第45話 古屋(10)博士の異常な激闘


「なに?私とやり合おうっていうの?」


 固唾を飲んで見守っていると、雪はスーツを着た男性の形になった。身長はやはり二十メートル近くあるだろうか。ホワイトフェスティバルの大雪像の二倍はありそうだ。


「あっ、あの顔……ケント・ゲーブル博士だ」


 姫川が叫び、ぼくもはっとして巨人の顔をまじまじと見た。口ひげをたくわえた端正な中年男性の顔は、たしかに教科書などでよく見る、刹幌農学校の初代教頭だった。


「ヴェサッ!」


 二十メートルのゲーブル博士は、同じく二十メートルの少女を前に、よくわからないレスリングのようなファイティングポーズを取った。


「ふふん、所詮、雪像でしょ?容赦しないわよ」


ミヤは余裕の含み笑いを見せ、右腕を鞭のようにしならせて博士の喉元を狙った。


「ダヴェッ!」


 博士はバックステップし、ミヤの攻撃を攻撃を紙一重のところでかわした。雪像らしからぬ軽やかな身のこなしに、僕は目を瞠った。


「行くわよっ!」


 いつの間にか、ミヤの手に刃渡り五メートルほどのブレードが出現していた。ミヤはブレードを振りかざすと、博士の頭上に振り下ろした。


「ヌァマラッ!」


 ブレードが頭部を一刀両断にするかと思われた瞬間、博士の身体が縦に真っ二つに割れ、それぞれ左右に飛び出した。


「何ですって?」


 空を切った刃は、勢いあまって雪面に突き刺さった。体勢を崩したミヤの後方で、両側から片足けんけんで回りこんだ右と左の博士が合体した。


「しまったっ」


 振り向こうとしたミヤの首の付け根に、博士の力強くつき出した人差し指が深々と突き刺さった。


「シトゥアッケ!」


「……くっ!」


 首筋に博士の指をつき刺したまま、ミヤは強引に振り返った。ぼきっという音がして、博士が指の折れた右手を引っこめるのが見えた。


「ああっ、博士の人差し指が!」


「雪だ、雪。心配いらん」


「よくも体に触ったわね。セクハラよ!」


 ミヤは怒りに燃える目で博士を睨み、目にも留まらぬ速さで回し蹴りを放った。


「ヌァンモッ!」


 凄まじい破壊力をともなった回し蹴りに、博士の下半身は一撃で粉砕された。


「博士!」


 腰から下を失った博士は、そのまま垂直に雪面に落下した。


「ふふん、いいざまだわ。すぐとどめを刺してあげる」


 ミヤはそう言うと、再びブレードを高くかざした。気のせいか博士のこめかみあたりの雪が解け、つうっとしずくが流れたように見えた。


「覚悟!」


 ミヤが博士の頭部めがけてブレードを振り下した瞬間、博士の両腕の付け根からさらにもう二本、腕が飛び出した。


「ジャッコイ!」


 降り降ろされた刃を上の二本の手が、両側から挟むようにして受け止めた。同時に下の腕の手首から先が飛び出し、ミヤの両脚を直撃した。


「あっ」


 予想外の攻撃だったのか、両脚を取られたミヤは前のめりに倒れた。


「イズゥイッ!」


 突然、博士の腰から下が樹木のように伸び、弧を描いた。倒れ伏した敵の上に身を乗り出した博士は、両手でミヤの頭をつかんだ。


「やめてっ!」


 危機を感じ取ったのか、ミヤはうつ伏せになったまま、顔だけを百八十度回転させた。


「……よし、フィニッシュだな」


 真淵沢が呟くと博士の口が大きく開き、中からつららのように鋭く尖った氷が現れた。


「ヴルカスッ!」


 博士はミヤの口のあたりに狙いを定めると、つららを高速で回転させた。


「こんな変なキスはいやーっ!」


 ミヤが絶叫すると、側頭部のワイヤーが生物のようにのたうって博士の頭部を襲った。


「ヂョスナッ!」


 頭部に絡みついたワイヤーが鞭のように波打つと、博士の首から上がぼきりと折れた。


「ああっ!」


「逆転ね」


 側頭部にワイヤーを戻しながら、ミヤが立ち上がった。


「だめだ……勝てない」


「いや、逆だ」真淵沢が言った。


 ミヤは右脚を上げ、転がっている博士の頭部を踏み砕こうとした。その脚が、ふと動きを止めた。


「……うっ?」


 ミヤの首の付け根で、赤い光が明滅した。赤い光は次第に大きくなり、ぶーんという蜂の羽音を思わせる音が聞こえた。やがて、激しい炸裂音とともにミヤの首が爆発した。


 転がり落ちる頭部をミヤは両手でかろうじて受け止めたが、司令塔を喪ったミヤの身体は結合力を失い、ばらばらと崩れ始めた。


「爆弾?」


「さっきの人差し指だな。切り札を仕込んでおいたわけだ」


 ミヤの体の一部だった重機が次々と落下し、盛大に雪煙を撒き上げた。同時に、転がっていた博士の頭部の下が盛り上がり、あっという間に雪の胸像が出現した。


「終わりだな。人間を支配するなんてことは諦めなさい。世界が自分にとって生きづらいからといって、周りを変えようとするのは間違っとる。互いに変わらなければ何も進まない」


真淵沢が元の小さな重機に戻ったミヤに、諭すような口調で言った。


「……たしかにそうかもね。他人を攻撃すればするほどモテなくなるってことがわかったわ」


 ミヤはそう言うと、自分の運転席にある物入れを開けた。中には一枚のカードが入っていた。


「このカードを使えば氷月親子を自由にすることができるわ。最後まで意地張って、やっぱり私って……可愛くないわよね?」


 僕らが返答に困っていると、博士の像が「メンゴイ、メンゴイ」と言った。


             〈第四十六回に続く〉






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