、文章でだった。とにかく過激な内容で、うっかり口にしようものならそこら中の「良識ある」大人たちがすっ飛んできかねない。だからこそ、その人物は文章で伝えたのだろう。
噂を聞いてから、僕の日常から退屈という言葉が消えた。噂の真偽を知りたくて、いても立ってもいられなくなったからだ。
この話を知っているのは、噂の主と自分だけに違いない。僕は勝手にそう思っていた。
学校の先生もクラスの情報通も、マスコミだって嗅ぎつけてやしない。そう思うと背中がぞくぞくした。
どんな噂か。
約十年前、政変によってこの国から一掃された「インターネットカフェ」がまだ一軒だけ、密かに営業しているというのだ。
噂を聞いてから僕は、どうにかしてその店に行く方法はないかと考え続けている。
国家によって一掃されたくらいだから、当然、行ったりすれば重罪に処せられるに決まっている。先月も確か、禁止されているPCを入手したことがばれた会社員が、逮捕された。今やPCやインターネットは国を揺るがす危険思想に他ならないのだ。
それでも、と僕は思う。
国家に捕えられることを承知でネットカフェを運営している人物とは、どんな人なのか?一部を残してすでに機能を止められているネットをどうやって利用しているのか。
考えれば考えるほど、果てしなく興味がわいてくる。誰にも知られずに訪ねることができるのなら、今すぐにでも家を飛び出したいくらいだ。
もちろん、方法はないこともない。噂の主に会って、どうやったら行けるかを聞いてみるのだ。だが、それを実現するには一つ問題があった。僕は噂の主に一度も会ったことがない。会うにはなぜ会いたいかをきちんと説明する必要があった。
そもそも、僕が噂の主と知り会ったきっかけは、おそろしく古風な方法によってだった。
その方法とは、文通。
雑誌の文通希望欄に、ひどくユニークなコメントを載せていた読者がいたのだ。
そのコメントとは、こういうものだ。
『かつて使われていた古い力に興味のある人、いませんか?僕は失われた神秘のメカニズムを色々と調べています。今の世界が信じられない人、連絡ください』
この文面を初めてみた時、僕は正直「うわぁ、オカルトだ」と思った。いわゆる古代の超文明とか、心霊現象を頭から信じている人の文章だと思ったのだ。
しかし、日が経つにつれ「今の世界が信じられない」という文面がひどく気になり、なんとなく希望ハガキを出してしまったのだ。
返事はすぐに来た。その内容は、コメントに優るとも劣らない、奇妙なものだった。
『文通希望のハガキを、どうもありがとう。もし君が本気で世界の謎を知りたいのなら、これから僕が出すハガキを絶対に他人の目に触れないところに保管してほしい。もちろん、親兄弟も例外ではない。それが守れるなら、文通を始めよう』
なんだか上から目線で腹が立たなくもなかったが、すでに好奇心の優っていた僕は『守れます』と従順な文面を送り返した。今度も二、三日で返事が来た。その内容は、僕の予想をいい意味で裏切るものだった。
『ご了承、ありがとう。昔だったら、承認のボタンを押すところなんだが……ああ、ごめん、こっちの話だ。それでは、世界の謎について語ろう。まずは、ある噂からだ。これはトップシークレットだから、前回のハガキ以上に厳重に保管してほしい。いいね』
そう前置きした後に、インターネットカフェの話がつづられていた。
やはり僕と同じ、この2048年の
ただ、彼の綴る文章の、知性だか狂気だかわからない熱気みたいなものが、僕を魅了していたことは確かだった。
『この情報をどこから得たかは、まだ言えない。店の場所も、調査中だ。詳しいことがわかり次第、君にも少しづつ伝えようと思う』
久志からの手紙は常に連絡文風だった。一応、僕は僕で自己紹介やら身辺の出来事やらを書いて送るのだが、向こうが送ってくる手紙の内容と言えば
『せっかく、古代の文献を置いてある古本屋を見つけたのに、今日行ったら閉店していた。残念だ』とか、
『ゴミ捨て場で携帯電話らしき物の残骸を見つけた。しかし機能は死んでいた。ああ』とか、要するに失われた文化……つまりPCやネットに関するてがかりの話ばかりなのだった。
そんなある時、ついに状況を一変させるような内容の手紙が舞い込んできた。あきらかに興奮して書かれたに違いないその文章を、僕は食い入るようにして読んだ。
『ようやく、くだんの店に関する情報を持っていそうな人物を突き止めた。どうにかしてコンタクトを取りたいが、どこに行けば会えるのかがわからない。無念だ……』
仰々しい文面から、すぐにでも会ってみたいという情熱が痛いほど伝わってきた。
文通を始めて、三か月が経過していた。僕は、一つの決意を固めた。
この辺で、思い切って久志に会ってみようか。そして問題の人物を、二人で探すのだ。
〈第四回に続く〉
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